第30話 二つの真剣な恋物語
学院はその後ちょうど休みに入っていた。
つまり、アレンとリーバー先生が失踪したことを生徒たちは知らなかった。
失踪したことは間違いなかった。
学院側は突然のことにあわてていた。
教師の失踪も問題だが、寮生である生徒の失踪は、保護者の手前を考えると責任問題である。
学院が休みなのは、この際都合がよかった。ほとんどの生徒が、アレンの失踪を知らないで済む。リーバー先生は、辞めたのだと言えば年齢から言っても無理はない。
なにしろ、これがほかの親に知られたら、痛くもない腹を探られる可能性がある。一体どうしてそんなことになったのか、学院の扱いが悪かったのではないかとか、生徒が犯罪に巻き込まれたのだったら監督責任を問われるかもしれない。
もちろん学院は、自分たちの評判を気にしつつも、当然、生徒と先生の行方を追った。
また、アレンの親にも確認をしなければならない。
あわてて連絡先を探したが、入学の際の書類をかき回してみても、残っているものはほとんどなかった。
「なぜだろう?」
教務課の担当はちょっと呆然とした。アレン個人の連絡先、親の名前など個人的なものが、一切合切なくなっていたのだ。
唯一、アレンに魔力があることを証明する、紹介状だけが残っていることがわかった。
失踪する数日前、こっそり教務課の男がアレンの紹介状だけ、ダルクバートンに渡していた。日ごろから、侯爵家にお世話になってたので、これくらいと融通を利かせたのだ。
「ダメじゃないか」
教務課の男は叱られたが、相手がダレン侯爵家だったので、叱責されただけでこのことは秘匿された。
アレン絡みで残った書類はそれくらいだった。
「おかしい」
つまり、失踪する直前に全ての書類は盗まれたか、処分されたことになる。
簡単に出入りできる場所ではないだけに、不思議な話だったが、何の手掛かりもなかった。
優しそうで、穏やかそうでおとなしそうなバートは、侯爵家からの申し入れを断った。
「そんなことはできない」
バートは侯爵家へ招待されたのだった。
バートの気が進まなくても、侯爵家の願いを無視することはできない。
どうしてもと、強く乞われたのだ。
彼はダルクバートンの私室へ通された。そして、感知の能力で、アレンの居所を探すように迫られたのだった。バートは断った。
ダルクバートンは驚いた。
「なぜ?」
ダルクバートンは、断られると思っていなかった。十分な金額を提示したのだ。それは秘密を守るための口止め料の意味もあった。このことを王家に知られたくなかったからだ。
もちろんバートは、アレンが王家の秘密の婚約者なのだとは知らないだろう。だが、噂が独り歩きしないとは限らない。
用心のためには、何も知らせない方がいい。そして、居所を探させたなどと言うことも忘れてもらう方がいい。
バートの家が決して裕福でないことを、ダルクバートンは知っていた。家族の為にも、このちょっとしたアルバイトを喜ぶだろうと思っていたのだ。
見たところ温和そうなバートは、ダルクバートンの赤髪を見上げた。
「多分同じ理由からですよ」
同じ理由? 一瞬ダルクバートンは訳が分からなかった。バートは少し斜めになって自分の顔をダルクバートンに見られないようにしながら、言った。
「あなたの手伝いをしても、僕のものにはならない」
ダルクバートンは意味を悟るのに、少し時間がかかった。
そしてこの大胆な告白の意味に気がつくと、心の底から何か名状しがたい不愉快なものが沸き出て来た。
こんな…こんな、地方の郷士の息子ごときがアレンを……アレンを自分のものにしたいなどと。身の程もわきまえない、こんな……。
ダルクバートンは、一瞬、汚らしいダニでも見るような目で、自分の反応を窺っているバートをにらみつけた。
こいつは、感知の魔法で、アレンの正体を見抜いた。
それで、アレンに近づいて、毎日くっついていたのだ。
汚い。
だがダルクバートンがそんな表情を見せたのは一瞬だった。
今はバートの協力を得なければいけない。
その後は、夜陰に紛れて殺してもいい。ダルクバートンは計算した。こんな発言をするなんて、こいつは侯爵家をなめているのだ
ダレン侯爵家に忠誠を誓うなら、欲しい人材だが、果たしてどうなる事かわからない。
落ち着いて、ダルクバートンは口元にゆっくりと笑みを浮かべた。
「アレンがいなくなったのだ。彼は君の友人だ。探そうと思わないのかね?」
「なぜ、あなたがお金を出すのです?」
「……君に対して、失礼だったかな? 私同様心配していると思ったのだが」
「それだけじゃないでしょう」
バートが言った。
「もちろん、違うよ」
ダルクバートンは熱心に言った。自分のほほえみがもっと魅力的に、好意的に見えるといいと思いながら。
「正直に言わなくて済まなかった。実のところ、私は君の能力を買っているのだ」
「能力?」
「そうだ。感知の能力だ。学院でも一番の成績だった」
バートは黙った。
「これを言うと、君は逃げて行ってしまうかも知れないのだが、君は王家の遠見でも務まる程の能力がある」
それは学院内では知られた事実だった。
