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結局、俺の家で川上との同棲が始まったが、これまた地獄の始まりだった。
生殺しの連続、いっそ殺してくれ、いや死にたくないが。
めっちゃ手を出したくなるが、手を出してはいけない。
俺は川上とイチャイチャラブラブエッチは出来ない。
川上ではない運命の相手と、イチャイチャラブラブエッチをする、それまで俺は清い体でいないといけないのだ。
だから俺は、ここでいくらムラムラしようとも、川上に手を出してはいけない。絶対にだ。
だが川上は俺の心を知らず、俺のエロ本を勝手に見て裸エプロンで朝食を作ったり、背中を流すなどと言って一緒に風呂に入っては前まで洗い、抱き枕は安眠に良いから私を抱き枕にしてください、と言って俺の布団に入ってきたり、エトセトラエトセトラ。
別にエッチな目にあってるし、何も損してないから良いんじゃない? と思う人も居るかもしれない。
確かにエッチな展開は俺も大好きだし、風紀委員の仕事中にセクハラ染みたことはしているものの、実際に手を出せる距離と、行くとこまで行っても許してくれる相手の心持ちというのは、我慢しなければいけない現状では寧ろ毒なのである。
つまり、心行くまで楽しめないエロは有難迷惑。
我慢の必要がないなら俺も泣いて喜んだ。
――やっぱり俺、死んでも良いかな。
――いやいやダメダメ! 目の前のエロに負けるな、死んでしまうぞ!
あっ、でもよく考えてみれば、俺の股間は前回のせいで破壊されてるからエッチ出来ないじゃん!
――やっぱり俺、死んでも良いかな……。
この一週間、生き地獄を味わった俺は、ついに水島に助けを求めることにした。
何故なら、いよいよ後が無くなったからだ。
心中デーを俺がいつまでも決めないでいるので、我慢の限界に達した川上が一人で決めてしまったのだ。心中デーは五日後である。
いやいや、さすがの俺もそんなこと勝手に決められて、黙っているわけがない。
俺は当然抗議した。実力行使も辞さない覚悟だった。
もう美少女とか巨乳とか言っていられない。
死ぬくらいだったら、ポリシーなんて捨ててやる。
別にいいじゃないですか、所謂ヤリ捨てではなく、俺は指一本触れていないのだから。向こうからは大分触れてきたけども。
リビング、今しがた五日後に一緒に死にましょうと言った川上を、夜だからご近所に配慮しなきゃとか考えず、委縮させるため大声で怒鳴った。
俺は死ぬことは出来ないと言った。
そして俺は勢い、そのまま別れを告げようとした。
だが、告げようとしたということは、つまり告げられなかったのだ。
「……嘘、だったんですか?」
俯きながらそう言った川上は、気付いたらその場に居なかった。
次の瞬間、俺は倒れた。いや、押し倒された。川上によって。
机を挟んで十メートル前方に居た川上は、一瞬にして距離を詰め俺を押し倒し、マウントポジションを取った。
な、なんて身体能力だ。こいつ、強化人間か?
やはりあの時見せた人殺しの瞳は、この片鱗だったのだ!
だが俺は――――、
お、女の子に押し倒された! なんて破廉恥な女だ!
いや、それより俺の純潔が!
とかいらないことを考えている一瞬の間に、タコ殴りにされた。
タコ殴りとは、原形をとどめないくらいこれでもかと、延々殴り続けることである。
十分くらい殴られ続け、川上のパンチの勢いが弱まってきて、ようやく俺はしゃべることが出来る様になった。
「……じょ、冗談に、き、決まってるじゃないか……。い、一緒に死のう……」
これを聞いて川上の顔は、羅刹の顔から天使の笑顔に変わった。
「良かったぁ! だぁいすきっ!」
川上は俺に抱き着いた。
「がぁはぁッ!」
それがトドメだった。
翌朝。
「ヒュー! 今日もお熱いねえ」
川上と登校してきた俺を、水島は茶化した。
口笛は全く吹けておらず、ほとんど口で言っていた。
俺は水島に、眼科に行くことを勧める。
確かに川上は、俺の腕に抱きついているかもしれない。
しかし、今の俺の顔面はクレーターだらけだぞ?
俺の顔をこんなにした犯人が、傍に居ると思い至って欲しい。
「そうですかぁっ」
川上は、これに機嫌を良くした。さっきまでより強く俺に抱き着く。
ああ、この巨乳の感触も最早楽しめない。俺はあと四日で死ぬかもしれない。
今、俺の腕を握っている女に俺は命まで握られているのだ。
首元にナイフを突きつけられながら、食事が出来るか?
早く俺は安寧の日々を取り戻したい。
「なあ、川上、ちょっと水島と二人きりにさせてくれないか?」
「駄目ですよ。いつも一緒って言ったじゃないですか」
即答される。
しかし、頭脳明晰な俺は、これに対する返答を事前に用意してある。
「あまり詳しく言えないんだが、サプライズのアレがアレでな。あんまり詳しく言うとアレだからな。だからアレな」
「まさか私のために! そういうことなら失礼します。相手を喜ばせようと努力する。これもまた愛ですね!」
え、マジでこれで行けちゃったの?
