第40話 事務的な縁談話
「さあさ、何でも昼間は大活躍成されたとうかがいました。お疲れでございましょう。食堂に参りましょう。ホテルに言って、この地方一番の酒を用意させました」
マクシミリが、きわめて丁重に、だが少々神経質そうに、ダグとアレンを招待した。
こういったレストランは、マドリーユにいた時以来だった。
そして、今晩はなぜだか三人である。
給仕が緊張した様子で、酒の瓶とキラキラしたグラス、うまそうなハムやチーズを持ってくる。
「すぐに料理を用意させます」
そこそこいいホテルらしい。食器などもちゃんと整っている。
「食べながら話そう。給仕どもには何の話か分からぬよう防音の魔法をかけた。話していることはわかっても内容は頭に入らないだろう」
相変わらず、こういった細かい魔法をよく知っているとアレンは感心した。
「先ほど、ダルクバートンと政情について話していたのだが」
この部分は嘘である。
確かに最初は政情について話していた二人だったが、ほとんどアレンに似合うドレスについて激論を戦わせていただけだ。途中で話が横道にそれて戻ってこなかったのである。
「ダルクバートンはダレン侯爵家にフローレンを迎え入れたいらしい。お前はどう思う?」
「どう思うって……」
ひどいっ……とダルクバートンは思った。一生に一度の求婚なのに、ロマンのカケラもないではないか。
これは、月明かりの美しい晩に、花の香りが漂うロマンチックな庭園で、言葉を尽くして囁くはずのものだ。
なんで、本人じゃなくて兄なんかから、食事の最中についでみたいに、事実通告だけで済まされなくてはいけないんだ。
「ダルクバートンはアレンは女性だと気がついたらしい。それで、膨大な魔法力に利用価値があると考えて結婚した方がいいと思いついたそうだ」
「違う!」
ダルクバートンが真っ赤になって抗議した。
「違うのか。じゃあ、何なんだ」
アレンを愛してしまったからっ……と言う言葉はなかなかダグの前では出てこない。
「それは、その……」
意地の悪いことにダグは黙って時間を置いた。
そして言葉に詰まっているダルクバートンをしばらく観察してから、ふーっと大きなため息をついた。
「しかたないな。それで、話を続けると、ダレン侯爵家も喜んで迎え入れたいと言うことだそうだ」
言葉を失ったダルクバートンはうんうんとうなずいた。そこのところはその通りだ。
「だが、俺が危惧しているのは、ダレン侯爵家がお前を守り切れるかと言うことだ」
一挙にその場が緊張した。
聞こえない給仕は呑気にローストした鶏を配って歩く。
「守り切れる?」
アレンが聞いた。
「王家の婚約者だ」
アレンが顔をしかめた。
「知っている」
「国王ジルベルトは、フローレン姫の十五歳の誕生日に、ビストリッツ城に使いを寄こした」
あの騒ぎだ。
「正妃の座を用意して待っていると幾度も伝えてきた。ビストリッツは、フローレン姫に魔力はないと答えて婚約の破棄を求めている」
ああ、それで……魔力を使わないように閉じ込められていたのか。
「お前の魔力は戦闘力に振り切っている。十年前の戦争の時、一族で最も魔法力があったのはラヴァルスだ。お前の従兄弟だった」
「だった?」
「今はもうラヴァルスはいない」
ダグはそっけなく言った。
「ラヴァルスの魔力は有名だろう。戦闘に特化した魔法戦士だ。全ての魔法戦士の伝説になったと言ってもいいくらいだ。特にその人外の魔法力で」
名前は知られていなかった。
ただ、ビストリッツの魔法戦士とのみ伝えられていた。
魔獣を多く引き連れたダルダネルの軍団に取り囲まれたヘルデランドは敗色が濃かった。
弩や砲など、最新鋭の武器を連ねても、魔獣から放たれる極端な熱に溶かされ、あるいは途中で燃え上がって消え、矢は届かなかった。
白兵戦はなおいけなかった。力で魔獣に勝つことなど、人間には不可能だった。
「もうラヴァルスは戦わない。だが、ヘルデランドの王の心にその姿は染みついたのだろう。次を求めている。それがフローレン、お前だ」
