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それから一週間ほど、私は永井と気兼ねなく話せる関係を作りそれを維持した。
スパコンの予測によると、この一週間は向こうは大きな動きをしないとのことだった。また、かといってこちらから動くと、不自然に映り警戒されてしまうとの予測も出ていた。
よって私はこの一週間、「彼女は居るのか?」とか「好きな女子は居るのか?」とかをそれとなく遠回しに永井に尋ね、私が永井を意識していると示唆するだけにとどまった。
それからようやく不動の一週間が過ぎると、私はついに打って出た。
スパコンの予測によると、今日は午後から季節外れの大雨。スパコンはこの日を待てと私たちに告げた。さらにスパコンはこう続けた。
「この雨を利用することにより、永井との距離を一気に詰められる。傘を忘れて登校し、下校時にわざと雨に濡れ、その後濡れた体を冷やさぬために永井の家に上がってシャワーを浴びるのだ。出会って三日なら不自然だが一週間経ち、その間に工作も済ませた。今ならイケる。いや、今しかないっ!」
……く、屈辱的だが指示に従うほかあるまい。この行動のために私はわざわざ永井と同じ方向かつ、永井の家より学校から遠いところに部屋を借りたのだ。
今度は私から仕掛けるぞ永井っ! お前の命日は着実に近づいているっ!
下校時刻、私は雨の中を傘をささずに走った。冬の雨は体に冷たい。
「おーい、待てよ!」
後ろから永井の声がした。立ち止まり振り返ると、傘をさした永井はこちらに向かって走ってきている。
――計画通り……っ!
私は教室を出る前、わざと永井に聞こえる声で「傘忘れちゃったー」と言っておいたのだ。
永井は私の元まで来ると、私も傘に入れた。
「――永井君……? どうして?」
「教室でお前が傘忘れたって言うのが聞こえてさ。……水臭いじゃないか。何も濡れて帰るこたないだろ? 誰かを頼れよ、俺とかさ」
「……ありがとう」
私は笑みを浮かべ、傘を持つ永井の手を両手で握った。頬を伝う雨のしずくが、見ようによっては涙に映ったかもしれない。無論、私が泣く訳が無い。
永井は恥ずかしそうに視線を逸らしていった。
「……お前の手、冷たいな」
それから永井が、スパコンの予想通り家に寄っていけというので、私は「お言葉に甘えて」と言って誘いに乗った。
ここからが今日の作戦の本番だ。
永井の家に入るとすぐに風呂場まで案内された。
――こいつ、私の借りている部屋より良いところに住んでいる……っ! 私の部屋は風呂無しだぞ……っ!
……いや、そんなことは作戦を聞いた段階で気づくべきだったか。駄目だ、今はそれどころではない。
「着替えを探してくる」
永井はそう言ってどこかの部屋に行ってしまったので、私は一人脱衣所で濡れた服を脱ぎ、風呂場に入った。
爆乳おっぱいは付けっぱなしだ。爆乳おっぱいは防水仕様だが、撥水性能は人の皮膚並みだ。そのような機能が備わっているのは、ただ大きさで永井を誘惑したり揉ませたりするだけでなく、作戦には今回の行動が含まれていたからだ。
そしてこの爆乳おっぱいを装着した時、私の体との継ぎ目が強化人間の目から見ても全く分からないほど精巧に作られているのも、この後の行動にそれが関わってくるからである。
私はシャワーを浴びながらも決して気を抜くことは無かった。シャワーのせいで聞き取り辛かったが耳を澄ませ、常に永井の足音に気を配った。
そして、永井が近づいてくる気配を見せた時、私はシャワーを止めずにドアを開け脱衣所に出た。
シャワーを止めなかったのは、私がまだ風呂場に居ると永井に思わせるためだ。永井に常識が備わっているかは疑問だが、常識のある人間ならシャワーの音がしないとき脱衣所のドアを開けることは無い。何故なら中の人間がシャワーを浴び終え、着替えをしている最中だと考えるからだ。
