第29話 侯爵家の思惑
ギルドに戻ると、ちょうど、別の救援要請を出していた四人を救い出し、ギルドに帰ってきたダグと鉢合わせした。
彼は真っ青になって、小太りのゲート長を締め上げているところだった。
「どうしてアレンを一人でやった?」
「だって、彼が行くって言うから」
「何のためのゲート長だ? ああ?」
首を絞められて、ゲート長の顔色が青ざめていく。
「ストーップ、アレンは戻ってきたよ。ダメだ、ダグ。殺しちゃだめだ」
ギルド長が慌てて間に入ってきた。
「戻ってきた?」
ギルドの最も広いホールで、人々はダグとゲート長を遠巻きにしていた。
そこへ、ガラガラとシープドッグの角を引きずりながらアレンが戻ってきた。
「ギルド長さん」
アレンは呼びかけた。
「みんな無事です。今は、それぞれの家に戻って休んでもらっています」
どおおっとその場にいた全員からどよめきが出た。
ちょうど小一時間ほど前、ダグが戻ってきて、全員無事を伝えた時も、同じようなどよめきが出たものだ。
ただ、ダグの場合、アレンが別のチームの救出に向かったと聞いた途端、喜びに沸くはずだったホールが、小太りのゲート長の公開処刑の場になってしまっていたのだが。
「アレン!」
ダグが飛び出してきた。ゲート長のことはどこかに捨ててきたらしい。
「アレン!」
抱きついて、抱き上げた。
「何すんだ」
うっかり殴りそうになって、周りと目が合った。
殴ってはいけない。
「大袈裟だよ、ダグ。降ろしてほしいな」
アレンはにっこりと作り笑いをすると、ダグに話しかけた。
「心配したよ……」
ダグが、抱きついたまま頬擦りしてきた。ひげが痛い。
「気持ち悪い……」
みんな生ぬるく見守ってくれていた。
そして、お約束で、ダグに叱られた。
*************
ダルクバートンは、ドーム状の学院の入り口で待っていた。
だが、誰も戻ってこなかった。
生徒たちは授業に消えていき、ホールに残った者は誰もいなかった。
ダルクバートンは心臓がだんだん冷えていくような気がした。
彼はアレンを心配していた。強引に侯爵家に連れて行こうとしていたが、自分のものにしたいと言うより、純粋にアレンが心配だったのだ。
ダンスパーティで出会った、見たことのない髪色のなんとも心をつかむ娘……知っている人のようだが、もっと身近に感じられる。自分も魔法を使うダルクバートンには理解できた。多分、その夜、魔法はかかっていなかったのだ。
シンデレラは魔法をかけてもらって、本来の美しい姿になったが、魔法で包み隠されたアレンは、そのベールを取り去ることによって、本来の姿をやっとダルクバートンの前に現したのだ。
その姿は、どの貴族の令嬢とも違うところなんかなかった。
自分と同じ階級の、同じ環境の、同じ常識を持つ娘。なつかしいような親しみを感じた。
ちょっとお転婆で、怖いもの知らずかもしれなかったが、芯は優しくて甘いものが一杯のかわいい娘だ。
ダルクバートンは、その甘い香りで頭がくらくらするような気がした。
ただかわいらしいだけではなかった。
その美しさは感動的でさえあった。誰とも一線を画す彫像のような美貌。
だから、絶対に待たなくてはいけなかった。
別に脳みそがやられているわけではない、お付きのマクシミリが、見かねて中に入って、先生方に聞いてみましょうかと尋ねた。
「いくら何でも、遅すぎます」
マクシミリはしばらくして走って戻って来た。その焦った様子を見て、ダルクバートンはハッとした。よくない報せだろう。
「いません!」
「いない?」
「アレンの部屋は?」
「寮の担当の先生にお願いして、今、見に行ってもらっています」
結局、アレンもリーバー先生も見つからず、ダルクバートンは空の馬車で自邸に戻った。
「そうか」
父の侯爵は険しい顔で、一部始終を聞いた。
「あなた……」
侯爵夫人が困った顔をしていた。
「アレンと言う人物の素性をたどったが、ここへ来る前でプツンと切れている」
そして公爵は一枚の紙を出してきた。
「学院から借りてきた」
そこには紹介状があった。
「学院に入学するための紹介状ですか?」
「そうだ。学業や剣、乗馬の技術がテストすればわかる。ただ、魔法の力だけはテストするより紹介状に頼った方がはっきりする。各地の教会の神官が書くことが多い」
紹介状には、リンツと言う地方の町の名前とルーン・リヴォアの名前が載っていた。
「誰ですか?」
侯爵は首を振った。
「わからぬ。その町の教会にルーン・リヴォアと言う人物はいない」
「なぜ? どうしてそんなことがまかり通ったのでしょう?」
「ダルクバートン、色々な可能性はあるけれど、あなたからみたアレンと言う人はどんな人だったの?」
母の侯爵夫人が聞いた。
「ええと、あの、どう見てもどこかの貴族の家庭で育った令嬢でした」
