第33話 ハウゼーマン邸での礼儀作法
ハウゼーマン殿はバカではなかった。
ダグとアレンが断れないような理由を出してきた。
「何で会いたがるのかって? 思うに手元で使いたいか……そんなところだと思う。そのために、まず、魔力の小手調べか」
ギルドの会長室に、二人を呼び出して、モリス氏は正直にダグとアレンに告げた。
「ハウゼーマン殿に魔力はないんでしょう?」
ダグが聞いた。
「全然。本人は気にしているがね。貴族なのに、まるでゼロだから。そこらの平民にも劣る」
「それにしても、魔力がなかったら、魔力の小手調なんかできませんよ。感知することができないんですから」
モリス氏は一瞬だけ間の抜けた顔をして、それからため息をついた。
ダグの言う通りだ。会ってみたところで、ハウゼーマン氏は何もわからないだろう。
「とにかく会ってみたいんだろうね」
「その後、どうしたいかがわからないので、返事をしにくいのですが、あまり接触したくないですね」
「平民我々は、食事マナーが最低なので、お断りするとか」
ダグがプランを出してきた。
残念ながら、モリス氏とは何回か食事をする機会があった。
ダグとアレンに言わせれば、食事マナーが最低なのはモリス氏の方だ。モリス氏の顔を見て、この言い訳を思いついたくらいだ。
「食事がメインじゃなくて、領地にいる魔獣の状況を聞きたいと言われた。それだと食事抜きで呼ばれるだろうね」
それはそうだ。
結局適当な言い訳が思い浮かばなかったので、二人は渋々ハウゼーマン邸へ向かわざるを得なかった。
「どこに移住するにせよ、この問題は出てくるんだろうね……」
ダグがため息をついた。
「相手が、爵位もあまりはっきりしない貴族だったとしても、領主は領主。その土地で権限を持っている」
「いっそ、殺して成り代わりましょうか」
アレンが物騒なことを言い出した。
「子供や親戚がいなければ、それもいいかもしれないけど、代替わりすると国王に謁見に行かなくてはならないい」
国王はアレンにとって鬼門だ。何にしろよろしくない。
「適当に誤魔化して、関心を持たれないといいですね」
「それはそうなんだが……」
残念ながら、ダグもアレンも、冒険者と聞いて思い浮かぶような容姿ではないのだ。
ダグでさえ、認識不足の面がある、と付き添いのモリス氏は思った。
アレンにはオッさん呼ばわりされているダグだが、普通に見れば好青年である。
美丈夫と言うより、美青年。
もし、貴族のように身なりを整えて、そこらを歩かせようものなら、適齢期の女性から悲鳴が上がるに違いない。
そこまで考えて、モリス氏は気がついた。
ハウゼーマン殿に娘はいたっけ?
いったん気がつくと、余計なことにも頭が回る。
そうだった。
魔力なしにコンプレックスを抱くハウゼーマン殿は、婿や嫁に魔力の強い人間を探していたんだった。
そして、ハウゼーマン殿の娘といえば、気が強くて高飛車なので有名だった。しかもハウゼーマン殿にそっくりの顔立ちだった。
「そういえば、面食いだと評判だった……ような……」
今更ながら、いかにも気が進まない様子でモリス氏に付き従ってウマに乗っている二人の顔を恐る恐る確認する。
ブロンド頭は日を受けてキラキラ輝いていた。
目鼻立ちは整い、特に鼻がいい。細いが横から見ると、聳え立つような鼻だ。ものすごく貴族的だ。どう見てもハウゼーマン殿の方が平民に見える。
「これ、まずいかも……」
モリス氏は口の中でつぶやいた。
念のため、ダグの後ろでウマを歩かせているアレンを見ると、これまた、ダグが霞みそうな代物だった。
ダグのような男性的な鼻ではないが細くて高い。何よりその大きな青い目が神秘的だ。まるで宝石のようだ。ただし今は不審そうに口元を歪めてモリス氏を見ている。眉がちょっと寄っている。モリス氏は慌てて前を向いた。
「美人だ」
男だけど……。
二人とも冒険者らしい格好をしている。
それもお似合いだけど、ダグには貴族らしいきらびやかな服を着てもらって、アレンには……なんだろう、華やかなレース飾りの付いた白いブラウスを着せて腰飾りにサテンかビロードの美しいサッシュでも巻かせたら、きっと……まあ、モリス氏は服飾に詳しくなかったので、そこで妄想はストップした。それにお屋敷にもう着いた。
冒険者を呼ぶと聞いて、うすら笑いを浮かべていた門番も、実際にやってきた二人を見て、呆気にとられたようだった。
