だいだい薫る封じ文:からくり屯珍の事件簿
お江戸の町に、いっぷう変わった『からくり細工』を作るのが得意な少年がおりました。
その仕掛けは皆を感心させましたが、たまに周りに迷惑をかけてしまう作品もあったとか。
公式企画『秋の歴史2022』参加作品です。
江戸を吹く風が涼しくなった頃のお話。
「たけや~……。さおだけ~……。といだけ~……」
竹売り商人が長い竹の棒を担いで通りを歩いている。
物干しざおの他、雨樋用に半分に割った竹や節を抜いた竹もあった。
通りの向こう側では一人の男がリヤカーに似た大八車をひいており、他の二人の男が荷台を押している。
荷台には米俵が積まれていた。
大通りでは何人もの行商人が、肩に担いだ天秤棒に商品をぶら下げて歩いている。
彼らは『ぼて振り』『振り売り』などと呼ばれ、食材や日用品や花などを売っていた。
通りの向こうから、ちりんちりんと鈴の音を鳴らしながら三度笠を被った男が歩いてくる。
手紙などを運ぶ町飛脚である。
彼が担いだ棒には黒い小箱が下がっており、持ち手のあたりに風鈴がついている。
町人が手紙や小荷物を送る場合は、風鈴の音をききつけて呼び止めるのだ。
彼らは『ちりんちりんの町飛脚』の愛称で呼ばれることもあった。
江戸の町中であれば、手紙はおおむね三十文(約三百円)ほどで運んでくれるという。
江戸と他の都市の間は、継飛脚や大名飛脚などが手紙を運んでいる。
当初は毎月三回、八のつく日に手紙を運んでおり、三度飛脚とも呼ばれていた。
このことから、飛脚の被る菅笠を三度笠と呼ぶようになったという。
大通りの両側にはたくさんの店が並んでおり、その中に一軒の人形屋があった。
地面まで届く大きな暖簾に『三角屋』と書かれていた。
その店先の木台に、奉公の小僧達が品物を並べている。
なお、年少の奉公人を関西では丁稚、関東では小僧と呼んでいる。
この店では健康祈願や商売繁盛などを願う『縁起物』と呼ばれる人形を主に扱っている。
招き猫に福助人形、伏見人形に七福神なども置いてある。
人形浄瑠璃や御出木偶芝居などで使う人形もあり、見世物小屋や劇団からの依頼も受け付けている。
子供用の品では、人形の他に木や竹でできた玩具も並べられている。
店の外の壁に、眼鏡をかけた少年が張り子のお面をかけていた。
おかめにひょっとこ、きつねに般若、赤鬼のお面もあった。
そこへカランコロンという下駄の足音が近づいてきて、少年の横でとまる。
「いよう、屯珍。今朝も早くから真面目に働いているんだな。精が出るね」
少年が振り返ると、そこには手提げの薬箱を持った顔見知りの青年がいた。
「こんにちは、喜八さん。しばらくでやんす」
屯珍と呼ばれた少年は馴染みの薬売りの青年に挨拶を返す。
眼鏡の少年は本当は富吉という名だが、なぜか屯珍という名前で呼ばれていた。
「ちょうどよかった。屯珍、また相談に乗ってほしいことがあるんだ。ちょっといいかい?」
「かまわないでやんす。ちょうどおいらも品出しも終わったところでやんす。それで、相談ってなんでやんすか?」
「大通りの『いずみ屋』っていう着物屋を知ってるか?」
「もちろんでやんす。結構大きいお店でやんす」
「俺はそこの娘さん、楓さんとは前から仲良くさせてもらってるんだよ」
「楓さんはおいらもよく知っているでやんす。優しいお姉さんでやんす。こないだ妹さんへの贈り物ってんで、江戸姉様を買っていかれたでやんす」
江戸姉様とはおままごとで使う紙人形である。模様の入った千代紙で作られており、髪は黒い縮れ紙で作られている。
通常は顔は描かれておらず、後ろ姿で楽しむものである。
