第44話 ライフガード屋の終わり
傭兵……それは、ショックだった。ビストリッツの領内の人間なら、傭兵になんかならない。なるなら、ビストリッツの兵だ。
「ダグは……ビストリッツの一族の人なの?」
ダグはあっさりうなずいた。
「お前とは、また従兄妹かな」
「え?」
一度も領内で見たことがない。
また従兄妹なら、宗家のビストリッツ城へ顔出しするはずなのに。
「ビストリッツ家の人間が嫁いだ先の子どもなのさ、俺は」
ますますアレンは妙な顔をした。
ビストリッツ家から、嫁に行くことはほとんどない。
理由はわからないが、昔から、女の子が生まれにくかった。
他領から多少でも魔力のある女性が嫁いでくることが多い。
ダルクバートンではないが、全く魔力がない相方だと、相性が悪いらしい。魔力の持つ感覚や、流れなどがわからないので、理解しにくい面があるようだ。
もちろん、そんなこと乗り越えて仲の良い夫婦も多かったけれど。
「それから、魔力があるから傭兵になった」
「冒険者じゃなかったんですか!」
「そりゃ、魔獣が出てくりゃ当然狩るさ。戦場なんか、人のいないところの方が多い。魔獣も出るよ」
人を巻き込みたくはないからなと、ダグは言った。
ライフガード屋としての生活は、相変わらずだった。
一体、いつヘルデラントに戻るつもりなのか、アレンにはわからなかった。
ダグはギルド長のモリス氏やハウゼーマン殿と忙しそうに話をすることが増え、ライフガード屋の依頼の方は、アレンに任せきりと言うことが多くなった。
ハウゼーマン家の婿探しは、一番有力視していたダグが実は妻帯者で、望みをかけていたダレン家のダルクバートンは見知らぬ貧相な娘に夢中で完全無視。
妖精王ことアレンとの結婚は、一家の実質的な支配者の母親が認めなかった。
そのために頓挫しているらしかった。
大いに好都合である。
「あんたなんかで、ライフガードが務まるのかねえ」
宿のばあさんは懐疑的だったが、どうせ婆さんには魔力がないのだ。アレンの実力を推し量ることなんかできない。
ダグが不在の時、ライフガード屋を任せてくれたのは信頼されているようで嬉しかった。
そして、マリアが代わりに王と結婚してくれると言う話は、衝撃的だったが、フローレンにゆとりをもたらした。
もうひとつ、フローレンにとって大きかったのは、ビストリッツにとって自分がどんな存在なのかダグの口から語られたことだった。
「お前は最終兵器だ。王には渡せない」
これまで、蝶よ花よと出来るだけ武芸から離れるように育てられてきた。
いつもそれが不満だったが、理由があったのだと納得できた。
フローレンに下手に魔力を爆発されたら、城をぶっ飛ばされるくらいでは済まない。
被害は甚大だ。
その上、必ず、王に見つかる。
侍女たちはフローレンの真価をわかっていないのだと思っていたが、そうではなかった。
戦闘能力に長けるフローレンに分別が付くまで、どこに出しても恥ずかしくない令嬢として教育し、魔力の暴発を抑え、専門の魔力学院できちんと魔力についての学習を積ませる。
優秀な教師を付けて。
ダグのことだ。
魔力も相当なものだったが、ダグは小回りが利いて少量の魔力で最大限の効果を発揮することに長けていた。
場面に応じて、隠蔽魔法だの遮断の魔法だのを、相手に気付かれないように上手に掛けた。
大火力のフローレンの不得意分野だ。
学院に入ったフローレンにも、めったやたらに男子に執着されてはいけないので、女子だと感づかれない魔法を密かに掛けていた。
あれでかなりのトラブルが回避されたと思う。
約一名、強力な魔力の持ち主が、魔法が効かなくて、熱心に求婚してきたが。
ダルクバートンとダグの話を聞いていると、事情がだんだんと分かってくる。
ビストリッツが置かれている状況も。
そして、今は魔獣について実地で訓練を積んでいるところなのだと言うことも。
フローレンは、晴れて自分の部屋を獲得し、そこに自分の気に入りの武器を飾った。
魔法の本も机の上に置いた。夜は魔道具のランプに魔石を置いて、興味のある部分を読む。
最近は、歴史の本も引っ張り出してきて読むことが多い。
ダグから多少独立して、そして、冷静になれた気がする。
隣のダグの部屋は相変わらずの荒れっぷりだ。
彼の価値観は理解できる。はっきりと優先順位が決まっていて、例えば身なりについても、必要なら着飾るし気も使うが、そうでないときは、全く無頓着だった。
フローレンはダグ程部屋を散らかさなかったが、熱中すると我を忘れるところは似ていた。
やはり同じ一族の出身なのだと、ダグの部屋を見るたびに苦笑いが漏れる。
「あんた、最近は笑うことが多くなったね」
宿のばあさんが、フローレンのわずかな笑顔にちょっと驚いて声をかけて来た。
「最近は依頼も増えてきたから、自信が付いて来たよ」
レンは腰の剣を軽く叩きながら答えた。
あたりを窺い、警戒していたレンはいない。
先のことはわからないが、自分でどうにかできる部分も増えたと思う。
ギルドに知り合いも出来てきた。
ライフガード屋は、基本狩りはしないのでギルドに出入りするのは、救助した時のオマケで狩った獲物を売る時くらいだ。
ギルドへ依頼を受けに行ったり、チームを組むことはないので、知り合いはできない筈なのだが、ライフガード屋として助けた連中は自然顔見知りになった。
「最初はいつも緊張した顔をしてたから、なんだか怖いイメージだったけど、最近はましだ」
ギルド仲間から、有難いお言葉を頂戴して、思わず苦笑いしてしまったこともある。
魔獣について意見交換をすることもあって、座り込んで長話になることもあった。
すると宿のばあさんの使いが慌てた様子でやってきて、誰かがライフガード屋に助けを求めに来ていると伝言される。
すると相手はすぐに立ち上がって、行ってくれと頼むのだ。
「俺も助けてもらったしな。すぐ行ってやってくれよ」
フローレンは気軽に立ち上がる。
どんな魔獣相手でも、たちどころにどうにかしてしまうアレン。
手負いになって暴れ回る魔獣は非常に危険なはずだ。
この街の冒険者はプロだ。それも国中でも相当なレベルなのだ。
そのプロたちが、てこずる、手に負えないほどの魔獣を始末しに出かける……。
「行ってやってくれ」などと気軽に頼むが、本当はそれがどんなに危険な仕事なのか、ギルドの仲間たちはよく承知していた。ただ、この二人の限界がわからない。
アレンだって、恐怖を感じているはずだが、アレンは笑みを絶やさずあっさり言う。
「じゃあな」
そしてある日、ダグとアレンの二人が魔獣退治に出かけて帰ってこなかった時、街の連中は、ついにライフガード屋が終焉を迎えたことを悟ったのだった。




