第39話 兄設定
今回ばかりは、仲が良くないと思っていたダグとダルクバートンが意気投合している……ように見えた。
さすがにアレンもなんだか驚いた。
二人とも、息せき切って、そしてなんだか同じように憤慨しているように見えた。
農家の青年が、治癒魔法をかけてくれた美少年に向かって、うっとり声をかけているところに来合せてしまったからかもしれない。
「ありがとう。ねえ、君、女の子だよね? どうしてそんな少年みたいな格好しているの? そんなにかわいいのに」
たちまち毛を逆立てたダルクバートンが、まさかケガ人を蹴り飛ばすわけにはいかなかったが、その青年に向かって威圧的に名乗りを上げた。
「うちの妹を口説くのは止めてもらおうか」
誰が妹だ。
そのあと、ダルクバートンは、ダグを振り返って眉を寄せたまま言った。
「ちゃんと魔法をかけておかないとこうなるだろう」
待て。
ダグは思った。
君も、魔法が薄くしかかかってない時、気が付いたんでしょ?
一方、アレンもあきれ返って、ダルクバートンを見つめた。
だが、その青い瞳は、いつだってダルクバートンに効果絶大だった。
つまり逆効果だった。
ダルクバートンは周囲の状況が一瞬わからなくなって、お茶を飲みに今から出かけないかと提案して、農民どもに空気の読めない傲慢貴族認定された。
「誠にあいすみませんが、ケガ人の治療がまだ済んでませんもんで、どうか旦那様」
「いや、そうではない。この娘の兄が、少年らしく見えるよう魔力を使わなかったのがイケないのだ」
ダルクバートンは言い訳した。
自分の婚約者(予定)の兄なら、自分にとっても義兄である。当然だ。ダグにもアレンにも理解できていなさそうだが、当たり前ではないだろうか。
「どの兄?」
ケガ人の青年がつぶやいた。そもそも何の魔法だろうか。
観客のことはすっ飛ばして、ダルクバートンはダグをにらんだ。
「あいつだ。魔法のかけ忘れだ」
ダグがぎろりとダルクバートンを見返した。
「かけて欲しかったのか? 女の子に見えなくなる魔法を? 楽しくないぞ?」
それは…………確かに。女の子の姿、真の姿を見せてもらえた方が正直嬉しい。
ダルクバートンは苦渋の表情で、敗けを認めた。
「うむ……感謝する」
「ここの……皆様をだな、とっとと治して差し上げたい。お前は治癒魔法は使えないのか?」
アレンよりは治癒魔法の得意なダグは傷がひどい農民の担当になって、傷口を縫い合わせ(るように見える魔法をかけ)たり、骨折した農民に添え木を当ててい(るように見せかけて、骨を繋いでしまってい)た。
ダルクバートンは残念ながら、治癒魔法はさっぱりだった。
「では、水を汲んできて、農家から治療に使える布を集めてきてください」
軽蔑しきった調子でアレンのかわいい声が冷たく突き放すように言うのを聞くと、ダルクバートンは感極まっていそいそと水を汲みに行った。
「あなたとさっきの貴族は、本当に兄弟なのですか?」
手当をされてアレンを口説きだした農家の青年が、ダグに向かって素朴な疑問を口に出した。
「えっ?」
「似てませんが。だって、今さっきあの貴族の男は、あの少年の兄だと名乗った。あなたもあの少年の兄なんでしょう?」
アレンもダグも黙った。
広がる親戚関係に頭がごちゃごちゃになって来た。
「早く済ませよう」
アレンは農家の女たちに、聖水(消毒薬だが)と神聖な布(清浄魔法付与済み)の使い方の説明をした。
「アレン様、これをもっと分けて欲しいのですが」
アレンは首を振った。
「今回はギルドからお金が出るようだし、ケチャックが七十八匹捕まったそうだ。その金で聖水と聖なる布の費用は出るが、基本的に高いので、なかなか買えない」
実はアレンの魔力が元手だ。つまり、無料。だが、せがまれたら面倒だと言う知恵がアレンにも付いた。
成長したなとダグは思った。もちろん、ケチャックと聞いて飛び出していった無謀はほめられたものではないが。
毎度毎度、手間のかかる……
余計な大活躍をした罰として、アレンは町一番のドレスメーカーに連行された。
そして、(ダグとダルクバートンの)議論の末、薔薇色のドレスを調達された。
「それを着ておけば、誰もライフガードを頼んだりしないから」
ダグがもっともらしく言うと、ダルクバートンは満面の笑みでにこやかに付け加えた。
