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「ね、ねえっ。何があったの? 人が倒れてるけど……」
俺が考え込んでいると、小川が不安そうな顔で塩沢に声をかけた。すると塩沢は、あっけらかんとして答えた。
「さあ? 私はそこで倒れてる人に呼び出されたんだけど、来てみたらこの有様で」
塩沢、お前嘘をついてこの場をやり過ごすつもりだな?
呼び出したのは細田ではなく塩沢だ。元々怪しかったのが、もっと怪しくなったぜ。これはきっと、何らかの理由で細田に怨みを持った塩沢が、細田を呼び出しこの場で殺したに違いない。いや、細田は気絶してるだけだけど。
まあとにかく、そんなやましい事が無い限り、嘘をついて誤魔化そうとはしないはずだ。
そこで俺は異を唱えた。
「いいや違うな。呼び出したのは塩沢の方だ。ピアノの上に置かれている本の間に、メッセージの書かれた紙がはさまっているはずだ。小川、悪いが筆跡を確認してくれないか」
「……え、う、うん」
小川は俺の指示に従いピアノに近づき、本を手に取る。
「わあー! 『上手な豚の絞め殺し方(中級者編)』だ! 見つけてくれたんですね。ありがとうございますっ」
「いいから、パラパラめくってみてくれ。くせのついてるところにはさまってるはずだ」
小川は本をピアノの上に立てて置き、一番くせのついているページを見極めて、一発でそこを開いた。すると、間にはさまっていた小さな紙切れがハラリと落ちた。
小川はその紙を拾い、書かれている字を読んだ。
「どうだ?」
「……美玖ちゃんの字です」
「やはりな。今、塩沢は嘘をついた。そしておそらく、細田をあんな風にしちまったのは塩沢だ」
さあて、巨乳美少女の観衆が居ないんで、イマイチ乗り気になれないが、そろそろ推理ショー始めようか。ついでに、頭の上に浮かべてる『?』が取れない水島と貧乳女たちにも、事の経緯を説明してあげましょう。
「俺はここ最近、ずっと図書室に居ついていてな。今日、偶然にも塩沢が本棚に『上手な豚の絞め殺し方(中級者編)』をしまう所を見かけたのさ。おかしいと思って本を手に取ってみると、その紙ぺらがはさまっていた――」
さらに訳があって目を離したすきに本が無くなったことと、その場に居たはずの細田が居なくなったことを話した。
俺が話し終えると、小川は恐る恐る言った。
「……なんかよく分かんないですけど、別にもういいですよ? 探してた本は見つかりましたし……」
友人が何か良からぬことをしたのではないか、ならばそれ以上は知りたくないという感じだった。
小川にそう言われて、俺の心は少し揺れた。
確かに、本は見つかり当初の依頼は達成されたし、今、目の前の事件だって観衆がこれっぽっちじゃあんまりやる気が出ないんで、これ以上追及しなくてもいいかもしれん。
それによくよく考えたら、巨乳である塩沢が犯人であると証明することに俺のメリットが無くないか?
観衆に巨乳美少女が居て、その子から好かれたいんだったらそうしてもいいが、今この場に俺を好きになる可能性のある巨乳美少女ってのは塩沢しか居ない。
それなのに、塩沢が犯人だと証明して塩沢から嫌われちまったら、それは逆に自分にとって不利益も良いところだろう。
とすると、今やるべきことは塩沢の味方に付いて、塩沢の好感度を上げることじゃあないのか……!? 気付いちまったか俺っ!
ってことで、予定変更してこの場はお開きにしちまうか。
俺は後頭部を掻きながら言った。
「あー、そうだな。やっぱりこの――」
「おっと、待ちな永井。お前にやる気が無いんだったら、この事件、俺が推理してやるぜ。推理バトルは、もちろんこの事件にも適用されるよな?」
な、なに!? 確かにこいつは巨乳にこだわりはない。だったらモテるために自分の推理能力をアピールしたくもなるのだろう。
「おい、待てよ水島――」
「ねえー? まだー? 推理ショーって言うから来たんだけど?」
俺が水島に再考を促そうとすると、貧乳女三人のうち一人が不満げにブーたれた。
さらにもう一人が、カエルの合唱のように後を追う。
「なに? 嘘だったわけ? なんか人倒れてるから期待したけど、結局推理なんてできないんでしょ?」
そう言われて俺はカチンときた。ここまで言われたら黙っちゃいられねえ。いられるわけがねえ。
良いだろう、俺の方針が決まったぜ。俺を馬鹿にした貧乳共の口を黙らせるために推理はしてやろう。
だが、真っ当な推理ではない。嘘っぱちの、出まかせの推理をしてやるぜ。それで貧乳女どもを騙し、塩沢を守ってやろうじゃねえか。ざまあ見やがれ!