「フローレン嬢が戦いを?」
ダルクバートンが気色ばんだ。
「必ずしも、そんなつもりはないだろう。むしろ、王家にそのような子が生まれればと期待しているのかも知れない」
「嫌だ」
「だが、ダルクバートン、ダレン侯爵家も似たような発想なのではないか? 子孫に強い魔力を持つ子どもが生まれれば、その家は安泰だと」
「…………」
「王家にフローレンを渡すと、ビストリッツは危機に陥る」
ゆっくりとダグは語った。
「正直、ビストリッツと王家は対立している。それは表立ったものではないが、王家はラヴァルスが途中で手を引いたことを裏切りだと思っているし、ラヴァルスはビストリッツ出身の王妃が殺されたことを許していない。王妃の事故は直接には王家に責任はない。だが、なぜそんなことが起きたのか、ビストリッツはその原因に不信感を持っている。だが、無論、ヘルデラント王国内にある以上、ビストリッツは王家と対立はしない。今後とも融和策をとっていくだろう。王家との婚姻に同意したこともその表れだ」
ダルクバートンとアレンは黙っていた。
給仕がワインを注ぎにきた。
その耳には、きっと取り留めない会話が聞こえていることだろう。
この場の三人だけで会話は聞こえている。
「だが、ビストリッツは女児の生まれにくい家系なのだ。不思議なことに。ただ、当時、たった一人だけ女の子がいた。それがフローレン、お前で、まだ五歳かそこらだった。魔力の程がわからなかった」
決して弱くないことはわかっていた、それはビストリッツ辺境伯家の娘ならば当然のことだからとダグは言った。
「だが、魔力の方向性が戦闘、そしておそらくラヴァルス並みの強力な魔力だとは、さすがに誰も想像していなかった。それは他家に嫁がせることができないほどに強い」
ダルクバートンはだんだん心配になってきた。
それはつまり、ダレン侯爵家に嫁がせるわけにはいかないと言う意味なのだろうか?
「わ、私はフローレン嬢を愛しています。この方ほどの女性に会ったことがない。ずっと見てきたのです。同じ学院で。そして狩りにも出かけ、強さと懸命さを目の当たりにした。令嬢としてだけでなく、その人となりも魅力だとわかっています」
「ダレン侯爵家は、完全な王党派ではない」
ダグは言った。
「その領地の場所から言っても、歴史や性格から言っても、どちらかといえば王家と対立する傾向があった。海辺に近く、港湾を抱え、王権からの干渉を嫌う。それというのも、貿易で稼ぐことが可能で、ダルダネルからの脅威とちょうど反対側の場所に領土が位置するからだ。危機感は薄い」
「なれば!」
「だが、魔力があるわけではない。ダルクバートンはたまたま魔力に恵まれたが、名家の子息で魔力持ちとなれば、王家は騎士団に誘うだろう。名家出身の騎士団員の実力者とフローレンとの婚姻は王家が最も厭うところだ」
じわじわとダルクバートンにも意味がわかってきた。
「だから、フローレンは魔力を表に出してはいけなかったのだ。もし、フローレンの魔力がゼロで、そして他にビストリッツの血を引く娘がいれば、そちらと結婚する可能性がある。例えばマリアとか」
「マリア?」
意外な名前にフローレンは驚いた。幼馴染のあのマリアのことだろうか。
ダグは頷いた。
「ビストリッツ領内の者は、ほとんど皆魔力がある。そして、辺境伯一家に仕える者たちは、辺境伯の遠戚に当たる者が多い。マリアもそうだ」
「では、マリアが王妃に?」
「マリアは喜んで承諾すると返事をしている。王家としては、魔力の少ない辺境伯の実の娘より、魔力に溢れた親戚の娘の方が好ましいだろう」
フローレンは複雑だった。
王に会ったことはない。だから、判断がつかなかった。
もしかしたら王家は魅力的な嫁ぎ先だったかも知れない。なにしろ、一国の王妃様というくらいなのだから。
そして、幼い頃から辺境伯令嬢として振る舞ってきたものが、侍女兼遊び相手だったマリアが自分より偉くなり、今度会った時は自分が平伏せねばならないのかと思うとそれもまた複雑だった。




