第32話 ライフガード屋の噂広がる
その頃、海の向こうのノワルの港町では、ダグとアレンのライフガード屋が順調に顧客を増やしていた。
のっぴきならない羽目に陥ったと、ライフガード屋に泣きついてくる案件が増えれば増えるほど、やつらは本当に冒険者なのかと、最近アレンは疑問に思えてきた。
「前より、危険性の高い魔獣狩りにもチャレンジするようになってきたから、冒険者的要素は高くなったと思うんだが……」
ダグの歯切れも悪かった。
「それは否定しませんが、なんだか、万一の時でも、どうにかなると思ってるのでは? 最近、緊張感がないような……」
「うむ」
ライフガード屋が定着してからと言うもの、冒険者稼業は命の危険のある商売ではなくなった。
ギルド会長のモリス氏は、ちょっと複雑だったが喜んでいた。
と言うのも、冒険者と言う仕事は一攫千金の可能性があって、血気にはやった若者には人気だったが、その分リスクの高いやくざな商売とされていた。
息子たちが冒険者になるのを嫌がる親も多かった。
だが、今は命の保障のある、実入りの良い仕事とみなされている。
万一の場合でも、ライフガード屋が何とかしてくれるのである。
費用の方はギルドが中心になって、助け合い制度のようなものを作っていた。おかげで、ダグとアレンは、必ずある程度の料金を手にすることが出来ることになっていた。表向きは。
「非常に危険な仕事なのに、あの程度の料金とは……」
ライフガード屋が儲かると聞いて手を出そうとする者もいたが、救出案件の中身を聞いて大抵は震え上がった。
「命を的に、その料金では全然割に合わんわい」
事実は全く異なっていた。(料金に関して言えば)
そう言った危険な場所には、レアな魔獣が出てくることが多い。
というか、冒険者たちが欲をかいてレアな魔獣に殺されかけている場合が多い。
絶体絶命の窮地に陥っている冒険者たちを尻目に、ライフガード屋の二人は悠々とレア魔獣にとどめを刺して、サラっと持って帰って競りにかけていた。
一体、ライフガードが仕事なのか、猟が本業なのか。もしかして、効率よくレア魔獣を探したいだけなのか?
自分達がダメージを食らっている間に、目にもとまらぬ?早業で彼らの猟は終わっており、大難関のサラマンダーもどきなんかが、ゴロンとそこらに寝ているを目の当たりにすると、非常に複雑な気持ちになった。
命を助けてもらった手前、感想を言う訳にはいかなかったが、無事帰還し、退院後に競りの話を聞いてみると、「ここ半年間での最高値だった!」とか「レアのものの極上品だったので買い手が争って乱闘になった」などと興奮気味に聞かされる。
本人たちは、ほとんどの場合、病院で手当てを受けているので、残念ながら、競りの会場の熱気など知る由もなかったが、一体あの人たちは何をしに来たのだろうと、疑問に思うことがあった。
もちろん、命の恩人に感謝の言葉以外、言うことなど何もないのだが……。
モリス氏だって、若い頃は腕利きの冒険者だった。チームを組んで何年も売り上げナンバーワンの座を維持していたものだ。
ギルドの受付嬢と恋に落ちて引退して、その経験を生かして競りに参加してからは適正価格の維持に勤めた。
優秀なギルド会長だ。
領主のハウゼーマン殿からも、平民の身分ながら一目置かれていた。
時々、屋敷に呼ばれることもあった。港からの収益も大きかったが、魔獣の一大収穫地としても大きな利益が上がっていたからだ。当然、領主としても
「なんでもライフガード屋とやらが出来たそうだな?」
ハウゼーマンは貴族のくせに魔力のカケラもない男で、それを少々こじらせている感があった。
魔獣狩りの町で、当主が魔力なしでは少々格好が悪い。
それで無理を言って、ダレン侯爵家の口利きで、妻には魔力持ちを迎えていた。実は平民なのだが、ダレン家の威光でどこぞの男爵家の養女と言う体裁で嫁いできたのだ。
また、そのせいかどうだか知らないが、見た目には気を遣っていた。髪や髭はきれいに整えられ、最新流行の服をパリッと着こなしていた。
正直、オシャレなんかどうでもいいモリス氏は、そんなハウゼーマン殿が少々苦手だった。
「その連中は、魔力持ちなんだろう?」
「ええ。それはもう」
ハウゼーマン殿には息子と娘二人がいた。残念なことに全員が妻の魔力を受け継がなかった。
この話になると、魔力は隔世遺伝でございますからと、みんながハウゼーマンを慰めたものだ。
