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最強の戦闘力と魔力。女子力ゼロの無愛想な美少女戦士は、自分を試したい。  作者: buchi
第1章 オーグストス魔法学院

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第59話 フローレンの実践的演習開始

翌朝、ダグはものの見事に二日酔いだった。当然だ。


そして、頭は割れるようで、何より夕べのことを何も覚えていなかった。


「おかしなことばかり言ってたわ」


ダグがギクリとしたのがわかった。


「どんなことですか?」


恐る恐る聞いてくるダグは、面白い。


「ちょっと口では言えないようなことよ」


何か心当たりがあるらしい。朝食の間中、ダグは悶々としていた。もっとも、二日酔いのせいかどうかよくわからなかったけれど。


しかし、ルーンのところへ出発する時間になると、何か吹っ切れたのかおおむね元のダグに戻っていた。



「どうしていつもドレスを着なきゃいけないの?」


「男装した女なんて、めずらしいでしょ? 目立つでしょ?」


ダグが答えた。


「これまでずっと男装してきたのに」


「それに、大人になりましたからね。少年では通らなくなってきた」


これまでの服と違って、しゃれた貴族らしい服のポケットに手を突っ込んで、ダグが言った。


フローレンがむくれた。侍女に言われたら気にしなかったと思う。


多分親戚にあたるのだろうとは思うが、兄くらいの年の男に言われるのはなんだか嫌だ。


「それより、山に登る。昨日のウマを返さなきゃいけないし」


気の毒なウマはダグの顔を見ると、おびえていた。

まあ、あんな乗り方をする人間はいない。


「ビストリッツでは割と一般的な乗り方なんだがな。特にウマが疲れている時なんかは、よくやる。ウマの方も心得ていて、楽なんで喜ぶんだけど、ビストリッツのウマじゃないので初めてだったんだな」


私だって初めて見たと、フローレンは思った。





夕べ、ダンス会場でダグが放してくれなかったので、魔法書の方はほんの数ページしか目を通していない。


ファルナに怒られる予感しかしない。


でも、昨夜ダグは酔っぱらっていた。なかなか部屋に帰ってくれなかったのだ。


初めてダグが酔っているのを見た。いつも警戒を怠らないのに。





「え? 読むひまがなかった? 一晩中、踊っていたって?」


ルーンの方は事情を聞くと、ニヤリと不穏な微笑みを浮かべた。


「ダンスを何曲かわからないくらい踊って、しかも酔っぱらっていたとな?」


何か都合が悪いのだろうか。


「決戦だって言ってたって? ヤツはバカだな」


ますます不安になる。


「あのう……」


フローレンは救国の英雄ラヴァルスことルーンに思い切って尋ねた。


「私の両親は、私を危ない目に遭わせたくないと言っているそうなんですが」


ダグはフローレンと一緒に戦場に行く気満々らしい。

フローレンとしては、戦ってもいいのだが、(特にキースとマリアのことを思うと)両親が断固反対の場合は、ちょっと困る。


ルーンの目線がフローレンに戻って来た。それまでは、ファルナに小言を言われながら、椅子の上にへばっているダグを面白そうに見物していたのだ。


「俺もうちのディーナに膨大な魔法力があって、あの蛇のようなジルベルトに狙われたら、他国に逃がすと思う」


「…………」


「だけど、あんたはどうしたいんだ? ジルベルトの言うがままでいいのか?」


フローレンは考えてみた。


多分、最初、ダグ(と両親)はジルベルトがしつこく婚約の実行を求めてきたら、フローレンを他国に逃がすつもりだったのだろう。


それは、魔獣が多い以外、これといって問題のないノワルへすぐ渡れるマドレーユにあるオーグストス魔法学院に入学させたことでもわかる。


実際、二人はすぐにノワルに逃れた。ダルクバートンを信用しないわけではなかったが、うまく隠し切れるかどうかわからなかったからだ。


今から考えたら、ダルクバートンとバートが現れたのが、予定外だったのだ。


あの二人は、ビストリッツの生まれではないが、卓越した魔法力の持ち主だった。


せっかく異国に逃れたのに、ダルクバートンに惚れ込まれ追いつかれてしまった。


どうしてバートが、わざわざ王都まで出向いていって、アレンの正体をジルベルトに伝えたのか、理由がわからない。だが、そのせいでノワルからも出なくてはいけなくなってしまった。


