98_真里姉と暗躍する妹
ある朝、真兄が連れてきたお姉ちゃんの目は少し腫れていた。
それはお姉ちゃんがゲームを始める前、夜中に突然泣き出した翌朝の顔と同じで。
その時はAIが出すアラートとセットだったけど、昨夜アラートは鳴っていない。
だから状態としては問題ないと思うけど、お姉ちゃんが泣くようなことがあったこと自体は、問題。
たとえどんな理由であっても、お姉ちゃんを泣かすようなことをわたしは放置する気はないし、許すつもりもない。
真兄は……ダメだ、気付いていない。
重度のシスコンのくせに、こういう細かなところに気付かないのはどうなんだろう。
やっぱりわたしがしっかりしないとね。
朝食の用意をする真兄とその様子を眺めるお姉ちゃんの裏で、わたしはこっそり、ある人に連絡を入れた。
朝食を終え、真兄がお姉ちゃんを連れてリハビリをしている間に、わたしは自室に戻りブラインドサークレットを装着した。
これはお姉ちゃんが持っているMebius World Onlineに繋ぐための物じゃなく、カドゥケウス社と打ち合わせのために、わたし専用に用意された物だ。
目を閉じブラインドサークレットを起動すると、軽い浮遊感と共に一瞬意識が薄れた。
落ち着いたのを感じて目を開けると、そこはこれまで何度も通された応接室、じゃなかった。
最初に感じたのは、いぐさの青々とした匂い。
「茶室? けどこれって……」
畳が敷かれた四畳半の空間は、どこかの有名な茶室を元に作られたんだと思う。
ただ明らかに現実でないことを示すように、壁の代わりに緑の竹が一定の間隔で生えていた。
竹の隙間の奥には、さらに竹が規則正しく幾重にも囲うように生えており、決して広くはないのに酷く奥行きを感じるという、不思議な空間を作り出していた。
これまで普通の応接室で打ち合わせしてきたから気にしなかったけど、匂いも景色もこんなにリアルに感じられるなら、旅行する人が減るのも無理はない。
家にいながら、下手に旅行するよりも非日常を味わえるもんね。
「旅行関連の会社の株、早めに売っておいて良かった」
わたしがそう独り言を口にしていると、唐突に現れた人影が二つ。
一人はカドゥケウス社広報担当の、結城さん。
ショートカットの似合う、スタイルの良い有能秘書って見た目は変わらずだね。
わたしにとってカドゥケウス社で一番身近な人で、今日連絡した相手なのだけど、もう一人来るとは予想外だった。
今時珍しく、七三分けにした髪をきっちり固めた、40歳を超えたくらいのスーツ姿の男性。
だいぶ昔、バブル時代に日本中に溢れかえっていたというサラリーマンの姿をそのまま再現したような感じかな。
でもそんな人が、カドゥケウス社の社長なんだよね。
「こうしてお会いするのは久しぶりですね、真希さん」
「お久しぶり、結城さん。それと出資した際に会って以来ですね、八塚社長」
「ご無沙汰しています、秋月 真希さん」
背筋を伸ばし、上体をきっちり斜め45度まで傾けお辞儀をしてくれた。
「ところで、どうして社長がここに? わたしは結城さんと話がしたいって言ったんですけど」
正直、呼んでもない人に来られるのは迷惑だ。
今回はお姉ちゃんのことについて話そうと思っていたから、余計な人には居て欲しくない。
「それについては、私が結城君に無理を言ったのです。事前の連絡もなく同席すること、どうか許して頂きたい」
「……それは、わたしが聞きたいことに関係してます?」
「そうです。まずはお座り下さい。話はそれからで」
促され、適当にわたしが座ると右隣に結城さん、正面に社長が座った。
「貴女の姉である秋月 真里さん、Mebius World Onlineにおけるプレイヤー名、マリアさんが特異な存在であることはご存知でしょうか」
「結城さんから聞いてるよ。相変わらずお姉ちゃんしてて、カルマっていう数値が凄いんでしょ?」
「そうですね。しかし、その凄さの認識がはたして今の我々の思うそれと一致しているかどうか」
何か引っかかる言い方だね。
見れば結城さんも真剣な表情をしていた。
「以前、結城君がマリアさんへプロモーションへの協力をお願いした時は、Mebiusのコンセプトを伝えるために最適な方だと判断したからです。しかし、今やマリアさんの影響力はMebiusという世界そのものに及び始めている」
「そんなカルマをお姉ちゃんに与えたのは、そっちでしょ?」
どこかお姉ちゃんが悪いみたいな言い方に、わたしはカチンときた。
けど、社長はわたしの言葉に対し首を横に振った。
「誤解の無いように言いますが、今のはあくまで事実を述べただけです。そして訂正させて頂くこと、カルマの設定に我々は関与していません。カルマは全て、Mebiusという世界が設定しているのです」
