第27話「退助の凱旋と本妻展子」
12月12日東京凱旋後、新政府議政官の上局、議定に就任し、議事体裁取調方総裁となった旧藩主山内 豊信公に謁見、凱旋の挨拶を済ませると、僅か6日の12月18日板垣退助と大軍監 谷干城ら442名が土佐藩船夕顔丸に乗り土佐に凱旋した。
その間、東京の妻 鈴との新居を決め、超人的多忙な短期滞在で戦の疲れを癒す時間的余裕は無かった。
それにしても退助の帰りの荷は多い。凱旋の帰郷にしては人目に付くほど。
まるで一時期の来日中国人で話題になった,日本製土産を持ち帰る風景の様である。
凱旋の船の中、谷干城が言う。
「さすが御大将!凱旋土産も錦の御旗のような華々しさ!恐れ入ましたな!」
もちろん東京住まいの経験がある退助がお上りさんの筈はない。
この大量の土産は、土佐の本妻 展子への気遣いとご機嫌取りの作戦であった。
だから谷の皮肉に憮然とする退助であったが、取り合っている余裕はない。
これから今まで戦ってきた戊辰戦争以上、最大の戦の天王山『本妻 展子からのご赦免をいただく戦』が待っているのだ。
土佐の邸宅に辿り着くと、展子が笑顔で待ち受けていた。
展子が笑っている・・・。東京にて新たな妻を得た退助は後ろめたい。展子の薄笑いが何より怖い。
「おかえりなさいませ。ご無事の御帰還、一日千秋の思いでお待ち申しておりました。」
「ふむ、今帰った。」退助の目は落ち着きなく宙を泳ぐ。
「奥へ。」玄関先から座敷奥へ誘う展子であった。あくまで感情を表に出さない。
その無表情さが嵐の前の静けさに思える。
旅の疲れを癒し、くつろぐ心境にはなれない。なにしろ、そこいらに地雷が埋め込まれているのだ。
「それにしても大層なお荷物です事。」
「ソチへの土産である。喜んでくれると良いが。」
「まあ、それは嬉しや。何だか東京の匂いがするようですわ。」言葉と裏腹に、全然嬉しそうには見えない。
「東京で今はやりの洋服ぞ。似合うと良いが。」
「あら、私のような田舎者に似合う東京の洋服などあるかしら?」
早速、第一の地雷を踏んだ退助であった。
「ところで、ソチも母も息災であったか?」と、話題を変えるが、
「生憎こちらは至って平穏。江戸から東京に激変するような地殻変動は起きませぬ。私も母上も、退助様がお出になった時のままでございます。退助様のお変わり様とは比べるべくもありません。」
とそっけない皮肉が飛ぶ。
夜、床に就いてもなかなか寝付けない。薄暗さに紛れて展子に口を窄めて近づくが、あと10センチの所で展子が目を開ける。
「何でございましょう?」
展子の言葉に遠い昔、似たようなシュチエーションがあったような・・・。記憶を手繰ろうとする退助であった。
「展子が寂しかろうと思っての。」
「私、これからは、ひとりでも強く生きてゆこうと決心いたしましたの。あなた様は東京で、お子をたくさんお設けくだされ。」
「和主、子は欲しくないと申すか?」
「お鈴様との間にお子ができるのなら、私との子など必要ないでしょう?子作りなど100万年早ようございます。」
「100万年!?そんなに待っていたら干からびてアンモナイトの化石の如き置物になってしまうではないか。」
「どうぞアンモナイトでも首長竜でもお成りあそばせ。」
翌日、第二の嵐が待ち受けていた。
土産物の中に、鈴から展子への挨拶状と写真が忍ばされていたのだ。
「結構なご挨拶状です事。」
「え?そんなものは知らぬぞ!」
「大方、お鈴様が忍ばせておいたのでしょう。大そう、おきれいなお方。」
このタイミングで後藤象二郎が訪ねて来た。
「退助殿、居るか?」
「よう、象二郎、こっちだ!」
「お互い多忙で、東京ではなかなか会えませぬな。」
「一足先に象二郎が帰っていると聞いていたので今日あたり顔を出すかと思って居ったぞ。」
「奥様もご機嫌よろしゅう。」
憮然としている展子。
「何かございましたか?」と象二郎。
「何もかにも、鈴が余計な事をしよっての。」
「余計な事?何をしたのですか?」
「展子に宛てた挨拶状を土産の中に紛れ込ませておっての。」
「ああ、展子様にご挨拶ですか。それは私がお鈴様を紹介された折に土佐の本妻であられる展子様にご挨拶されては?とのアドバイスをしたからかもしれません。」
「何?象二郎の仕業か!ソチはワシの家庭を壊すつもりか!」(このウンコ野郎!!)と心の中で叫んだ。
「ご丁寧に写真まで同封しておったぞ」
「それは写真映えしているでしょう?どれ、私にも見せてくだされ。」
象二郎との会話中、黙っていた展子が口を開く。
「私も写真を撮りたくなりました。」
「何?ソチも?」
「はい、『私も』でございます。」
また地雷を踏む退助。春間近の土佐の本宅。温暖の地がそこだけ寒々としていた。
板垣家は凍てついているが明治維新を推し進める高揚の波は熱い。
1869年(明治2)1月14日、土佐の退助、薩摩の大久保利通、長州の廣澤真臣が、京都で版籍奉還についての会合を行った。
退助が目指す維新が始動する。
つづく