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【永井視点】
「がははははっ! 聞いてくれよ二人ともっ!」
朝、俺は登校してきて教室に入るなり水島と中野を俺の席に集めた。
「なんだ、朝っぱらからうるせえな」
「どうせ大したことでは無かろう」
「へっへっへ、ところがどっこい残念だったな。これが大したことなんだなそれが」
俺は腰に手を当て踏ん反り返った。
「へえ、だったら聞かせてみろよ」
水島が俺に促す。勿体ぶるよりは早く自慢したいので俺はさっさと話した。
「ついに俺に彼女ができたんだッ!」
「……お前、夢日記でもつけてんのか?」と水島。
「……精神科……いや、脳外科か? 診てもらったらどうか?」と中野。
「馬鹿野郎っ! 現実かそうじゃないかの区別くらいついてるわっ! 昨日香木原と両想いってことが判明してな、付き合うことになったんだよ!」
「へぇ本当かね? ちょっと聞いてくるぜ」
まーだ信じない水島は、すでに登校していた香木原本人に確認を取りに行った。少し話して、数秒後に戻って来た。
「……俺は夢でも見てんのか?」
水島は力なくつぶやいた。
「どうやら病院に行くのはお前の方だな。こいつは夢じゃなくて現実だよ」
「水島、まさか真実であったと言うのかね?」
水島は肩をすくめた。
「ああ、全く信じられんことだが本当らしい。『永井と付き合ってるのか?』とストレートに聞いたところ、恥ずかしそうにもじもじ頬を赤らめながら『はい』と答えやがった」
「……見損なったぞ永井! こんなことになるなど、何か汚い手を使ったとしか考えられん。人質か? 金か?」
「馬鹿たれぇっ! ちゃんと正攻法でやったよ! お前らだって『少女漫画のような出会い作戦』に協力してくれただろ? それが実を結んだんだよ」
香木原を下校時に襲ったアレのことだ。
それにしても、水島と中野の二人が「俺たちはもう高校で彼女を作るのを諦めて大学に望みを託したから、高校でどうしても彼女を作りたい永井に協力する」って言ったときには、俺は友情を感じ涙を流したってのに、今のこの言い草はねえだろう?
さらに中野は、訝しげな表情をしながらこんなことまで言いやがる。
「やはり何かおかしいのではないか? そもそも、こんな時期に三年生が転校するというのが不自然である。何か裏があるのではないかね?」
なんて失礼な、と思っていると水島も中野に同調する。
「確かに中野の言う通りだ。お前、警戒した方が良いぞ」
あらまあなんて言い草。あの場に居て、香木原の態度を見て、あの話を聞けば絶対こんなこと言えねえぜ。あれは絶対本当のことだ。まあ、昨日のことは香木原との二人だけの秘密だから、こいつらにだって話しはしないが。
「はぁ~、ため息が出てくるねえ。お前らそんなんだから、俺と違って未だに彼女ができないのよ。もっと女の子を信じなさぁい。それともお前ら何か? 僻みか?」
これは二人の癪に障ったらしい。二人はムッとした。
「はっ! そう言うのであれば勝手にするがいい。後になって泣きついて来ても、我輩は知らぬからな!」
中野は自分の席に歩いて行った。水島は机をたたいた。
「おい、止めるなら今の内だぞ」
「おい待てよ。それなら俺にだって言いたいことがあるぜ。だったら、なんで一時は作戦の手助けをしたんだ?」
協力してくれてたくせに、今頃になって態度を変えるなんて矛盾してるぜ。
「そりゃ、あの時は何も分からなかったし、あれから付き合うまでが早すぎるって――」
「早いのは運命の出会いだったからだよ。それにな、分からないんだったら口出すのは控えてくれねえか。だったらこれからのことの、どれだけをお前は分かってるってんだよ? 少なくともお前は知らない事があるぜ。例えばあの香木原の爆乳の綺麗なちく――」
「何ぃッ!? お前、もう見たのかッ!?」
「……いや、そこそんなに反応するところか? お前だって女の裸は見たことあるだろ?」
「いや、早すぎるって意味だよ。お前、どうやって見たんだ?」
「そう前のめりになるなって。いやなにね、昨日雨に濡れた香木原にシャワーを貸してやったんだよ。それで着替えを脱衣所に持っていったら、そん時にはもうあがっててさぁ。シャワー出しっぱなしだったから気付かなかったわ」
悔しそうな顔して聞いていた水島だったが、最後まで聞くとその表情は訝し気なものに変わった。
「なんだよ考え事か? それともどんな乳首だったか想像してんのか?」
「いやあそうじゃねえ。なんかお前の話おかしくねえかと思ってな。普通シャワー出しっぱなしで脱衣所に出るか? 水道代とガス代がもったいないだろ」
さすがはケチケチしている水島だこと。
「それに、何しに脱衣所に出たのかも不明だ。その時点では、そこに着替えは無かったんだろ? やっぱりあの女は何かあるぜ」
「いやお前の考えすぎじゃねえか? 裸を見ることができたんだからそれで良いだろ」
水島はため息をついた。
「まあ、もうどうだっていい。俺もこれ以上お前には手を貸さねえ。言っておくが一度は止めたからな。後になって後悔しても知らねえぞ」
そう言って水島も自分の席に戻っていった。
何なんだあいつら、友達に悲願の彼女ができたんだからもっと喜んでもいいところだろ? それがあいつらの態度、本当に友達かねえ?
