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 第43話「結婚攻防戦」


 「・・・・なんで?」予想外の答えに唖然とし、呆けた顔の退助が聞く。


 「だって、旦那様は伯爵様ではないですか。旦那様と結婚すると云う事は、私は『伯爵夫人』になると云う事ですよ。私が伯爵夫人?恐れ多いでしょ?可笑しいでしょ?私を知る者は皆、『臍で茶を沸かす』と云って笑うでしょ!私を笑うと云う事は、私を妻にする旦那様も笑われると云う事。

 貴族の作法も知らぬ私が、どうして伯爵夫人になれるでしょうか?」


 「何ぁ~んだ、そんな理由か?それなら・・・、」退助が言い終わらない間に絹子が口を挟む。

 「それだけではありませぬ。旦那様は変なオジサンだし、(象二郎たち家に来てバカ騒ぎする)お仲間も変だし、お金持ちなはずなのに、いつもピーピー言ってるし、女癖が悪そうだし、オナラが臭いし、時々「クソ!クソ!クソ!」って地団駄踏んでるし・・・」

「ああ、分かった、分かった。もういい。」得意の気まずい顔の退助が遮る。

「でもな、絹さん、鉾太郎ほこたろうの事はどう思ってる?今のままで良いと申すか?」

鉾太郎ほこたろうお坊ちゃまを引き合いに出すなんて、旦那様は卑怯でございます。」

「卑怯?卑怯とは何んだ!自分の分が悪いとなったら、相手の弱点を突くのは定石ぞ!」

「旦那様・・・ハァ、 (*´Д`)それって、男としてと云うより人間として如何なものかと思いますよ。」

「そうか?」

「そうです!確かに私は鉾太郎ほこたろうお坊ちゃまが大好きです。でもその事と私と旦那様が結婚するのは別の問題でしょう?え?違いますか?」

「いや、違わぬ。お絹さんがワシの息子が好きと云うなら、その父であるワシも好きと云う事じゃないか?」

「その論理の飛躍は、何処からきたのです?鉾太郎ほこたろうお坊ちゃまと旦那様は別人格でございましょう?」

頑として退助の誘いを断る絹子であった。

 でも粘り腰部門では百戦錬磨の退助。 決して諦めず日々の生活の中、波状攻撃に打って出る。


 「なあ、絹さん、鉾太郎ほこたろうもあなたに母親代わりになって欲しいと云うとるぞ。」

 「なあ、お絹さん、伯爵夫人になるとソフィアローレンのようになれるぞ。」


*チャップリンの映画『伯爵夫人』の主人公。女優ソフィアローレンが伯爵夫人を演じた


「なあ、お絹さん、今度文明堂のカステラを買ぉてやるか?」


「旦那様は私をお菓子で釣るのですか?情けない。」

「じゃぁ、ルイヴィトンのバッグも付けてやるぞ。」

「ルイヴィトン?・・・・・。」少し心が動いた絹子。

ふと我に返りブルブルブルとかむりを振り、「だからぁ・・・、物で釣るのですか?バカにしないでくだされ!」と険悪な顔になり睨む。


 絹子の剣幕に怯み項垂うなだれる退助。

 流石に背中にオヤジの哀愁を漂わせ、自分の部屋に引きこもる。


 そんなある日のこと、絹子はさりげない日常に弱者に対する退助のやさしさと『徳』を見た。


 会津戦争で罹災した農民の代表と称する者たちが数十年ぶりに退助邸を訪れる。

 彼らはあの時退助が示した温情に感謝し、今の力強く生きている姿を見て欲しいと陳情のため上京した折にワザワザ訪ねたのだ。その中には、幼い子を連れた者もいる。

 彼らは民権運動では大した活躍はできなかったが、皆応援していると云う。

 退助は絹子の前では一度も見せた事がない優しい笑顔でひとりひとりの手を取り何度も頷く。

「あの時は、いくさに巻き込み誠に済まぬ事をした。それなのに、こうして来てくれた事、とても嬉しく思うぞ。

 だから感謝したいのはこっちの方じゃ。 ワシはいつも皆の幸せを願っちょるぞ。そのために今後も頑張るけん、待っちょってくれ。」

そう云って幼子の手をとり頬ずりした。


 でも退助の髭が痛痒いとその子は親の後ろに隠れた。

 その時見せた、いつもの気まずい顔の退助。


 絹子は何故か、その姿に親近感と愛おしさを覚えた。そしてとうとう退助の波状攻撃の前に屈する。


 内輪だけの婚礼の日、福岡 孝弟たかちかはまた皮肉を言う。

 「随分待たされましたな。あの口ぶりではすぐさま式を挙げるのかと思いましたぞ。絹子の承諾の確信も根拠もなく、よくワシに先に申し出ましたな。その自信は何処にあった?」

 

 「済まなかったな。ちと同意を得るのに手こずっての。子爵令嬢の養子として数々の手配り痛み要る。

 ところで『お手伝い券』の事だけど・・・」

「ああ、その件なら無事クリアじゃ。退助殿がグズグズしちょる間に妻との喧嘩は治まっちまった。

 次の機会に使うけん、大事に仕舞っとく。だから券はいただくが使うのは後の話じゃ。その時まで待っちょってくれ。」

「何じゃ!夫婦喧嘩の仲裁か?そんな事にワシを巻き込もうとしておったのか?

 ワシャまた、政争の裏工作の手伝いにでも使うつもりかと思ったぞ。」

「ワシを見くびるでない。ソチの手を借りんでも道は自分で開くつもりぞ。ワシを誰だと思っちょるか!」

「・・・って、夫婦喧嘩の仲裁の方が情けないと思うが?」

 「まあ、まあ、ここは祝いの席。細かい事は気にせず、絹子の事を祝おうぞ、なあ、婿殿。」


(ゲッ!そうであった。絹子を福岡家に養子に出したと云う事は、孝弟たかちかは舅殿になると云う事。それを失念しておった。)


 そんな基本的な立場の変化にも思いが及ばない信じられないほど何処か抜けた退助である。

 多分これ以降、退助は孝弟たかちかに頭が上がらないかもしれない。

 

「父上、旦那様、何をゴチャゴチャと話しているのです?早うお席におつきください。

 鉾太郎ほこたろう(坊ちゃま)が待ちくたびれていますよ。」

「そうだぞ、父上。」


 どうやら我が家には新連合が形成されているようだ。






 板垣家の波乱とは別に、世間でも大きな波乱があった。


 自由民権運動が政府の弾圧と過激化による自滅から組織がバラバラになった状況を立て直すため、帝国議会開設を控え民権派が再び結集、大同団結運動が始動した。

 しかしその運動も路線と思惑の違いから再び分裂、やむを得ず退助は初心に帰ることにし、出発点であり強固な活動の拠点、土佐に戻る。そして再び愛国公党を組織し直し第一回衆議院議員選挙を迎えた。



 1890年(明治23)帝国議会開設。


 後に退助は河野広中らと旧自由党各派(愛国公党、自由党、大同倶楽部、九州同志会)を統合し、立憲自由党を興す。翌91年、自由党に改称、党総理(党首)に就任した。


注:退助は伯爵になったため、華族の立場では衆議院議員にはなれない。それ故、意外なことに生涯一度も衆議院議員の経験はない。また、貴族院議員にもなっていない。それは爵位を辞し、明治天皇の詔勅を受け入れた手前、華族の特権である貴族院議員にも立候補する事は無かった。






         つづく



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