第十六話 結納金 そして
10月12日
最初の打ち合わせから三ヶ月ほどたった朝。
そう朝が来た。
全く変わらずにベルは俺にしがみついて寝ている。
しかし今日は特別な朝なのだ。
今日、10月12日はベルの10歳の誕生日。
今日は、まずマミ婆さんの所に寄って、
それからベルの両親に会い、
結納金を払う。
ほんとは結納金ではないが、
人身売買的に思いたくないから、
これは結納金だ。
まだ寝息を立てるベルの頭に手を乗せる。
ん?ちょっと身長伸びたかも。
一緒に過ごしたのはたった三ヶ月なのに、
なんだか感慨深いね。
「ん…ふぁあーぁ」
「起きたかい」
「うん…」
もぞもぞと俺の腹に顔を埋めるベル。
そして顔を上げてにまっと笑った。
あ、俺、今萌え死んだ。
「ベル、誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう大ちゃん」
ここ最近はずっと忙しかった。
最初の打ち合わせから、
建て替えに関する資料集め、
貴族の建物に関する資料集め、
また打ち合わせ、
帰ってからの間取り図作成などなど。
もちろん炊き出しも恒例として行っているし、
日雇い計画も進めている。
しかし今日は特別な日なので休みを取った。
明日も休みにした。
明日の事など考えずに今日という日を全力でお祝いしたいからね。
また明後日から忙しいのだ。
さて、誕生日に備えて予定も立ててある。
起き出すとしよう。
もぞもぞと身支度をして、
食堂に行く。
いつもと変わらない朝食とコーヒーだが、
ちょっとのんびりと過ごす。
そしてマミ婆さんのいる雑貨屋へ向かう。
「おはようお婆ちゃん」
「ほい、ベルちゃんおはよう」
「おはようマミちゃん」
「ふん、おはようさん、相変わらず気安いねぇ」
「良いじゃないか、もう家族みたいなもんだろ?はいこれ」
俺はピンポン玉くらいの魔石を6個、マミ婆さんに手渡す。
「おや、早いねぇ、助かるよ」
本来、魔石という物は魔法道具を動かす為の物で、魔法道具は魔石の魔力で動く。
まぁ電池みたいなもんだな。
魔力の切れた魔石は、再度魔力を流し込む事で復活するのだ。
その充填を俺とベルで手伝っている。
まぁ、電池に充電してるというわけだ。
最初に渡された魔石とは違い、
普通の魔石は一回充填するだけで良く、最初に渡された魔石は修行する為の特別な魔石だったそうだ。
その修行も、普通なら充填して抜いてのワンセットを1日1回やれば上等だったそうだが、
それを俺とベルは初日から数セットやっもんだから、魔力疲労でヘロヘロになったという訳だ。
最初に説明しとけよな。
まぁ10日はかかるだろうと思ってたところに、3日でできたって魔石を見せた時の婆さんの顔は面白かった。
良い物が見れたからおあいこだ。
そのおかげで魔力操作はほぼ完璧に出来るようになったしね。
それからは魔法の習得も早くなった。
かっちゃまんと唱える火の魔法は、
ライター程度の火ならいつまでも点けていられるようになったし、
流す魔力量によっては小さな火炎放射みたいに出来るようになった。
おかげで炊き出しの火起こしが楽になった。
基本的に俺とベルは無詠唱で魔法を行使している。
と言っても忙しくていろんな種類の魔法はまだ覚えられていないけどね。
最初に覚えたかった収納魔法は覚えた。
この上ない便利さだ。
炊き出し道具も既に収納済みだ。
マミ婆さんによると、
俺くらい魔力があればほぼ制限なく入るとの事だ。
だがあまり他人に容量が無限に近い事は言わない方が良いと言われた。
やはり俺は危険視される可能性が大きいようだな。
「んじゃ今度はこれを頼むよ」
マミ婆さんは魔力が空になった魔石を俺に差し出す。
相変わらず空の魔石は汚い黒だな。
ん?
「ひとつでかいのがあるね」
ソフトボールくらいあるだろうか、
この大きさは初めてだ。
どれくらいの魔力量が入るのだろうか?
「あぁ、滅多に出回らない奴さ、高いもんだから、気をつけて扱っておくれな」
「はいよ」
俺は大きい魔石だけ、収納魔法で仕舞う。
収納魔法の中はどうなってるか分からないが、この中なら俺が死なない限りは収納物が壊れる事はない。
あとはベルの皮鞄に入れて貰った。
では、本日のメインイベントに行きますか。
俺はベルの手を取った。
「行くのかい」
マミ婆さんが声をかけてくる
「あぁ、行ってくるよ」
俺はベルと手を繋いで、
貧民街へと向かう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつもの路地を抜けると、
貧民街に入る。
まあ貧民街と言っても元々は広場だ。
広場に貧しい人達が集まって来ているだけなのだが、
なんか騒ぎか?
