第34話 ハウゼーマン殿の娘のお茶会
ちなみにハウゼーマン殿の娘は、リズとサーナと言った。
そして、二人とも、父の目論見と異なり、気に入ったのは少年の方だった。
「あんなに美しい男性は見たことがないわ。まるで妖精王のよう」
うっとりとして姉のリズが叫んだ。
「しかしな、リズ。まだ少年だ。この家を支えてもらうためには、やはりもう少し年上の方が」
父親のハウゼーマン殿があわてて口を挟んだ。
趣味で結婚してもらう訳にはいかないのだ。
「いやよ。サーナ、あなたがもう一人の方と結婚なさいな」
「あら、お姉さま、年の順から言えば、当然、私がアレン様と結婚するのよ」
「数年待たねばならん。まだ十代半ばのようだったではないか」
ハウゼーマン殿は焦った。
「そうなると婚約者ですわね。何か素敵な響きだわ」
サーナがつぶやいた。
「お父様、相手に決めてもらいましょうよ。どちらを選ぶか」
ハウゼーマン殿は、なんとなく、この地方きっての名家の婿の座なのに、あの連中はちっともありがたがらないのではないかという不安をちらっと感じた。
本来、あり得ない不安のはずだ。だが、その不安は、娘二人の甲高い声にかき消された。
「ねえ、お父様、次は晩餐会に呼びましょう。ダンスパーティをやってもいいわ」
「お茶会でもいいわね。明日にでも来ないかしら? モリスに言い付けてよ」
「仕事があると思うんだが……」
「そんなの、どうだっていいじゃない」
「あなた方」
割り込んだのは、魔力があると言う彼らの母親だった。
「お忘れかもしれないけど、今度、ダレン侯爵家の御曹司がこの家へお見えになるのですよ?」
彼女は厳しい目つきで娘たちを眺めた。
「先日、手紙が来ていたでしょう?」
黙り込む娘たち。
「いいこと? ダレン侯爵は、中央の政界でも活躍されているほどのお家柄。ダルクバートン様は、その跡取り息子で魔法学院を主席で卒業されたと言う秀才なのです。その方が、当家にお越しになられるのですよ? わかっているわね? どんなことをしてでも、興味を持ってもらうのです」
「でも、お母様……」
「特にサーナ、あなたはダルクバートン様と同い年です」
母親は、下の娘に向かってピシリと言った。
「ドレスはちゃんと選んであるわ。歓迎の晩餐会で着るようにね」
それから姉娘の方に向き直った。
「それから、リズ、あなたは今日会った青年と結婚なさい。年回りもちょうどいいわ。あなたとなら、喜んで結婚することでしょう。少年はダメです。これ以上待ってはいられません」
「お母様!」
「でも、私たちは!」
母は、二人の娘の口を塞いだ。そう言う魔力はあるのだ。そして夫の方へ向き直った。
「あなた」
ハウゼーマン殿は震え上がった。
「魔力があるなら、その冒険者は悪くない話でしょう。でも、ダレン侯爵家とのご縁の方が大事です」
「エリザ、ダレン家の方は、そんなこと毛ほども考えていないと思うんだがね?」
ハウゼーマン殿は、一応注意を試みた。
「何を言っているのです。こんな千載一遇のチャンス、願ってもない幸運ですわ。羽目を外しにくるのですよ?若者が。若い娘と出会ったら、それこそ、真実の愛というものですわ。この辺りではうちの娘ほど、身分の高い者はいないのです。是非とも、着飾らせてお目にかけましょう!」
ハウゼーマン殿は恐妻家だった。
それは、ハウゼーマン殿の性格が恐妻家を作ったのではない。
妻の性格が、恐妻家を作り上げたのである。
結果論として、ハウゼーマン殿のみならず、床掃除の下女から執事長、果ては娘に至るまでが、恐主人家、恐母家と成り果てた。
屋敷をあげて、どんなことがあっても夫人には逆らえない環境が出来上がっていた。
娘二人さえ、母には逆らわないことに決めていた。
しかし、極上のイケメン、それも違った種類の二種類を揃えられて、さらに「ダルクバートン様はイケメンで有名だそうですよ」という極秘情報まで与えられた二人は悩み抜いた。
「でも、三人と結婚するわけにはいかないわ。やっぱり選ばないと」
妹のサーナが決死の覚悟で姉に相談を持ちかけた。
「ダルクバートン様もハンサムだという話だけど、昨日見たあの二人ほどじゃないでしょう!」
「人外の美しさよね」
男性外の美しさかもしれない。
「とにかく、ダレン侯爵家のご意向に逆らうわけにはいかないわ。だから、先にあの二人との話を詰めておいた方がいいと思うの!」
サーナが言った。
「彼らは、ダルクバートン様の存在を知らないのよ」
「そうね。ダルクバートン様が私たちのうちのどちらと結婚したがるか、わからないもの」
「最悪、駆け落ちしなくてはいけないかもしれないわ」
「駆け落ち! そんなこと、迫られても……」
と言いつつ、夢見る目つきになる二人。妖精王に手引きされて、屋敷を出る……
『寒くない? さあ、これを羽織って……馬車を用意した。僕の魔力があれば、君に不自由なんかさせない』