王家の遠見がどんな仕事なのか、庶民や下層貴族たちは知らない。王家が表沙汰にしたがらないからだ。
だが、ダルクバートンのような侯爵家や中央の政治に関係ある者たちは、その存在をよく知っていて、そして当然警戒していた。大貴族になればなるほどそうだ。
バートはまだ第一学年。就職する年頃ではない。地方の下級貴族の出身なのだから遠見の存在など知らないかもしれない。だが、先生方も噂していたはずだ。もしかすると知っているかもしれないし、少なくとも、就職する頃にはきっと知ることになるだろう。
「その能力を試してみたかったのもある。将来、侯爵家で働いてくれると嬉しいのだが」
バートは意外だったらしく、まっすぐにダルクバートンを見つめていた。
「私は魔法騎士になるよう推薦された」
バートの目に妬みの色が浮かんだかもしれない。あわててダルクバートンは言葉を足した。
「数年で辞めざるを得ないかも知れないと思っている。何しろ、領地の管理もあるし、父は王都で官吏として職を得ているのだ。後を継ぐのは私だ」
魔法戦士は憧れの仕事だ。とにかく強くてかっこいい。
魔法学院に来る生徒たちのほとんどが、魔法戦士を目指して入学するが、なかなかその域には達しない。アレンだってそうだった。バートだって。
恵まれた体格と剣の腕と乗馬の技、それになにより物を操作する魔法力を相当量必要とする仕事だった。
剣に、矢に、ストーンローグ(投擲用の石)に魔法力をうまく乗せ、正確に命中させ更に威力をアップさせる魔力が必要だった。その魔力がバートにはない。
「君の能力は得難いものだ。友情の対価の金子などと言うことは考えず、能力を示してくれないか。おかしなことだが」
ダルクバートンは声をひそめた。
「学院はアレンの行方が分からないらしい」
「探す気がないんでしょう」
バートはそっけなかった。
ダルクバートンは首を振って、学院は普通の対応しか考えていないよと否定した。
「他の親の手前、失踪だなんて公表したくないだろうが、行方がはっきりした方が学院は喜ぶ。事件性があってはたまらないと考えているだろう。学院は当然、両親に連絡しようとしたらしい。だが、連絡先など個人的な情報は全部消されていた」
「消されていた……?」
バートは、驚き、そして不安になったようだった。
「うん。普通ではない。誰がそんなものに用事があると言うんだ。学院の教務課に仕舞ってあったものだ。確かに泥棒に入ることは可能だ。だが、アレンの連絡先だけ消すなんておかしなことできると思うかね?」
「何のために?」
「全然、わからない」
ダルクバートンは困ったように言った。
考えろ、バート。
残された道は、本人を探すことしかない。
バートは優れた感知能力の持ち主だ。感知の先生も言っていた。バートにはかなわないと。
どんなに魔法力が強くても、知らない者の名前を知ることはできない。だが、ダルクバートンは自信があった。
バートはアレンを好きなのだ。
とても強い気持ちだ。
アレンの姿かたちを脳に刻み付けているに違いない。でなければ、ダルクバートンの気前の良い申し出を断ったりしないだろう。
しばらく考えた後、バートは返事した。
「ありがたいお申し出です。感謝します。感知の能力で測ってみます」
「そうか。ありがとう」
「それで……場所がわかったらどうなさるのですか?」
「まあ、どの程度具体的かに寄るが……人をやろうかと思っている。もしくは伝手がある場所なら、知り合いの誰かを頼むか……そうだな、バート、君、手紙を書かないか?」
「え?」
「私はあまり親しくないが、君はアレンと親しいだろう。君になら、返事をくれるかもしれない。もしかしたら、居場所を知られたくないかも知れない。まあ、犯罪に巻き込まれたのでないなら、心配する必要はあるまい。本人の希望次第だろう。だが、あまりに唐突にいなくなったので、どうしても犯罪の心配を捨てきれないのだ」
「わかりました」
バートにも意味は通じたらしい。犯罪に巻き込まれたと言う言葉はなかなか効果的だった。
ダルクバートンは腹の中でニヤリとした。
多分、バートは誠心誠意アレンの行方を探してくれるだろう。手紙は届けたっていいし、届けなくてもいい。そんなことはダルクバートン次第だ。だが、バートは一生懸命書くだろう。恋文を。
「じゃあ、連絡をくれたまえ。それとこれは少しだが取っておけ」
「ダルクバートン様?」
「人にものを頼むときは対価を払うことにしている。場所がわかれば、それ相当に支払う。そして、正確だったら、ぜひ当家に仕えることを検討して欲しいと考えている」
正確でなかったら、雇わないと言う意味だ。
この一言で、ダルクバートンの願いは、バートのテストになった。
バートにも理解できたらしい。
「かしこまりました。ダルクバートン様」
「アレンは剣の仲間だった」
ダルクバートンは付け加えた。
「いつも懸命に打ち込んできた。体は小さいのに、真向勝負をかけてきた。いいやつだ。自分の意志でいなくなったのならいいのだが、そうでないなら助けたい」
バートは頭を下げた。