いつもは活気も無く、
人の話し声も聞こえる事が少ない貧民街。
今日はなんか騒ぎが聞こえる。
耳に少しだけ魔力を集中する。
『地獄耳』だ。名付けて『ヘルイヤー』
ネーミングそのまんまだが、
効果は絶大だ。
魔力操作で耳の能力を上げる、
言わば能力向上魔法だ。
遠くのヒソヒソ話も聞こえる。
これはベルにも使える。
聞こえないほどの声でも、俺とベルはちゃんと会話出来る。
「どこに隠した!今日で10歳なのは分かってるんだぞ!出さないとどうなるか分かってるんだろうな?」
ん?今日で10歳?
ベルも今日で10歳だ。
警戒しながら近付いて行く。
あ、あそこはベルの両親がいる所だ。
あの怒鳴っている男は何者だ?
「大ちゃん、あの人、次はお前だって言った人だよ」
ベルは怯えながら、小声で教えてくれた。
狙いはベルなのか??
何故誕生日を知ってる?
「ですから、もう主人が見つかったと」
「うるせー」
男はベルの父親を殴っていた。
「やめろ!」
俺は父親が殴られる光景を見て、
行動していた。
ベルは倒れている父親に走り寄る。
「誰だお前は?」
男は静かに言う。
身長は170くらい体格はがっしり。
角刈りっぽい頭に、頬にキズがあり、目つきがヤバい。
かなり凶悪な顔をしている。
俺はそんな男を睨みつける。
「名乗る必要は無い」
「何ぃ?!この野郎!」
ぶんっと男の右拳が空を切る。
俺はスッと奴のパンチを避けていた。
ダサいパンチだ。
そんなの当たんねーよ。
ヘルイヤーと同様に、
目に魔力を注ぐ事で動体視力を向上する事も出来る。名付けて『魔視力マジカルアイ』
いちおそのマジカルアイも発動していたが、
こんなヘナチョコパンチは通常モードでも平気だったな。
「うっ? あ!?」
避けた俺の背後にベルの姿があった。
ベルは父親を介抱している。
ヘナチョコパンチを避けられて、
前屈みの姿勢になった男は、
顔を上げた視線の先にベルを見付けた。
男はそのままベルを見ていた。
「おい!その娘をよこしな」
「は?なんで??意味わかんねーよ」
「俺様が最初に見つけたからだ」
「見つけた?だからなんだ、あの子は俺の娘だ」
「ちっこいつかぁ、父親の言ってた事は本当だったのかよ、てめぇ俺様の邪魔しやがって、どうなるか分かってんだろうなぁ」
何故、悪党という奴はどうしていつもこういうセリフを吐くんだろうな。
息くせぇし。
だんだんムカついて来た。
「お前がどこの誰様かなんて知らねーよ、お前こそ俺が誰か分かるのかよ。邪魔したとか知ったこっちゃねーよバーカ」
言ってやったぜ。
昔の俺はもっと口が悪かったけどな。
「こ、この野郎…ふざけるなよぉ!!」
男は見る見る顔を真っ赤にし、激怒した。
また右拳が俺に向かってくる。
さっきよりはマシになったか?
俺は軽くバックステップでかわす。
男はなおも追撃してくる、
俺は男の右側へと、また右側へとかわし、男を通りへと誘い出す。
テントの中では暴れられない。
常に空をきる男の拳。
男は息を切らせている。
「て、てめぇなにもんだ?」
「答える必要はない。特にお前のようなカスとは話もしたくない。息くせーんだよバーカ」
男が激昂する。
怒れば怒るほどスキだらけだ。
馬鹿は相手にすらならない。
俺はわざと大きなモーションで蹴りを出す。
男は俺の蹴りを両手でガードに行く、視線も俺の脚に向けている。
この蹴りはフェイクだよバーカ。
隙だらけの顔面に思いっきりビンタをかます。
不意を突かれた男はのけぞってふらふらと後ろに数歩下がって尻待ちをついた。
「うわっ手が汚れちまった」
男は立ち上がり頬を押さえている。
口の端から血が出てる。
そんな強いビンタだったかな。
「てめぇ何者か知らねーが、ただで済むと思うな、覚えてろよ」
男は静かに言ってから、背を向けて消えて行った。
周囲から拍手が湧いた。
いやいやいやいや、それは良いけどさ。
俺はベルと父親の元へ行く。
父親は多少顔は腫れているが、
大した事は無さそうだ。
一安心だな。
「大ちゃん、あの人、お姉ちゃん連れてった人なの…」
えっ?!
