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永井暗殺の当日、クリスマスイブの朝。
――ついに来たか。
私は改めて気を引き締め直していた。
一昨日の川上の、あの行動はスパコンの予測にも無かった。スパコンは川上の存在は認知していたが、その行動までは正しく予測することができなかったのだ。
昨日は何も起こらなかった。だが今日、また永井の隠れファンが予想外の奇行に走るかもしれない。一時も油断はならない。
そういえば、永井にはたった二人だけ水島と中野という友人が居たのだったな。彼らは最近、永井と少し距離を置いているようだが、彼らも頭に置いておくか。
朝食を済ませ、今日の行動を何度も何度も綿密に確認する。
今日、私は永井に胸を揉ませ爆殺する。そのための永井を油断させる言動や仕草を今日まで覚えてきた。永井がAと言えばα、Bと言えばβと答え、どのようなパターンでも永井が胸を揉むよう違和感なく誘導する。
……よし、大丈夫だ。計画はちゃんと頭に入っているし、成功させるための訓練も十分積んできた。今回は初めての仕事の上、不測の事態が発生する可能性も確かにある。だが、油断してはいけないと言っても必要以上に緊張する必要はない。
今、私には未来が見える。永井が胸を揉んで爆死する未来がだ。それは夢想ではなく、確固たる根拠のある予測だ。
永井との約束の時間が近づいてきた。私は段ボール箱から、先日届いた爆弾を取り出し、それを付けおっぱいの中に詰めた。……妙な気分だ。
すべての準備を済ますと、私は家を出た。
待ち合わせ場所は、互いの家からそう遠くない位置の繁華街にある映画館。そのロビーだ。そして合流したら、そのまま映画を見る流れとなっている。
人は割と多かったが強化人間の能力で永井はすぐに見つけられた。永井もこちらに気付き、私に手を振りながら駆け寄ってきた。
合流するなり私は、計画通りに言葉を発っした。
「ごめん、待った?」
「いいや、今来たところ」
永井の返事は予測通りだった。よし、このままこなしていけば計画は成功する。私はコートを脱いで、永井に中に着ている服を見せつけた。
「どうかな?」
「似合ってるよ。すごくかわいい」
「ありがとっ」
今日の服装も勿論永井を油断させるため、計画に従って決めたものだ。
上は所謂たてセタ。ボディーラインが浮き出て永井の性欲を刺激する。その中には白のブラウスを着、ボタンを外す楽しみを与え、下は永井の好みに合わせたミニスカートだ。
そして下着は、童貞の永井でも脱がしやすいものを選んだ。喜んでいいぞ永井。
◇
映画を見終えた。内容は下らない三文恋愛ドラマだったが、永井と感想を共有しなければならないため我慢して見た。
映画鑑賞後、近くのレストランで食事をしながら互いの感想を言い合ったが、永井は実に面白そうに映画の感想を語った。私には、あれのどこが良かったのかは分からなかったが、永井のこういうところが彼に妙な作戦を立てさせるのだろうと思った。
私は口だけ「面白かった」と言って合わせた。
昼食が終わると辺りをしばらくぶらつき、夕方が近くなると私と永井は進路を学校の方に向けた。いよいよ、永井の死ぬときが近づいてきた。
学校まで来ると、私と永井はこっそり裏門を乗り越えて侵入した。すでに冬休みが始まっていたが、全く人が居ないということは無かった。おそらくは部活か、あるいは受験絡みだろう。
私と永井は静かな廊下を歩き、自分たちの教室の前まで来た。教室の鍵は侵入したことがバレない様に借りてこなかった。だから永井は、ドアを怪力で強引にぶち開けた。
中に入ると、私は計画通りに質問した。
「どうして今日のデートコースに学校が含まれてるの?」
「あ、ああ、それか。それはな……、ほら、俺たちもうすぐ卒業だろ? そしたらこの教室ともお別れじゃんか。でもそれってすっごく寂しくねえか? だからさ、ちょっとでも思い出を作っとくっていうかさ」
永井のそれは言い訳だということを私は知っている。全ては、私と放課後の教室でイチャイチャラブラブエッチをするための方便なのだ。
だが私は、計画に則り知らないふりをする。
「……そう、だよね。私たち出会ってちょっとしか経ってないのに、もう卒業しちゃうんだよね……」
私は声を震わせた。そして、じわじわと瞳を潤わせていった。そしてついに、涙が一筋こぼれた。ぜひ、主演女優賞を貰いたいものだ。
さらに私は、追い打ちをかけるように叫んだ。
「――っ、私嫌だよっ! このまま卒業しちゃうなんてっ! たとえ私たちがこのままずっと付き合ったままだとしても、高校三年生は一度しかないんだよっ!?」
そして永井に抱き着いた。永井も私を抱きしめた。
「分かるっ、分かるよ、その気持ちはっ。……だから俺に考えがあるんだ」
「……?」
私は顔を上げ永井を見つめた。永井も私を見つめて返す。
しばしの沈黙が流れる。瞳を潤わせる少年と少女。
夕陽が二人だけの教室に差し込む。二人の頬が赤いのは夕陽のせいか。
そして今日はクリスマスイブ。
ついに少年は沈黙を破った――。
「エッチしよう」
――ムードのかけらも無い……っ! ……いや、だがその言葉を待っていた! 正直、ムードなんてどうでもいい。スパコンの予測したそのセリフを聞けて満足だ。
私は空間把握能力を使って辺りを探った。人の気配はない。今なら誰にも邪魔されることなく使命を果たせる。
「……うん」
私は首肯し、瞳を閉じた。永井は私に応え、私と唇を重ねた。
「香木原――いや、七菜。好きだ」
「……私もだよ、一」
それから私は、苦痛と屈辱に耐えながら大人のキスをしたり、体を触りあったりした。その中で永井は、私の服を少しずつ脱がしていった。そしてついに――。
「直接、触っても良いか?」
きた――っ。だが表情に出しては駄目だ。まだ作戦は終わっていない。
「……うん、良いよ」
私は永井に胸を差し出した。
永井は特に手間取ることなくブラジャーを外す。そして私の胸――といっても偽物だが、それを直に見た永井は目を見開いた。まあ、確かに大きさはあるものな。
そしてその直後、永井の表情は一瞬にして緩んだ。この大きな胸を触れるのが余程楽しみなのだろう。感触でも想像したか? ふふ……、愚かなことだ。その胸がお前を殺すとも知らないで。
永井は生唾を飲み込むと、私の胸を正面から揉み始めた。
最初からほとんど遠慮のない揉み方だった。永井の顔を見ると、血走った眼をしていて揉むのに必死という感じだった。今の永井なら、たとえ真上に雷が落ちようとも気付かないだろう。
――今だっ!
