93_真里姉と名を馳せた彼女の日常
翌朝、目が覚めると私の気持ちはだいぶ落ち着いていた。
だから普段通りに過ごせていたと思ったのだけれど、真希はじっと探るような目で私を見ていた。
何かあったと勘付いたかな?
昔から察しの良い子だったけれど、私の意識が戻らない間により鋭くなった気がする。
真希の目を躱しつつ、迎えたその日の夜。
みんなと約束した時間にMebiusへログインした私は、ホームの二階にある自室で目覚めた。
今日の集合場所はホームの一階なので、既に何人か来ているかなと思い階段を降りると、なぜか人の声はおろか物音ひとつしなかった。
「誰もいない……時間、間違えたかな?」
なんだか不安になって、私はギルスを喚ぶと手を繋いでもらい、一緒に一階を見て回った。
けれどやっぱり誰もおらず、離れも見たけれど人の気配はない。
そこでホームから外に出ると、おかしな光景が目に入った。
ホームの隣は空き地だったはずなのに、今は全体が大きな布でぐるりと囲われていた。
それは建築中の家やマンションに見られる、粉塵や騒音対策のシートのようにも見えて。
でも、急に何が建つんだろう?
私が首を捻っていると、ギルスが急に私の体を抱えて後方へ飛んだ。
「ひわっ」
思わず情けない声が漏れたけれど、ギルスの目は油断なく正面を、空き地の方へと向けられている。
すると一瞬後、その布がバサリと地面に落下した。
落下した布の中から現れたのは、ルレットさん達に、グレアムさんを含む愉快ではない仲間達、レイティアさんにライル……。
みんな私の知っている人達で、中でも驚いたのが、エデンの街にいるはずのエステルさんと子供達がそこにいたことだ。
えっ、どういうこと?
訳が分からず混乱している私の元に、王様がエステルさんを連れて一緒に近付いてきた。
「数日振りだの、マリアよ」
「お久しぶりです、マリアさん! ああ、やっとお会い出来ました!!」
「王様、エステルさん……あの、これは一体?」
「お主の仲間から慰労会を開くと聞いたのでな。せっかくならお主を驚かせつつ、派手にやろうと思ったのだ。どうだ、驚いたであろう?」
得意気に言う王様の表情は年相応に見えて微笑ましいのだけれど、驚きを通り越して、私は置いてきぼりです。
というか王様、ちょっと自由過ぎませんか?
側近の人達は何をしているのだろうと思ったら、王様と同じ真紅の衣装を着た人達が、グレアムさん達と何やら語り合っていた。
王様を止められないから、一緒に来てしまったんですね……。
ところで、グレアムさん達と何を話しているのかな?
私はとっても不安ですよ??
予想外の王様の登場に私の頭は混乱しっぱなしだけれど、一番の謎といえば。
「どうしてエステルさん達がここに?」
良く見れば、エステルさんが着ている服は以前と違い上等なローブに、子供達も繕いのない服に変わっていた。
肌の色つやもいいし、以前より暮らしが良くなっているのは間違いない。
「それは全て国王陛下のおかげなのです、マリアさん」
「王様の?」
無理なことをしてお金を捻出したのかと思い、じとーっとした目を向けると、王様は悪どい感じの笑みを浮かべた。
「厄災を退けた際、このエステルも活躍したと聞く。そしてエステルは、アルビオンが信じる神に仕える者でもある。そこでアルビオンの女教皇、アリサ・フェルミ・アルビオンに使者を送ったのだ」
王様の話してくれた内容を要約すると、こんな感じ。
『お前のところの信者が活躍した功績を讃え、都街に新しく教会を建てたい。場所はカルディアの聖母が住まう場所の隣。実現すればカルディアにおける信者はより増えるだろう。しかし何分金が足りない。信者が増えればお前も潤うのだから、お前も金を出せ』
何事にもお金は必要だし、これでエステルさんや子供達の暮らしが維持されるなら文句はないのだけれど、なんとも身も蓋もない話だね。
ところで王様?
カルディアの聖母って誰のことですか??
私が王様を問い詰めるより先に、エステルさんが私に抱きつこうとして、伸ばした手をギルスに払われていた。
「誰だお前は。マリアに気安く触れるな」
厳しく言い放つギルスに、エステルさんが今まで見たことのない冷たい目をした。
「貴方こそ誰ですか? 私とマリアさんの……いえ、マリア姉様との仲を裂こうだなんて」
私を挟み二人の間で激しく火花が散っているように見えたのは、私の目が疲れていたからに違いない。
ところでエステルさん、私はいつからエステルさんの姉になったのかな?
しかも様付けした上に仲を裂くって、それは恋人とかそういう関係に使われる言葉なんじゃ……。
「ふははっ! マリアよ、お主の周りはいつも賑やかだの」
その原因の一端は王様が作ったんですからね!?
ギルスはエステルさんと睨み合いを続けており、私の心の絶叫は誰にも届くことはなかった。
その後、広場に予め用意されていた食べ物や飲み物で、ささやかとは言えない慰労会が始まった。
至る所で乾杯が繰り広げられ、二十歳をこえている人達は気持ちよさそうにお酒を飲んでいる。
私もお酒を飲もうとしたら、その場にいた全員から止められ、説教されてしまった。
「何を考えているのですか!」
「御身をもっと大事にして下さい!!」
「これは教祖様にまだまだ早すぎる、いえ、永遠に不要な飲み物です!!!」
代わりに手渡されたのは牛乳が入ったコップ。
これはあれかな?
もっと成長しろってことかな?
