第七話 老女
魔法道具屋にて、
へたり込んでいる店員さんに、
「あー、我の事は他言無用である」
と言って店を出た。
今は金物屋に向かって歩いている。
ベルは俺の左側を、買った本を大事そうに抱えて歩いている。
俺はベルの歩くペースに合わせてゆっくりと、商店街を散策しながら歩く。
散策するにはちょうど良いペースだ。
ベルも商店街の店頭に並ぶ品々などをキョロキョロして見ている。
「ベルはここには来てなかったの?」
「いえ、来たことあるけど、こんな風に通りは歩かなかったの、です。」
なるほど、貧民街の子供が堂々と歩く事はないって事か。
「おや!お嬢ちゃん可愛いねぇ、これあげるよ」
雑貨屋らしき店の店頭に立っている婆さんに声をかけられた。
「それは?」
「飴玉だよ。こんな可愛いお嬢ちゃん見た事ないよ、兄弟で買い物かい?良いねぇ」
婆さんは俺の方を向くが、
その目開いてるのか?
ってほど目が細い。
まぁ見えてるんだろうな。
「あ、あの、えっと、あたしは」
ベルは俺と婆さんを交互に見て、差し出された飴も受け取らずに戸惑っている。
婆さんは察したようだ。
「ん?あんたもしかして買われっ子かい?」
「はい」
「名前は?」
「ベル」
「そうかい、良い名前を貰ったねぇ、それにこの服、あんた良いご主人に見つけて貰ったねぇ。」
「はい!」
戸惑っていたベルの顔がパッと明るくなる。
「それじゃこれはまずあんたに」
婆さんは俺に飴玉を差し出してくる。
「いえ、俺は大丈夫です。」
「違うよ、あんたからベルちゃんに渡しておくれ。買われっ子はこういうのを直接受け取れないんだよ。この子の方が良く分かってるねぇ」
くっ そういう事か。
俺はちょっと恥ずかしくなった。
そして不意に婆さんは言った。
「あんた、この世界に来て何年だい?」
「2年ほどです。」
って、え!?
つい答えてしまった。
カマをかけられた。
「ひゃひゃひゃひゃ、やっぱりそうかい。その顔立ち、それにベルちゃんが持ってる本。あんた、その本が読めるんだろう?もちろん落書きの方さね。」
「うっ」
婆さんはちょっといやらしい顔でニヤついている。
なんて答えたら良い?!
動揺して言葉が出ない。
「おい飴玉婆さん!また飴玉攻撃かい?大概にしとけよー」
外野から男の声がかけられる。
「うっさい!ほっとけ!」
男はそのまま笑って通り過ぎて行ってしまった。
いつもの光景をみて、婆さんをからかったんだろう。
俺はそれどころではない。
動揺する俺に婆さんは、
さっきまでの優しい笑顔に戻り、
「安心しなせぇ、あたしゃあんたの味方だよ。困ったことがあったら尋ねて来ると良い。」
やりとりを見てるベルも固まっている。
「あぁベルちゃん、手に重そうな本を抱えてるねぇ、可愛いあんたにこの鞄はどうかな?」
そう言うと婆さんは店頭に掛かっていた、革製の肩掛け鞄をベルに当てている。
ベルも俺も戸惑ったまま固まっていた。
味方と言ったか、
俺の素性を見破った得体の知れない婆さん。
どう対応したらいい?!
