第六話 日本語の本
俺たちは宿屋に戻っていた。
なんだか疲れた。
とりあえず、ベルには湯浴みで身を清めてから着替えるように言った。
貧民街から着の身着のまま出てきているから、だいぶ汚れている。
俺もベルが湯浴みから出てきたら浴びるか。
テーブルの椅子に座り、ぼけっと考える。
賢者ねぇ。
まるで実感がない。
そもそもそんな話しになって4時間も話し込んでいた。
いや話してたのはほとんど商人アルバだ。
賢者がいかに凄い存在かは解ったが、
自分に置き換えるとまるで実感が無い。
外はとっくに陽が落ちて暗くなっていた。
明日また動かないといかんな。
魔法かぁ。
憧れはあるけど、
ほんとに俺に使えるのかな?
以前、ちょっと魔法書を見せて貰った事があった。仕事で役に立つ魔法とかあれば面白そうだと思ったからだ。
でも、
魔法書はちんぷんかんぷんで、
なんだかちーーっとも解らなかった。
なんだかなぁ。
湯浴みしたら飯食って考えをまとめるか。
「ご主人様〜上がりました〜」
湯浴みから出てきたベルは全裸だった。
裸族かよ!
9歳の全裸を見てもなんとも思わない。
これに欲情する奴がいるんだもんなぁ。
俺にその気持ちはわからない。
しかし、汚れが綺麗に落ちて、髪を後ろにまとめているので、顔がハッキリ見える。
可愛い子だとは予想していたが、
ベルってもしかして超美少女なんじゃ?
10年後が楽しみだな。
あ、こっちの世界だと16で成人か。
何にしても将来美人になるのは確定だろ。
髪は汚れが落ちて、
オレンジがかったピンク色で、
けっこう長い。
こっちの世界に来たばかりの時は、
髪の色がみんなコスプレイヤーのように派手なのには驚いたが、
今は見慣れたもんだ。
瞳もオレンジがかった赤。
ちょっとやつれてる感じは否めないが、
ちゃんと食べれば健康的な美少女になるだろう。
身長は、歳のわりに少し低いか。
これも栄養不足からなのだろう。
全体的に痩せているしな。
「新しい服に着替えて、飯食いに行こう」
「はい」
俺も湯浴みをして身体を綺麗にする。
さすがに全裸で部屋に戻れないので、
トランクスだけはいて部屋に入る。
着替えが終わったベルがいた。
なんの飾り気もないただのワンピースだが、
凄く似合っている。
この子は多分何を着ても似合うだろうな。
俺も着替えて食堂に向かった。
食べながら今日の事をベルに聞いてみる。
「なぁベル」
「はいご主人様」
ベルの食事の手がピタっと止まってこちら見る。
「あー食べながらでいーよ。もっと気楽にやろうよ。これからは俺が親代わりみたいな感じだろうけど、もっとこう、友達?みたいな感じでさ。」
「あ、はい、ご主人様がそれで良いなら」
「もぐもぐ、そのご主人様ってのもやめようか、むぐむぐ だいちゃん、もしくわサクラちゃんって呼んで」
「だ。だいちゃん…ですか?」
「もぐもぐ、そそ、」
「もぐもぐ、名前をいただいた、むぐむぐ、
そんな方に、ごっくん、そんな呼び方できません」
「がつがつ、そうかなぁ、がぶがぶ、すぐに慣れるよ。ゴクゴクぷはあぁ〜」
「はむはむ、では、サクラ様、もぐもぐ、では?」
「もぐもぐ、硬いなぁ、もぐもぐ、様はやめようぜ。ごっくん」
「もぐもぐ、頑張ります。」
「がつがつ、あと敬語もやめな、ゴクゴクぷはあぁ〜、うめー」
「が、頑張る…です」
「マスター!ジュースと酒!」
食事がひと段落したので、
ここで落ち着いて話してみる事にした。
「ベルさぁ、今日の話しどう思う?」
今日の話とは、商人アルバに言われた、
二人とも大魔法使いになれるというアレだ。
「ご主人さまなら、できると、思う、です」
「自分はどーよ?」
「あ、あたし?!ですか?」
「そ、特別な能力を持ってるって自覚、ある?」
「な、無い、です」
「だよねー、とりあえず明日はアルバさんの言う魔法道具屋に行ってみるか。」
「はい」
俺達は食事の会計を済ませて、自室に戻ろうとした時に声をかけられた。
「やぁサクラさん、このお嬢ちゃんは、こないだのお嬢ちゃんかい?」
そう声をかけてきたのは宿主のカリオスだった。
ベルの事をマジマジと見ている。
「あぁカリオスさん。そうです、俺が引き取る事になりました。」
ベルはちゃんとお辞儀している。
「こりゃぁ驚いた、まさかこんな可愛いお嬢さんだとは、こないだは悪かったな。サクラさんは良い人だから、大事にしてもらいな。サクラさんも良い子見つけたなぁ。おっと邪魔したな、なんかあったら言ってくれ。じゃぁ」
カリオスは、誤解されやすいが、実は良い人なのだ。
商人アルバの計らいとはいえ、
来たばかりの俺は明らかに厄介者だった。
それを受け入れてくれて、
最初は一ヶ月だけ泊めてやるなんて言ってたクセに、2年以上世話になってる。
口は悪いが気の良いおっさんなのだ。
まぁ実年齢は俺より下だがね。
俺達は部屋に戻り、部屋着に着替えた。
食事をする為だけに外用の服装になったわけだが、ちゃんと外出するのは明日だ。
俺はベルに簡単な読み書きや計算を教える事にした。
とりあえず数字から覚えさせよう。
ベルは飲み込みが早く、数字だけならすぐに覚えてしまった。
あとは計算がうまくできれば良いな。
さて今日は明日に備えて寝るか。
あ、そういえばベッドは一つだけだ。
「ベルー、ベッド一つで一緒に寝る感じだけど、大丈夫かい?」
いちお女の子だから聞いてみた。
「ハ、ハヒ、だ、ダイジョーブれふ」
ん?あからさまにおかしな感じだぞ?
