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トンネルを抜けたら異世界だった  作者: 白村
第一部 ギオールの街編
2/87

第二話 小さな訪問者

商人アルバの新築完了から大体ひと月経った。

俺は細かい依頼をこなして過ごしていた。


そして今日は商人アルバの新築祝いの日だ。


約束の時刻は午後3時。

そろそろ出掛けても良い頃合いだ。

俺は新築祝いの酒を持って商人アルバの新居へと向かう。


途中、数人に声をかけられた。

どの人も俺が仕事をした家の者達だ。


「凄い豪邸ができたそうじゃないか、またうちの修理頼むよ」

「今度はうちを建ててねぇ」

「凄い家が出来たって噂になってるぜ、俺んちも建て替えてくれよ、タダで!がはははは!」


などと声をかけられた。


噂になってるって??

まぢかぁ

そう言えば何か注目されてる気がする。


「へぇあの人がぁ」

「凄い人なの?」


とか聞こえてくる。


俺が凄いって?

ただのアニメ好きなオタク大工だぜ。


まぁ悪い気はしない。

これで女の子にモテたら最高だね。


そんなこんなで大商人の新居に着いた。


「こんちわー」


と声をかける。

工事中はズカズカ上がって作業をしてた家だが、今は他人の家。

勝手に上がる訳にもいかない。

ちょっと変な気分だ。


「はーい」と返事が聞こえ、

パタパタと奥さんの一人が姿を見せる。


何番目の奥さんだろうか?


「どうぞ入ってください」


笑顔で促され、玄関を上がる。

俺が向かうのは大広間だ。

この大広間は50畳ほどの広さがあり、

通常なら天井高を2400ミリにするところ、

大広間は2800ミリと高く設定した。

天井が高いというだけで、

かなりの開放感を与えている。


大広間に入るとすでに何人か客人が来ていて、

商人と楽しそうに歓談している。


テーブルがいくつも置いてあり、

それぞれに豪華な料理やお酒などが用意されていた。


立食パーティーになるようだ。


改めて出来上がった大広間を見ていると、

商人アルバが俺に気付いて近寄ってくる。

それにつられて客人も一緒にやってくる。


「これはサクラ殿、よくぞ来てくださった。改めて礼を、素晴らしい家をありがとう」


殿?

なんか評価が上がってないか?

まぁ良いや。


家家いえいえ、こちらこそお世話になってばかりで。この度は新築おめでとうございます。」


そう言って祝いのお酒を差し出す。


「これはご丁寧に、ありがたく頂戴します」


アルバはそう言って酒を子供の一人に、夫人の元へ持って行くようにと言って手渡した。


俺はアルバの傍にいる3人の客人が気になって仕方がない。

と言うのも、2人が男で、もう1人が女の子なのだ。しかも美少女。

こちらをずっと見てくるので、

気になって気になって。


「ところでこちらは?」


気になってる事を気付かれないように、

差し障りなく聞いてみた。


「おぉそうだった。こちらはロティス・テトラ・ギオール子爵様で、そちらがマルコス・トリ・ギオール子爵様です。そしてその御令嬢、イリス様です」


ししゃく?

お貴族様ですか?


「は、初めまして、貴族様とは知らず、ご無礼を。

だ、大工の佐倉と申します、す、すいません、田舎者なので礼儀作法など知らなくて」


なんだか初めて会う貴族様に、

しどろもどろしてしまった。

田舎者って自分で言ってしまったが、

いちお東京生まれの東京育ちなんだよな。


貴族って、

要するに、日本では政治家みたいなものか?

大臣が公爵辺りとしたら、

子爵というのは地方の当主とかかな。


いろいろと焦ってあたふたする俺を見て御令嬢イリスは笑っていた。


「初めまして、ロティス・テトラ・ギオールです。一応この街を統治してる一人になりますかな。大丈夫ですよ、子爵と言っても権威などありませんから。」


最初に紹介された子爵様から自己紹介してくれた。俺の予想は大体当たっていた。

このギオールの街を治めている7人の貴族様の1人だそうだ。するともう1人は、


「ははは、確かに権威などありませんなぁ、私はマルコス・トリ・ギオールです。私も街を見てる1人です。そしてこれが私の愚女、イリスです」


「初めまして、イリスです。どうぞ宜しくお願いします」


「あ、はい、よろしくお願いします。」


話す言葉が見つからず、

どうしたらいいのかわからん。


イリスはそんな俺を見て笑っている。

最初は分からなかったけど、

イリスはだいぶ子供だな。

俺の恋のパラメーターが急速に下がるのが判る。


ロティス子爵「それにしても、アルバから新築の自慢話は聞いていましたが、実際見るまでは大袈裟に自慢してるだけだと思ってました。まさかこんなに素晴らしいとは思ってませんでした」