「緊張しなさんなって。ほれ。」
そう言って皮鞄を俺に押し付けてくる。
「お代は要らないよ、お近付きの印ってやつさね。ベルちゃんに渡してやりな」
「あ、はい、ありがとうございます。」
「あたしゃその翻訳した田中雅之と同じパーティーだったのさ。仲間の同郷の人間を悪いようにはしないよ。」
「田中雅之と同じパーティーメンバーだった?!本当ですか?」
「嘘言ったってしょうがないさね。」
「あ、あのご主人さま」
黙ってたベルが恐る恐る話に割り込んできた。
「ん?なんだい?」
「このお婆さんは、嘘は言ってないと思います。」
「おや、嬉しいねぇ、解ってくれるのかい?」
「は、はい、何故か分かりませんが、解ります。」
「分からないが解る?どう言うことだ?」
婆さんの雰囲気が変わった。
「ベルちゃん、あんた『見える』のかい?」
婆さんの片目だけが開いた。
目、あったんだな。
「…うん」
「そうかいそうかい、怖がらなくて良いよ。あんたのご主人はどうたい?何色だい?」
婆さんは嬉しそうにベルに尋ねる。
「青…」
婆さんは真顔で片目だけ開けて俺に向き直る。
「大したもんだ。あんたには力があるの。その本を手にしたあんたは必ずまたここに来る。待っとるよ。」
そう言うと婆さんはまた笑顔に戻った。
目も無くなった。
「じゃぁベルちゃん、大事にしてもらいなね。ひゃひゃひゃひゃ、今日は良い日じゃ」
婆さん一人で完結しちまいやがった。
「えっとじゃぁ失礼します。鞄と飴、ありがとうございました。」
「ん、大事にするんじゃぞ。」
そそくさとまた歩き出すと。
ベルが言った。
「お婆ちゃん、黄色だった」
あらそ。
まさに魔女だな。
焦ったわ。
まぁせっかくだし、
早速鞄を使わせてもらう。
ベルの肩に掛けて、本を入れる。
あら可愛い〜
婆さん何気にセンス良い。
まぁうちのベルたんなら何でも似合うけどなぁ。
だんだん自分が親バカみたいになるのを感じるぞ。
第二目的の金物屋に来た。
まさに、ザ・金物屋。
鉄の製品なら何でもありそうだ。
お玉、包丁、バケツ、カマ、クワやらハンマー。
何に使うか分からんが、
ただの鉄板やら、ただの鉄の棒やらもある。
俺が探してるのはズバリ寸胴。
あと調理器具いろいろだ。
寸胴はなるべくでかい奴。
でかい中華鍋の方が良いかな。
店内を物色して、
見つけた!
直径六尺くらいありそうな半円形の中華鍋。
けっこうでかい!
目的の寸胴ではないが、
まぁこれでも使い勝手良さそうだ。
店員を呼んであれこれ揃えていく。
結構な量がある。
そこで気がつく。
これさぁどうやって運ぶ?
あれこれと俺の注文を聞いて品を揃えてくれてる店員さんに訪ねる。
「これ普通は皆さんどういう手段で運んでます?」
「普通は荷車とか馬車とかで、たまに収納魔法の人もいますが、お客さん荷車も馬車もないから、てっきり収納魔法かと思ってやしたが、魔法使い様じゃないんですかい?」
大魔法使いになれると言われたが、
今は魔法使いにもなってない。
運ぶ事を考えてなかったとは、
大失態だ。
先の事ばかり考えてて準備の事を考えてなかった。
それにしてもファンタジー世界では収納魔法なるものがあるのか。
「どうするんですかい?」
ちょいとイライラしてる店員さん。
とりあえずお願いしとこう。
「とりあえず後で取りに来るので、置いといて貰って良いですか?会計は今しますので。」
「ああ?邪魔なんだよなぁ。直ぐに来てくれよな。これ全部で4200マネだ。金はあるんだろうな。」
「ありますよ。はいこれ。なるべく早く取りに来ます。」
俺は元来た通りを急いで戻る。
ベルが小走りで着いてくる。
ベルちゃんごめんよ。
「こんちゃー!あんたの狙い通りまた来たよ!」
「おやまぁ思ったより早いじゃないか。ひゃひゃひゃひゃ!」
さっきの飴玉婆さんの雑貨屋に来た。
予言通り戻って来てやったぜ。
「婆さん魔法使いなんだろ?ちょいと収納魔法を教えて欲しいんだけど。」
飴玉婆さんはちょっと驚いた様子だったが、直ぐに表情を戻した。
「空間魔法のひとつだね。お前さん杖は持ってるかね?」
「無いです」
「魔法は使った事あるんだね?」
「無いです」
「スクロールはあるかい?」
「無いです」
「…」
「無いです」
「こーのばかタレぇええ!!初心者が杖のひとつも無いのかい!!さっさと買ってこーーい!!」
両目が開いた婆さんは迫力があった。
「はいい!」
急に怒鳴られて慌てて魔法道具屋に向かう。
ベルはあまりの事に雑貨屋で固まっていた。
「おや、可愛いベルちゃんや。あんたも杖のひとつくらい買って貰いな。うーんと高いのを買って貰うんだよ。あんたなら使いこなせる」
「は、はい解りました」
「解ったんならサッサと行きな!」
「ひっはいい」
ベルは肩の鞄を放り投げて急いで俺の後を追う。
鞄から少し本がはみ出ていた。
婆さんは鞄を拾い本を取り出すと、
愛おしいように本に手を乗せる。
「懐かしいねぇ」
所変わってここは魔法道具屋。
どかん!
