第49話 みじめで苦しくて抑えられない恋
スタンリー侯爵はまんまとバートを屋敷に閉じ込めることに成功して満足だった。
それにバートが王都まで出てきた事情もわかったので、安心できた。
オーグストス魔法学院は、国の方針で魔力持ちを集めて訓練するために設立された学校だったから、当然、学費は高くはなかった。それでも学校に通わせる事自体、平民や貧しい貴族にとっては負担だろう。早く自立して、親兄弟に仕送りしたいと言う気持はよくわかる。なかなか感心な青年だ。
だが、ベンは納得しなかった。
「どうしてあんなに暗い顔をしているんでしょうね?」
「そりゃ、家の金がなくなって、せっかく入学した学校を退学しなくちゃいけないなんて、誰だって、明るい顔なんかしていられないと思うね」
「じゃあ、どうして王都なんでしょう? マドリーユからは遠いですよ?」
「マドリーユ?」
スタンリー侯爵は、オーグストス魔法学院がどこにあるのか知らなかった。
「オーグストス魔法学院がある街の名前です。大きな港町です。彼が自分で言ってる通り優秀なら、そこで仕事を見つけることだって簡単だと思います。事情を話せば、学校だって便宜を図ってくれたでしょう。試験を受ける必要なんかなくなりますしね。実際、校内一の成績だったなら、先生たちがそう言えばいいだけです。感知の魔法ってどういう仕事が出来るのか、よく知りませんが」
「そりゃやっぱり野心だろう。できることなら国王陛下に仕えたいんだろう。それと、王都の方が高い賃金がもらえるんじゃないかな?」
「それはそうでしょうけれど、王都での働き口が決まっているわけじゃないんでしょう。先行き不透明なまま、王都まで来たわけです。それにそんなに貧しいなら、ここまでの馬車代はどう都合をつけたのでしょう」
そう言われれば、色々と疑問が残る。
侯爵はバートと話をしてみようと思った。見たところは田舎の純朴な少年に見える。
何か悪だくみをするようなタイプには見えなかった。
「ところで、聞いておきたいのだけど、ビストリッツ辺境伯令嬢はどんな人なのかね? 君とはどういう関係だったのだ?」
バートはサッと顔色を変えた。
「アレンは……失礼、辺境伯令嬢は、友人でした」
「友人……よくわからないけど、彼女は国王の婚約者だった。君は知っていたのかね?」
「いいえ」
「じゃあ、どうしてわかったの?」
「それは……」
「彼女が君に教えてくれたのかい?」
そんなことはなかった。
彼女が知らせたのは……多分なにか事情があったのだろうと思うけれど、あのダルクバートンにだった。
ビストリッツ辺境伯の姫君だと言うことは、実はバートの推測にすぎない。
アレンが女の子だと言うことは、最初に会った時から、わかっていた。
言わなかったのは、多分事情があると思ったからだ。
それに彼女には、女性だとわからないように、とても綿密な魔法がかけられていた。
それは熟練した魔力持ち……それも、相当力のある魔力持ちの仕事だった。感知の能力しか持たないバートでは太刀打ちできないだろう。
彼女の周りには、彼女を守っている魔力持ちが存在している。
バートは、アレンの近くに行くときは必ず見張っていたが、誰だか全然わからなかった。
アレンの魔法量が凄まじいほどのものだと言うことはわかっていたが、彼女はまだ魔法を勉強し始めたばかり。
自分の魔力を隠すことすらできていなかった。
そんなアレンが、狙った効果だけをしっかり効かせる繊細な魔法を使えるはずがない。
その魔力持ちが懸命に隠していることを、ばらしたら自分はどうなるか。
バートは黙ることにした。
それにその方が都合がいいのだ。
もし、女の子だとバレたら、どうなるか。
あの顔だ。
みんな、魔法のせいで男だと誤認識させられているが、男でも寄っていく輩がいるくらいだ。
バートはレッドと一緒になって、そう言った連中を「気持ちの悪い奴ら」として、リーバー先生など学生の生活課の先生や舎監の先生に言いつけた。生徒同士でも、噂を流した。
おかげでアレンに付き纏う男子生徒はいなくなった。
「友達」の自分とレッドの他には。
話せば話すほど、惹かれていった。
美しい顔立ちのくせに、剣の技の話をする。ダルクバートンに負けて悔しそうにしている。
バートは何回アレンから剣を取り上げたくなったことか。
君はそんなことをしなくていいんだよ、と言いたくなった。
剣なんか似合わない。
何もしなくてもいい。そこにいるだけで、その場の空気が華やかになるような気がする。
ダルクバートンが気付いた時は、すぐわかった。
そして、ダルクバートンの態度から、バートは気が付いたことがあった。
ひどく丁重に接している。
ダルクバートンは良くも悪くも正直だ。
絶対にダルクバートンより、よほど家柄が良いか、何か丁重にするべき理由があるのだ。
でなければ、高位貴族の典型のようなダルクバートンがあんな態度を取るはずがない。
ただの平民の娘なら、あっという間に妻なり妾なりに取り込んでいたはずだ。
それができないのだ。
ライバルがいなかったので、呑気に卒業までに気持ちを伝えればいいと考えていたバートだったが、それが甘かったと言うことに気付かされた。
ただの生徒じゃなかったのだ。
本人は、平民だと名乗り、身なりだって持ち物だって、粗末なものばかりだった。
ただ、考えてみれば、(高位遺族の子弟が多いので)平民なら食べたこともない豪華な食事のはずだったのだが、アレンはなんの感想も言ったことがなかった。平然としていた。
食に関心がないのかなと思っていたが、多分そうじゃない。
感知の能力とか言いながら、何も感知できていなかった。
最も肝心の、女性だと言う事以外は、自分に都合の良い事以外は知ろうとしなかったのだろう。
バートは、ダルクバートンの行動を見ながら後悔した。
ダルクバートンがそばに寄ってくれば、バートはアレンの隣を譲らなければならなかった。
そうしなければ、きっと虫ケラでも見るような目つきで、睨まれるだろう。どかなければ何をされるかわからない。
ダルクバートンは身分もだが、魔法力がバートとは比べ物にならない位、大きいのだ。バートが勝てる要素なんか何にもない。
そして、アレンは、困った顔をしていたが、決してバートに助けてくれと言わなかった
バートの顔さえ見なかった。
アレンは自分で自分を助けることができる。バートなんか必要じゃなかった。
魔法量は、おそらく、アレンの方がダルクバートンより多い。
最後の日、ダルクバートンはアレンに言った。
「待っている」
バートの耳にはよく聞こえた。
ダルクバートンはバートのことをものの数にも入れていない。隠そうともしなかった。