三角屋の紙人形は、版木のスタンプで可愛い顔がつけられていて人気の商品となっている。
「喜八さんも隅におけないでやんすねぇ。将来は、あんなに大きい呉服屋に婿入りでやんすか?」
「いずみ屋さんは正確には呉服屋じゃなくて太物屋だけどね。今度の『えびすの日』にお参りに誘おうと思ってるんだ」
呉服屋は主に絹の着物を扱っていて、木綿や麻の着物を扱うのが太物屋らしい。
『えびすの日』は、商売の神・恵比寿を祀るもので、『えびす講』『えびす祭』『えべっさん』などの呼び名もある。
神無月には日本中の神々が出雲大社に集まり、江戸には留守番で恵比寿の神だけ残るのだ。
この時期は三角屋でも縁起物の人形がよく売れる。
「喜八さん、いいご身分でやんす。こっちが忙しいときに綺麗なお姉さんと逢引でやんすか。それで相談ってのは、お姉さんの気を引くような贈り物でやんすか? おいらがカラクリ仕掛けの人形をこしらえるとか」
「いやいや、また爆発するような人形はいらないよ。それに贈り物はもう用意しているんだ。その日に会う約束をするために手紙を出すんだけどね。あの屋敷の女中さんと折り合いが悪くてな。楓さんに渡す手紙も、いちいち中を確認してイヤミを言ってくるんだよ。手紙を女中さんに気付かれずに届ける方法ってないかな。屯珍はそういうカラクリは得意だろう」
屯珍は仕掛けの人形やおもちゃを作るのが得意であった。
この三角屋でも彼がこしらえた『手とシッポが動く招き猫』を置いてある。
屯珍は少し考えて、店の奥から丸っこい木の人形を持ってきた。
「これは箱根人形でやんす。人形の中が空洞になってて、中に一回り小さい人形が入っているでやんす。その中に手紙が入るんでやんすよ」
「なるほど。で、どうやってそこに手紙があることを楓さんに知らせるんだ?」
「そりゃあもちろん、取り次いだ人に言伝を頼むとか。……だめか。問題の女中さんにも知られるでやんす」
店先で二人が話をしていると、足元から『にゃ~』という鳴き声が聞こえた。
散歩中の野良猫が通りかかったようだ。
「後で遊んでやるから、もうちょっと待ってるでやんす。あとで魚の干物があげるでやんす。火であぶったおいしいやつでやんす」
屯珍がいうと、猫は『にゃ~』と返事をする。
「あ、そうだ。喜八さん、『あぶり出し』を知ってるでやんすか?」
「紙を火に近づけると絵がでてくるやつだろ。橙の汁を使って昔遊んだことがあるよ。あ、なるほどそれで手紙を書けばいいのか。それだと白紙の手紙になるかなぁ」
「短い挨拶を書いておいて、余白に書くでやんす。橙の匂いつきの文香ってことにするでやんす。問題は楓さんがあぶり出しを知っているかってことでやんす」
「彼女も知っているよ。昔一緒にそれで遊んだからね」
「じゃあ手紙を渡すときの言伝で、『読み終わったら火にくべて捨ててください』って言えば伝わるかも」
「わかった。明日、いずみ屋さんに置き薬を届けに行くから、その時に手紙を届けよう」
『置き薬』は、薬を予め客の屋敷で常備してもらっておき、使った分だけ使用料を徴収するものである。
富山藩の薬売りがよく使う制度だ。
喜八の薬屋では富山から仕入れた薬の他、自家製の薬の評判もいい。
いくつかの大店で薬を置かせてもらっていた。
「喜八さん。念のため、手紙を渡すときに橙の香のことも言っておくでやんす。橙と火で連想して気づいてくれるでやんす。手紙を書く前に、あぶりだしは何枚か試しておくといいでやんす」
「そうだね。ありがとう、屯珍」
喜八は礼を言って、カランコロンと下駄の足音で去っていく。
それを見送った屯珍は、猫に干物を与えて少し遊んでやった。