「おい!杖あるかー?!」
「ぎゃー〜!!」
どかんと音を立ててドアを勢いよく開けて大声で言った。
魔法使い店員さんが、悲鳴を上げてカウンターの後ろに倒れた。
「だ、大魔法使い様?!」
「うん、杖を新調しようと思ってな、ちょいと急ぎなんだ。」
「ご主人さまぁ〜はぁはぁ、早すぎますぅ」
遅れてベルがやってきた。
「この子の分も頼む」
「何なんですか、ビックリし過ぎましたよ。あぁ杖ですか。」
店員さんは起き上がりパンパンと裾を払ってから、
「ちょっと待ってて下さい。大魔法使い様が満足するような杖かぁ」
「初心者の大魔法使い用で頼むよ」
「ちょっと何言ってるか解りませんが、探してみます。」
そう言って店員さんは杖の棚を物色し始める。
「短杖で良いーんですよねー?」
「お願いしまーす!」
しばらくするといくつか見繕った杖を持ってきて、カウンターに並べる店員さん。
「今うちにある高レベルのはこれだけです」
高レベルと言ったか?
頼んでないのだが、まぁいいか。
この店員さんがビビるくらい俺には魔力があるらしいからな。
並んでるのは5本。
どれが良いんだ?
一本一本手に取ってみる。
「ベルもこっち来て一緒に選ぼう」
「はい」
ベルもどれを選んだら良いのか思案している。
俺と同じように一本ずつ手に取って感触を確かめる。
「大魔法使い様は何が得意ですか?」
得意?得意と言えばあれだ。
「家造り」
大工だしな。
「家?!凄いですね。なら、これかな?」
店員さんが選んだのは、
真っ黒な杖。
黒檀のような深い黒で年輪もかなり細かい。
木製だよな?
手にしてみる。
ん?なんか手に吸い付いた?
最初持った時には感じなかった吸い付くような感触。
「それは特に土魔法が使い安いと思います。あっ魔力吸ってませんか?!」
吸い付くというか、そうか、魔力吸われてるのか。
「うん、なんか吸われてる」
「凄いですね。杖が喜んでるみたい。それお薦めしますよ!杖から使って欲しがってるようです!」
「え?!杖って生きてるの?」
「生きてると言えば生きてます。元々それは魔木で、土の魔素を吸って成長します。樹齢1万年とも言われる魔木で作られた杖は、持ち主を選ぶと言われてるんです。神秘的じゃありませんか??」
あ、なんか恋する乙女みたいになってる。
このお姉さん杖オタクか?
「なるほど、では俺が選んだ訳ではなく杖が俺を選んだという事か。」
「そうとも言えますね。これは持ちたくても持てない人もいますから」
そりゃ凄い。
「じゃこれで」
ベルはどうだ?
