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投票が明後日に迫った今日、時間は六時間目、場所は体育館にて、全校生徒を集め生徒会選挙に関する最後の集会が開かれた。
この集会は西城、増田、両陣営が出席し互いに自分の政策方針、自分に投票することのメリットを主張する最後の機会である。
舞台の上には西城と増田、それから両者をそれぞれ応援する演説を行う人物が一人ずつ、計四人が椅子に座り、自分の演説の番が来るのを待っている。その応援演説をする人物というのは、西城側は勿論俺だ。そして増田側は悪の親玉、風紀委員長である。
司会は現生徒会長の前野、彼が段取り通りに、西城にマイクの前に立つよう指示する。演説の順番は西城、増田、俺、風紀委員長の順番に決まっている。名前を呼ばれた西城は、「はい」と返事をしマイクの前に立ち、演説を始めた。
今日まで俺たちは、増田の偽乳について一切の情報をあえて出していなかった。特別やったことは精々、西城の選挙ポスターにバストサイズとカップの表記を追加したくらいである。
何故そうしたかというと、この全校生徒が集まるタイミングで情報を出す方が、より鮮烈で印象に残ると判断したからだ。
そこら辺でやる街頭演説や、何人見るか分からないポスターでは効果が薄く、また信じてもらえる可能性も低いだろう。だが、こういう公式の場でやれば絶対に全員が耳にするし、また公式な場だというだけで人々は情報を信じやすくなるものだ。
そして、その真実をバラす重大な任務を負ったのは俺だった。今日の応援演説で、俺は増田の偽乳が豊胸で見る価値のない無残なものだと、全校生徒に大々的に宣伝する。
だから西城は、いつも通り至って普通の演説を行った。当選した暁には風紀委員を解体し、さらには自身が全裸になりその写真を全校生徒に配布する、そして自分のバストは88センチのGカップであると。
――演説はそれなりに成功したように見えた。しかし、あくまでそれなりであった。生徒たちの拍手は足りなかったし、熱狂も全然足りなかった。
やはりバスト93センチのHカップは強い。この程度では選挙に勝つのは厳しいだろう。
西城が席に戻ると、次は増田が演説を開始した。
風紀委員を解体することを除けば、言っていることは全く西城と一緒だった。女子に受けの良さそうな制服関連のことも、当選したら全裸になることでさえもだ。
そして増田は次のことを最も強く主張した。すなわち、
「自分はバスト93センチのHカップで、西城と単純比較で5センチも大きく、さらにこの5センチは、80センチ代と90センチ代の違いであるため、単純な5センチよりも何倍も大きいのである!」
と。だからより魅力的である自分に投票するようにと。
悔しいが、この主張だけは西城側の俺でさえ、ただ頷くしかなかった。80センチ代と90センチ代のバストは、例え89センチと90センチのたった1センチの差であったとしても、マリアナ海溝の深さ程大きいのだ。
――増田の演説は成功だった。やはり正しい主張というのに人は付いて行くものだ。その拍手と熱狂は西城の時よりも大きかった。
人はデカいおっぱいを見たければ、たとえ自分たちを支配する敵である暴力組織を打ち倒せる機会を失っても構わないというのか。奴隷は自由よりもデカいおっぱいを求める!
だが、これはあくまで増田のおっぱいが天然である前提の上に成り立っていることだ。それを今から俺が打ち壊す! 偽乳の前にはあらゆる熱狂もあり得ない!