ハウゼーマンは娘の婿に魔力のある者を探していた。突出した魔力持ちは検討する余地がある。
平民出身でも、かまわない。身分をつける方法ならいくらでもある。
「どんな男たちかね?」
むしろ人が良さそうにハウゼーマン殿はモリスに尋ねた。
この小さな町にも、社交界のようなものはある。
港町はノワルの王都へ向かう街道の起点に当たる。ここからの街道はよく整備されていて、外国からの輸入品などもここを通る。
また、魔獣が獲れれば、一旦は港町を経由して、輸出されるか国内の加工所へ運ばれていく。
マドレーユ程ではないが、それなりに華やかだ。
「冒険者の上を行くとなれば、相当の実力者。ノワルで魔力が強く魔獣狩りに長けているとなれば、世界でも有数の魔力持ちと言うことになるのでは?」
ゴマ塩のひげと、この南の地方に多い茶色の髪と目のハウゼーマン殿は、ギルド長モリス氏に向かって聞いた。
「もっと、奥地になれば魔力の強い者たちが大勢いると聞いたことがあります」
「それは蛮族だろう。半獣半人だと聞いたことがある」
多分間違っている。けれどモリス氏はハウゼーマン殿とは議論しないことにしていた。そこで彼は、ゴマ塩髭をきれいに整えたハウゼーマン殿には、どうとでも取れる曖昧な微笑を見せるだけに留めておいた。
「一度、会ってみたものだね」
「さあ、どうでございましょう? 彼らは正直なところ、流れ者。この町にも長居する気はないようでございます」
「それでもライフガード屋と看板を出しているのだろう? 土地の領主のわしのところにあいさつをしないわけにはいくまい」
モリス氏は声を立てて笑った。
「まさか。町に店を開くたびに、いちいちご領主様のところにご挨拶に伺っては、ご領主にとっては大迷惑。まさに身分違いと言うものでございます。何しろ、全員平民でございます。そのような恐れ多いことは、決して思いつきませんでしょう」
「それはそうだ。街のパン屋が、開業のあいさつにいちいちやって来たら、わしだって困る。だが、膨大な魔法力の持ち主には関心があるからな」
「粗野な連中でございますよ。こちらのお屋敷にお呼びになるのは、お勧めいたしかねますなあ」
モリス氏は、正真正銘困った顔になった。
モリス氏には当然魔力があった。
でなければ魔獣狩りなど無理だ。
そのモリス氏が見る限り、とても怖い話だったが、ダグの魔力は底が知れなかった。
普段は、呑気に宿の部屋で本を読み散らかしているような男である。
大抵の冒険者たちは自分の魔力を自慢したがった。彼らが良く溜まっている競り会場では、魔力の比べっこをしてよくもめていた。
モリス氏自身が割り込んで抑えることもよくあった。
ダグがそんなことをしたことは、一度もない。何もしなくても、彼の魔力は突出していた。
だが、本当に何かうすら寒いような威力を感じるのは、ダグの陰に隠れて正体の良くつかめない、もう一人の若くて細い少年の方。
モリス氏には表に出したく無い気持ちがあった。
あれは手に負える人物ではない。
「そんなこと言わずに、連れてきてくれよ。何かするわけじゃないし。話をするだけだ」
ご領主様には逆らえない。
「私は、無論、ハウゼーマン様のおっしゃる通りに誠心誠意伝えますが、何しろ自由人でございまして……」
「どんな自由人なんだ? 年は幾つでどんな容貌なんだ?」
モリス氏は言葉に詰まった。
相手がなぜそんなに興味を持つのかわからない。
だが、ライフガード屋の二人は、容貌について言えば、余計に、この俗物で自分勝手な領主の興味を惹きそうだった。
「ええと、二十代後半と十代後半でしょうか」
ハウゼーマンの目が光った。
「ほうほう」
いい年周りだ。
正直、娘たちは自分に似て美人とは言い難い。身分が高いので、それなりに申し込みはあるが、本人が選り好みをしている。そろそろ婚期を逃しそうな勢いなのだ。
「容貌は?」
「派手なブロンドと濃い青い目の大男と、若い方は灰白色の髪と青い目です。背も低くて細い、まだ少年です」
あの二人の容貌をどう腐すか、モリス氏は悩んだ。
ハウゼーマンはニヤリとした。
「ぜひ、食事に来てほしいな。ライフガード屋をしているなら、この辺りの危険な魔獣の分布や種類に詳しいだろう。領主として住民に危険がないよう配慮する義務がある。一度、状況を聞いておきたい」
モリス氏は困ったことになったと、領主様の顔を見上げた。
招待の理由がこれでは断れないではないか。