「あたしはこれが気になります」
ベルが持ってるのは白い象牙のような材質の杖だ。
さっき俺が持った感触だと象牙よりは柔らかい感触がしたし、思ったより軽い。
「それは一角獣のユニコーンの角で出来た杖です。特に先の方の希少な部分を使った物で、風属性が得意です。お目が高いです」
ベルは説明を聞きながらユニコーンの杖を構えてみた。
やべ、うちの子可愛い。
「あ」
ベルが声あげる
「どうしましたか?まさか?!『ルーミーベールー 見えろ』」
あ、これ俺の魔力見たやつだ。
魔法だったのか。
何が見えるんだ?
「凄い!!つ、杖が!あぁなんて事、ユニコーンがあなたに恋をしてます!」
「なに?!?!」
うちの子をどこの馬の骨だ?!
あ、ユニコーンの骨か。
あー店員さんいっちゃってる。
どういう状況か分からんが、
決まりだな。
「おい!」
「はっ あっ はい!」
帰ってきたか。
「いくらだ」
「あ、えっと、あぁ、ごめんなさい私…」
泣き出しやがった。
なんでやねん。
「お代はいりません、ぐす、良い物見れました。その代わりまた来て下さい。ぐす。」
まじか。
「それで良いなら貰うけど、ほんとに良いの?まぁ気が変わったら言って、払うから。俺は大工のサクラだ。商人アルバの知り合いでもあるから、聞けば直ぐ分かるはずだよ。」
「アルバ様の、そうですか。解りました。是非また来て下さい。ぐすっ」
「ありがとう。これからよろしく頼むよ」
俺達は魔法道具屋を後にして、雑貨屋の婆さんの所に向かった。
お姉さんは杖オタクみたいだけど、
いろいろ詳しそうだ。
ベルが構える杖に何を見たのか、
今度聞いてみよう。
「婆さん戻った」
飴玉婆さんは店のカウンターの所で、椅子に座って俺が買った本を読んでいた。
丸い老眼鏡をかけている。
相変わらず目は細くて見えない。
あれ見えてるのか?
「思ったより早かったじゃないか。どんな杖にしたんだい?見せてみな」
俺とベル、二人揃って飴玉婆さんに杖を見せる。
あれ?俺の杖少し色が違う。
真っ黒だったのに、赤味がかってる。
「黒魔木にユニコーンか。ふむ、既に魔力を吸ってるじゃないか。二人は何故これを選んだんじゃ?」
「俺は勧められて手に取ったら直ぐに魔力を吸われて、店員さんにこの杖に選ばれたと言われました。ベルは直感で選んだようですが、ユニコーンに惚れられたと言われました。」
「そうかいそうかい、杖に好かれる奴は良い魔法使いになれる。杖は大事なパートナーじゃ、大切にするんじゃぞ」
飴玉婆さんは満足そうだ。
「ところでお主、名をまだ聞いとらんかったの」
「あぁそうでしたね。佐倉大作と申します。よろしくどうぞ」
「サクラ、はて、どこかで聞いたような?あぁ、お主は今話題の大工か?」
「話題かどうか知らないけど、大工ですよ」
「それで木に好かれたんじゃな。納得じゃ。わしはマミじゃ。マミ師匠と呼べ」
「ぶうぅぅっ」
思わず吹いた。
どんだけ似合わねー名だよ。
まさか昔、Qべえ連れて魔法少女やってたなんて言わねーだろーな。
それともクリーミーの方か?
ごちっ
「いてっ」
ゲンコツ食らった。
「人の名を聞いて吹くとは失礼千万!しかもお主『魔法老女』とか思ったじゃろ!」
「思ってない!思ってない!」
やべー魔法老女って、爆笑しそう。
何とか笑いを堪えなくては。
別の事は思ったけど、
しかし魔法老女とか、
名付けたやつGJ!
どう考えても田中雅之しかいないな。
「ご主人さま汚い」
吹いた唾が飛んだのか、
ベルが顔を拭いている。
すまんベル。
ベルも将来、
『ご主人様臭い!』とか言うのかな。
不安だ。
【読者の皆さま】
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白村
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