「うわ、それ早く聞きたかった。」
「旦那様、申し訳ありません、た、助けていただきありがとうございます」
父親はお辞儀しようと動くが、
俺はそれを制した。
「そんな事はいいです。ベルのお父さんなんですから。それより他のご家族はどうしましたか?」
そう、このテントには父親しか居ない。母親やベルの兄弟達はどこだ?
まさかさっきの男に攫われたか?
「他の者は逃げて隠れてます」
あ、そうなんだ、ホッとした。
「そうですか、それなら安心しました。アイツはどうしてここに?」
まぁ聞くまでも無いがいちお聞いておくか
「はい、いきなりやってきて娘を買ってやるから連れて来いと、既に旦那様がいらっしゃると言っても聞いてもらえませんでした」
「そうでしたか。とりあえずそのまま休んでいて下さい」
あの男は多分奴隷商なんだろう。
ベルが一度遭遇したと言っていた男。
多分その時にベルの見た目が良いのを見て、
次はお前だと言ったんだな。
まさか誕生日の日に攫いにくるとは思ってなかった。
間もなくすると、ベルの家族達が戻って来た。
「お父さん大丈夫?!」
心配する家族達。
とりあえず大怪我とかしなくて良かったよ。
「さて、とんだ邪魔が入りました。改めまして、私は佐倉大作です。この国では、
ダイサク・サクラですかな。少々順番は変わりましたが、こちらのご息女を、引き取らせていただきます。」
そう言うと、ベルは父親の所から、俺の元へやってきた。
俺を見上げている。
俺もその視線に応えるように目を合わせて微笑む。
「これが結納金です。あ、その、結納金では無いです。なんて言うか、ま、お受け取り下さい。」
「はい、ありがとうございます」
「あと、いちお報告しますが、『ベル』と名付けさせて頂きました。これからもちょくちょく顔を合わせると思うので、今まで通り接してあげて下さい。」
「はい、ありがとうございます、貴方様に会えて、娘も私達も幸せでございます」
「そんな、改まらないで下さい。これからは親戚みたいなものなんですから」
突然、母親が号泣し出した。
感動の涙かなと思ったが少々違うようだ。
「どうされました?」
「おい泣くな、サクラ様の前で失礼だぞ」
「だってあなた、もう少し早くサクラ様に会えたらと思うと…」
ベルが俺の袖をつんつんする。
「ん?」
「お姉ちゃんは、さっきのあいつに連れて行かれたの、でも、誰も悪くないの、ね、大ちゃん、お姉ちゃん助けたい」
うーん、
確か一度売買が成立したあとは、買った相手に5倍の金額払えば自由になるんだっけ?
俺はマルコス子爵様から契約金として、いくらか貰っている。
お姉ちゃんを買い戻すくらいは余裕で出来るだろう。
しかし後の祭りかもなぁ。
あいつビンタとはいえぶっ飛ばしちゃったしなぁ。
多分報復に来るだろうから、
そのうち待ってても会えるとは思うんだが。
ベルの真っ直ぐな瞳に見つめられる俺。
そんな目で見ないでくれ。
「うーん、あいつとは多分また会うだろうから、交渉してみるよ。いや、取り戻しますよ」
その言葉を聞いて、母親はまた号泣する。
今度は感動が入ってるね。
「サ、サクラ様!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「まだですよ、いつあの男が来るか分かりませんが、その時までお姉さんの無事を祈ってて下さい。それと、」
「まだ何か?」
「はい、今、俺はでっかい仕事を任されてるんです。これから人手が必要になります。
そこで、お父さん、俺に雇われませんか?とりあえずは月給ではなく、1日の終わりに、その日の仕事内容に見合った給金を払います。毎日働けば、少なくとも毎日お金が入るようになりますよ。」
「そ、それは有り難いです。しかし、私は身体が丈夫ではありませんので、お役に立てるかどうか」
「それは大丈夫です。奴隷のように働けとは言ってませんよ。自分のペースで良いです。ただし、その働いた内容から給料を払います。休みたい時や、体調が優れない時は休んで結構です。あ、休む時は連絡くださいね」
あ、なんだか打ち震えてる感じがする。
あ、泣き出した。
「貴方様は龍神様のお使いなのですね。ありがとうございます。出来る限りではありますが、精一杯この身を捧げます」
そんな大袈裟な。