「そうだな。それは、わからないな。出世欲に駆られたとかかな? あんな王に仕えても、何もいいことなんかないと思うが」


ルーンは頭をガリガリかきながら返事した。


「なんか理由はあるだろう。大体、マドレーユから王都まで行くのだってお金がかかる。バートは貧乏だって言っていたよな?」


「ええ。本当に不思議」


優しい人だったのに。





だが、そんなこと想像しても仕方がない。


今、一番気になっているのはマリアだ。それとキースだ。


「その二人は、自分の義務を果たしている」


気難し気にルーンは答えた。


「ほかに方法がなかったのだ。おとなしく花嫁を差し出すか、それとも武器を取るか」


「どうしても断れなかったのですか?」


「一国の王妃の地位を空けて、待っている。最上の待遇だ。ヘルデラントの貴族の娘で、王妃になりたい娘は多いと思う。それを十年も前からずっと断り続けて待っている。ビストリッツは、もう、数え切れないほどの回数、断ってきた。だが、そこを下手(したで)に出て頼み込まれているのだ。フローレン、あんたが十五歳を過ぎた時から取り立てが激しくなった」


借金ではないから取り立てではないが、相当厳しく督促されたのだろう。


ルーンは不愉快そうに付け加えた。


「多分、ジルベルトは、自分の兄の王太子の妃のことが、忘れられないのだと思う」


「え?」


「人間、子どもの頃の思い出と言うのはなかなか消え去りがたいらしい。多分、いくつか年上だったろうと思うが、きっと憧れの人だったのだろうと思う。兄上の王太子が亡くなった後、ぜひ再婚相手として考えてほしいと執拗に迫っていた」


それは、どうなのだろうか?


「そう言うケースもないわけではない。なかなか同じような能力を持つ花嫁は望めない。ビストリッツの娘ならではの力だ。それを思うと、確かにあり得る話かもしれない。だが、本気で欲しかったのだろう。姉上は身の毛がよだつと言っていたが」


モテないタイプだと言うのは間違いないらしい。


「いまだにその延長線だ。ビストリッツの娘が欲しいと。困ったものだ。執着だ。理性でどうにかなるわけではないらしい。そして、それくらいのことは十分通せる実力者なのだ。厄介だ」


ルーンが目をつぶって考えこんだ。


「王妃として迎え入れたいという願いは、無碍(むげ)に断れるような悪条件ではないし」


ダグはルーンのことを脳筋だと言っていたが、意外に思慮深いのではないか?




「ちょっと! 早く外へ出て行って、訓練を始めてよ! アルコール臭いのよ、二日酔いよ? この子」


ファルナの声を聞いた途端、ルーンの背中がピンと伸びた。


「さっ、行こうか、フローレン」


「はいっ。お願いいたします」


フローレンはあわてて武器をつかんだ。



庭の奥には、ビストリッツでも見かけたいろいろな大型武器が取り揃えてあって、深い谷に向かって設置されていた。


「いいか? 武器は使う。直接、物理的に相手に触れないと攻撃にはならない」


フローレンは手を上げた。


「聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「魔獣狩りでは、よく光の輪を使いました」


「あ……それはな……」


妙な力が抜けたような具合でルーンが答えた。


「それは、超上級者の、ダダ余りに魔法力が余っている魔力持ちの一部だけが可能な業だ」


「つまり、一般的ではないと言うことですか?」


真面目にフローレンが確認した。


「フローレン、自分を一般的の判断基準にするのは止めなさい。アストラッド……ではないダグでも、それはちょっと無理だ。オーグストス魔法学院の生徒……それが一般的な魔力持ちだな。彼らは、外の世界では非凡な能力者と言うことになっている」