……しかし香木原に裏ねぇ。まあ、確かに言われてみれば、俺と香木原の仲はあまりにトントン拍子に進み過ぎていると言えるかもしれんが……、いややっぱり考えすぎでしょう。
待ってろよ水島中野っ! 俺は絶対に香木原と放課後の教室でイチャイチャラブラブエッチをして、お前らにエッチの感想を聞かせてやるからなぁ! 後になって反省するのは俺じゃなくてお前らの方だっ!
さあて、それじゃあ、ぐへへ、デートプランを考えましょう考えましょう! なんてったって初めての彼女だもんな。絶対成功させないといけねえぜ。ぐへへ。はーっ、楽しみだ楽しみだっ!
◇
【香木原視点】
永井と付き合い始めてから次の日に、もう永井からデートの誘いがあった。
私は内心ため息をついた。だが、これは喜ぶべき事実でもあった。永井は、私と付き合うことになって浮かれている。それは私に永井を殺す機会を与えてくれる。
だから私は、それから毎日あった誘いをすべて笑顔で受け、別れ際のキスも拒まなかった。そしてうがいも欠かさなかった。
そういう生活が一週間ほど続き、いよいよクリスマスが近づいてきたとき、永井は私にクリスマスイブにデートしたいと言ってきた。それもデートコースには夕方の学校が含まれていた。
私は勿論喜んで了承した。今回ばかりは表面上だけでなく、心から私は喜んだ。何故なら、その日こそスパコンの予測にしたがって永井を殺害する日だったからだ。「クリスマスイブに学校に行きたい」と永井の口から聞いたとき、スパコンの予想通りだったことが面白くて私は思わずほくそ笑みそうになった。
永井にイブにデートに誘われた翌日、私のアパートの部屋に天地無用のシールが貼られた小包が、宅配業者によって届いた。
箱を開け、大量の梱包材をどけると中には、説明書と片手で握り覆えるほどの小さくて四角い爆弾が二つ、そして起爆用リモコンがあった。説明書には起爆方法や、片方は右胸、もう片方は左胸に仕込めということが書いてあった。
私は笑った。永井の死が近づいていると実感した。
それから少しして、私が片付けるため、一度箱の中に梱包材を戻しているとスマホに電話がかかってきた。委員会の方からだった。
「どうだね? 例のものは届いたかね?」
「はい、無事届きました。中身も、ついさっき確認したばかりです」
「それを聞いて安心した。なにね、最近宅配業者も忙しくて、仕事の粗いところもあると噂を聞いていたから心配だったのだよ」
業者を使わなければ良かったのでは……?
「ああ、それと今回電話したのはその確認だけでなく、君に新たな情報を与えようと思ってね」
「ありがとうございます。情報は多い方がこちらも動きやすくなります」
――いったいなんだ……? 永井の行動は今のところ概ねスパコンの予測通りだ。確かに一度だけ予測と違う行動を取ったが、それでも作戦の大筋を変更しなければならないような大きな影響を与えるものではなかった。
それが、わざわざ委員会のお偉方自らが私に伝えるとは、余程の情報なのか……っ?
「永井が定期健診のついでに、ちんこの手術を受けた」
「情報、感謝しま…………はあっ!?」
それがいったい何だというのか!? 委員会は私にセクハラがしたいのかっ!?
「落ち着き給え。確かにこれはスパコンの予測外の行動だが、大方見当はついている。おそらく君とイチャイチャラブラブエッチするとき、君にアレが小さいと思われないために大きくしたのだろう。永井はそれを相当気にしているらしく、相場の二倍の手術費を払っている」
今更『アレ』などと言っても、最初に堂々と名前を言っているではないか。
「君に伝えたかったのはそれだけ永井が君に本気である、つまり殺しやすいということだ」
な、なるほど。いい歳した中年が少女にセクハラしたかったというわけではないのだな……。
「それともう一つ」
「まだあるのですか」
「あいつめ、その手術費用を機関から勝手に持ちだしたのだ。香木原七菜よ、永井一を生かしておけん。必ずあいつを殺すのだぞっ!」
「はっ!」
私が力強く返事をすると通話は切られた。
――ちっ、あいつめまた勝手に機関の金に手を付けたのか。それも相場の二倍もっ! 機関に拾われたおかげで路頭に迷わず、人を超えた力を得られた恩を忘れるとは……っ!
――やはり生かしておけない。キスなど個人的怨みが無くとも、機関の害となるものは排除しなくては……っ!




