5(終)
翌日、俺は体を引きずりながら登校した。
なにせ全神経集中を二回もやったのだ。動悸、息切れ、めまいが襲い来る。
これらはいつも遅れてやってくる。まるで筋肉痛のように。
俺は立っているのがやっとの状態だった。
しかし、這ってでも学校にやって来た。
今日も頼子先生に股間を診てもらわないと……っ。
階段を上るのにも大変な苦労を要した。
右足を一つ上の段に、次に左足を右足と同じ段に。
手すりに捕まりながら、一歩ずつ上っていく。
――――意識が遠のく……いや、駄目だ。諦めてはいけない。
今日も愛しの頼子先生に、股間を触診してもらわなければいけないんだ……っ。
そのためだったら、俺の体なんて……っ。
そして俺は、やっとの思いで教室にたどり着いた。
「――オッぼろろげぇおろろぉッッ!」
ここに来るまでに、かなりの体力を消耗した俺は、教室に入るなりゲロを吐いた。
心配げな表情をした、学級委員帆風が俺に駆け寄る。
「大丈夫? 保健室に連れて行こうか?」
「だ、駄目だ……」
俺は、帆風の差し伸べる手を振り払った。
「――まだ、保健室に行くわけにはいかない……っ」
「どうして!? ――ああ、授業なら気にしなくていいわ! 私があなたのノートも取っておくから」
「俺はまだ、股間を蹴られていない……」
「何を言っているの!?」
「帆風、俺の股間を蹴ってくれ……」
「い、嫌よッ! 服を掴まないで!」
「た、頼む……っ、もう目が、か、霞んできちまった……早く……っ」
股間を蹴られないと触診してもらえない。
誰か! 誰でもいい! 俺の股間を蹴ってくれ!
しかし、意識がもうろうとする今、もう声を上げることも出来ない。
万事休す、ついに年貢の納め時が来やがった。
所詮人殺しには、碌な最後は待ってないんだな。
「待ちな! ここに俺が居るぜ」
「そ、その声は……」
声の主は水島だった。
いつものように、格好をつけて登場する。
今回は腕組みではなく、仁王立ちだったが。
「ホント、俺という強い相棒がいなけりゃ、何も出来ないんだからな」
「ご、御託はいい、早く股間を蹴ってくれ……」
水島は頷き、蹴りの予備動作に入った。
「待って、相手は病人よ!?」
「委員長、男にはな、どうしても譲れない事ってのがあるんだ。それに、相手のしたいようにさせてやるのが、男の友情ってもんだ」
「あなた達、やっぱりおかしいわ。相手のしたいようにさせてあげるだけが、愛じゃないはずよ!」
「何故そこで愛ッ!? とにかく、蹴るぞ永井!」
「ウっ……」
永井の蹴りが俺の股間に入った。
「じゃあ保健室に連れて行ってやるか。おい、立てよ永井」
「――ちょっと待って……気を失ってるわ!」
気が付くと、そこは保健室のベッドだった。
体調は、すっかり回復していた。
体を起こすと、視界に椅子に座る頼子先生が映った。
頼子先生は俺に気付いた。
「あら、起きたのね。あなたが運び込まれたときは、びっくりしたわぁ。だって、気を失っていたんですもの」
――なんだと……っ!
俺は今の今まで寝ていた。
つまり、肝心の触診時に起きていなかったというのか!
あんな体調でも病を押して学校に来て、激痛を我慢して股間を蹴られたというのに、その俺は肝心な時に寝ていただとぉ!?
俺は一体、何のために学校に来たんだ!
俺は激しい後悔に襲われた。
だが、それでも最低限の仕事をこなさなくては。気持ちを切り替える。
俺は頼子先生に気付かれないように、棚にある隠しカメラのレンズの前に、スマホを固定した。
スマホは、昨日編集した動画をループ再生するように設定してある。
そしてこの不自然な物を、その場に置いていては頼子先生に気付かれるので、俺はこれを回収した。
この間、わずか一秒。さすがは俺の手際である。
俺は帰り際、ダメもとで頼子先生にお願いした。
今日の損失を、出来るだけ取り返したいと思ったからだ。
「僕と、デートしてくれませんか!」
「あらあら~、いけないわ。お姉さん嬉しいけど、めっ、よ」
そう言って、頼子先生は椅子から立ち、俺の唇を人差し指で押さえた。
しかし、それは一瞬のことで、頼子先生はすぐに俺から手を放し、自分の後ろに回した。
頼子先生はあたふたした。
「あらあら、ごめんなさいっ。一度こういうの、やってみたかったのよねぇ」
頼子先生は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。
そして俺も、放心状態で保健室を後にした。
なぜ何もしなかったんだ!
と、俺が再び後悔するのは教室に着いてからだった。
少々わき道に逸れたがそれも終わり、やっと本筋を憂いなく進められるようになった。
それから俺は、学校に行った日には毎日、教室で水島に股間を蹴り上げてもらった。
そのせいか、クラスメイトの俺を見る目が、どんどん冷たいものになっていったが俺は耐えた。あと蹴られたときの痛みにも。
辛かったが、保健室で頼子先生が待っている。股間を診てもらえる。
そう思うと、辛い日々にも耐えることが出来た。
しかし、一か月経った頃だった。
「あらあら、触っても反応が無いわねぇ」
「え? どういうことですか!?」
「いつも、触ったら動いたり大きくなったりするのに、今日はうんともすんとも言わないの。おかしいわねぇ」
頼子先生は首を傾げた。
「ひょっとしたら、毎日蹴られたせいで、駄目になってしまったのかも?」
「だ、駄目になったって!?」
俺は身を乗り出した。
「あらあら、近いわよぉ」
「す、すみません」
駄目とはいったい!? まさか、いや、そんな、いや、まさか、そんな。
「残念だけど、もう使い物にならないわねぇ。……で、でも気を落とさないで! 人間、大事なのは中身よ! ほ、ほら、もともと小さかったんだし!」
頼子先生は「ファイト!」と俺を励ましてくれたが、いくら頼子先生でもそれでは全然足りなかった。
もう駄目だお終いだ。ていうか、小さいって思ってたんだ……。
「それに、私は大きい方が好きだけど、一般的にはあまり大きくても、好まれないって言うし!」
あ……、どこかで聞いたようなセリフ。
ていうか、大きい方が好きなんだ……。やっぱり俺なんて……。
今回の作戦の失敗と失恋は、多大なる犠牲を払った。
それはもう、大きすぎる犠牲だった。
こんな思いをするくらいなら、恋なんてしなければ良かった……っ!
俺は何のために生まれてきたのだろうか。
得たものと言えば、撮り直した頼子先生の触診動画だけだった。
…………親父だったら、直せるのかな、俺の股間…………。
四話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
キーワードに学園を入れるからにはということで、今回は舞台について触れてみました。
それと、作品タイトルを変更しました。さらなる変更はしない予定です。