「こちらも用意した。普段着用にな。頃合いのドレスがあったので。ただサイズ直しが必要だな。あなたは細いから」
服が、恐ろしく恐縮して現れた店主の女によって麗々しく運び込まれた。
「こんなにたくさん、どこに置いとくんだ」
思わず声が大きくなってしまい、余計に店主の女を恐縮させてしまった。
これはアレだ。
ダルクバートンのせいだ。間違いない。着飾らせたいタイプだったんだ。
「もう少し枚数を減らして欲しい」
仕立て屋の女に向かって言った。
「あの、いいえ。とんでもございません」
女はダルクバートンの方を窺った。
言うだろうなと思った。
「あの貴族の方にお願いなどとても……」
仕立て屋の女はしかし、アレンに向かって、阿りとも何とも言い難い表情を浮かべて言った。
「買って貰えばいいではありませんか。あんな金持ちそうな貴族の方にこうまで大事にされるなんて、チャンスじゃありませんか。若くて美しいからですね。いずれ奥方を迎えられるでしょうから、それまでの話でしょう。今のうちですよ、お嬢さん」
アレンは女の顔を見つめた。
こんなことは、言われたことがなかった。
アレンは辺境伯家の令嬢だ。
欲しければドレスくらい、いくらでも買える。
こんな店の安物のドレスなど、普段なら目もくれないだろう。
「多めに買ってもらって、後で売ればいいんですよ。一財産になります。いつまで旦那様でいてくれるかわからないし」
女は親切に勧めた。
「このドレスはね、本当はハウゼーマン様のお嬢様が発注なさったものなんです。普段ならお目にかかれない上物ですよ」
余計、着たくない。
「ダグ、この服はハウゼーマンの娘の発注だそうだ」
アレンは店の方で宝石だのを見繕っていたダグに向かって大声で言った。
「え? あ、なら、いらないな」
「それは失礼した。そんなものを勧めるとは」
ダルクバートンもあわてて言った。
それはとにかく、ダルクバートンは、その店で手に入る出来るだけ上物の服をアレンに着せて馬車に乗せた。
「ダグ……」
アレンは救いを求めるようにダグの方を見たが、ダグは黙って貴族らしい衣装を店の箱の中から引っ張り出して、着ているところだった。
「これもある種の変装なのかもしれないな」
ダルクバートンが言うと、アレンが尋ねた。
「どういう意味です?」
「この町一番のホテルをとった。ご招待申し上げたい。だが、ダグとあなたはこのまちでは有名人なので、普段の格好で街の真ん中に行くのはちょっと……」
ダルクバートンが説明し、ダグが補足した。ダルクバートンは嬉しそうで、ダグはめんどくさそうな表情だった。
「お前がケチャック狩りになんか出かけなれば、宿の中で済んだ話だ。場所を変えた方がいいだろう。今頃、宿にはギルドの連中が押し寄せているよ」
「ギルドの向かいのホテルだ。この格好なら誰も俺たちとはわからないだろうからな」
ごく普通の令嬢が着るドレスに身を包み、簡単に髪を結ってもらってダルクバートンに手を取られて歩くアレンは、本当に美しい令嬢だった。
「ほら、体が覚えている。下品に振舞うだなんて、君にはできない」
ダルクバートンは満足そうだった。後ろから付いてくるダグは不満そうだった。
馬車に乗って、くだんのホテルに着くと、運悪くパーティが催されていた。
「気にする必要はない」
スタスタとダルクバートンとダグは、アレンともにホテルに入っていった。
「私はとにかく、ダグもアレンも絶対にバレないさ」
それにしても……何の話があるのだろう。
マクシミリが部屋の前で待っていた。
「お待ちしておりました」
「すまない。少々予定より遅くなってしまって……」
「いえ。ご衣裳のことで手間取るかもしれないとおっしゃっておられましたので」
もうかなり遅かった。
「申し訳ないが、今夜はここで泊まっていってくれたまえ。兄上と一緒なら心配は要らないだろう。世間体的にも、問題は出ないと思う」
ダルクバートンは大真面目に言った。
「部屋は別の方が……」
アレンは希望を述べたが、ダグが強硬にダメだと言い張り、ダルクバートンは意外にもダグに理解を示した。
「この階は借り切ったが、まあ、外の客もいることだから無理もない。兄上と一緒の方がかえって私も安心だ」
どっちも兄ではないのだが。