私は永井に勘違いをさせ、永井が脱衣所のドアを開けるよう仕向けた。
永井は私の狙い通り、ドアを開けた。
「着替えが見つかったから、ここにお――」
私は突然のことに理解が追い付かない風を装って、少し間を開けてから手で胸と局部を隠し叫んだ。
「キャーーッ!!!」
我ながらなんとベタな叫び方だろう。
「ご、ごめん」
永井は意外に紳士で、すぐさま退室しドアを閉めた。といっても、私は永井の視線が私の顔からすぐに爆乳おっぱいに移動するのを確認したのだが。
まあ、裸など見られてもどうでもいい。どうせこれは本物の私の胸ではない。仮に本物だったとしても、それが作戦に支障を来すことはあり得ない。
酷く馬鹿馬鹿しいが、これが今日私のすべき行動だった。ラブコメにありがちな、着替えや裸を見られるというシチュエーションを作ることにより、私と永井がラブコメをするような仲だと永井に思わせる。それが今回の狙いだ。
永井は物語にありがちなことをすればモテると思い込んでいる馬鹿だから、今回のことで私をより意識しより私に積極的になるだろう。なんなら、もう私のことを『運命の相手』とでも思っているんじゃないか?
まあ、ひとまず成功して一安心だが、この行動は危ない橋でもあった。
いくらこの爆乳おっぱいが精巧に作られていると言っても、強化人間の最高傑作であるあの永井一なら偽物と見抜いてしまうのではないかという不安は最後まで拭えなかった。悔しいが、私は偽物と見つけなかったが永井は私以上の実力の持ち主だ。あり得ない話ではなかった。
――だが、成功した……っ! 成功させたぞ……っ!
私はシャワーを止め、濡れた体を拭いて永井の持ってきた着替えを着始めた。
明らかに男性物のパンツに足を通す時、パンツの持ち主のことを考えてしまったが、私は両足を通しパンツを上まで上げた。
――このパンツ、絶対に私が洗って返すぞ……っ!
――いや待て……っ! パンツは濡れていなかったのだから、永井のものを穿く必要はなかった。つい、出されたから乗せられてしまった……っ!
そして、爆乳おっぱいを除けば私には大きすぎる男物の衣服を着て、私は脱衣所を出てリビングに出た。
――リビング、いや3LDKだと……っ! 一人暮らしなのに……っ! なんだこの私との差は……っ! こいつ、必ず殺さなくては……っ!
「さっきはごめん。コーヒー淹れたから飲んで」
「うん。……こっちこそ、取り乱してごめん」
「いや、悪いのは俺だよ。それも一方的に」
かなり紳士面しているが、私がシャワーを止めもせずに脱衣所に居たことについては聞かないのだな。
まあ、そんなことはこいつも些事だと理解しているのだろう。私の裸を見られたからそんなこと、最早どうでもいいと。
私は永井からコーヒーの注がれたマグカップを受け取り、ソファーに座った。そして一口飲んだ。……悪くない味だ。
私がカップから口を離したのを確認した永井は、向かいの椅子に座り私に言った。
「しかし、お前って結構抜けてるよな。天気予報では午後から雨って言ってたぜ? それに一人で帰らなくても、誰かの傘に入れてもらうとかさ」
まあ、当然の感想だろうな。作戦上仕方のないことだったが、それは私もそう思うよ。
だが、実は私がその言葉を待っていたと言ったら? それを誤魔化し利用するのも作戦の内なのだよ。
「……実は私、他人に頼るのに慣れてなくて。他人に迷惑かけちゃいけないって教えられてきたから……」
私は、さも深刻な過去がありますと言わんばかりに緊張しているような声色を作って言った。これに永井はまんまと引っかかって、だらしなく座っていた姿勢を正した。
「その、何かありそうだが、良ければ話してくれないか? ……それとも俺じゃ不満か?」
「ううん、そんなことない。……永井君になら、きっと話せると思う」