演説を終えた増田が、勝ち誇ったような顔でマイクから離れ自分の席に座る。そして、司会の前野に名前を呼ばれた俺は、ゆっくりと立ち上がり、しっかりとした足取りでマイクの前に堂々と立った。
俺はしばらくの間黙っていた。生徒たちが「何事か?」とこちらを注目するまで何もしゃべらなかった。そういう沈黙が三分もあった。
そして、十分に注目を集められたと判断した時、俺は満を持して演説を開始した。
「デカいおっぱいというのは素晴らしいものだ。おっぱいには夢と希望が詰まっていると言われているが、それは紛れもない真実だ。あえて、より付け足すとすれば、さらには優しさが詰まっている。
あの心地よい触り心地は、まさしく優しさによるものだ。いずれ子を産み、我が子を育てる時にあの柔らかい優しさで包み込む必要がある。夢と希望もまさしく子供にとっては必要なことであり、おっぱいというのは乳児に栄養を与える以上に精神的に重要な、まさしく宝なのだ」
俺はここで一度間を置き、生徒たちの反応を見る。演説には間やリズムが大事なものだ。生徒たちは皆、俺の演説を真剣に聞いていた。俺は手答えを感じた。
「だが、私はなにもおっぱいが子供のためだけの物だとは断言しない。何故なら人々は大人になろうともかつては皆子供であり、また精神的に弱った時や誰かに寄りかかりたいと思う時が必ずあるからだ。
子供に安心を与えるデカいおっぱいは、また成熟した大人や発展途中である我々、高校生にも等しく安心を与えるものである!」
俺は演説中、身振り手振りを付けるようにしていった。特に演説の内容が盛り上がるにしたがって、身振り手振りもまた大きくした。
「つまりデカいおっぱいというのは、正義であると同時に道徳でもある。デカいおっぱいは、常に人を正しい道へと導いてくれる存在なのだ。しかし、この世には不正義、不道徳というものが存在し、その中でも特に許されざるものが裏切りである。
裏切りは、子供だろうが大人だろうが人の心を傷つける。諸君らにも経験が、多かれ少なかれあるはずだ。よく思い出してみて欲しい、あの苦い経験を。
そして、特に幼少期に裏切られた子供が、以降の人格形成に多大なる悪影響を受け、人間不信になってしまうという事例は想像に難くない。そういった裏切られ人間不信になった子供もまた、癒しを求めてデカいおっぱいを求めるだろう。
しかし、ここでもまた裏切られたらこの子供はどうなるだろうか? 最後のよりどころであり、絶対の正義と道徳であるおっぱいに裏切られたら、きっとこの子供はもう二度と立ち直ることは叶わないだろう。
だが、今まさにこの場に、そのような酷い裏切りをしている女がこの場に居る!」
俺が言い終えると同時に、写真部たちが生徒たちに写真を配る。その写真は、あの増田の着替え中の写真である。
生徒たちの間に、にわかにざわめきが起こった。俺は演説を続ける。
「その裏切り者は増田だ! 増田のおっぱいは偽乳だ! 今、皆の手元にある写真は増田本人の着替え中の写真である。
彼女のおっぱいをよく見ろ! いやよく見る必要もない。このおっぱいは、よく見なくとも出来の悪い豊胸だと一目瞭然だ。写真の裏側には、彼女の手術カルテが印刷されているので後で見るがいい」
この瞬間、増田と風紀委員長の顔が一気に青ざめた。生徒たちのざわめきもより大きく、激しくなる。増田たちも、生徒たちも、動揺をもう隠すことはできなくなった。
風紀委員長は勢いよく立ち上がり、俺の方に駆け寄って来た。それを前野が体を張って止める。
「演説の邪魔をしないでください!」
傀儡生徒会の会長の割にはやるじゃねえかと見直しつつ、俺は演説を続ける。
「このような裏切りは許されない! 悪魔の所業だ! 増田は子供を人間不信に追いやる、あの不正義不道徳の奴らと同じなのだ! かつて諸君らを苦しめた憎きあいつらと同じなのだ! ここに居る多くの者が、増田の裸を見たいと思った多くの者が、裏切られ傷つき、人間不信に陥ったことだろう!
しかし、安心して欲しい! 君たちにはまだ正しい道が残されている。すなわち、正義と道徳の星、純然たる天然おっぱい、西城の巨乳である!」
俺は一部で歓声が上がるのを聞いた。俺は演説をこう締めた。
「傷ついた諸君らに西城は優しく手を差し伸べる! 柔らかい天然おっぱいの優しさで、傷ついた諸君らを癒す! 今こそ裏切りという悪を打ち倒し、天然おっぱいという正義を取り戻すのだ! 西城の天然おっぱいは諸君らを歓迎するッ!!」
俺は演説を終えた。それと同時にドッと歓声が響き、口笛が鳴り響き、先程配布した写真が宙を舞った。人々の顔は興奮により赤くなっていた。
――演説は大成功だった!
この演説の録画は学校の資料室に保管され、後に『正義と道徳、真実のおっぱい演説』と称された。
この後は風紀委員長による応援演説だったが、最早それは演説にはならなかった。
彼がマイクの前に立つために、席を立ちあがったその時からブーイングの嵐だった。彼が何を言おうとも誰も聞く耳を持たなかった。
風紀委員長は叫んだ。
「あいつらの言うことは出まかせだ! 嘘だ! 増田さんの胸は偽乳ではない!」
しかし、それにはこんな野次が返ってくるだけだった。
「だったら証拠を見せたらどうだ!」
風紀委員長はそれに何も返せなかった。