というか、永遠に不要ってどういう意味で言われたのだろう……。
釈然としない気持ちのまま牛乳を飲んで辺りを見渡すと、みんなは食べて飲んで、楽しそうに騒いでいた。
その輪の中にいると、もやもやした気持ちも自然と晴れていき、思わず笑顔になる。
とその時、みんなから距離を置き一人で座っているバルトさんの姿が見えた。
その頭上には、未だ赤く名前が表示されている。
居ても立っても居られずバルトさんの側に行こうとすると、私より早くバルトさんに近付く人影があった。
「お主がバルトか。今回の一件、余としても助けられた。礼を言う」
「いや、俺は……」
顔を俯けたまま、バルトさんは言い淀んだ。
「お主が過去に何をしたかは知っておる。許されぬ行為であり、未だ許さぬ者もいるだろう」
「…………」
「だが、それが今のお主の価値の全てではない。よいか? 『忘れるな、だが囚われるな』。今のお主を評価する者もおるのだ。王である余が、まずは自ら示そうではないか」
王様が片手をバルトさんの頭に乗せると、バルトさんの頭上にあった赤い名前が色を失っていき、やがてバルトという名前は完全に見えなくなった。
「これからもカルディアを頼む。冒険者バルトよ」
そう言って去っていく王様に、バルトさんは顔を上げることはなかったけれど、幾つもの雫が地面に溢れていた。
バルトさんの行いが報われて、本当に良かった。
思わずもらい泣きしそうになっていると。
「良がっだな、バルト君っ!」
号泣したグレアムさんがバルトさんの隣に現れ、その肩に腕を回した。
「君の献身、さぞや教祖様もお喜びだろう。心配は要らない、君はもう一人ではないぞ! 我々教団がついている!! さあ、あっちで団員と一緒に教祖様について語り明かし、飲み明かそうではないか!!!」
「えっ? いや、ちょっ!?」
一瞬、バルトさんが助けを求めるように私を見た。
すっと視線を逸らせる私。
視界の端で、バルトさんが驚愕の表情を浮かべていた。
そしてノリノリのグレアムさんに、バルトさんはドナドナされてしまった。
ごめんなさい、バルトさん。
私にも苦手なものくらいあるんです。
分かって欲しいという願いと共に、私は心の中でバルトさんのために祈った。
どうか、これ以上幼聖教団の団員が増えませんように、と。
…………手遅れかなあ。
その後は慰労会に参加した全員で改めて自己紹介となったのだけれど、そこで問題が起こった。
ギルスを紹介した際、グレアムさん達が噛み付いたのだ。
「本当に教祖様を守る力があるのか、怪しいものだ」
「教祖様に仕える者として、年季の違いを教えてやろう」
「呼び捨てとは羨ま……けしからん」
「イケメンに死を」
ツッコミたいところは色々あるけれど、最後の人はただの私怨ですよね?
それらの言葉に、ギルスは冷静に答えた。
冷静に、私の望まない形で答えてしまった。
「お前達雑魚より、オレの方がマリアを守るのに相応しい」
ブチっと何かが切れる音があちこちから聞こえ、和気藹々としていた空気は一変。
殺伐とした空気が漂い始め、そして何の合図もなくギルスと幼聖教団の戦いが始まってしまった。
最初は1対1だったのだけれど、ギルスが並の相手ではないと分かると1対多になり、さすがに押され始めたギルスからお願いされ、仕方なく私は【モイラの加護糸】を【供儡】と【纏操】に変えた。
けれどそれが良くなかった。
戦いは激しさを増し、おまけに途中から眼鏡を外したルレットさんも参戦したものだから、状況はより混沌として。
ルレットさん、ネロと空牙を失ったことで鬱憤も溜まっていたんだろうけれど……。
「これ、どう収拾つけたらいいのかな?」
頭を抱える私をよそに、王様含め、戦うことに興味のない人達は良い余興だと言わんばかりに盛り上がっていた。
「牙羅阿々っ!」
「くっ、流石はオレを生んだ一人。こうなればっ」
ちょっとギルス、なんで【業禍】を使おうとしているの?
それはルレットさん相手に使っていいものじゃないから!
というかメフィストフェレスに出来るだけ使うなって言われたよね!?
なんとか【業禍】の発動は止めたけれど、その後も戦いは続き、いつしか私達の周囲には大勢の都民の人達が集まりだしていた。
「あの、遊びのようなものですから気にしないで下さい!」
私の必死の呼びかけも虚しく、誰もここから離れようとしない。
レイティアさんとライルも手伝ってくれたけれど焼石に水で、どんどん人が集まってくる。
エステルさんは、派手な戦いに興奮している子供達の相手でてんてこ舞い。
そしてカンナさんは……って、なんで『誰が最後まで立っているか』で賭け事始めているんですか?
マレウスさんは手当たり次第にナンパしない!
どうせ玉砕するんですから!!
ああ、もうっ!!!
…………
……
…
その後、全てを諦めた私は黒い卵を抱いて空き地の隅っこで体育座りをしていた。
戦いは、まだ続いている。
そして商魂逞しい都民の何人かは、屋台まで出し始めていた。
みんな楽しそうだよね……私を除いて。
抱えた卵が私を慰めるようにほんのり温かくなった気がして、私はまたしても泣いた……。
これにて、三章完結です。
いつもでしたら感想、評価、ブクマ、誤字報告と私が把握している数を記載し感謝を述べさせて頂くところですが、今回はご容赦ください。
何故ならここまでお読み頂き、応援頂いた全ての方に感謝を伝えたいからです。
三章完結まで走り続けられたこと、偏に皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
三章完結後は幕間をいくつか描く予定ですが、タイトル通りのんびりと週一くらいのペースでしばらく書こうと思います。そして力が溜まった後、四章を書こうと思っています。
お時間頂いてしまうのは心苦しいですが、今後とものんびりとお付き合い頂けたら嬉しいです。
風雲 空