2
その日のうちに即実践。
食堂から教室に帰ると『ドアインザフェイス作戦』を実行した。
その対象は今日も今日とて、お一人で読書に勤しむ川上桃子だ。
彼女は、休み時間いつも一人で読書をしており、誰かと会話しているところをほとんど見たことがない。
あまり活発ではないようだが、かといってイケてないという訳でもない。
別に謎めいてるとかミステリアスとか、そんなでもない。
しかし、普段大きな声で話さない所を見るに、おそらく押しに弱いタイプ。
こういう交渉事には弱いはずだ。
実際、以前立川にたかられていた時も、数時間断れずにいた。
今回のターゲットにピッタリ。
彼女が隠れ巨乳であることが、周囲にバレる前に彼女にしたいところである。
窓際の川上の席に近づく。
「川上さん、ちょっと頼みがあるのですが、よろしいでしょうか?」
俺が話しかけると彼女は身構えた。
おそらく、頼みという言葉に警戒しているのだろう。
「なに、そんな警戒しないで。そんな大した頼みじゃないから」
「いえ、股間を蹴られたがる変態だから警戒してるんですけど……」
う、こんなところで尾を引くとは。
後ろから水島の、クスクスという笑い声が聞こえる。
お前も他人事じゃねえんだぞ。
「まあ聞いてくれよ」
俺はまっすぐな視線で川上の瞳を見つめた。
川上は照れた様子で目をそらした。
「分かりました。話だけは聞くけど、なに?」
俺は川上の両手を握り、重々しく言った。
「――どうか……俺と心中してくれないか」
映画だったら、間違いなく名シーンにカウントされるくらいの、シリアスっぷりだった。
「――――はい……っ!」
「そうかそうか、無理だよな。悪いこと言った。じゃあさ、俺とイチャイチャラブラブエッチしてくれないかなあ?」
「はい、それも勿論構いませんが、心中してくれるんですよね?」
…………ん? 今、なんかおかしくなかったか?
川上はなんか、やたらと瞳を輝かせているし頬を紅潮させている。
もうこれ、完全に俺に惚れてるって顔してる。
そんなにわたくしと、イチャイチャラブラブエッチがしたかったのでしょうか?
いや、悲しいがそんなわけはない。
念のため、俺は後ろの水島に聞いた。
「なあ、彼女なんて言った?」
「心中してくれだと」
「……だよなぁ」
どうしてこうなるの?
俺が、神に恨みの念を送っていると、川上は言った。
「それで、日取りはどうしましょうか?」
「ち、ちょっと待ってくれ。なんでこんなに快く、心中の誘いを快諾しちゃうんだよ!?」
「私、いつも一人で本を読んでるでしょう? それでボーイフレンドも出来たことが無い、いえ、作らなかったの。なんでって、子供の時のお付き合いなんて、どうせすぐ別れてしまうし、そんなのは真実の愛じゃない。
真実の愛は心中にこそある。本が教えてくれました。私憧れなんです、心中するのが。いつか、私と心中してくれる人が現れるのを、ずっと待っていたんです」
いったい、どんな本を読んだんだ!?
白馬の王子ならぬ、心中の王子に憧れるなんて。物語じゃ、ほとんどありえない。
キスで目覚めた白雪姫に王子は言う。
「どうか、一緒に死んでくれないか?」
ありえんそんなの! どうして助けた!
ええい、こんな女、手を引いた方が自分のためだ!
「なあ、さっきの話は無かったことに、してくれないか?」
「別に照れることはないんですよ? 大丈夫です。私は受け入れますから」
「いや、照れてるとかじゃなくて」
「ああ、じゃあ怖くなったんですか? 大丈夫です。二人で一緒に死ねば、怖くはありません!」
「そうそう、死ぬのが嫌になったんだよ!」
「だから、二人なら大丈夫ですって!」
「まだ、やり残したことがあるんだ!」
「だから、二人なら大丈夫ですって!」
「何が!?」
こいつ聞く耳持たねえな!
「もうっ! 今更駄々をこねないでください。心が決まったから、心中の誘いをしたんでしょう? ……それとも嘘だったんですか?」
渡りに船。あ、そうそう嘘だったんだよ、と乗っかろうとしたとき――パリィンッとガラスの割れる音。
音が鳴ったことだけ理解して、目の前の映像処理を脳が拒絶したため、何が起こったのか理解するのに遅れが生じた。
窓ガラスを割ったのは川上だった。
血の流れる拳を握っているのは、目の前の川上だった。
「私、嘘とか偽物が大っ嫌いなんです。まさか、嘘だったなんて言いませんよね……?」
「いえいえいえ、嘘じゃありませんとも!」
「あー、良かった」
川上は拳を解いた。
恐ろしい女だ……。いきなり躊躇なく窓ガラスを割るなんて……。
目を見れば分かる。今の川上の眼光の鋭さ。あれは、合法的人殺しのバイトに行ったときに居た、同業の殺し屋の男と同じ眼だ。
川上なら人を殺しかねん。もう、嘘だ冗談などと言えん。
無論、素人の女くらい退けるのは容易いが、覚悟と思い切りの良さだけは素人じゃねえ。それに俺は巨乳は殴れん。
「まあなんだ。日取りはまた、おいおい決めようじゃないか。こういうのは焦っても仕方がない。特別な日になるんだから、よく考えて決めなくちゃ」
我ながら、舌が良く回るもんである。
「……そう、ですよね。後で二人でゆっくり決めましょうね!」
川上は満面の笑みを浮かべた。か、かわいいっ!
なんでこんな女の子が死にたがりなんだ!?