マルコス子爵「まったくです。あのワシツでしたか?高級なゴザの香りといい、あの独特な雰囲気。癒されますね」


イリス「あたしは家に興味はないですけど、この家には住んでみたいと思いました。」


みなそれぞれに感想を聞かせてくれた。

やはり褒められると嬉しい。


「ありがとうございます。和室が受け入れられるかどうか不安があったのですが、気にいって貰えて嬉しく思います。床のゴザは、畳と言って、私の故郷に古くからある物なんです。」


マルコス子爵「ほほぅ、サクラ殿の故郷はどこなのですか?」


「それは異世界…」


あ、やべ

つい口に出てしまった


「の、ような田舎で、シラカワと言う土地です」


咄嗟に異世界のような田舎と言っていてイメージしたのは白川郷だ。

一度は行ってみたかったけど、結局叶わなかった。


「ほんとに聞いた事ない場所ですね、とっても田舎なんですね」


「これイリス、失礼だぞ」


家家いえいえ、ほんとの事ですから」


ほんとは俺が住んでた所はここより大都会だけどな。

しかもまぢで夢のような世界だぜ。

特に秋葉原はね。


イリスは12歳くらいだろうか、

可愛いけど、ちょっとキツイ性格なのかな。


世界が厳しいという事もあり、

日本人の12歳よりもよほどしっかりしているが。


「今度は、是非家を建て替えて下さい。その時は声をかけますので」


マルコス子爵様がそう言ってくれた。

しかし貴族様の家となると、

ここより豪邸なんだろうな。

2年くらいかかりそうだ。

とりあえず「はい!是非とも」と答えておく。


「うちはこないだ建て替えたばかり、残念ながら当分家を建てる予定はないなぁ」


ロティス子爵様が残念そうに言った。


俺は腹が減ったので、

キリの良いところで子爵様達との歓談を切り上げ、飲んで食って久しぶりに良い気分で宿に戻った。


✴︎☀︎✴︎☀︎✴︎☀︎✴︎☀︎✴︎☀︎✴︎☀︎✴︎☀︎✴︎☀︎✴︎☀︎


次の日目が覚める。

昨日あれだけ飲んだのにスッキリしている。

そう言えば日本での20代の頃は、

二日酔いなどした事無かったな。

若い身体はほんとに素晴らしい。


さてと、今日はやる事もないし、

とりあえず車の様子でも見に行ってくるかな。


そう思い身支度を始めて、

出掛けようとした時にドアがノックされた。


「サクラさん、お客さんですよ」


店主カリオスの声がそう告げる。

客?

この世界に来て、客が来るなんて初めてだな。


「はーい」


と返事をして、

ドアを開ける。


店主の姿しか見えない。

あれ?

と思い下を見る。


子供がいた。


「やぁおはようサクラさん。この子がサクラさんに用事があるってんで連れてきたんだが、知り合いかい?」


見たところ女の子のようだが、

薄汚れたシャツは所々ほつれているし、

髪もボサボサ。

かなり汚れているし、

やつれているせいか顔がはっきり分からない。

整っている顔立ちのようにも見えるんだが。

それにしても靴すら履いていない。

歳は10歳くらいだろうか。

ホームレスの子供なのかな?

すがるような目で見てくる。

何か事情があるのだろう。


家を直して欲しいとかかな。


「ん、ああそうだ。」


とカリオスに答える。

子供の顔が明るくなった。


「えっそうなのか。俺ゃぁてっきり物乞いに来たのかと思ってたよ、すまなかったな。」


そう言うとカリオスはバツが悪そうに戻って行った。


「中に入りなよ」


「はい…」


子供は素直に部屋の中に入り、

俺が勧めるままに椅子に座った。

俺は丸テーブルを挟んで反対側の椅子に座った。


「要件はなんだい?」


子供は俯いていたが、

意を決したように顔を上げて言った。


「で弟子にして下さい!!」


ででし?!