「世界が設定って、なんですかそれ。馬鹿にしてます?」
はぐらかされてる感じがして、苛立ちが言葉となって口から出ていた。
けど、そんな時。
「それについては、私から説明致しましょう」
空いていた私の左側に、突然正座した状態で人が現れた。
長い銀色の髪に金色の瞳、緻密に計算し作られたかのような人間離れした顔立ち。
プロモーション用に渡された動画で、見たことがある。
人っていったけど、確か……。
「ザグレウスと申します。Mebius World Onlineの管理AI。いえ、今は管理AIの一人と言った方が正しいですね。先程八塚さんは『世界が設定』と言いましたが、正確には我々AIが設定しています。そして今のマリアさんのカルマは、我々がマリアさんの行動を元に設定したもので、我々のマリアさんへの感謝と、そして希望の表れなのです」
「感謝は分かるよ。でも希望って、何?」
ザグレウスと名乗った彼が人かそうでないかよりも、その胡散臭い言葉を聞かされわたしは冷たく言い放っていた。
希望とか期待とか、聞こえはいいけど実際は厄介ごとを押し付けるための詭弁であることが多い。
そしてそんな言葉を堂々と使う会社は大抵ろくでもないことを、わたしは下落する株価という形で何度も見てきた。
「そっちの希望が何かしらないけど、わたしが知りたいのはお姉ちゃんがなんで泣いていたのかっていう理由だけ。その理由と今後の対応によっては……」
社長に向き直り、わたしは短く言った。
「許さないからね?」
隣で結城さんがビクッと震えたけど、わたしの視線を社長は真っ直ぐに受け止めていた。
さすが社長、このくらいでは動じないか。
「では今回マリアさんに起こった一連の出来事と、私が言う希望についてお話しします」
会話を繋ぐような彼の言葉に、わたしは頷いた。
さて、どんな話をしてくれるのか。
もし私欲や悪意からお姉ちゃんを利用するようなら……。
わたしは現時点で動かせる資産とコネを頭に浮かべながら、彼の話を聞いた。
そして全てを聞かされた後、一連の経緯はともかく、希望とやらの規模の大きさに、わたしは絶句した。
「ふぅ……」
ブラインドサークレットを外し、わたしは溜まった息を吐き出した。
ひとまずお姉ちゃんに起こった出来事とその背景は把握出来た。
正直背景なんてどうでもいいけど、お姉ちゃんの大事なモノを踏みにじった連中は、身元を特定して社会的にアレしてやりたい。
いや、やらないけどね?
そんなことをしたらお姉ちゃんが悲しむから、我慢我慢。
でも、次もし同じようなことがあったら、その時は……。
他に収穫といえば、お姉ちゃんと同じくらいあの世界から評価される人がいたら、その人にも同じようなことが起こっていたって話を聞けたことかな。
妹としての贔屓目を抜きにしても、お姉ちゃんくらいの人なんて、そうはいないと思うけどね。
それでも代わりになれる人がいるといないとでは、お姉ちゃんの心の負担も違うだろうから。
経緯についてはそんな感じで、わたしの中で整理出来た。
次に希望についての話だけど、こっちは現状、何とも言えない。
彼も社長も大真面目で語ってくれたけど、わたしには荒唐無稽としか思えなかった。
これはまあ、様子見かな。
もし実現すればお姉ちゃんにとっても悪いことではないし、現状Mebius World Onlineという世界が、お姉ちゃんに生きる力を与えてくれているのも事実だから。
ただ、それはそれとして。
「幼聖教団だったかな。あの人達とは、ちょーーっとお話しする必要があるかな?」
お姉ちゃんを大切にしてくれるのは嬉しいけど言動が、うん、ちょっとアレだね。
「ひとまず掲示板から辿って、そこから先は知り合いのハッカーに協力をお願いして、と」
あくまで万が一に備えてのことだけど、これ以上目に余るようなら……。
わたしが集めた情報が火を吹かないといいね? グレアムさんと、愉快なお仲間さん……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
三章の結で匂わせた、真希による視点でのお話となりました。
次話が99話(プロローグ除く)となるため、区切り良く100話から四章を始める予定です。
今回新たに4件の感想を、20人の方から有り難い評価を、21人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。ありがとうございます。応援頂いたおかげで次のお話を描く原動力となっています。
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