猫が食べている干物を見て、屯珍は「これ、使えるかな?」とつぶやいた。
* * * * *
ここは江戸の大通りにある人形の店・三角屋。
今朝も小僧達が店先に出ていた。
彼らはお客さんの見えやすいところに招き猫や狐人形などを並べている。
浅草近郊の今戸で焼かれた土人形で、今戸人形とも呼ばれている。
眼鏡をかけた屯珍の足元では野良猫がじゃれついていた。
「あとで遊んであげるから、もうちょっと待っているでやんす」
と声をかけていると、カランコロンと下駄の足音が近づいてきた。
「こんにちは、喜八さん。手紙の方はうまくいったでやんすか?」
「それがよう、屯珍。こっちの手紙を渡すときに、例の女中さんが出てきたんだ。またうるさくイヤミを言われたよ。あぶり出しの仕掛けをしててよかったよ。それで、楓さんから返事の手紙が届いたんだ。でもこの手紙、挨拶だけ書かれて余白がたっぷりあるんだ。届けてくれた人から『読み終わったら水に流してください』って言伝を受けたんだけど、あぶり出しじゃないよな」
屯珍は、喜八が差し出した手紙を受け取った。
顔を近づけると温泉のような匂いがした。
「あ、わかったでやんす。ちょっと待ってるでやんす」
屯珍はいったん店に入って、水の入ったたらいを運んできた。
手紙を水に浮かべると余白の部分に『えびすのひを たのしみにしています』という文字が現れた。
「これ、楓さんが『湯の花』で書いたでやんす。喜八さん、知らなかったでやんすか?」
「ああ~~、思い出した。水で浮き出るやつか。これも楓さんと昔やったことがあるよ。なんで忘れてたんだろう」
「喜八さんの手紙もうまく伝わってたでやんす。よかったでやんすね。あ、そうだ。おいら、喜八さんに見せたいものがあるでやんす。ちょっと待ってるでやんす」
屯珍は店の奥から木箱を持ってきた。
箱を開けると、黒い字が書かれた茶色っぽい紙がでてきた。
喜八がそれを手に取ると変わった匂いがした。
「変なにおいだな。木の香りとスルメみたいな匂いがまじっているかな。これも仕掛けがあるのかい?」
「これは魚のスリ身を延して、燻製にした紙でやんす。食べられる手紙でやんす。秘密の手紙とかで、読み終わって処分するのに便利でやんす。火にくべられない時は、食べればいいでやんす」
「すぐに腐りそうだね。あまり食べたくないなぁ……」
喜八は木箱の横に、茶色の紙を置いた。
屯珍は木箱から、細長い筆入れを出した。
フタを開けると細い筆と、小さな墨壺が入っている。
「これにはイカのスミが入っているでやんす。手紙はこれで書くでやんす」
「スミの方もすぐに腐りそうだね。それに屯珍。この手紙は油断すると盗まれるかもしれないよ」
喜八の言葉に、屯珍は首を傾げた。
「盗まれるって、どういうことでやんすか?」
「ほれ、屯珍。足元を見てみな」
見下ろすと、野良猫がおいしそうに手紙を食べていた。
屯珍は、別の小説の作中作に登場したキャラクターです。
『発明品』のネタが思いつけば、別の機会に再登場するかも。
招き猫&町飛脚の絵は、この下の方の『庫添個展:アホリアSSのイラスト集』で公開しています。
複数の色の猫がいますので、使ってみたい方は立ち寄りを。
「秋の歴史2022」に参加される方、出てくるお手紙に『香り』をつけてみませんか。
『文香』といいまして、昔は手紙に花の匂いなどをつけることがありました。
現代でも香水つきの手紙が使われることもあると思います。
企画という形はとらないですが、あなたの小説にこういう要素を加えてみてはいかがでしょうか。
・題名に匂いに関係のある文字を加える
・キーワードに『文香』をいれる
・小説内に、香りつきの手紙を登場させる