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第32話「失業者たち」

*今日登場する面々は、皆政府高官だったので

 直ちに生活苦に陥るような人たちではありません。

ハッキリ言ってお金持ちです。

女将のお菊を含め、全員承知の上での会話である事

 を踏まえてお読みください。


 征韓論に敗れ下野した退助と象二郎。失業者同士、傷を舐めあう残念会を日本橋のお菊の料亭『むろと』で開いた。


 そこには呼んでもいないのに江藤新平と元外務卿 福島種臣もついてきた。実は大久保の狙いは西郷や板垣の追放ではなく、江藤や反長州閥の追い落としにあった。

 目ざわりだったのはいつも反発ばかりの江藤一派だったのだ。

 大久保にとって西郷、板垣は新政府にとってなくてはならない存在。本気で追い出す気はなかった。とはいえ、結果はその後の政局に大きな影響を及ぼす明治六年の政変に発展してしまう。


 残留政府高官組は狼狽し、その後の処理には大変苦労する羽目となる。

『後悔先に立たず』ほぞを噛む思いでその後の政治の切り盛りをせざるを得なかった。



 さて、退助の残念会はおよそ残念会とは思えぬ盛況であり、笑いの絶えぬ宴席となった。

 出迎えた女将の菊に「今宵は哀れな失業者の集まりである。酒と象二郎のために黒烏龍茶をジャンジャン頼む。」

 退助の失脚を幾度も見てきたお菊は少しも慌てず、「あら、また失業されましたか?懲りないお方。集まりと云う事は、皆さま全員失業されたのですか?それは豪気でいらっしやいます事。

 おや、まぁ、象二郎様まで。退助坊ちゃまとはいつも一緒や、とおっしゃっていましたが、本当にお好きなのですね。」

「こりゃ!この象二郎様をからかうでない。おまんがからかう相手は、退ちゃんであろう?天下の板垣退助の隠れ専属辛口秘書であると調べはついておるぞ。」

「こりゃ!象二郎!おまんこそ、なんちゅう暴言を吐いておるんじゃ!新平も種臣どんも、誤解するじゃないか!」

 新平が口を挟む。「そなたがあの悪名高い女将のお菊殿か?後藤殿からかねがね噂は聞いております。」

「悪名高い?!象二郎様!あなたは退助坊ちゃまだけでは飽き足らず、私の悪口まで広めていらっしゃるのですか?」

「滅相もない!!お菊殿は退ちゃんにはもったいないベッピンさんだと申しておるよな!な?な?」と新平と種臣に同意を求める。

 しかしふたりはそっぽを向いて知らぬふりを決め込む。「この裏切者!!」と象二郎が言うと、退助が「裏切者はどっちじゃ!ワシの恥ずかしい話を方々に広めよって!」

「まあ、まあ、退助坊ちゃまも象二郎どんも今宵は苦い酒でも飲んで、憂さをはらしましょうぞ。女将、ジャンジャン酒を持ってきてくれ!」

と元外務卿として交渉のまとめ役だった種臣が鉾を治めようとする。


 しかしお菊は「象二郎様は下戸故、烏龍茶でございますね。下町のナポレオン三世がたっぷり入った美味しい烏龍茶をお持ちいたしますのでお待ちください。」

「許してくだされ、弁天様、お代官様、お菊様!」と哀れな象二郎は手を合わせる。



 その日、たっぷり酒の入った4人は、今後の明るい将来について語り合った。


 退助は夢を語る。「この日の本は貧しすぎる。先の戦で国中を転戦したが、何処に言っても絵にかいたような貧乏生活ばかり。

 そんな環境だから、列強に馬鹿にされるんじゃ。この国の民は賢い。なのに、あんな奴らに馬鹿にされて良いものか?蹂躙されてよいものか?新平どん、答えよ!」

「じゃあ、退助坊ちゃまはどうせよと申すか?」

「ワシを坊ちゃまと呼ぶでない!この国は、もっともっと変えてゆかねばならぬ。でも、一番変えなければならぬのは、制度ではない。人の心じゃ。

 この国の民は皆、今の生活を当たり前と思おちょる。貧困を当たり前と思うのは正常か?

