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第16話「展子」


 退助が土佐に帰国すると年老いた母幸子が待ち構えていた。


退助の顔を見るなり、「お帰り。」も「息災であったか?」の言葉も無しに見合いの話を持ち出す。

「退助、ソチの見合い相手が決まった。明日、勘定方勤番、中山弥平治の娘と逢いなさい。

 既に手筈は整っておる。」


「はぁ?明日ですか?旅の疲れもとれぬと・・・」

 まだ言い終わらぬうちに「良い娘です。会ったらたら旅の疲れなど吹き飛びましょう。四の五の言わずに身支度を整えておきなさい。」

そう言って敷居の奥に下がってしまった。


「相変わらず無茶苦茶な母よ。」

控える下男に旅の荷物を渡し、草鞋を脱ぎ、足を注ぐ退助であった。

 その日の夕餉もそこそこに床に就くが、良く眠れぬ。身体は疲れているのに、寝不足のまま朝を迎えた。

心のどこかで、新たに会う娘に期待する自分がいたのだろう。


(良い娘?母は良い娘とは云ったが、美人とも可愛いとも言っておらなかった。その辺がどうも怪しい。)


 しかし、昼過ぎに城下のしかるべき料亭で逢ってみると、慎ましくうつむく姿が楚々とし、面を上げた顔は、あたりをほんのり明るく照らすようであり、退助は唖然とした表情のまま暫しその場に言葉なく固まってしまった。


 「お初にお目にかかります。展子ひろこと申します。」

 コロコロとした音色の口笛のような美しい声が瞬く間に退助の後頭部の頭蓋骨内部の隙間に響きわたり、埋められてしまった。

 一瞬にして心を奪われた?

 しかし、そんなイメージを打ち壊す会話に移る。


「退助様って思った通りのお方。展子ひろこは安心しました。」

「思った通り?ソチはワシをどのように思っていたのか?」

「最初、このお話をいただいたとき、『怖い』と思いました。第一線でご活躍される殿方と聞き、私などのような不束者が務まるのかと不安だったのでございます。」

「そうか、第一線とはいってもワシは浮き沈みの激しい男じゃが。沈んだ時は恐ろしく暇人ぞ。まあ、不安な気持ちは理解できるがな。では何故考えが変わった?」

「それは、退助様の風評を耳にしたからでございます。」

「風評?(嫌な予感がする)誰から何を聞いたのか?」

「それはもう、退助様を知る者にいとまはございません。退助様とは如何なる吾人か?と問うと、誰も皆、一を聞くと十の答えが返ってきます。話したくて仕方無くなるほど話題性の豊富な方と分かりました。」

思わず気まずい顔になった退助は、「ウォッホン!」と咳ばらいをし、

「如何なる話題か申せ。いや、申すな。どんな話が出たか想像できる。」

身から錆と埃だらけの日頃の行いを思い出し、たじろぐ退助であった。

「あら、そんな悪い噂ばかりではありませんでしたのよ。少しは良い噂も。」

「悪い噂ばかりではない?少しは?と云う事は殆ど悪い噂と云う事であろう。」

「勿論それはご自身が一番存じていらっしゃる事。貴方様の武勇伝については今更私の口からは申しません。でも、こうも言われています。

『あなた様は義のお方。強きを挫き、弱きを助ける心優しいお方。

日頃の行いや言動に似合わず、高い志をお持ちで、決して理不尽な事柄に屈しない、私心無く、高潔なお方である。』それらの意見を聞き、退助様は全体としてギリギリ立派なお方とお見受けいたしました。」

「全体として・・・、ギリギリ?・・・かぁ。まあ良い。都合の悪い臭い物には蓋をしておこう。悪い評価は聞かない事にする。」

「これで私の退助様の感想はお分かりいただけたでしょう?それでは退助様は私をどうご覧になりました?第一印象で結構です。

 忌憚ない感想をお聞かせください。前の奥様と比べて、私は合格?不合格?」

「前の奥のことは口にするな。ワシも和主わぬしとお里を比べたりせぬ。ワシはどうやら明るく気の強い女に縁があるようじゃ。それだけは言っておく。」

「ご感想はそれだけ?それではあんまりです。

可愛いとか、美しいとか、非の打ち所がないとか、もっと突っ込んだご意見を。」

「何じゃ、見かけによらず図々しい要求じゃな。和主わぬしはそういう甘い言葉が欲しいと申すか?

しかしワシはあまり調子に乗ってしゃべると、いつも墓穴を掘るからたいがいにしておけと言われておるでの。」

「あら、どなたに?」女の勘とは恐ろしいもの。お菊のアドバイスを鋭く感じ取った展子ひろこであった。

 退助は「しまった!」と思った。まだ未練を残してはいるが、やましい事はしていない。

 でも展子ひろこには、お菊の事も触れられたくない。今は知られたくない。

「ワシを知る者からじゃ。どうもワシはいざという時、気まずい仕儀に陥る傾向があるそうじゃ。」

 追及を煙に巻かれた展子ひろこ

「私もそのような場面を見とうございます。尚一層の親近感が持てると思いますので。きっと退助様にアドバイスしたお方は余程退助様の事を良く知ってらっしゃり、お好きなのでしょうね。」

(危ない、危ない。この女子には下手なことは口に出せんな。)

 ボーっと考えていたら、

「あら、退助様ったら、何をお考えですか?」

「何って、・・・・日本の将来・・・。」



「嘘つき!」




 有無を言わさず、一月後内輪だけの祝言が挙げられた。







     つづく



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