第46話 密告者
その頃、王宮では一人のみすぼらしい若者が王へ知らせたいことがあると参上していた。
「陛下に?」
門番は、貧しい身なりの青年の話なんか聞こうとしなかった。
「ビストリッツの姫君の話でございます」
生年は必死に訴えたが、門番は完全に無視した。聞こえていないふりをした。
運よく、たまたま通りかかったスタンリー候爵が聞きとがめなかったら、黒髪のその青年の訴えは誰の耳にも届かなかったかもしれない。
スタンリー侯爵にはわずかだが、魔力があった。
その若者からも魔力が感じられる。
侯爵は興味を持った。若者からは、侯爵をはるかに超える魔力量を感じ取れる。
「年ごろから見て……オーグストス学院の者かな?」
若者は否定も肯定もしなかったが、一瞬、ブルッと身が震えたように見えた。
「ひとつ私が話を聞こう」
「……有難き幸せ」
だが、若者の身なりがあまりにみすぼらしくて、王宮内の自分の控室にも連れていけないし、馬車に乗せるのも気が引ける。
ここは王宮への通用門だが、人の出入りは多い。目立って仕方ない。
「隠蔽魔法を使えるか?」
スタンリー侯爵は思い付きで声をかけた。
自分では、そんな高度の魔法はかけられない。だが、この若者はかなりの魔力があるのではないか。
「完ぺきには出来ませんが……」
「我らが誰だかわからければいいのだ。それと話の内容が筒抜けにならないといいが」
「二つは無理でございます」
そりゃそうか。そんな魔力があれば、今頃VIP待遇になっているだろう。
「隠蔽魔法だけ掛けさせていただきます」
うつむいていた若者が顔を上げたが、スタンリー侯爵が驚いたことには、はっきりこちらを向いているのに、彼の人相がわからなかった。
そしてスタンリー侯爵のそばではお付きの若い秘書が興奮して騒いでいた。
「これはまた! 侯爵様のお姿がわかりません!」
「だまっとれ。ベン。お前がバラしてどうする」
そう言いながら、本物の魔法にスタンリー侯爵はドキドキした。すごい。
「恐れながら申し上げます。ビストリッツ辺境伯の御娘は魔力をお持ちで、王家から隠れています」
若者は聞き取れないくらいの小さな声で、スタンリー侯爵に言った。
だが、スタンリー侯爵にはなんの話だか分からなかった。
国王はビストリッツから妻を娶ることに決まっていたが、その相手が誰なのか、まだはっきりしていなかったからだ。
だが、スタンリー侯爵は、この若者を自分の馬車に乗せることに決めた。
理由は、ビストリッツの娘の秘密を知りたかったのではない。
若者の魔法に感動したのだ。この魔力は異常だ。いや、すばらしい。ぜひとも、我が家に仕えて欲しいものだ。
オーグストス学院の卒業生で魔力が多かったとしても、貴族の家で雇うのに適しているとは限らない。
魔法薬を作る能力や魔石の加工に長けていても、スタンリー侯爵家では使いようがなかった。
スタンリー侯爵は、領地からの上がりで暮らしていた。魔法薬や魔石は買う方専門だったし、製造業に興味はなかった。
だが、隠蔽魔法は、宮廷に出入りするスタンリー侯爵にとって夢のようだった。
彼にも魔力はあったが、家のランプに明かりを灯す時に使うくらいしか使い途がなかった。
だが、今日だけは神に感謝だ。魔力があるおかげで、魔力の持ち主を感じ取ることが出来たからだ。
王宮の門番も侯爵の若い秘書のベンも、魔力がないので若者の魔力に全然気がつかなかった。
さすが貴族の血は違うわいと侯爵は得意になったが、ベンに耳元でささやかれて青くなった。
「大丈夫ですか? 相当魔力があるのでは? 得体の知れない若者ですよ」
確かに。魔力があると言っても、スタンリー侯爵の魔力はいいとこマッチ代わりに使える程度のものだ。
隠蔽魔法を使えるような魔力持ちは、稀少だ。スタンリー侯爵の魔力では歯が立たない。
馬車に乗せられた若者は、言った。
「隠蔽魔法を解きます。私には、この魔法は疲れますので」
スタンリー侯爵と側近の若い秘書は食い入るように、若者の顔を見た。まだ少年だった。
「君はまだ少年だね?」
若者は素直にうなずいた。
「もう少ししたら十七歳になります」
身なりは……王宮に入るにしたら、なっていない。
だが、町中で見る分にはまだマシだろう。ただ、だいぶん汚れていた。
「遠くから旅をしてきたのかね?」
好奇心に駆られて、スタンリー侯爵は尋ねた。
若者はかすかにうなずいた。
「そうか」
スタンリー侯爵は若者をつくづく見て言った。
「とにかく話を聞かせてくれ。君の名前は? なんて呼んだらいいかね?」
「バートと呼んでください」




