2
体育祭というのは当日だけのイベントではない。練習とか会場の設営だとかの準備にも多くの人員と日数が費やされる。いわば体育祭一週間前の今日、この日からすでに体育祭は始まっているのである。そしてそれは当然『体育祭の最後のリレーでアンカーの俺が逆転勝ち作戦』にも同じことが言える。
水島と中野に協力を断られた二日後、俺は放課後に校舎の三階廊下から会場設営中のグラウンドを俯瞰していた。作戦を計画し遂行するにはまず現場をよく知る必要があった。
しかしまあ、それとは全然関係ないんだが、皆が重そうにテントの柱とか運んでいるのを上から眺めるのは、大昔の支配者になったみたいで結構気分が良いな。
そんな感じで眺めていると俺はその中に中野の姿を認めた。
九歳のくせにきつい労働作業を選ぶなんて殊勝な心掛けだねえ。俺なんか確かリレーのバトンとかタスキとか小さい道具の係だったと思うが、サボりよサボり! それともあいつの言ってた独自の作戦ってのは、泥臭さとか真面目さアピールだったりすんのかねえ? まあ精々頑張んなさい。俺はもっとスマートにやらせてもらうぜ。
それから一週間が経ち、ついに体育祭当日がやって来た。この一週間、みっちり下調べをし作戦を何度も微修正しつつ必要な道具も全部揃えた。最早、万全の準備を整えたと言っても過言ではない。
開会式が済まされ赤組陣営という名の、トラックの外側少し離れた所にただの白線で書かれた枠の中に椅子を並べただけの所に戻る。教師連中はテントだってのになんたる不公平だろうか。そんな気持ちを押さえつつ、チームメイトたちと合わせて気合いを入れるための掛け声を挙げた。
いよいよ本当に体育祭の幕開けだ。美少女たちの様子を確認すると城ケ崎は何となくイメージ通りちょっと冷めてるが、西城と帆風は勝利と楽しい体育祭になることを期待しているのであろういい表情だ。さあて、彼女たちのためにも俺様が勝利へと導いてやりますかね。
俺はまず第一種目であり、数少ない自分の出場種目でバッチリ一位を取ると、赤組陣営には戻らずにすぐさま校舎に向かった。
校舎に入ると当然ながら人は誰も居ない。遠くから聞こえる歓声やピストルの発砲音、競技を盛り上げるBGMを背に、俺は一人いつもより暗い階段を駆け上る。
目的階である三階に辿り着くと俺はトイレに駆け込んだ。ちょっと待った安心してくれ。何も腹を下したんじゃない。俺はここに今回の作戦の肝となる、ある重要なアイテムを隠しておいたんだ。
さて、それは何か? 試合展開をコントロールし、いい具合の勝負を演出し、ギリギリのところでリレーで逆転するために必要なアイテム。それは――。
俺はそいつを袋から取り出した――。
真っ黒な長物。そう、スナイパーライフルだ。俺は機関の倉庫からくすねたそいつを持って、一週間前グランドを俯瞰した廊下のあの位置に移動した。
ここからだとグラウンドを一望できる。窓を少しだけ開け、そこから銃口を覗かせる。ここから競技者たちを狙撃しまくって、試合展開を俺の思うがままに操作してやる。なあに弾はゴム弾だし、強化人間の最高傑作である俺の狙撃能力なら狙ったところは外さない。大丈夫大丈夫、足しか狙わないし当たっても死にやしない。
まあ本音を言うと、正直こんなことやってないで赤組陣営で美少女たちとイチャコラしたかった。だが今回の作戦は俺一人でやらないといけない。だからこの狙撃も他の誰にも任せられない。俺がやらないといけないんだ。
それにこの作戦には大きな意義がある。普通にイチャコラするより、俺のおかげで逆転勝ちできたという事実の方が絶対俺に惚れる要素がデカいからだ。
さて狙撃準備が終わったころには第三種目の400m走の選手入場が始まっていた。
俺は早速点数掲示板を確認し、どの組の選手を狙撃するべきか考える。現在の一位はなんと我が赤組だった。
なんということだ! まだまだ序盤、この後どう試合が転ぶかは分からないが、あまりリードされては最後のリレーで逆転勝ちができなくなってしまう! ということでここは見方を狙撃しよう!
撃つ奴を決めると、俺は心を落ち着かせ集中する。もう歓声もBGMも聞こえない。
――距離、およそ150m風は無し……!
『さあ、始まりました400m走! 現在一位の赤組はリードを広げられるか――っああっっと!? ここで赤組の選手、謎の転倒ですっ!』
俺が引き金を引いて数秒後、そんな実況が流れた。狂い無し。さすがは俺様の狙撃の腕。
第一走者は赤組が最下位。だが赤組のリードを阻止するだけでは、この体育祭をコントロールすることはできない。次に俺は現在二位の白組の選手を狙撃した。二位にリードされて、逆転しづらくなってはいかんのでね。そこの所もぬかりなく調整していく。
『――ああっと、またしても選手が転倒です!』
もう何度目か分からない実況が響く。
もう第六種目のスウェーデンリレーだが、全組ある程度点数は拮抗している。誤差の範囲内だが赤組は三位だ。そんな中、俺はふと思った。
……うーん、接戦より大差付けられて負けている方が、逆転勝ちしたときの感動が大きいのではないか?
ここで俺は路線変更し、味方である赤組の選手を中心に狙撃していくことにした。
そうすると点数の伸びは見る見るうちに落ち、あっという間に最下位に転落した。
やったぜ。だがあまりやりすぎて逆転不可能になっては困るので、ちゃんと種目が変わるたびに点数計算して狙撃する相手の変更も行った。抜かりなし。
しばらくそういうことを繰り返していると、俺は選手の中に見覚えのある顔を見つけた。
あいつの顔は忘れたくても忘れられるわけがねえ。全男の敵、ラブコメ次郎こと愛野米次郎だ。次のターゲットは青組だったが、俺はそいつの顔を見た瞬間、そいつが何組か確認するのも忘れて競技の始まる前から脳天を狙撃した。
『――ああっと、愛野選手競技開始前から転倒です! 今日の体育祭は前代未聞の転倒の多さ! 誰かワックスでも塗ったんでしょうか?』
実況の下らないギャグを聞き流しながら俺は悦に入る。
いやあ、ついに憎きラブコメ次郎に天誅を下してやったぜ!
『――しかしこれで赤組は選手が居らず失格! 最下位街道まっしぐらかぁ!?』
……えっ? ラブコメ次郎赤組だったの……? ヤバっ……。