私はそれから、もう、下らない嘘話を披露した。
それによると、私は幼いうちに事故で両親を亡くし親戚の家で育てられた。しかし、そこではあまり優しく接してもらえず幼いうちから自立を求められ、他人に頼ることなどできなかった。
さらに悪いことに私は生来どんくさい身で、何をするにも要領が悪ければ一点に集中しがちで見落としも多かった。だから今朝のニュースの雨の予報も見落としたし、家族は誰も雨を教えてくれなかった。ということらしい。
なんて安っぽい悲劇だろうか。まあ、両親を早くに亡くしたことだけは本当なのだが。
「だから転校初日も、永井君とぶつかっちゃったしね」
「……そんなことがあったのか」
永井は神妙な面持ちで私の話を聞いた。
――ふっ、信じたか。まさか永井ほどの男がこんなにもあっさり信じるとは、見損なうばかりだよ。いや、それだけスパコンが凄いということか。
まあなんであれ、これで計画通り私と永井は秘密を共有する仲になったわけだ。これで永井は、私が秘密を打ち明ける程自分を信頼していると思い込み、自ら告白してくるだろう。
それから数十分して、雨が弱まってきたので私は帰ることにした。
私が家に帰ると告げると永井は「送るよ」と言ったが断わった。
私は、親の仕事の都合でこっちに引っ越したことになっている。家を見られてひとり暮らしだとバレると説明が面倒だ。
永井は意外にもあっさり引き下がった。もっと女にガツガツしていると思ったのだがな。
私は永井から傘を受け取り、ドアノブに手をかけた。そして振り返って、もう一度今日の礼を形式上言い、今日の作戦の締めにかかった。
「シャワー貸してくれてありがとう。すっごく助かった。それに……話も聞いてくれてありがとう。あれ、実は友達にも話したことなくて、永井君が初めてなんだ」
「……そうか、俺なんかにありがとな」
「あー、でも、やっぱりお礼言ったの取り消しちゃおっかなー」
「なんで!?」
「だって、私の裸見たし」
「だから悪かったって、謝ったろ?」
私はクスリと笑った。
「ジョーダン、ジョーダンっ。……まあ、見られたのが永井君で良かったよ」
「え、それってどういう――」
「べ、別に変な意味じゃなくてっ!」
私は強化人間の能力で血流を操り顔を真っ赤にした。そして恥ずかしさに耐えられないという風に、私は永井に背中を向けた。
ふっ、これで十分だろう。ここまですればたとえ永井でなくとも騙されよう。スパコンの予測によると、早ければ明日の放課後に永井は私に告白する。
「じ、じゃあ、帰るねっ」
私はドアを押し開いた。
「待てっ」
すると永井は私の右肩を掴み引き留めた。
「なに!?」
私が首だけ振り向くと、永井は覚悟を決めたような表情で言った。
「俺も、お前が好きだ」
――スパコンの予測よりも早いだと……っ! これまでスパコンの予測通りだった男が、ここにきてスパコンを上回ったというのか……っ! だが、この場合それは名誉なことだと言えるのか?
というか『も』とはなんだ『も』とは。確かに臭わせはしたが、一歩間違えれば自意識過剰だぞ……っ!
だが、ここは手間が省けたと喜ぶべきところだろう。
私は体ごと永井の方を向き、能力によって目元に涙を蓄えながらも笑みで答えた。
「私も、永井君のことが好きです……っ」
――クソっ、作戦とはいえこんなことを言わねばならないとは……っ! 命令とあらば泥水で口を洗うことも躊躇わないが、こんな奴に告白するなどこの上ない侮辱だ……っ! 人間としての尊厳が損なわれる……っ!
だが私は直後、この勢いを損なわないため泥水で口を洗うよりも、いやあるいは跪いて他人の靴を舐めるよりも不名誉なことをした。
つまり永井とキスをした。
そして予定より少し早まったが、私と永井は付き合うことになった。
――絶対に殺す……っ! 永井、お前の命日はすぐだぞっ!




