第21話「刺客」
話を八王子まで戻す。
甲州勝沼の戦い後、退助率いる迅衝隊は、地元に散らばる志願した武田遺臣の子孫たちを兵に加え、甲州鎮撫隊の敗残兵を追って八王子に入る。
更に4月3日八王子千人同心をも加え、1500を超える兵力に膨れ上がったことは前述のとおり。
それに対し甲州鎮撫隊は、その八王子にて解散、大きく明暗を分けていた。
先鋒総督兼鎮撫使から大総督府へ編入・改編された新政府軍に合流すべく退助は進軍準備に入った。
しかし、元々ある迅衝隊の他、武田遺臣の子孫を断金隊、護国隊として組織化、膨れ上がった兵員の軍紀浸透の徹底、即席ではあるが、近代戦法訓練等、進軍前にやらなければならない事案が山積し、予定より進軍行程が大幅に遅れる事となる。
江戸城総攻撃に間に合わせるため、退助は必死だった。
暫くは八王子に地に軍を留めおかなければならないが、次の戦に間に絶対合わせなければならない。時間との戦いである。
しかし、それだけの大人数を数日間も泊めておける宿泊施設は無い。また八王子城は遥か昔の家康時代に廃城処分となっており、城としての機能を有しない。
やむなく、兵を寺や比較的大きな旅籠、大庄屋宅などに分散宿泊させることにした。
それぞれの宿泊拠点に対し、伝令網を構築、統率の重要な手段とするため、時に最重要の伝令には、退助も自ら出向き、それぞれの隊の様子観察を兼ね、指揮命令の維持を図っていた。
ただ、八王子は少し前に甲陽鎮撫隊が解散したばかり。
解散したと云っても、まだ残党がそこいらに潜伏している可能性がある。市中を廻るのは危険を伴う賭けであった。それでも退助は怯まず少人数の供を連れ、拠点を廻る。
八王子に入って4日目。
夜間、護国隊への伝達へ急ぐ退助の前に、異常なまでの殺気を帯びた人影が待ち受けていた。
鎮撫隊の残党であろうか?殺気の鋭さから、相当武術の心得のある者であろう。
人影は3人、物陰にひとり・・ふたり・・・三人・・・。 合わせて6人か?明らかに自分たちを襲おうとしている。こちらは退助の他2人の供。
先頭の相手3人がはじめゆっくり、次第に足を速め「ウォ~!」と叫び、太刀を抜き、上段に構えながら勢いよく駆けてくる。
すかさず退助の供ふたりが退助の前に立ち、防戦の態勢に入る。
最初の刺客が右、左と太刀を揮うと、瞬く間に前の供ふたりが斬られ、その場に倒れた。
「ぬ!!」退助は相手の相当な腕前に、(こ奴らは小慣れた人斬り集団だな。さては新選組残党?)退助は後悔した。
部下二人を失い、自分の身に危険が迫ったからではない。大切な部下を自分の油断から殺されてしまった事態に対する激しい後悔である。
自分が部隊間を移動するとき、腕に覚えのある者を多人数そろえておけば、或いは襲われずに済んだかもしれない。
例え襲われても大人数なら強力な反撃ができ、やおら若い隊員を死なせず済んだかもしれない。
でも後悔している場合ではない。退助は自らの太刀の柄を右手の親指と人差し指の股を鍔いっぱいに握り、(フ!!これぞ本当の切羽詰まった状態よ!)などと自嘲しながら、幼い頃から喧嘩慣れした退助特有の闘争状態に見せる居合の達人としての余裕を感じていた。
注:柄とは日本刀の部位のひとつ。
刀身の手で持つ部分。
切羽とは刃と柄を隔てる鍔を固定する部品。
退助は鞘から太刀を抜き、下段に構え、襲い掛かる刺客の一の太刀を待ち受ける。急な展開に心乱さず、明鏡止水の境地を求め一呼吸入れた。
相手は6人。こちらは自分ひとり。太刀は一本。小太刀もあるが、ここでは考えまい。太刀で斬れるのは精々2~3人。それ以降血のりを大量にすった刃では上手く切れない。
(刀に限らず包丁など刃物は、肉を切ると切れ味が鈍くなり、次第に刃がたたなくなるのだ。)退助は腹を決めた。
襲い来る一番手。振り下げてくる刃先に尋常なき鋭さを見た。(早い!!切り口に吸い込まれそうだ!!手練れの剣は巧妙に相手を操り、自ら剣に吸い込まれると聞いた事がある。)
退助は刺客が放つ太刀筋の流れに逆らい皮一枚でかわしながら、下段の構えから振り上げる。まさに冷や汗が出る一撃であった。
相手の左二の腕から先が身から離れ、数歩後方まで駆けた後、「ウッ!」と呻き、ズシリと倒れた。
その声と音を背にしたが確かめる暇はない。二番手、三番手がすかさず左右から駆け足で襲い掛かる。かわす場所がない!
相手が一斉に太刀を振り下ろす一瞬、退助は正面を向いたまま前ではなく、右横に倒れ込むように器用にも回転レシーブのような動きを見せた。
勢いあまって通り過ぎるふたりの刺客。
二の太刀を揮うためこちらに向き直るが、一瞬退助の方が体制を立て直すのが早かった。
刺客を追い、相手が構える前に右、左に太刀を振り、腕を斬り落とした。それを見た後方に控えていた3人が同時に駆けてくる。
退助は右に走り、通りの脇に立つ樹木に向かう。
さすがに3人同時攻撃はかわせない。木を盾にひとりずつ仕留める事にした。しかしもうこの太刀では斬れない。小太刀を使うか? でも3人相手では通用しまい。
迫りくる刺客の一人目を木陰から迎え撃つ。相手が予想していない角度から、思い切り突きを見舞わせる。退助の太刀が相手の首元に突き刺さり素早く抜き去る。
怯む残り二人。
退助が再び構えるとヤケクソのようにひとりが上段のまま駆け迫る。退助は瞬間太刀を捨て、グーの構えで相手のみぞおちにヒットさせた。
男の足が止まる。すかさず背後から男の右腕を取り、真っ直ぐ伸ばしたままで思い切り時計と反対廻りに捻った。
男は「ギャー!」と悲鳴を上げ、ボキリと音がした。その様子を見た残りのひとりが後ずさりし、その場から無言で逃げ去る。
新選組の残党は最初のひとりだけか。残りは素人らしい。退助は命拾いをした。
間もなく異変に気付いた護国隊士らが駆け付け、味方ふたりを失いながらも、退助の身は無事だったことに安堵した。
退助の大隊の体制が整い、5月2日になって、ようやく総攻撃を控えた大総督府の元に駆け参じることができた。
しかし江戸城総攻撃は中止。その代わり上野戦争が待っていた。間もなく彰義隊との死闘が始まる。
退助は拾った命をお菊の居る江戸の地で、再び戦に捧げる覚悟をしていた。
つづく




