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 歯磨きを済ませ、爆乳おっぱいを装着した私は家を出た。


 朝の八時二十五分遅刻ギリギリ、食パンを咥えた私は学校近くの十字路の付近まで来た。事前に得た情報によると、この曲がり角の先に永井が息を殺して潜み、私が通りがかるのを今か今かと待ち構えているらしい。

 正直なところ、永井はこの時点で既に隙をあらわしているのではないかとも思えるが、作戦に従う。御大層な作戦によると、ここは焦らず、こんな小さな隙ではなく決定的な隙を待つ、いや作るのだ。永井を惚れさせ、私が永井に惚れたふりをすることによって。


 あと数歩で曲がり角を飛び出すというところまで来たとき、私は空間把握能力によって、右に曲がった先に永井らしき人物がクラウチングスタートの体勢をしているのを認識した。情報は確かだった。

 私はそのまま歩みを止めず、寧ろ加速し小走りで交差点に飛び出した。

 直後、右から男が来てぶつかった。私はわざと仰向きに倒れた。人がぶつかってくると事前に分かっていると自然と倒れないように身構えてしまうため、自然に見えるようにわざと倒れるのは少し難しかった。

 ぶつかってきた男も、私に覆いかぶさるように倒れ、端的に言えば私たちは『床ドン』の構図になった。


 相手の顔が見えた。その顔は写真の永井一とまったく同じ顔で、しかし悔しいことに写真よりもずっとハンサムだった。そして私は、心の中で「何故お前も食パンを咥えている!?」とツッコミを入れずにはいられなかった。普通こういう時、咥えているのは女の方だろう!?

 私が動揺を顔に出さないようにしていると、永井は咥えていた食パンを右手に持ち、言った。


「どこ見て走ってんだ! 危ないじゃないか!」


 な、なるほど……ここはセオリー通りか……。こちらも動揺している場合ではない。私も作戦通りに動かなくては……っ!


「な、なによその言い方っ! そっちこそ前見なさいよ! ……ていうか、どいてくれる?」


 私は上に覆いかぶさる永井を跳ね除けた。


「ああもうっ。制服新しいのに、もう汚れちゃった。ホント、朝からツイてないわ」


「へっ、それはこっちのセリフだ――ってもうこんな時間だ! 急がなくっちゃ」


 永井は学校に向かって走り出した。私も走り出す。


「おい、付いてくるなよ!」


「追いかけてるわけじゃない! 制服見て分からないのっ?」




 私と永井は吐き気のするやり取りをしながら、なんとか遅刻ギリギリ、校門が閉まる前に学校に着いた。

 その後、私は永井とは途中の廊下で分かれ職員室に赴いた。そこで担任となる青木優子と一緒になり彼女の受け持つ三年A組に向かった。


 教室の前まで来ると、私はそこで待たされ青木だけが教室に入った。彼女は先に何やら済ませると、ドアを開け私に入るように言った。

 私は唾を飲み込んだ。私が開口一番言うことは決まっていた。それは無論、自己紹介などではない。

 私は作戦が失敗しないよう緊張感をもって入室し、そして中に永井を見つけると言った。


「「あーっ! 今朝のあいつっ!」」


 私が言うのと永井が言うのは、中身もタイミングも全く同じだった。事前の予測通りか……。


「二人は知り合い? だったら香木原さんは永井君の隣ね」


「そんなぁ!」


「こっちだって願い下げだぜ!」


「まあ、そう言わずに。さあ、香木原さん、自己紹介して」


 私は青木に促され自己紹介を始めた。無論、内容はこの作戦のために用意された嘘っぱちのものだ。私は親の仕事の都合で、ここに引っ越してきたことになっていた。

 自己紹介が済むと、私は窓際列の一番後ろにある永井の右隣の席に座った。

 すると永井は私を見て言った。


「絶対、仲良くしてやんないからな!」


「こっちだってっ!」


 私はわざとらしく、プイとそっぽを向いた。


 くっ……、これから毎日こんな茶番をやらなくてはいけないのか……っ!

 私の心は早くも挫けそうだったが、作戦どころか今日という一日はまだ始まったばかりだった。







 それから私の、人としての尊厳を捨てた苦痛にまみれた茶番生活が始まった。

 永井と出会った次の日、私が下校している最中のことだった。私は白昼堂々ナンパされた。


「なあ君、俺たちとお茶しないか?」


「我輩たちがたっぷり楽しませてみせよう」


 二人の男はサングラスをしていたが、私には強化人間の力ですぐにこいつらが水島と中野だと分かった。

 ……予想通りか。どうやら我らが機関の有するスーパーコンピュータの未来予測演算は相当正確らしい。その予測によると、永井はいがみ合っている私と距離を縮めるきっかけを作るために、水島と中野を差し向けそれを自ら撃退すると。


「――待ちな、お前ら!」


 ――来たか。これもスパコンの予想通り……っ!


 走って駆け付けてきた風を装う永井は、全然息が切れていない。

 永井が水島の腕を掴んで捻ると、水島はすぐさま腕を振りほどき、


「覚えてろよ!」


 と捨て台詞を吐いて一目散に逃げていった。少し遅れて中野も走って水島のあとをついていった。


「大丈夫か?」


 二人の姿が見えなくなると、永井は爽やかな笑顔で私に話しかけてきた。


 ――その顔は一人前にハンサムだが、作戦は半人前だな。こんなことで女子の気持ちが動くと本気で思っているのか? 甘いのだよ。これでは今まで失敗続きのはずだ。現実は物語のようには甘くない。

 だが、私にも私の作戦がある。永井、勘違いするなよ。


「……ありがと永井君。……そ、その」


「ん? なんだ?」


「……意外と、いいとこ、あんじゃん」


 私は強化人間の能力で血流を操り、顔を真っ赤にして言った。


「……へっ、今更気付いたのかよ?」


「あー、何その言い方っ」


 そして、そのまま私たちは途中まで一緒に帰った。

 永井と私の家は同じ方向だったが、永井の家の方が学校に近かった。 


 ふふふ、永井、お前は今日私との仲が進んだと思っているだろうが、それは大きな間違いだ。進んだのはお前の死時計の針だ。上手くいっているのはお前の『少女漫画のような出会い作戦』ではなく、私たちの暗殺計画の方なのだよ。

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