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 その日のうちに即実践。

 食堂から教室に帰ると『ドアインザフェイス作戦』を実行した。

 その対象は今日も今日とて、お一人で読書に勤しむ川上桃子だ。


 彼女は、休み時間いつも一人で読書をしており、誰かと会話しているところをほとんど見たことがない。

 あまり活発ではないようだが、かといってイケてないという訳でもない。

 別に謎めいてるとかミステリアスとか、そんなでもない。


 しかし、普段大きな声で話さない所を見るに、おそらく押しに弱いタイプ。

 こういう交渉事には弱いはずだ。

 実際、以前立川にたかられていた時も、数時間断れずにいた。

 今回のターゲットにピッタリ。

 彼女が隠れ巨乳であることが、周囲にバレる前に彼女にしたいところである。


 窓際の川上の席に近づく。


「川上さん、ちょっと頼みがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 俺が話しかけると彼女は身構えた。

 おそらく、頼みという言葉に警戒しているのだろう。


「なに、そんな警戒しないで。そんな大した頼みじゃないから」


「いえ、股間を蹴られたがる変態だから警戒してるんですけど……」


 う、こんなところで尾を引くとは。

 後ろから水島の、クスクスという笑い声が聞こえる。

 お前も他人事じゃねえんだぞ。


「まあ聞いてくれよ」 


 俺はまっすぐな視線で川上の瞳を見つめた。

 川上は照れた様子で目をそらした。


「分かりました。話だけは聞くけど、なに?」


 俺は川上の両手を握り、重々しく言った。


「――どうか……俺と心中してくれないか」


 映画だったら、間違いなく名シーンにカウントされるくらいの、シリアスっぷりだった。


「――――はい……っ!」


「そうかそうか、無理だよな。悪いこと言った。じゃあさ、俺とイチャイチャラブラブエッチしてくれないかなあ?」


「はい、それも勿論構いませんが、心中してくれるんですよね?」


 …………ん? 今、なんかおかしくなかったか?


 川上はなんか、やたらと瞳を輝かせているし頬を紅潮させている。


 もうこれ、完全に俺に惚れてるって顔してる。

 そんなにわたくしと、イチャイチャラブラブエッチがしたかったのでしょうか? 

 いや、悲しいがそんなわけはない。


 念のため、俺は後ろの水島に聞いた。


「なあ、彼女なんて言った?」


「心中してくれだと」


「……だよなぁ」


 どうしてこうなるの?


 俺が、神に恨みの念を送っていると、川上は言った。


「それで、日取りはどうしましょうか?」


「ち、ちょっと待ってくれ。なんでこんなに快く、心中の誘いを快諾しちゃうんだよ!?」


「私、いつも一人で本を読んでるでしょう? それでボーイフレンドも出来たことが無い、いえ、作らなかったの。なんでって、子供の時のお付き合いなんて、どうせすぐ別れてしまうし、そんなのは真実の愛じゃない。

 真実の愛は心中にこそある。本が教えてくれました。私憧れなんです、心中するのが。いつか、私と心中してくれる人が現れるのを、ずっと待っていたんです」


 いったい、どんな本を読んだんだ!? 


 白馬の王子ならぬ、心中の王子に憧れるなんて。物語じゃ、ほとんどありえない。

 キスで目覚めた白雪姫に王子は言う。

「どうか、一緒に死んでくれないか?」

 ありえんそんなの! どうして助けた!


 ええい、こんな女、手を引いた方が自分のためだ!


「なあ、さっきの話は無かったことに、してくれないか?」


「別に照れることはないんですよ? 大丈夫です。私は受け入れますから」


「いや、照れてるとかじゃなくて」


「ああ、じゃあ怖くなったんですか? 大丈夫です。二人で一緒に死ねば、怖くはありません!」


「そうそう、死ぬのが嫌になったんだよ!」


「だから、二人なら大丈夫ですって!」


「まだ、やり残したことがあるんだ!」


「だから、二人なら大丈夫ですって!」


「何が!?」


 こいつ聞く耳持たねえな!


「もうっ! 今更駄々をこねないでください。心が決まったから、心中の誘いをしたんでしょう? ……それとも嘘だったんですか?」



 渡りに船。あ、そうそう嘘だったんだよ、と乗っかろうとしたとき――パリィンッとガラスの割れる音。


 音が鳴ったことだけ理解して、目の前の映像処理を脳が拒絶したため、何が起こったのか理解するのに遅れが生じた。

 窓ガラスを割ったのは川上だった。

 血の流れる拳を握っているのは、目の前の川上だった。


「私、嘘とか偽物が大っ嫌いなんです。まさか、嘘だったなんて言いませんよね……?」


「いえいえいえ、嘘じゃありませんとも!」


「あー、良かった」


 川上は拳を解いた。


 恐ろしい女だ……。いきなり躊躇なく窓ガラスを割るなんて……。

 目を見れば分かる。今の川上の眼光の鋭さ。あれは、合法的人殺しのバイトに行ったときに居た、同業の殺し屋の男と同じ眼だ。

 川上なら人を殺しかねん。もう、嘘だ冗談などと言えん。

 無論、素人の女くらい退けるのは容易いが、覚悟と思い切りの良さだけは素人じゃねえ。それに俺は巨乳は殴れん。


「まあなんだ。日取りはまた、おいおい決めようじゃないか。こういうのは焦っても仕方がない。特別な日になるんだから、よく考えて決めなくちゃ」


 我ながら、舌が良く回るもんである。


「……そう、ですよね。後で二人でゆっくり決めましょうね!」


 川上は満面の笑みを浮かべた。か、かわいいっ!

 なんでこんな女の子が死にたがりなんだ!?


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