今がこいつの最大の隙だ。私はすぐさま背中のボタンを押し、付けおっぱいを切り離した。それと同時に付けおっぱいに仕込まれた磁石が作動する。
永井は、突然目の前の女の子の胸が取れてしまったので、呆然自失で立ち尽くした。私はその隙を逃さず、奴の股間を思いっきり蹴り上げた。
「――っんぉおいほァッ!!」
蹴りはクリーンヒットし、永井は顔を青くしてうずくまる。あまりの痛みに動けない様子だ。
無理もない。強化人間と言えど、股間は強化されていないのだから――っ!
「済まない。私は男性ではないのでその痛みは分からない。だが、逃走をより安全にするにはこうするしかなかった。許してくれ。……と言っても、これからお前は私に殺されるのだから『許してくれ』というのもおかしな話か」
「……な、何を言っている?」
永井はうずくまりながらも私を見上げた。
私の任務は永井を殺す事だけだ。だが、こいつには個人的怨みもあるし、それ以上に機関を裏切ったのも許せない。どうせ死ぬなら後悔して死んでいけ――っ!
「私はお前を消せと命令されたのだ。機関にな」
「――ば、馬鹿な。そ、そんなはず……。俺は強化人間の最高傑作だぞっ!? こんなのはおかしいッ!」
「それを決めるのはお前ではない。機関だ。……一つ言っておこう。機関がこのような処分を決めた理由は、お前の今までの行いにある。怨むのならば自らを怨むのだな」
「そ、そんな……っ」
「ちなみに、そのおっぱいには爆弾が仕込まれている。お前の最後にはお似合いだろう? 大好きな巨乳を揉みながら死ねるのだ。あとこれも言っておくが、それには磁石も仕込まれているから、外そうとしても無駄だぞ」
「クッソーォッ!」
私は話を済ませると、すぐさま全速力で走りだした。
廊下を走りながら乱れた衣服を整える。学校の敷地外に出ると、私はポケットから起爆スイッチを取り出し、そのボタンを押した。
直後、轟音が鳴り響いた。
永井一を殺すほどの威力だ。さっきまで居た教室から煙が出る程度の生易しいものではない。教室は三階にあったが、三階の一フロアがごっそり消滅した。三階建ての校舎は一フロアを失ったため、屋上が崩れ去った。
す、凄まじい威力だ。握りこぶしより小さい爆弾でこれほどの威力とは。さすがの永井も死んだだろう。少なくとも私には耐えられない。
「……ふふ、はは、あははははっ!」
私は思わず笑った。だってそうだろう。私は初めての仕事を成功させた。憎き永井一を殺すことができた。これで愉悦を覚えない訳がない。
「おい、これは一体、どういう訳だ?」
「何事?」
私が正門前で勝利の余韻に浸っていると、水島と中野が走ってやって来た。二人は崩壊した校舎を目の当たりにして、何が起こったのか訳が分からないという顔をした。
少し遅れて、二人は私の存在に気付いた。
「おい、香木原。お前、何か知ってるか? ……いやお前、今日は永井とデートじゃなかったか? 永井はどうしたよ?」
「ふ、水島、中野、一足遅かったな」
「――まさかっ!? これは君がやったというのかね!?」
二人の表情はガラリと変わり私を睨む。仕事が終わった今、もう隠す必要もない。
「ああそうだとも。あいつの最後は案外あっけなかったぞ。今は死体も残っていないだろうな」
これを聞いて水島と中野は逆上したが、私は危険を察してすぐさまこの場を離れた。二人とも追ってはこなかった。
いや、追おうとしたかもしれないが、強化人間の私の足に追いつけるはずもなかった。




