第42話 ダルクバートン、口説きまくる
「あなたがいなくなってから、私はずっと悩んでいた。あなたのことが気になって、無事でいるのか、どうしていなくなってしまったのか……それと、どうしてこんな気持ちになるのか。私は落ち着いていられなかった。私はあなたを追ってきたのです」
ダルクバートンが熱い。暑苦しい。だけど、その熱量は知らない種類のもので、冷ややかに魔力だけで物事を解決してきたフローレンには、わからない、知らない力だった。
「もし、死んでしまったら……それすらもわからない。それに、私はあの年寄りのリーバー先生のことも疑っていました。同時に消えてしまったからです。学院は必死にあなたの行方を追っていましたが、結局分からずじまいでした」
では、なぜ、ダルクバートンはここへ来れたのだ?
「偶然ですか?」
ダルクバートンは即座に否定した。
「感知の能力者を使いました」
「バート?」
「そう。あの男はあなたに恋していた」
優しくて親切で、いつでも頼めば応えてくれたバート。
友人としての分を越えないようフローレンはいつでも気遣っていたが、レッドのスカッとした割り切りのいい付き合い方と違って、バートはとにかくフローレンのそばにいたがった。時には申し訳なかったけれど、時間だからと嘘を言ってその場を離れたこともあったくらいだ。
あれは友情ではなかったのか。
「大事な女性のことは、私もそうですが、甘やかして大事にして、なんでも言うことを聞きたくなる。だけど、バートはあなたに思いを伝えることをしなかった。女性のあなたが男子校に在籍している以上、なんらかの重い事情を抱えていることを察したのでしょう。だが、彼の執着はあなたの行方を必ず追うはずです」
フローレンは、驚いた。だが、同時に反省した。
どうして自分は気がつかなかったのだろう。
ダグが言っていた。
知らないものへの魔法は使えないよ……
今、フローレンは、バートのあたたかな心づかいが何だったのか、正体を教えられた。
ダルクバートンの執拗な視線は、熱量を湛えてフローレンを見つめてくる。
フローレンは少し赤くなった。
熱心にダルクバートンは手をつかんできた。
「すぐに結論とは言いません。私も王都に行かねばならない。魔法戦士としての修行が待っています」
フローレンはピクリとした。
風を切ってウマに乗り、魔獣を一刀のもとに斬り捨てる魔法戦士はすごくカッコよくて、幼い頃のフローレンの憧れだった。中でも、ダルダネルの魔獣相手に戦った騎士は有名で……伝説の人だった……
だけど、子ども向けの、騎士の活躍の話は読んだけれど、史実の方は誰もお城では教えてくれなかった。
「アレンと名乗って、女性の魅力があふれださない魔法をダグがかけている間は、私も多少安心です。どうか私の心を受け取って欲しい。嫌ってはいないと言う一言だけ、恵んで欲しい」
すぐに返事しなくていいと言われたけれど、嫌っていないの方は今すぐ答えなくてはいけないらしい。
フローレンは当惑して、ダルクバートンから目を逸らした。
周りは自分たちのことに夢中な見ず知らずの人々のはずだった。
だが、ダルクバートンから目を逸らした途端、フローレンは周りの異様な感じにやっと気づいた。
「誰? あの人」
「隣の男の方と比べて、随分見劣りする、貧乏そうななりねえ」
フローレンの衣装は、町一番の仕立て屋のものだったが、いかんせん、時間がなくてサンプル品を適当に買うしかなかった。当然、大した値段のものではない。
「まあ。見て。ダルクバートン様だわ」
折悪しく、ハウゼーマン家の姉妹が参加していた。
「え?」
姉が見つけ、妹が身を乗り出した。
「誰? あのみすぼらしい格好の娘は?」
ハウゼーマン家は地元の領主だった。つまり最高の家柄だ。周りには取り巻きの令嬢方が大勢いた。
(さすがにアレはない)
アレと言うのは、ハウゼーマン姉妹のことだ。
幸い向こうはフローレンのことを知らない。
ここは無視に限る。
問題はハウゼーマン姉妹の側に無視する気がないことだった。
取り巻きもろとも、フローレンを必死で値踏みしていた。
今後が危ぶまれる。いくら辺境伯の一人娘として、大抵のことは無視で押し通すのが常のフローレンだって、ギンギンの目に睨みつけられていては、不安を感じる。
だが、それ以外にも面倒は続々とやってきていた。
なぜなら、ここが田舎だからである。
田舎で随一社交の場として活用されているホテル。
目新しい人間はものすごく目立つ。
ダルクバートンもフローレンも、マドレーユしか知らない。
マドレーユは、それは大都会で、富裕の家々ではホテルなど霞んでしまいそうな格式の高いパーティがそれなりの人士を迎えて開かれていた。こんな公共の場でのダンスパーティも毎夜のように開かれていたし、はるかに大きな港を擁していたので、外国人も多かった。
だから知らない顔があって当然で、むしろ人ごみに紛れて密会するなどと言う芸当もうまく場所を選べば可能だった。それが当たり前だったから、誰も知った顔がいないホテルなら、誰からも関心を持たれないだろうと思っていた。
残念ながらここでは、全員が顔見知りだった。知らない顔は好奇心の餌食になってしまう。
そして、ダルクバートンの場合は、ハウゼーマン家の令嬢が得意満面で『自分たちの知り合いの』侯爵家の御曹司だとふれ回ったせいで、娘たちは全員彼の素性を知っていた。一方のフローレンは、見たことのない令嬢だった。
着ているものから見ると、特に金持ちではなさそうだったが、何しろ、この南の地方では珍しい、宝石のような青い目と、銀とも金とも表現されそうな豊かな髪、それに白とピンクを混ぜた透き通るような肌色だ。
若者たちが黙っているわけがない。
ただ、ダルクバートンが絡みつくような視線で彼女しか目に入っていないように熱心に話しかけている様子を見ていると、誰一人、割って入る勇気がなかった。
だが、美人には弱い。
その場の全員が、フローレンの顔を覚え込んだ。