この地方ではあまり見かけない、ブロンドと銀髪だ。
慌てて手綱を受け取り、厩係に渡す。
二人は別に物おじする様子もなく、冒険者ごときには豪勢極まりないはずのハウゼーマン殿のお屋敷に入っていった。
食事マナーが最低だからとモリス氏に言い含めたので、彼らは客間に通された。
「初めてお目にかかります」
そんな挨拶をする冒険者はいない。
モリス氏は、すううっと血の気が引く思いがした。
ダグは膝をひいて、正式な礼をした。
「マリー・ダグハウスと申します」
アレンが後を引きとって、同じく礼をしながら、
「弟のアレン・ダグハウスと申します。この度はお招き頂いて光栄でございます」
と、慇懃に挨拶した。
そんな名乗り方をする冒険者はいない。いないよ?ダグ。しかもアレンも平然としているし。
それと、ダグって苗字の方だったのか。知らなかった。
気押されたのは、モリス氏だけではなかった。
完全に舐めきっていたハウゼーマン殿も引いていた。
ハウゼーマン殿は、実はどうやって冒険者に礼儀作法を躾けるか悩んでいた。
気の早すぎる悩みだったが、普通の場合、冒険者なんぞを貴族の家に持ってくると、そこで大問題が発生してしまう。礼儀問題だ。
貴族の家は、格式が大事だ。いくら魔力に優れていても、あいさつの一つもできないようでは、都合が悪い。
「ま、まあかけたまえ」
「失礼します」
小腰をかがめてなんとなく挨拶してから座っている。
モリス氏は元々生粋の冒険者だった。つまり礼儀作法に関しちゃ、さっぱり五里霧中と言うことである。しかし、この二人からは、魔法とかではなくて、とても優雅な何かの香りが燻り立ってくるような雰囲気を感じ取ってしまった。
優雅。上品。
さらに二人とも、それに気がついていない。
どの口が食事のマナーができていないとか言うか。
モリス氏は頭を抱えたくなった。
そして改めて二人の顔を見たハウゼーマン殿は、完全に固まっていた。
なんでこんな連中が、冒険者とか言う名前の仕事をしているんだろう。
魔力に溢れた貴族の若者が、何かの食い違いでやることはたまにあった。思うような仕官の口が無かったとか、親族間の揉め事とか、時々失恋とか、割とどうでもいいような理由でやってくることがある。そのクチなんだろうか。たいてい気が済むとせいぜい半年で家に帰ってしまうが。
「えええと、あの、ライフガードと言う仕事は今までなかったので……危険を伴う仕事じゃないかね?」
黙っているのも気詰まりで、ハウゼーマン殿がポツリポツリと話をする。
なかなか緊張感漂う空間だった。なぜかというと、すっかり上に立って粗野な冒険者をけむに巻くつもりだったハウゼーマン氏の方が完全に気おされているから。
そこへ、バーンと扉を開けて乗り込んできたのは、ハウゼーマン殿の娘だった。
「お腹空きませんかあ? ご飯、ご一緒しません? 冒険者って、いつも空きっ腹だって、聞いたのよ。鶏の丸焼きをコックに作らせたわ」
四人は、ビクううっとした。
だが、娘の方もビクううっとした。
この世に極上のイケメンという言葉ほど、魅力的な言葉はないのじゃなかろうか。
ハウゼーマン殿によく似た娘は、黙り込んだ。
しかし、事情を知らない者はもう一人いた。
「ああ、お姉さま、ケーキも焼いてもらったのよ、それも言わないとね。さあ、こっちへ来なさい」
そう言って客間を覗き込んで、固まった。
アレンが一番先に我に返った。
「いえ、本日はハウゼーマン様にご報告を申し上げるためだけに参上いたしました。ご一家のお食事に、無骨な我々はお邪魔でございましょう。これにてお暇いたしたく存じます」
誰が無骨だ。どっちが無骨だ。
娘二人は必死でとりすがったが、ダグとアレンはするりと逃げていく。
とにかく口はうまいのである。
帰りの道中、三人は完全に沈黙した。
「礼儀のなっていない娘だな」
「えーと、あれは多分、完全に、そう言う方が来ると思って油断して」
「そう言う方とは誰だ?」
「そう言う方というのは……」
つまり、食い詰めの冒険者たちである。自分のような。
モリス氏は、ハウゼーマン殿になり代わり弁明に努めた。
が、しかし、説明しようと口を開きかけたところで気がついた。
この人たち、なんなの?
そもそも常識の出発点が違っている。