「安心しろお前ら。期待通り推理ショーを見せてやる。何故細田が血を流して倒れているか、俺が明かしてやろう」
俺は堂々と言い放った。すると貧乳どもは「待ってました!」とばかりに笑う。
俺は塩沢にウインクした。
大丈夫だぜ。俺はお前の味方だ。しかし、塩沢はプイっと横を向いてしまった。
……まあ、そんな態度も今の内さ。最後には俺の意図に気付いて、俺に惚れちまうよ。
この流れに小川は抗議を試みようとしたが、自分一人では流れを変えられないと悟り意気消沈した。そこに塩沢が、優しく慰めるように語り掛ける。
「大丈夫。安心して。だって私には動機が無いし、男一人気絶させる力だって持ってないんだから」
「そ、そうだよねっ」
小川の顔は少し明るくなった。そこへ俺はすかさず援護射撃を撃つ。
「確かに塩沢の言う通りだ。まず動機が無い、さらにそこに倒れてる細田を見ろ、血を流している。塩沢の細っちい腕じゃ、こんなことは不可能だ。凶器はどこにも見当たらん」
「おいおい、そこら辺の謎を明かすのが探偵の仕事じゃねえのか?」
水島は呆れたように言い、さらに続けた。
「それに動機なんてどうでもいいだろ。塩沢がやったという確固たる証拠が見つかれば」
「……それはそうかもしれんが、その証拠も無いだろ?」
「永井、お前にしちゃ諦めるのが早過ぎないか? まだこいつをやってねえぜ? ボディチェックをよ」
水島め、なんて合理的なことを言い出すんだ。そしてさらに水島は続ける。
「特に、あの大きな胸は怪しいと思わないか? 何か隠しているに違いねえぜ。触って確かめねえとな」
しかも状況を利用してセクハラをしようとしてやがる。水島、お前はなんて恐ろしい奴なんだ!
水島が塩沢に近づこうとすると、小川が慌てて止めた。
「わ、私がやりますっ!」
「そ、そうだぜ水島。デリカシーが足りねえな」
俺もそれに便乗する。水島だけに美味しい思いはさせねえ。すると水島は肩をすくめて諦めた。
それから小川は、塩沢のボディチェックを始めた。ポケットの中を検めたり、服の上からポンポン体を叩いて、何か隠していないか確認した。
しかし、凶器になりそうなものは何も出てこなかった。
俺は一安心した。凶器が見つかれば一発アウトだったからな。
水島は言った。
「おい、それじゃ甘い。脱がしてみないと――」
「いや待て水島、考え方を変えてみないか?」
「……なんだ急に」
水島は訝しげな顔をした。「お前は塩沢の脱いだところを見たくないのか?」と言いたげだ。
確かに、本音を言えば俺だって見たいが、今の俺にはもっと優先すべきことがある。塩沢の無罪をでっちあげて彼女を守り、彼女から惚れられること。塩沢を裸にするなんて、凶器発見の可能性が高まる危険な行為。阻止すべきだ。
だから俺は阻止するために、全く別の提案をする。
しかもその提案は、ただ裸にすることを阻止するだけのその場しのぎではなく、この後の推理の方向性をも決定づける、これ以上ないものだ。これによって俺は、この場を有利に進められるようになるに違いない。
「何かをさっそく言いたいところだが、まずは細田をよく調べてみな」
まず俺は、水島に細田を状態を調べる様に促す。水島は俺に言われて細田の状態を調べた。
「……うーん、後頭部に何かに強くぶつけた跡があるな。それから血の跡が――鼻のすぐ下についている、ということはこの血は鼻血か……?」
「そうだ、よく気付いたな。おそらく後頭部の傷は倒れた時に付いたんだろう。――鼻血を出して倒れた細田。現場には凶器が無い。……以上の点から分かるか、水島?」
俺は水島に問うた。しかし、水島は見当もつかないという顔だ。
「いいや、さっぱり」
仕方がねえなあ。俺は頭を掻いた。
「倒れる程鼻血を出す場面なんて一つしか考えられんだろう? 現場には塩沢と細田の二人しか居なかったんだぜ?」
「……そうか、そうか分かったぞ! 細田は塩沢のエッチな姿を見て、興奮のあまり鼻血を出して倒れたんだ! 漫画とかでよくあるやつ!」
「ズバリだ」
俺は水島を指さした。水島は「やった!」という表情。観衆の貧乳女三人も感心するように頷いている。
しかし、塩沢に小川は引いていた。この塩沢の反応は、まあ仕方がない。全てが終わってから、俺の意図を説明すれば済むことだ。それより観衆の貧乳女どもが、簡単に騙せそうで安心したぜ。
「つまりだ水島、俺たちは凶器の在りかではなく、塩沢には男に鼻血を出させて気絶させるほどの色気があるのかを考えるんだ」
「ああ、確かにそっちの線で考えた方が良さそうだ。危うく、凶器が見つからないからって取り逃すところだったぜ」
水島、自分から言っておいてなんだが、そんなことあるわけねえだろ。悪いが精々無駄骨を折ってくれ。
さあ、これで凶器が発見されることは無くなったな。まあ、どんな凶器を使ったのかは全然分からんし、それをどこに隠したのかなんて皆目見当がつかねえが。
この部屋には凶器になりそうなものも、凶器を隠せそうなところも無い。ボディチェックで凶器が出なかったとなると、もしかしたら本当に色気で鼻血を出させて細田を気絶させたのかもしれん。……まさかな。
まあそれはともかく、以降は本当に鼻血を出させて気絶させた前提で話を進めるが、それだと結局塩沢が加害者になってしまうので、襲われたところを不可抗力で、いわば正当防衛の結果、細田が鼻血を出して倒れてしまったという結論に持っていくつもりだ。かなりいい感じのロジックではなかろうか?