いや、弟子だと?!


びっくりする俺に子供は続ける


「噂で聞いたんです。サクラって職人が凄く腕が良くて、貴族にも認められてて、何か変わるかもしれねーとか言ってて、とにかくすげーって、だから、そんなすげー人の弟子になれば、いろいろ変えられるかもしれないって思ったんです。だから弟子にして下さい!お願いします!」


聞いて最初に思ったのが、


え?何が??


だった。

よくよく話を聞いた。


俺が建てた商人アルバの家は、

この世界では無いまったく新しい建築で、家の概念が変わるかもしれないと、大人たちが噂しているのをこの子は聞いたそうだ。


概念が変わるだなんて、そんな大袈裟な。

まぁ噂と言うのは尾ひれがつく物だから、

深く考えても仕方ない。


そして、いろいろ変えられるかもしれないと言った理由を聞くと、


「貧民街を変えたいんです」


俺の弟子になれれば、貧民街を変えられる。

と言う理屈は理解できないが、

大人達が噂していた、

概念が変わるかもしれない。

と言うのを聞いて、この子なりに解釈したのだろう。


しかし貧民街か…やっぱりあったんだな。


俺はこの街に来て2年、

いや、この世界に来て2年。


最初は精神的に辛かったし自分の事で精一杯だった。

商人アルバの家を建ててる時には多少の余裕は生まれてきたが、

時折り見かけるこの子の様な風貌の子供を、見て見ぬ振りをしてきた。

俺には余裕が無いのだと、自分に言い訳してたと思う。


だから、貧民街があるだろうという事は、心の片隅で思っていた事だったのだ。


何を隠そう、日本にいる時は、

世界の医療団と言う団体に、

数千円程度ではあるけど、毎月寄付していた。

子供達に少しでも役に立つ事をしたいと思っていたからだ。

まぁ自己満足と言えばそれまでだが、

俺が孤児だったからというのも理由の一つだろうと自分で思う。


「貧民街を変えたいか…。君は親や兄弟はいるのかい?」


「居ます。父さんと母さんと弟に妹2人。あとお姉ちゃんがいました。」


いました?

うーん聞きづらい。


そう思っていると、先に話してくれた。


「お姉ちゃんは、10歳になったので売られちゃったんです。今度10歳になったら今度はあたしの番です。だから売られる前に変えたいんです。お願いします。弟子にして下さい。」


絶句した。


売られる。

亡くなった訳ではないが、

売られてしまう。


家の事情とはいえ、

自分の子供を売るというのはどんな心理状態なのだろうか。

売られてしまう子供達もどんな気持ちなのだろうか。

あまりにも日本と価値観が違いすぎて思考が追いつかない。


いや、日本以外の発展途上国には、そういう事もあるのだろうか。


今度10歳という事は今は9歳か。

10歳になると売られるという決まりがあるのだろうか?

それとも法律で人身売買は10歳からと決められているのか?


しかし、弟子になって何かを変えるとしても、時間が無さすぎる。


俺は弟子をとった事はない。

職業訓練校に行って、

卒業後に紹介された親方の元についた。

その後数年で独立したわけだが。


通常大工になるしても、

5年から7年かけて一人前になるものだ。

一年程度で何かを変える程になれるとは思えない。いや、なれない。


さて、どうしもんか…。


黙り込んで考える俺に、

少女は不安気に聞いてきた。


「やっぱりダメですか?」


今にも泣きそうだ。


むぅ。


思考が纏まらないっす。


かりに弟子にするとしても、

流石に幼すぎるし、

仕事覚えるにしても時間が無いだろ。

この場で答える事は出来ない。


あーもーどーしたらいーんだ!?


