第43話 次の計画
翌日、ダルクバートンは従者のマクシミリに追い立てられるようにして、マドリーユへ帰って行った。
山のように約束をして。
「忘れないで欲しい。必ずここへ帰ってくる」
出かけてくるの間違いでは?
ここは、あなたのおうちではありませんが。
横では、マクシミリが口元にこわばった微笑みを浮かべ、しきりと馬車の方を気にしていた。
「ダルクバートン様。お時間です」
何しろ船に乗り損ねたらシャレにならない。彼は王都に行かねばならないのだ。憧れの魔法戦士として。
少年の格好に戻ったアレンは、ホテル前でダルクバートンを見送った。
「ダルクバートン様は、ケチャックの襲撃の時に助けてくださったので」
通りすがりに出会って、驚いた様子のギルド長のモリス氏にダグとアレンは、そう言い訳した。
「あ。ああ、なるほど」
ギルド長のモリス氏は、ケチャック襲撃事件の当日、ギルドの連絡係として錯綜する情報に振り回されていたので、現場にはいなかった。だから、その場の雰囲気などは知らず、二人が律儀に大貴族の手助けを感謝して見送りに来たのだと解釈した。
ダルクバートンは馬車から身を乗り出して手を振っていたが、突然、中へ引きずり込まれたように引っ込み、それから馬車は猛スピードで走り出した。
本当に時間がないのだろう。
「ところで、ハウゼーマン殿から伝言があるのだがね」
ここで会ったが幸いと、モリス氏がおずおずと持ちかけた。
「なんですか?」
「実は姉娘のリズと結婚話が持ち上がっていて」
「誰と?」
「えーと、君だ。マリー・ダグ。ライフガード屋の主人だ」
ダグは何の感慨もなく、サックリ返事した。
「私は妻帯者です」
「えッ?」
「えっ?」
モリス氏のほかに、アレンも驚いた。
二人はまじまじとダグの顔を見つめた。
ダグの方は涼しい顔をしている。
「妻は郷里の町に残っている」
そうだったのか。
「秘密結婚だったのか?」
モリス氏の質問に、ダグは嫌な顔をした。
「秘密なんかじゃありませんよ。私は冒険者の端くれです。何ヶ月かに一回帰るんです。なんで、ハウゼーマン氏に結婚できないと伝えておいてください」
驚きのあまり、地面に根が生えたようなモリス氏は見捨てて、ライフガード屋の二人は、元の宿に戻った。
「こないだの金持ちはもう来ないのかね?」
宿の婆は残念そうだった。
「せっかく隣の部屋の客を移動させたと言うのに」
「ちょうどいい。僕が使いますよ」
アランがそう言うと、宿の婆が、何だか胡散臭そうに見てきた。
「荷物が増えちゃって、置ききれなくなったんだ」
アレンは言い訳した。
嘘ではない。ダルクバートンのせいでドレスが増えてしまった。使い途がないので、作ってくれた仕立て屋が言うように、売り払ってもいいかもしれない。
「それにダグの奥さんに申し訳ないよ」
アレンはダグに向かって言った。
「あほう。信じるな」
ダグに頭をはたかれた。
「なにすんだ」
「いいから黙れ。もう結婚している方が都合がいい。面倒くさい」
アレンは黙った。宿のばあさんに話は聞こえていない。こう言う話をするとき、ダグは抜け目なく必ず遮音の魔法を使った。
こういう細かい魔法を事態に先んじて使うところは、見習わなければいけないとアレンは反省した。
「ハウゼーマンはここの領主だ。圧力を掛けられたら面倒だ。モリスに話しておけば、自然に伝わるだろう」
それから、ダグはちょっと優しくなって言った。
「ここを離れて、ヘルデラントに戻ろう」
「え?」
アレンはダグの顔を見た。
ヘルデラントの王から逃げていたのではないの?
「聞いたろう。マリアがお前の代わりに国王に嫁ぐ」
それは……複雑だった。
マリアとキースとフローレン。
この三人は、従兄妹か又従兄妹に当たる。ビストリッツの一族の人間に間違いなかった。
「マリアに重責を担わせて、僕はこんなところで遊んでいていいのかと……」
「遊んでいるわけじゃない。魔獣の研究をしている。魔法薬も研究している」
「それはそうだけど」
「ライフガード屋をやった。それだけでも勉強だ。苦手だった生活魔法もうまくなった。どこへ行っても生きていけるだろう」
アレンは不安になった。
まるで、一人で生きていけと言われているようだ。
「だが、今は実家に帰るわけもいかないだろう。魔獣の研究が済んだら、ダルダネルの国境線に行く」
「え?」
「まだ少しだけ時間があるはずだ」
時間? 少しだけ?とは?
アレンは顔をしかめた。
一体、どう言う意味なのだろう。
「今度は本気の戦争に行く。俺たちは傭兵になる」
「傭兵?……」
「ああ。俺は昔、傭兵だった」
先生ではなくて? 傭兵……だった?