ベルを見るとガチガチに緊張してる。
どうやら夜のご奉仕を考えてるようだ。
多分だが。
「なぁベル、俺がいた世界はさ、成人する年齢は20歳なんだ。子供を造る行為は18歳以上にならないと犯罪とされてる。わかるかな?」
ベルはきょとんとしてるようだが、話しはわかったようだ。
「じゃ、じゃぁご奉仕しなくても?」
やはり夜のご奉仕の教育も受けていたのか。
優等生らしいしな。
ちょっと興味はあるが、
俺はロリコンではない。
「あぁ良いよ。ベルは凄く可愛いし十分魅力的だけど、9歳の女の子と子作りをすると、俺がいた世界では変人扱いされるんだよ」
9歳の女の子に言う言葉じゃぁないな。
ベルは、落ち込むようなホッとしたような、なんとも言えない顔になったが、
納得したようだ。
9歳で主人の性処理を強いられるなんて、
やっぱり倫理観が間違ってると思うんだけどなぁ。
これは奴隷文化があるからなのかな。
「んじゃ寝るか」
「ハイ」
まだ微妙に緊張してるようだけど、
まぁ大丈夫だろ。
とりあえず今日は俺も疲れた。
「ふぁああぁぁ〜、おやすみぃ…」
俺は自慢じゃないが寝付きが良い。
多分5分後には寝ているだろう。
それにしても、賢者か。
そもそも魔法使いってのは、
この世界ではどういう立ち位置にあるのかな。
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翌朝目が覚めた。
起き上がろうとして違和感を覚える。
あ、ベルがいたっけな。
ベルは俺に抱きついて寝てる。
可愛い。
これが母性本能か、
いや俺は男だから父性本能か。
父性本能って聞いた事ないけど。
このままじゃ起きれないな。
ベルが起きるまで待つか。
俺は寝転がったまま今日の予定を考える。
まずは魔法道具屋で、本を探してみる。
商人アルバに魔法の勉強をかなり勧められたからだ。
読んで解るなら良いんだけどなぁ。
次に金物屋。
んで食材か。
リアカーとかあるかな?
その前に貧民街で下見したいな。
「ん、あ、おはようございましゅ」
ベルが目を覚ましたようだ。
「あぁおはよう」
ベルが俺を離してくれたので、ゆっくり起き上がる。
洗面所で歯を磨き、
顔を洗う。
ベルにも身支度をするように促す。
支度が終わったら、食堂に行き、
俺はコーヒーを頼む。
この世界にもコーヒーがあったのだ。
発音はカフィだけど、コーヒーだ。
「何か食べるかい?俺は朝は食べないんだけど、ベルは何か食べなさい。」
「はい、じゃぁ焼きパンを飲み物は牛乳で」
うむ、変な遠慮は無くなったようだ。
良い傾向である。
朝の朝食とコーヒータイムが終わり、
俺達は魔法道具屋に向かった。
「おはようサクラさん、今日はデートかい?」
「お、おはようサクラさん、今日はお付きの子がいるんだねぇ」
などと声をかけられる。
俺は笑顔で答える。
ベルも微笑みで返している。
9歳でこういう対応ができるんだな。
ある意味将来が恐ろしい。
商店街の中にある魔法道具屋に着く。
この魔法道具屋はその名の通り魔法の道具があるが、それだけじゃなく、
魔法書なども置いてある。
魔法に関する何でも屋さんだ。
店内に入り俺は魔法書を見に行く。
ベルも俺の後に着いてくる。
どれもこれも、やはり難しい。
何が書いてあるのか解らないのがほとんどだ。
端から順番に開いて見てみるか。
解る物もあるかもしれない。
とりあえず、左の1番上から、
と思い手を伸ばすと、
ん?取ろうとした下の本が目に付く。
「ん?!」
背表紙は異世界語で『魔法指南』と書いてあるが、目に付いたのはそこじゃない。
異世界語の脇に、ペンで小さくこう書いてあった。
『サルでも解る魔法入門』
それも日本語で書いてあるではないか!