煮詰まってるところに盛大な音が聞こえてきた。


ぐぅううぎゅるるるうぅーー


腹の音だった。

少女は下を向いて恥ずかしそうにしている。


思考という迷路にハマってた俺は、

現実に戻った。

あーそーか、順番にシンプルに考えよう。


とりあえず腹ごしらえからだな。

俺も腹減ったわ。


「飯食うか!」


俺はそう言うと、

女の子を連れて宿屋の食堂に行く。

朝食の時間帯を過ぎているので、

食堂には誰もいない。

ちょうど良い。


「好きな物食べて」


適当な席に座ってメニューを広げて見せる。


「あの…」


女の子は遠慮がちに俺を見てくる。

遠慮する事はないよと言うと、


「字が読めないんです…」


あ、こりゃ失礼。

俺もこの世界に来てやっと少し読み書きができる程度にはなったが、

読めない辛さはわかる。


「あそっか、ごめんね」


俺は店員さんを呼んで、

適当にあれこれ頼む。

他に客もいないのであっという間に料理が出来上がってくる。


女の子はよほど腹が減ってたのか、

一心不乱に食べていた。


それを見てるとなんだか込み上げてくるものがある。


ほんとは水浴びをさせて、綺麗な服を与えて、小綺麗にしてあげたかったけれど、

そんな格好で貧民街に戻ったら、騒ぎになる事が予想出来たので、そこまではできなかった。


なんとかしてやりたい。

そういう気持ちはあるけども、

何から始めたら良いのか、

考えが纏まらない。


食事を終えて、

俺は女の子に話をした。

とりあえず3日考えさせてくれと。


弟子にするかどうかは分からないが、

悪いようにはしないつもりだと付け加えておく。

女の子は不安気な顔をしていたが、

食事のお礼を言って、

とぼとぼと帰って行った。


さて、考えをまとめる前に、

俺には知らない事が多い。


そもそもだ。

なんてこった。

痛恨のミスだ。

名前きーてねーぢゃねーか!


どうやら気が付かなかっただけで、

相当テンパってたらしい。


まぁ聞きそびれたのは仕方ない。

情報収集に動くか。


まずは商人アルバの話を聞こう。

大商人ならば知りたい事のほとんどが聞けるんじゃないかな。


俺は商人アルバの新居ではなく、併設された事務所へと向かい、アポを取る。

さすがに大商人ともなると直ぐに会えるわけではない。

とりあえず2時間後に会う約束ができた。

相談事があるからと受け付けで事付けて、その場を後にする。


さて、とりあえず街を歩いて見て回るか。


今までは知らない街を散策する感じで見ていた街並み、視点が変われば見えてくる物も違ってくるだろう。


「やぁサクラさん、散歩かい?」


「えぇまぁ」


顔見知りが気安く声を掛けてくれる。

俺も笑顔で応える。


しかし内心はいろいろな考えが巡っている。


いつもは深く考えずに宿屋と現場を行き来しているが、

今日は注意深く考えて歩く。

すると居た。

簡単に見つかった。

そう、貧民街から来たと思われる子供だ。


いつも通る道なのに、

なぜもっと早く認識しなかったのだろうか。


注意深く見るとあちこちでそんな子供を見かける。


ぐるっと適当に街を巡って、

観察しながら時間を過ごす。


そろそろ約束の時間だな。


俺は商人アルバの事務所に向かう。


事務所に行くと応接室に通された。

すでにアルバが座って待っていた。


「やぁサクラ殿、サクラ殿から相談事があるとは、何か困った事でもありましたか?」


俺は今朝の一件を話した。

商人アルバは黙って最後まで聞いて、

ゆっくり話し出す。


「サクラ殿。サクラ殿が元いた世界には、貧民の子供はいなかったのですか?」


そう言われてみると、

世界的に見ると大勢居るが、

日本ではなかなか居ないと思う。


「俺がいた国は豊かな国でしたので、貧民街という物はありませんでした。働けない者達がいれば、国が守ってくれました。」


「なるほど、それは凄い寛大な国王の収める国なのですね。でもここは違います。サクラ殿、あなたは国になりたいのですか?」


国になりたい?

そんな事は思ってもいない。

子供の女の子を、できたら助けてあげたいとは思っているが、それが国になると言う事になるのか?


「国になりたいだなんて考えた事もありません。ただ、なんとかならないのかと考えています。」


「考えているのですね。では、残念ながら考えが足りないと言わせて貰います。もし、サクラ殿がその子供を弟子にしたり、弟子にしなくても多少の助けをした場合、どうなると思いますか?他の子供達の事は考えていますか?と言う事です。」


あ!

