第51話 バートへの尋問は続く
「話が、完全に脱線していますが……」
一緒になって泣いていたくせに、気を取り直したベンが冷ややかに言った。
「それはとにかく、その薬の作り主というわけか。それはすごい」
そこまで力があれば、ビストリッツ辺境伯の娘だろうと、そうでなかろうと、どうでもいいだろうというバートの理屈は、確かに説得力があった。
「しかし、可能性として高いのはやはりビストリッツ家の娘でしょう」
バートは主張した。
ベンも同意した。
「そこまで力のある人間が、そうそうたくさんいるわけないですからね。しかも、ほぼ同い年くらいで」
「だから消去法と申し上げたわけですよ」
「それで、気になるのは、君がどうしてこんな根拠もあまりしっかりしていない話をわざわざ持ち込んだのかなんだけど?」
スタンリー侯爵が、薄ら笑いを浮かべて聞いた。
「それは、王都に就職したいからですよ。先ほども申し上げた通り」
「そうか……」
ベンもジョージも黙っていた。
あやしい。なんだか、それ以外の動機を感じる。アレン嬢に対する執着のような……
「それで、話を戻すけど、ダルクバートンは君に気配を探ってくれと頼んだ」
「はい」
「辺境伯令嬢は見つかったのかい?」
「ノワルに」
「ノワル?」
「国外じゃないか! 魔獣の国だな?」
三人は口々に叫んだ。
「その後、すぐにダルクバートン様はノワルに渡られました」
バートが言った。
「え?」
「ずいぶん実行力があるな」
「いや、ちょっと待て、バート」
今度は真顔になったスタンリー侯爵がバートに聞いた。
「どうして君はダルクバートンの行動を知っている? それも感知の能力か?」
「そうですね」
「ダルクバートンが君みたいな関係のない生徒にわざわざ自分の予定を教えてくれるわけがないだろうから、当然探ったのだろうけど」
なんでまた、と言う言葉をスタンリー侯爵は飲み込んだ。
「私は、ダルクバートン様の気配を追いました」
「隣国ですよね」
誰に言うともなく、ベンがつぶやいた。遠すぎる。感知の能力だなんて言っているけれど、信じがたい。
ベンは懐疑主義だった。
「そんなこと、わかるんですか?」
「ええ。集中して、気配を探れば。よく知った人物ほど、気配を追うのは容易になります。国外と言っても、ノワルはマドレーユから近いです。海峡を挟んですぐのところです」
「君のアレン嬢はノワルにずっととどまっていたのかい?」
「奥地に移動されると気配は弱まりました。でも、開けた街に出て来れば、それなりに……」
常時監視していたわけか。
「では、重要なことを聞くよ。今、彼女はどこにいるのだ?」
三人がバートの顔を見つめた。
アレン嬢が辺境伯の令嬢である可能性は高い。おそらく間違いないだろう。
もっとも、万一、間違っていたところで、重要度はさほど変わらない。膨大な魔法力を持つ、新たなカードの登場となるだけだ。
バートが、顔を顰めた。
「……わかりません」
彼は泣きそうな顔をしていた。
「いつから、わからなくなった?」
「十日ほど……前からです」
バートを彼に割り当てた部屋に返して、三人は結論を得た。
「要するに、アレン嬢が行方不明になってしまったと」
「それで思いあぐねて、ここへ来たのか」
「私たちは、彼の恋愛物語を聞きたかったわけではないんですが!」
「まあ、どうでもいいじゃないか。バートのことは。それより、おそらく彼の言ったことは本当だな」
「やっと本音が聞けましたね」
好きになってしまった女性を追っているらしい。片思いと言うより、ストーカー感があるけど。
「嘘はないな。ダレン侯爵家も狙っているんだ」
「これはどうなるんだ?」
懐疑派でどちらかと言えばバートに対して否定的だったベンまで、ついつい関心を持ち始めてしまった。
なんだかおもしろい話だ。
そして、その頃、アレンとダグは呑気に馬車に揺られていた。
冒険者は止めることにして、ノワル国のハウゼーマン男爵とその妻と言う触れ込みだった。
「いっそ金持ちの風をした方が目立たないんじゃないかと思って!」
ダグがはそう説明したが、設定自体にアレンは不満らしい。
アレンの目が腐ったウジ虫を見るような感じになった。
「ダルクバートンが買ってくれた服も無駄にならないし! ノワル風でちょうどいい」
「そんなこと心配してないんですけど」
馬車を降りて、リンツの町についた。
「ここ、どこなんですか?」
「リンツだ。昔からの大聖堂がある。ここで少し過ごそう」
「何の為に?」
「あ? 社交界デビューの為さ」
「傭兵になるんじゃなかったんですか?」
「あ、新妻はそんなことしちゃダメだ。こら、うっぐ」
アレンはダグの首を目に見えない紐で締めにかかった。
「今までと違うパターンで旅しなくちゃいけないから」
「じゃあ、ダグが女性になればいいでしょう!」
「ここへ来た目的は、傭兵になるための技術を学ぶためだ! だから興奮するな」
「え?」
「ここはすぐ裏に山がある。そして、ルーン・バルトマルグが住んでいるから」
「誰ですか? その人?」
ダグは目を見開いた。
「お前を推薦した人さ。オーグストス魔法学院へ」