あれがか……。


フローレンはちょっと悩んだ。


「光の輪だけで戦うより武器を使った方が殺傷能力は上がる。鉄の矢を使ってみよう。この方が格段に効果的で強くなる。今からあそこの的に向けて砲弾を撃ってみよう」


今いる高台とその的の間の距離は結構ある。的はかなり小さく見えた。


割と恐ろしい授業である。実践的過ぎると言うか。そもそも届く距離ではない。しかし、フローレンは素直にうなずいた。


「あれを破壊するのですね?」


フローレンは全く平気で、弓矢を手に取った。


「……ちょっと違う―破壊しなくていいから、ちょっと、フローレンッ」


訂正は間に合わず、ドゴーンという音がして、やまびこと一緒に山に轟いた。


ファルナと、ヘロヘロした様子のダグまで見に出て来た。


ダグの顔色が悪い。朝、普通そうな顔をしていたので騙された。結構な二日酔いだった。ファルナの前だと地が出せるのか。



「そこまでしなくたっていいじゃないか!」


「火加減ってものがあるでしょう!」


ルーンだけではない、ファルナも一緒になって説教を始めた。



……よかった。


ガンガンする頭を抱えたまま、ダグは喜んだ。


これまで、限度を越えるなと何回言っても、あまり聞いてくれなかったフローレンだったが、ルーンとファルナの小言は堪えるみたいだ。


「手が省ける」




ルーンが続けていた。


「いいか? 最小の魔法力で最大の効果を上げる。これが魔法の使用時の鉄則だ。戦いは長引く。その時だけじゃない。何日も何日も続くのだ。自分が一日に使える魔法量の限界を知ることは基本だ」


ルーンが至極まっとうなことを言っていた。連日、規格外の掟破りを連発していた男が言うと違和感が半端ないが、この際いいだろう。


「それから力任せで、気分よくぶっ放すのではなくて、コントロールすること。あれじゃあ、どこに当てたかわかりゃしない」


「真っ芯に当てました。的をここに引き戻しますから確認してください」


フローレンはそう言うと、木の矢を拾うと、いかにも女の子らしく、ふんっと谷に向かって投げた。


そんなんじゃ届かない……届かないし、何のために投げたのかわからない……と思ったが、矢はみるみる加速し、(まと)の残骸が落ちたと(おぼ)しき辺りにたどり着き、くるりと回転するとこちらに戻って来た。


矢羽根の下に、重そうな鉄板と丸太をブランブランさせながら、それでもけっこうなスピードでこちらに向かって飛び続けて来る。


もしかして、激突? と思ったが、矢は静かに停止して、荷物を下ろして傍に横たわった。


「ね? わかりますか? ここに当てましたの。貫通しています」


標的一式(の残骸)が全部届くと、フローレンは一生懸命解説してくれたが、三人は終始無言であった。


本人にしてみれば、真っ芯に当てたという証明をしたかったのだろうけれど、ここまですることか?


「紐なんかついていなかったと思うけど……」


ようやくファルナが質問した。


「あ、さっきルーン様に申し上げていた光の輪でくくったんです。便利なんです」


魔法力の塊の光の輪を自由自在に使いこなし、紐代わりに使う……なんと言う魔法力の無駄遣い。空前絶後の無駄遣い……


「紐とか縄とかの使い方をちゃんと覚えなきゃいけないね」


ルーンがなんとも無表情な声で言った。


「武器弾薬を使った方が、効率的だからね」


「はい。今回、矢を使ってみました。この方が確かに楽でした」


にっこり笑って、フローレンが言った。


「あれ、矢じゃなかったよね? 木の枝かなんかじゃなかった?」


全行程を光の輪だけでやり抜くつもりだったのか。


矢を利用しましたとどこか得意げなフローレンは、ほめてもらいたそうだ。


褒めるべきジャンルが、どこかずれている気がするのは気のせいだろうか。



重度の二日酔いのダグは、ファルナ特製の恐ろしく苦い二日酔いの薬を大ジョッキに一杯飲まされて復活しつつあった。


そして、ルーンが苦労して設置した練習用の標的を破壊したことで叱られているフローレンを見て、ダグには思うところがあった。


それはもう、猛烈に不満だった。


俺の言うことは全然聞かないのに。


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