第25話 猟初心者の反省
アレンには、ゲートが何のことなのかわからなかったが、これは魔獣狩りに出かける時、ゲート担当者に届けを出す仕組みのことだった。
「行方不明になったり、予定より帰りが遅かったりした時は、救助信号がなくても、捜索に出るんだ。そのためのものだよ」
山を登りながら、機嫌よくダグは説明してくれた。
「今日は、何時に戻ることになっているのですか?」
「いや、三日後にしておいた」
アレンは眉をひそめた。そんなに装備は持っていないはずだ。
「ダグ、食料品は、一日分もありませんよ」
「だって、捜索とかされたら、面倒じゃない。ライフガードのお金って、バカ高いんだもん」
それはバカのやることでは? 何のための届けだ。
思わず足を停めた。
「もう疲れたのか?」
「遭難したらどうするんです?」
「遭難って、道に迷うこと?」
「ええっと、ここらだと遭難の理由は迷子ですか?」
「いや、魔獣に襲われることが一番の理由かな?」
「ああ。なら大丈夫ですね」
アレンはうっかり答えた。
「いや待って。魔獣は何が出るんです? ドラゴン種とか出ないですよね?」
ダグが憐れむような目つきになった。
「何、期待してんだ。お前、バカだろ」
(期待していない。警戒している。それに、バカにバカと言われる謂れはない)
食料は一日分しかないのに、届けは三日という常識外に対して、アレンはすでにダグにバカ認定を下していた。
「ドラゴン、出てきてくれたら、夢みたいじゃん」
会いたいらしい。
「装備が足らないんじゃないですか?」
念のため、聞いてみた。
「ドラゴン相手じゃ足らんなあ……」
(そんなら、期待するなよ)
「あっ」
急にダグが藪の中を指して叫んだ。
「ヘンマーモットだ」
「何ですか?」
「魔獣の一種だ」
確かにそんな感じはする。でも、魔力はとても弱い。
「要ります?」
「そうだねえ……要らないかな」
「あ、それより、ラバンイーター、いますよ? ちょっと先の方にだけど」
「いや、だから、ラバンイーターは死肉喰いだから値段がつかないんだって」
「生肉食いなら値がつくんですか?」
「付く付く。レオヘッドとかね」
アレンはパラパラと魔獣百科を頭の中でめくってみる。さしずめライオンみたいな立ち位置の魔獣だ。だが、この辺にはいなさそうだ。草原に住む生き物らしい。
「このへんなら、熊の親戚とかならいますか?」
「そっちにする? もっと奥になると思うんだけど」
アレンは目を瞑って、感知の魔法を広げる。
「鹿っぽい魔獣と、牛っぽいのはいますけど」
「多分、それ、飼われてるやつかも」
飼育されている魔獣もいる。
問題は代を重ねるごとに、魔力が弱まっていくことだ。
もっと範囲を広げると、熊に格好の似た魔獣もいるにはいたが、三時間ほどさらに山を登らなくてはいけないことがわかった。
「面倒くさいので、呼びましょう」
アレンが言った。
「え? そんなことできるの?」
アレンはうなずいた。
「できますよ。前もラバンを十匹ほど呼んだんですよ」
あれか……。ダルクバートンが迷惑したやつだな。
「熊の魔獣ブゴイを十頭ほど……」
「却下!」
ダグは叫んだ。
「一頭にしといて。ギルドで揉めるから。普通は一頭も取れない」
「一頭だけ呼ぶの、大変なんですよ。呼んだら、みんな、来ちゃうから」
「ダメだよ。お前、本当に常識ないなー。普通は一頭も巡りあえないし、巡りあったところで倒せなくて、ライフガード、つまり俺を呼ぶ羽目になるんだよ。俺を呼びに行っても、俺、今、いないだろ?」
「そうですねー」
ちょっと頭が混乱してきたアレンはそう言ってしまったが、よく考えたら、呼びにいく必要ないのでは?