「ダルクバートン様が来られる前に、お茶の会をセッティングしましょう」
「お母様に逆らうことになるけど……それでも、構わないわ!」
「お姉さまの名前で、年上の方の冒険者の方をお呼びするお茶会だと言えば、お母様も文句をおっしゃらないわ。そして二人共に来て貰えばいいと思うの! カップの数が一人前増えても、誰にもわからないわ!」
姉のリズの婿(超予定)はダグである。
リズがダグを呼んでお茶会を開きたいと言えば、母の夫人は有無を言わせぬ圧力で夫と使用人と、それからモリス氏を動かすはず。
その結果、
「またですか?」
ダグもアレンも嫌な顔をした。
「うーむ。どうにもこうにも、断りきれなくて」
ブツブツ言いながら、モリス氏に頼み込まれて宿を出る二人だった。
「あの人達、何がしたいんですかね?」
モリス氏には、おそろしい予感があったが、黙っていた。とにかく、ハウゼーマン殿本人から聞いたわけではなくて、夫人と娘の性格から彼が憶測したに過ぎないのだから。
モリス氏は弁解した。
「前回は娘たちが失礼した。肝心の話を聞けなかったので、レアな魔獣の種類と出没場所を教えてほしいという話なんです」
「だったら、報告書を書きますから」
「いや、本当に聞きたいのは、レアな魔獣をどんな魔法を使って殺したのか、魔力の見極めをしたいんだと思いますよ。だって、あの人、魔力ないので、報告書もらってもわからないと思います。それに、誰にでも使える魔法じゃないでしょう、説明を聞いて判断するしかない。そしてその後、頼み事でもしたいんでしょう」
モリス氏は、申し訳なくて冷や汗をかきながら、もっともらしい口実を喋った。
ハウゼーマン殿は、ダグやアレンに、あの娘たちのどれかと、結婚を迫るような非常識な人物ではない。ないと思いたい。
今度は一番上等の部屋らしい、広い客間に通された。
そして、最初から着飾った娘たちが首を長くして待っていた。
話が違う。
「どうぞリラックスなさって」
娘二人の期待に満ちた視線と、有無を言わせぬ中年の、少しむくんだような夫人の嵩にかかった目付が気になる。
「すみません。これはどういうことですか?」
アレンが静かな声で尋ねた。
「僕たちは、ハウゼーマン殿に呼ばれたのだと思っていました」
「いいえ! 呼んだのは、実は私たちなの!」
万感の思いを込めて、リズが叫んだ。
アレンが、まるでうっかり踏んでしまったイヌのトイレを見るような目つきで娘二人を睨んだ。
ダグは面倒臭そうに二人を見るばかりだった。
二回も呼び出されて、怒り心頭なのはダグも同じだったが、同じ女性同士、アレンの方が手厳しい。
「私たち、あなた方のどちらと結婚するかで悩んでいて……」
「え? バカ?」
思わずアレンは呟いたが、その時、表の方で大きな声がした。
「おおお、これはこれは、ようこそおいでになりました」
ボソボソと答える声。
「これは、客人がお見えのようですな」
ダグが立ちあがった。
「私どもは失礼しよう」
サッとアレンも立ち上がり、スタスタとドアに向かって歩き出した。
「待ってください! どちらと結婚したいか、おっしゃって……」
バカバカしすぎる。だが、ドアを開けた途端、ダグとアレンは、固まった。
ダルクバートンが旅装のまま立っていた。
そして、娘たちの叫び声にちょっと驚いて、声のする扉の方に視線を向けたところだった。
世の中、空気も凍る瞬間……というものがあるらしい。
「ダッ……」
ダルクバートンなんか知らない。バックれてダレン家の馬車に乗らなかったアレンは、危ういところで、口を閉ざした。
「ダ……」
これまた、リーバー先生の姿でしか会ったことがない、ダグの方が危険だった。今のダグの姿をダルクバートンは見たことがないはずだ。名前なんか知っているはずがない赤の他人だ。
ダルクバートンは長い立派なコートを着て、帽子までかぶっていた。後ろには従者のマクシミリが付き従っていた。
完全に貴族の旅装だった。
ハウゼーマン殿がへこへこしている。
「お越しになるのは明日と伺っておりましたが……」
「いや、旅の予定は狂いやすいものだ。別に貴公の屋敷に滞在するつもりはない。実は、探しものをしていてな。今日は、貴公から少し話を聞こうと思って来ただけで……」
ダルクバートンは、ハウゼーマン殿の顔を見ないまま、返事した。
目線はアレンの顔にずっと注がれたままだ。
「ダレン様、どのような話のためにお越しになられたのですか? ぜひ、当家にご滞在賜りますようお願いしたいと思っておりましたのですよ。ホテルよりずっと快適にお過ごしいただけます。その探しものとやらも、ご満足いただけるよう取り計いましょう。まずは、一口飲み物を用意いたしますので、こちらの客間に……」
急にダルクバートンはニッコリした。
「いや。いらぬ。もう見つかった」