「剣の技も乗馬も中の上になっている。これは学院側がテストしたものだから、間違いはない」
ダルクバートンはつい微笑んだ。
「よく剣の相手をしたものです。身が軽くて、技の切れがよかった。ただ、どうしても筋力と体重がないので、剣に威力がありません。そこのところは本人もよくわかっているようで、必死でした。何をしても懸命で、それを見ていると手伝いたい気持ちになりました」
「貴族の娘?」
「そうですね。バーナート家のマルリータ嬢を見に行くはずだったパーティの席上で会った時は、ずいぶん話しました。変声の魔法をかけていることがわかりましたが……」
「ずいぶん高度な魔法を使うな?」
侯爵がちょっとピクッとなった。
「本人の魔法かどうかわかりません」
「それにしても、学院でもそんな魔法を使えるものが何人いることか?」
ダルクバートンはうなずいた。
「今の学院で、先生方以外に、魔法力に優れる者は、アレンのほかに、私ともう一人います」
「誰かね?」
「バートと言う感知の魔法の能力者です。多分、遠からず、王宮から遠見として招聘されるでしょう」
「それほどの能力の持ち主が?」
「バートには、他の魔法力はほとんどないようです。ですが、感知の能力だけは抜群です。もしかすると彼は最初からアレンの正体を見破っていた可能性があります」
「一度バートの話を聞いた方がいいようだな。だが、隠蔽の魔法やそのほかいろいろな魔法をかけていたと思うのだが、全部本人の仕業だと言うのか? わずか十五歳の子どもがそんな高度な魔法を使いこなしていたと?」
「違うと思います。最初、編入してきた時、アレンの魔法はダダ洩れでした。それこそ、部屋中が彼の魔法であふれるくらい。バートは渦が巻いているようだと言っていました」
侯爵の目が光った。
「それだけの魔法力を持つ者と言えば、辺境伯の一家しか考えられない」
「ビストリッツの一族ですね?」
ダルクバートンもうなずいた。
「もし、あの一家の者と結婚できると言うなら、これはチャンスだ」
「辺境伯は半ば独立していますから」
「国王は魔力の血を欲しがっている。もし、娘が生まれたなら、必ずと嫁がせるように約束しているはずだ。十年前の戦いの時、一族の者が裏切った。その代償で娘が十五歳になったら婚約する約束だったはずだ」
「その娘だとおっしゃるのですか? 父上」
ダルクバートンは初めて聞く話の内容に震えた。
「おそらく」
だとすれば、自分の大切にしたい女性は、大変な価値のある人なのではないか。
侯爵家は力がある。息子の卒業にかこつけて今はマドレーユに来ているが、普段は王都に住んでいる。
王家周辺の話は、王都住みでないとわからない。侯爵家なら、情報収集能力は十分だろう。
「おそらくビストリッツ家は娘を出したくなかったのだろう。国王は冷酷な方だと噂だ。十年前の裏切りの代償と言われたら、どんな父親でも娘を出したくあるまい」
「それで偽装したと?」
「辻褄は合います」
母が口を挟んだ。
「女子を男子校に入学させても、十分身を守れるだけの魔力があるはずです」
「女子を男子校に入れれば、さすがの国王も想定外で気づくまい。ましてや魔法学院だ。魔力のある人間だらけだ。いくら遠見の者でも王都からでは個々人の魔力までは測定できない。紛れてしまって、今年の魔法学院は優秀だと考えるのが関の山……」
「それに先生ですね。リーバー先生ですね?」
ダルクバートンが叫んだ。
「誰ですか? そのリーバー先生と言うのは?」
「よぼよぼの老先生です。多分、変身の魔法をかけていたのでしょう。でなければあんなよぼよぼジジイに私が一本取られるわけがない!」
ダルクバートンは悔しそうだった。
「どうして気がつかなかったんだろう?」
「おそらく、そやつも国で一番二番を誇る魔力の持ち主だろう」
侯爵は重々しく口を開いた。
侯爵に魔力はほんのわずかしかなかった。
本人としては非常に残念だった。
父の先代侯爵は、物を動かす力に優れていたので、優秀な魔法戦士だった。そのせいで今の侯爵がほぼ無力だったのを猛烈に残念がっていた。魔法戦士どころではない。
侯爵は、先代の手前、肩身の狭い思いをしてきたのだ。
魔力は必ず遺伝する訳ではない。
だが、その能力は垂涎の的だった。肩身の狭い思いをしてきた侯爵としては、息子の嫁に膨大な魔力のある娘と言うのはバーナート家のマルリータ嬢の値打ちを無に帰せしめる勢いだった。
どうしても欲しい。目が眩むほど欲しい。
ましてや大変な美人で、息子本人が大乗り気だ。
「しかし、あなた、国王が狙っています」
「せっかく、辺境伯が行方不明にしてとぼけているんだ。そこをサッと……」
ダルクバートンが目を輝かせた。
「サッと! ですね? 父上」
「彼女の現在地がわかれば……」
侯爵夫人が言いだした。
「バートを呼びましょう。そのバートとやらを。遠見が出来るのでしょう?」