そうか、今回は俺の元に訪ねて来た女の子の事しか考えてなかった。

ついさっき街で見てきたばかりなのに、その女の子の事しか考えてなかった。

弟子にするしないばかりに気を取られていた。

言われてみれば、国は全ての国民を守っている。

一人の少女を受け入れると、他の子供達もきっと俺の所に来るに違いない。

俺はそんな子供達を受け入れて守るなんて事はできない。

国になりたいか、とは、そういう事だったのか。


考えが足りな過ぎた。


「おっしゃる通り、考えが足りないようでした。一人にばかり意識が向いていました。」


俺は素直に認めた。

改めて考え直さなくてならない。


「解っていただけたようで何よりです。サクラ殿はこの街にきて2年くらいでしたか、まだまだ戸惑う事も多いようですね」


「はい、慣れたと思ってたんですが、まだまだ知らない事が多いです。この街のこと詳しく教えてくれますか?」


商人アルバは、快く頷いてくれた。


この街、ギオールは人口およそ5000人ほど、

人族が9割で残りが獣族や魔族など。

他の街に比べて治安も良く、

豊かな街なのだそうだ。


なので富裕層が全体の5割近くいて、他の街に比べても多い。

貧困層とは0.5割ほどで、こちらは他の街に比べたら少ないのだが、

ただ、何故かここの貧民街は子供が多いらしい。

おそらく10歳未満の子供達だけで貧民全体の半数くらいいるのではないかという話しだ。

確かに多いと思う。

貧民街はここギオールの街の西寄りに位置していて、子供達は10歳になると売られたり、貧民街から逃げ出して冒険者になったりするのだそうだ。


「子供が売られるんですね…」


俺はやるせない態度を隠しもせずにそう呟いた。

すると商人アルバは、ちょっと意外そうに言う。


「それは貧困層にはごく当たり前ですね。サクラ殿の国にはありませんでしたか?」


当たり前と言う事に驚いた。

まじか。


「ありませんでした。そもそも人身売買という行為を国で禁止しています。」


そう自分で言ってからある事に気がつく。

そして聞いてみる。


「あの、もしかして、奴隷っているんですか?」


「そりゃぁいますよ、いないといろいろと困ります。それに人身売買を禁止するとか、ずいぶんと横暴な国家だと思いました。」


横暴な国家と言われてちょっとムカッとしたが、

ここは冷静になろう。

柔軟に考えないと誤解や勘違いを招く。

お互いに良くない。

この世界に来てから何度も似たような事があった、ちゃんと話し合えば大丈夫だ。


俺は慎重に言葉を選びながら、

自分は人身売買や奴隷について、

良くないものとして教育されたと説明した。


だからといって、この世界の価値観を否定はしないと加えて、詳しく教えて欲しいと懇願する。


商人アルバは黙って最後まで聞いてくれた。


「なるほど」


と、ひと言いってしばらく考え込む。

そしてこの世界の今を説明してくれた。


商人アルバによれば、

この世界では人身売買や奴隷というのは、当たり前のように存在している。

特に貧困層にとって子供は商品という考え方を持ってる者も少なからず居るらしい。


これにはかなり驚いた。


もちろんちゃんと愛情を注いでいる両親の方が多いが、時には口減らしをしなければならない事情もあるのだとか。


みんな貧乏が悪いという事か。


売られた子供達の大半は奴隷になるとの事だが、たまに冒険者や一般的な平民に引き取られる場合もあるのだそうだ。


そして奴隷について、

奴隷に落ちるには、いくつかのパターンごある。

一つは今の話題、子供のうちに売られる事。

二つ目は、金が無くてどうしようもなく自らを売って奴隷に落ちる者。

三つ目、犯罪を犯して刑罰として犯罪奴隷に落ちる者。

奴隷に落ちる者の主な理由はこの三つで、

他にも誘拐されたり、奴隷商が奴隷同志に子供を産ませて、奴隷を増やしてるなんて事もあるそうだ。


男の奴隷は殆どが労働。

女の奴隷は、若くて容姿が良いと性奴隷にされる事が多く、年齢が進むと家事などでこき使われる事になるそうだ。


ただ全員の奴隷がそういう運命を辿るわけではなく、寛容な主人に買われた奴隷は、役目が終わると解放されて平民になる者もいるとの事。