俺は天使じゃないよ。
何もベルの父親だから優遇するわけでもないしな。
あくまでも能力給だ。
「なんならお母さんも、何か出来る事があればお願いします。」
「えっ?!私も働いて良いのですか?!」
「はい!」
「じゃぁ僕も働く!」
「あたしも!お姉ちゃんとこ行く!」
みんな元気だね。
「またその時が来たら連絡します。よろしくお願いします。」
「はい、この御恩は忘れません」
「あ、それと、子供達に名前を付けてやって下さい。それではまた」
俺はそう言い残しベルと手を繋いで貧民街を後にした。
後ろから鳴き声が聞こえたが、
気のせいだろう。
ちなみに渡した結納金は30万マネ。
あまり高額にするなとアルバに言われていたが、俺の気持ち的にはこれでも少ないくらいだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達は商店街の飯屋で昼食を済ませて、マミ婆さんを訪ねた。
さっき貧民街であったことの報告と、
今日の進捗状況の確認だ。
「そんな事があったのかい、まぁまぁベルちゃん、ダイサクが腰抜けじゃなくて良かったねぇ」
誰が腰抜けだ誰が
「うん、大ちゃん強かったの、かっこ良かったの、またいっぱい好きになっちゃったの…」
後半はもじもじして小声だった。
やだ可愛い。
「ひゃっひゃ、そうかいそうかい、あと6年したら結婚できるから、それまで頑張りな」
おいおい何を吹き込んでくれてんだこの婆さんは。
実際俺はベルを愛しちゃいるが、恋愛感情ではありません。
「うん!ベル頑張る!お婆ちゃんも大好き!」
そう言ってベルはマミ婆さんに抱きついていた。
お、婆さん、今萌え死んだな。
「それにしても頬に傷がある男かい、そんな奴は滅多にいない、もしかして…、ちょいと調べてみるかいの」
マミ婆さんの目が、一瞬だが鋭く光った。
この婆さん、たまにこういう目をするんだよな。
普段は見えてるのかどうか分からないくらい細いのに。
もしかして敵に回したらすげー怖いのかな。
おっといけない、大事な確認をしなければ。
「マミちゃん」
「うん?あぁそうじゃったな。」
「大ちゃん?どうしたの?」
「うん、ちょっと新しい魔法を覚えたくてねぇ」
ベルには見えないカウンターの上に、マミ婆さんが魔法書を置く。
ベルは魔法書に興味津々の様子だ。
「ベルも見たぁい」
「ダメ、これは大人の魔法なの」
「え?!…エッチなの?」
エッチな魔法?!あったら使いたいわ、
って違う違う!
「馬鹿タレ!」
ゴチっ
「いってぇ」
「ベルちゃんや、これは空間魔法でベルちゃんにはまだ難しいんじゃよ」
「なぁんだ、大ちゃん嘘言ってたからびっくりしちゃった」
そういえばベルは嘘を『見抜く』んだった。
危ない危ない。
カウンターの上にあるのは確かに空間魔法の本だ。マミ婆さん嘘は言っていない。
しかしそれは本命ではない。
本にはメモが挟んである。
ベルを見ると、つまらなそうに外を見ている。
今だ。
メモを読む。
『準備は万端、このまま帰宅されたし』
よし!
「やっぱり龍語は難しいよマミちゃん」
「馬鹿タレ、もっと勉強しな!」
「はいはい、さて、ベル今日は帰ろうか」
「うん」
ベルはどこか寂しそうか??
いや気のせいかな。
なんとなくそう見えた。
俺はベルと手を繋いで歩き出す。
「なぁベル」
「うん?」
「ベルは俺の所で良かったか?」
「うん」
「なぁベル」
「うん?」
「広い所に住みたいと思うか?」
「うん」
会話が続かないぞ。
ベルが無口だ。
「なぁベル」
「うん?」
「なんで無口なの?」
「……だぁって…」
「うん?」
「やっと10歳になったのに…大ちゃんも…今日はお休みって言ってたのに…」
あぁそういう事か、
このまま真っ直ぐ帰るのは寂しいんだな。
せっかくの誕生日だもんなぁ。
ちょっと拗ねたベルもまた可愛いな。
なんだかんだ言ってもベルはまだ10歳だ。
甘えたいお年頃なのだろう。
そんな風に思ってたら、宿屋に着いたのだった。
【読者の皆さま】
いつも読んでいただきありがとうございます。
小心者の私に、
↓ の★★★★★を押して勇気を下さい。
よろしくお願いします!
白村
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