川上、メッチャ嬉しそうな顔してる。まあ良いや。
俺と水島は男子トイレに移動した。
「ついに心中の日が決まった。四日後だ。それまでにあいつと縁を切りたい。手伝ってくれ」
「そんなことで俺を呼び出したのか。お前ほどの男が、一人じゃ手に負えないってのか?」
「そうだ。あいつの強さは尋常じゃねえ。お前や、もしかしたら俺より強いかもしれん」
「それなら敵いっこないじゃないか。それに俺は女は殴りたくないんでな。自分の蒔いた種だ、大人しく死んで来いよ」
こいつめ、薄情なこと言いやがって。
「そんなこと言うなよ。俺が死ぬのは人類の損失なんだぞ?」
「お前の自惚れも、まさかそこまでとはな。もう手遅れだ。死んでも死ななくても同じだ」
そういえば、水島には俺が強化人間だと伝えていないので、そう捉えられても仕方がなかった。
だが、このままではマズい。俺は水島を真剣にさせるため、詳しく説明した。
川上が病的に心中という行為を愛していること。
真実の愛に憑りつかれ、嘘を許せずキレたら何をしでかすか分からないこと。
きちんと説明したら水島も分かってくれた。
「なるほど、分かったぜ。だがな、川上のその様子を見るに、一時的に撃退してもずっとお前を狙い続けるんじゃないのか? ともすればお前が死ぬまで」
「物騒なこと言わないでくれよ。だから縁を切りたいって言ってんでしょうが」
「気持ちは分かるが、策を考えるのはいつもお前の役目だろ? 妙案が浮かんだなら手伝ってやるよ」
そう言って水島は去っていった。水島の言う事はもっともだ。
しかし、今回ばかりは俺の頭脳でも、少しは頭を捻らないと妙案は浮かばない。
一時撃退は簡単だが、恒久的に心中を避けるには一体どうすればいいか。
機関に頼るか? それとも中野の発明か?
俺は刹那、残酷だが川上を殺すことを考えてしまった。
いや駄目だ。美少女を殴るのだってやっとなのに、殺すなんて出来るわけがない。
俺はイチャイチャラブラブ好き、女の子は断然笑顔が可愛いんだ。
それから俺は、授業も聞かずに作戦を考え続けた。
しかし、一向に浮かばぬまま昼休みを迎えた。俺は思わずため息をついた。
「どうしたの? ため息なんて珍しいじゃん。悩み事?」
「よしなさい。どうせ碌なことじゃないわ」
西城と帆風が話しかけてくれたが、俺は「なんでもない」と返した。
二人にはこの問題を解決するのは無理だろうし、女の子と話すと川上に浮気認定されて死期が早くなっちまう。
「……本当に何か困り事なら、いつでも相談して。私たちじゃなくても、青木先生とかさ」
帆風はそう言い残し、西城とともに去っていた。
入れ替わるようにして、川上がやって来た。
「ため息つくと幸せが逃げちゃいますよ?」
誰のせいだと思ってる? とは口が裂けても言えなかった。
と言うかそんなこと言ったら、本当に口が裂けてしまうだろう。川上の手によって。
「そうだ、聞いてください。私、心中の方法を決めたんです!」
「ああそう、元気だね」
「方法はシンプルに飛び降りです! 私の家のマンション十五階から、一緒に飛び降りましょう!」
え、メッチャ迷惑だしメッチャ近場で済まそうとするやん。場所にこだわりとか無いの?
心の中でツッコミを入れたが、頭脳明晰な俺はそんな最中でも、重要なワードを聞き逃さなかった。
確か川上は十五階と言ったな。
甘いな。川上は知らないだろうが、強化人間の俺はその程度の高さから落ちても死なんのだよ。
つまりこのまま行けば、最低限俺の命は保証されるわけだ。
俺は助かったと、ホッと胸を撫でおろした。
本当、何時ぶりかに安堵した。
それに一緒に飛び降りて、俺だけ生き残るというのは、川上を直接俺が殺したということにはならないからな。
出来れば、川上にも生きていて欲しいが、そんな余裕はない。
済まない。せめて憧れの心中が出来たと幸せの内に死んでくれ。
こんなクズみたいな考え、これっきりにするから。
お墓参りにも毎週行きます。だから許してください。
私はまだ、死にたくないのです。
どうしても、心底満足できるイチャイチャラブラブエッチがしたいのです。
「あ、嬉しそうな顔。飛び降り、気に入ってくれましたか?」
「ああ、そりゃもう」
川上は俺が喜んだと思って笑顔になった。
ああ、なんて可愛い顔なんだ。そんな顔をしないでくれ、これから俺が君を見殺しにするのだと思うと、罪悪感ではち切れそうになる。
君は、俺の些細な変化にも気付けるようにと、傍に居るようになったね。
そして今、本当に些細な俺の変化に気付いて見せた。
そんな健気な君を、見殺しにするなんて……本当に済まない。
どうか安らかに眠り給え。アーメン。まだ早いけど。
そして、いつものように並べられる十六段の重箱と、炊飯器十台。
こちらの方は過剰だと、何時に成ったら気付いてくれるのかしら?
そして俺は、苦しみながら眠った。