奴隷にも解放される条件として、

自分が買われた金額の5倍を主人に払えば解放される事が可能だそうだ。

しかし奴隷の身分でそんなお金を稼ぐ事なんて出来ないだろう。


子供や奴隷の値段もピンキリで、

年齢、容姿、能力などで差が出るらしい。

特に美少女はやはり高値なのだそうだ。


そして、いちおう売買に関する法律のようなものがあり、

10歳未満の子供達は売買禁止になっているそうだ。


これは9歳以下の子供の死亡率が、10歳以上に比べて高いと言う理由と、年齢に制限がないと、奴隷同士を交配させて増やして売り捌く奴隷商が横行するのを防ぐ為なのだそうだ。制限が無かった頃もあったらしいが、赤ん坊のうちに売りに出され、売られた先でペットより酷い扱いの挙句に死なせる主ばかりで酷かったそうだ。さすがにそれは王国も許容できなかったようで、10歳未満は売買禁止という法律ができたそうだ。

今回の俺のように、10歳に満たない子供が自ら進んで来る分には特に罰則は無いが、金銭のやり取りをするならば、10歳にならないと罰則がある。


その罰則だが、違反した者は犯罪奴隷に落ちるそうだ。思ったより重い罰則で良かったと思ってしまった。


しかし俺は、一通り話を聞いてどんよりした気分になっていた。

そんな世界に来ているんだから、

受け入れなければならないのだが、

人権とかはこの世にはないのだろうか。


「思ったよりかなりショックなようですね。」


暗く項垂れて考え込む俺に商人アルバが言う。

貧民街の子供達が不憫でならない。

奴隷商人達の鬼畜っぷりにも反吐が出そうだ。


しかし疑問が浮かぶ。


商人アルバは、弟子にすると他の子供達も弟子入りに来てしまう可能性があると言う。

でも、もし俺があの子を買い取ったならどうだろうか?

あの子はまだ9歳だが、10歳になれば買い取る事はできる。


それを商人アルバに聞いてみる。


「それなら問題はあまりないと思いますよ。

そもそも9歳までの子供達が何故希望して貧民街を出て行かないのか、

食べる物がなくて餓死する子供も大勢いるのに、貧民街に居るくらいならどんどん希望する先に出て行った方が良いと思いませんか?」


確かにその通りだ。

金銭のやりとりさえ無ければ、

希望する主人の所に行った方が餓死するより良いだろう。


「確かにその通りです。俺なら自分から主人を探すと思います。」


「でしょ?でもね無理なんですよ。それはさっき言った理由からです。」


そうか、1人の子供を受け入れると、他の子供達が押し寄せてくるという事か。


「つまり子供達に頼まれても、みんなその理由で拒否するからです。お分かりいただけましたか?」


実によく分かった。分かってしまった。

俺は頷くしか出来なかった。


「要するに9歳以下の子供を受け入れる行為に問題があるんです。子供達が自ら進んで行った先で、快く受け入れられて、更にそこが高待遇だったとしたら?

サクラ殿が貧しい子供の立場なら、ご飯が食べられるだけでもそこに行きたいと思いませんか?」


思う。

間違いなく思う。


10歳未満の子供でもチャンスがあると知れると、きっと子供達が殺到する。しかし通常通り10歳で買い取るなら殺到される事はないという事だ。


だったら、あとは俺の意思が固まって、あの子が10歳になった時点で買い取り、面倒を見てあげれば、あの子は救える事になる。


と言うか、子供を『買い取る』と言う表現はあまりしたくないな。


んでもなぁ、

たくさんの不幸な子供達がいると知った後で、1人だけを助けてあげると言うのも、なんか釈然としない。


しかし待てよ、あの子は10歳までに弟子入りして、何かを変えたいと言っていた。


適当に聞き流してしまったが、

何を変えたいと言ってたのか、大切な事を忘れてしまったようだ。


俺は重い気持ちのまま、

宿屋へと帰って行った。


【読者の皆さま】


読んでいただきありがとうございます。



小心者の私に、


↓ の★★★★★を押して勇気を下さい。


よろしくお願いします!




白村しらむら


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