「ライフガードは、ブゴイを倒せるのですか?」
「倒すよ」
「じゃあ、問題ないじゃないですか」
「いや、今気がついたんだけど、もしかして、誰かがブゴイに巡り合ったら、俺を呼ぶと思うんだよね?」
「なぜ?」
「だって、俺がいるときは、ライフガード在住って、ノボリが立つんだ」
「ノボリ……誰が?」
「ノボリを立てるのは宿の婆さんだ」
「なら、事情を知っているから大丈夫じゃないですか? ノボリ立たないと思います」
「だよなあ?」
「悩む必要ないのでは? あ、端っこに一匹だけはぐれてるブゴイがいますんで、それを呼びますね」
ダグは聞いていなかった。
「ほら、俺がいるいないに関わらず勝手に遭難する冒険者っているんだよね。それはどうなっちゃうんだろう」
良心的なライフガードである。
アレンは肩をすくめた。
「お金かからないからいいんじゃないですか? 宿の婆さんの言い分によると、ライフガードは、アコギな商売だって」
「だといいんだけど」
「あ、向かってきてるみたいですよ?」
すごい勢いでブゴイがやってきた。呼んでから十分も経っていない。
「すごいですねー」
アレンは素直に感心した。
ブゴイは……頭は鯉に似ていた。赤く禿げていてツブツブがある。それは、かなり気持ち悪い。そして体は赤茶色の剛毛で覆われていた。二足歩行で、非常にテンポ良くやってくる。
「速いですねー」
何だかやる気がこっちまで伝わってくる。魔力がすごい。まだ、二百メートル以上あるのはずなのに、妙な空気が流れてくる。
でも、生臭い。
「ダグ、あれ、どうしましょう?」
「いやー、あれ、はぐれブゴイだよね?」
「ええ。一匹だけ離れていたから、はぐれって言うんでしょうね?」
アレンはその大きさを測りながら言った。四メートルくらいあるだろうか? 二階建ての建物くらいの高さがある。
「どうする気?」
「どうしてたんですか?」
「そうだなー。俺、あんなでかいの相手したことないし」
「えー? どうしましょう?」
「どうやって呼んだの?」
「怒らせて」
「怒らせて? どうやって?」
「遠隔で殴りました。で、犯人はダグだと」
「え? じゃあ、アレンは?」
「あ僕、関係ないんです。追いかけてはこないですよ。僕は安全ですから、安心してください」
「ちょま、それ、俺が危ないやつ?」
「そうとも言うかもしれません」
アレンはちょっとお楽しみだった。
「先輩の戦いぶり、楽しみです」
「待って。話、聞いてた? 俺、ライフガード専門だから、初手から倒したことないよ? 手負いしか」
「それ、一番危険そうに聞こえますよ。まだ、手負いじゃないから、大丈夫じゃないですか?」
「いや、怒らせたんだろ? 似たようなもんだろ? それに逃げらんないよ、あいつ、足、異様に速いよ?」
「そうですねー。でも、ターゲットはダグだから」
「こら、責任とれや、アレン! アレン! お前もなんとかしろ」
「えーっ?」
アレンはまず、剣を抜いた。
「剣なんか届かないでしょ? なんか飛距離出るもんないの?」
投擲用の石を出しながら、ダグが叫んだ。
そして力無く石を放った。
「大丈夫です!」
アレンがかぶり振り下ろした剣先からは、一筋の光が進んでいく。
石も光も、最初は細く力無げだったものが、ブゴイ目指してスピードを上げ力を増していく。光っていく。
「おー!」
そして、2つとも額に命中して、ドゴーンという爆発音と、一瞬突き刺すような閃光を放って消えた。
「額狙いか」
「額狙いかー」
ブゴイの雰囲気は静かになったが、
「完全には死んでないのでは?」
と、アレンが言い出した。
「ライフガード、出番ですよ?」
「あれは、もう死体じゃないか?」
「手負いかもしれませんし」
しっしっとダグをブゴイの方へ追いやる。
ブゴイは、ぼてっと森の中に横たわっていた。どう見ても死んでいた。なぜなら、鯉の頭が真っ二つに割れていたからだ。
ゴソゴソと森の雑草をかき分け、魔力がぶわっと湧き立つような死体の前に立って、二人は反省した。
「やり過ぎ」
「……満身の力を込めて光を放ってしまいました」
「実は俺もだ。猟に出たのが初めてだったので……」
二人が反省したのはもう一つ理由があった。
「持って帰り方、考えていなかったよね?」
「そうですね……」
大型魔獣に巡り合うまでは、割と短時間で済み、戦闘時間もほぼかからなかったが、持ち帰りに長い時間を要し、二人は死ぬほどぐったりした。
「アレン、ブゴイの上に乗るな、バカ。重い!」
「疲れたんですよ〜」
「匂い、移っても知らんぞ。外で寝ろよ?」
「大丈夫。ちょっとだけ浮いてるから」
「浮けるなら、なんで重い?」
「重力はお願いします。疲れた」
「役に立たねえ!」
運搬は、ほぼダグの仕事だった。
大物魔獣の持ち込みに、夜だと言うのに、ギルドは沸き返った。
「希少種のブゴイを!」
ギルド長のマッキンシー氏は、夜中だというのに、正装に着替えてやってきた。
「みな、ブゴイの気配がすれば逃げ帰ってきたものだ。二ヶ月ほど前なんだけど、ライフガードがいない時に襲われたことがあって……」
ダグが聞かなきゃよかったと言う顔をした。
「七名の死者が出た」
「こいつがそれかもしれん」
(んなことはわからない)
「あの七人の仇を……仇をとってくれたのだ」
(多分違う)
アレンは思ったが、しめやかな雰囲気になったのは、その一瞬だけだった。
その晩、ギルドには、次々と明かりが点いて、別に祭りでもあるまいに、見物客が押すな押すなの大盛況でやってきた。
大勢集まった連中が、「これがブゴイかー!」とか「どうせなら頭割らないで獲ればいいのに!」とか勝手なことを話していた。
「夜中なのに!」
アレンはぼやいた。
「もう、寝たいのに!」
なんだか複雑な顔をしたギルドのほかのメンバーや、尊敬の目付でダグを見つめる受付嬢やどっから湧いて出たのか素性の知れないギルド村の関係者と思しき人々が、ブゴイ確保の時の英雄譚をしきりに聞きたがり、返事に窮した。