 ワシらは武士の生まれじゃが、何故武士が偉いんか?武士の中にも愚か者は居る。貧者の中にも賢い者は居る。

 人には生れながらに人としての尊厳があって然るべきと思おちょる。

 人には人間固有の権利があるはずじゃ。基本的人権じゃ。そして基本的人権を形成する重要な要素は自由と平等じゃ。

 何も皆が同じ生活を目指せと云うておるのではない。

 等しく機会を、チャンスを与えよと申しておる。富める者が富を得るのは容易じゃが、貧者でも能力と意欲を持つ者にはチャンスを与えよ!身分を超えて生きる自由を与えよ!

 民を富ませ、国を富ませるのはひとりひとりの民の意識と奮闘努力ぞ。そうは思わぬか?」

「よく分からん。しかし、退助どんの熱意は伝わった。で、どうすれば良い?」

「ここでワシらがグダを巻いてばかりいてもらちが明かぬ。結社を造るのじゃ。」

 一同が口をそろえて「結社?」と聞く。

「おうよ、結社よ!かつて我が藩には竜馬や慎太郎が掲げた『陸援隊』や『海援隊』があったじゃろ?それに倣って、政治結社を造るんじゃ。」


「結社か・・・。」

「結社を造ってどうする?」

「結社を造って、広くこの日の本に基本的人権と自由と平等の精神と概念を広めるんじゃ。そのためには今の藩閥政治じゃ駄目じゃ。御誓文でも謳われているように、『廣く会議を起こし』じゃ。」

「そうか、こりゃ壮大な話じゃのぉ。」

「そこでじゃ、ここに居る面子じゃ人として如何なものか疑問が残る故、まず、準備段階として倶楽部を造る。」

「人として如何なものか?そりゃ、退助どんの事か?」

「ワシの訳がなかろう!ここにいるワシ以外じゃ!」

「そうか、退助どん以外か・・・って、おはんが一番如何なものかと思うぞ!」

「まあ、細かい事は気にするな。とにかく人材を集めて組織づくりじゃ。」

「資金はどうする?」

「募金と献金じゃ。」「募金と献金・・・・???って募金も献金も同じじゃないのか?」

「だから、細かい事は気にするな。」

「そ、そうか?・・・募金と献金か・・・。ところで、ここの飲み代はどうする?」

「おはんら皆、ここに手持ちの有り金を全部出せ。そうすりゃ、飲み代くらい捻出できるじゃろ?」

「失業者から金を取るんかい?鬼じゃな!」

「おおよ、鬼じゃ!ここにきてただ酒飲もうなんざ、鬼にも劣るぞ!」

「オラオラ!おまんら全部出せ!出せ!!グズグズせんでよ出さんかい!!こりゃ!新平!出し惜しみすな!」

「皆集めてこれっぽっちか・・・、(しぶしぶ・・・)仕方ない、ワシも出すか。」

「こりゃ!退ちゃん!!おまんが率先して出していなきゃ、いけんじゃろ!」



「おう、女将!お愛想じゃ!」



「ところで女将、物は相談じゃが、哀れな失業者の飲み代を少しは負けてくれんかの?」

「何セコイ事を!さっきまで天下国家のこころざしを語っていた殿方が、飲み代を負けろ~ォ?びた一文負ける訳にはいきませぬ!但し、出世払いにはできましょうぞ。明日からは死ぬ気で御働きを!それが嫌なら、今ここで全額お支払いいただきます。」

「お菊の鬼!うぬら、聞いたか?死ぬ気で働けとよ。また死ぬ気で働いて出世するとするか」

 そこで象二郎が言う。

「明日から死ぬ気で働くより、ここは全額払った方が楽ではないか?」


「象二郎の『コロナウイルス』野郎!!」

「コロナナンチャラとは何じゃ?」

「未来のばい菌じゃき。」

「????」




 その後の11月早速、銀座3丁目に一室を借り受け幸福安全社を創設した。後の愛国公党を結成する母体である。

 退助が推進する民撰議院設立建白書を提出するための第一歩となった。







         つづく




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