俺は直ぐにその本を手に取り中を見た。
異世界語で書かれた文章の脇や余白に、
なんと日本語で解説が書き込まれているではないか!
これならわかる!
「読める、読めるぞ!わははは!」
ベルがビクッとして俺を見る。
「あ、気にしないでね」
静かに本の巻末を開いて見る。
何も書かれていない白紙だったはずのページには、日本語でビッシリと何やら書いてある。
なになに?
『この本を私以外の日本人に捧ぐ』
『翻訳 田中雅之』
まじか、俺以外にもこの世界に来た日本人がいたんだ。
『龍暦1791年』
54年前か。
俺の実年齢と一緒か。
この人まだ生きてるかもしれないな。
とりあえずこの本を買って読むぞ。
「ご主人さま」
ベルが小声で話しかけてきた。
「ん?どうした?」
「このお店の店員さん、オレンジ色です。初めて見る色です。綺麗。」
見たのか、へぇオレンジ色なんだ。
俺は店員さんのいるカウンターを見た。
そこにはいかにもなツバの広い頭の尖った黒い帽子ウィッチハットを被った女性が店のカウンターで本を読んでる。
魔法使いなのかな?
いや、ウィッチハットにローブ。
あれで魔法使いじゃなかったら逆になんだ?って話だ。
歳の頃は17・8歳だろうか、赤茶の長い髪に青い瞳。整った顔立ちは、やはり美少女だ。
まぁベルほどではない。
やっぱり俺には色は見えないや。
本以外にも、店の中をひと通り見てまわった。
杖や箒も置いてある。
まさか箒で空を飛ぶのか?
あ、店員さんとお揃いの帽子もたくさんある。
魔法使いは全員被るのだろうか。
水晶玉や、色の付いた小石とかも置いてある。何に使うんだろ。
ポーションとかもある。
怪我をしたら是非使ってみたい。
よし、今日はこのくらいにして、
この本だけ買って次行こう。
「これ下さい」
店員さんは俺が持ってきた本を手に取る。
「こんな落書きされてる本買うのかい?あんたが?」
見た目は美少女なのに、
ずいぶんぶっきらぼうな物言いだな。
「はい買います」
「この落書き意味分かんないけど、ほんとに良いのかい?」
「ええ、買いますって。」
なんだかめんどくさい人だな。
「じゃぁズバリ聞くよ、これ読めるのかい?あんたが?」
「『サルでも解る魔法入門』て書いてあるんだよ。金額いくらか言ってくれないかな。」
ダン!
とカウンターを叩いて、身を乗り出し、俺を見下ろしてくる店員。
『ルーミーベールー見えろ』
は?
「うわぁ!!」
ガタンっ
何に驚いたのか、
今度は逆にカウンターの後ろにひっくり返る店員。
俺を驚愕の表情で見てくる。
「あ、あ、あんた!いや、あ、貴方様は、な、何者ですけ??」
「たぶん、ご主人さまの光を見たのでは?今の呪文ですよ。あたしも最初ご主人さまの光りを見た時凄く驚いたから。」
ベルが小声で言ってきた。
なるほど、そうかも。
自覚はないが商人アルバもかなり驚愕してたしな。
なら、こういうキャラはどうかな?
「ふっ、貴様、さては我の魔力を見たな?勝手に見たらどうなるか解っての狼藉か?!」
ちょいと威圧感出してみる
「えっ?!は、はい、えーいやいやそんな、も、申し訳ありませんです!ま、まさか大魔法使い様とは知らずに、ひー、ご勘弁を!」
やべ、おもしれーこれ。
でも、これ以上のセリフが出てこない。
この店員さんもいろいろ知ってそうだし、
いたずらはもうやめよう。
「ゆーるーーす」
いかにも許さんと言うフリをして、
許すと、ちょいと偉そうに言った。
「そんなぁ!ひーーご勘弁をぉ!…へっ?!許すって?!」
拍子抜けで実に間抜けな顔をしている。
美少女が台無しだな。
「ご勘弁をって言うから、許すって言ったんですよ。さっさと売って下さいよ」
「あ、そ、そうでげすか。えっと1万マネです」
そうでげすって、
どこの雑魚キャラだよ。
まぁ良い、面白い物見れたし。
俺は1万マネ払って本を受け取る。
「あ、あの、大魔法使い様。」
「ん?」
「また会えますか?」
「んー、俺が大魔法使いになったらね」
「へ?」
さて、次は金物屋だ。
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白村
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