92_真里姉と彼女の望み
洞窟を出てから王都へ戻ると、レギオスとの戦いでみんな疲れていたため、その日はログアウトし後日改めてささやかな慰労会を開くこととなった。
「ふぅ……」
時刻は深夜、ベッドの上でブラインドサークレットを外し、目を閉じたまま私は一つ息を吐いた。
いつもなら気にならない吐息の音が、やけに大きく聞こえる。
それは視覚を遮断し聴覚が鋭くなっているから、というわけではなくて。
きっとまだ、感情が落ち着いていないからなんだと思う。
理由は、考えなくても分かる。
それはネロと空牙を、二人の家族を失ったこと。
二人の存在が、それだけ私の中で大きくなっていたという証。
目を開けようとすると、目尻の辺りが引き攣り、目蓋がなかなか開かない。
力を込めて目蓋を開くと、パラパラと粉のような物が落ちた。
何だろうと思い指先で触れると、目尻からこめかみにかけて、微かにざらつく感触。
Mebiusの中で泣いた時、現実の私も泣いていたんだ……。
つい2ヶ月前までは、夜中に訳もなく泣いて目が覚め、弟妹を心配させることも多かった。
けれど、今の私には出来ることがある。
ネロと空牙の魔石を受け継いだ新しい家族のギルスに、託された未来の家族。
二人には私が必要で、私にとっても二人は必要で。
そして弟妹は、私が心配や迷惑をかけても、私が私らしく生きることを望んでくれている。
だから思うように動かない体や、自分の無力さを嘆くのはもう終わりにしようと思う。
弟妹は勿論、新しい家族にも笑われてしまうからね。
それがきっと、私が返せる唯一のことだから。
明かりを落とし、大きな窓から夜空を見上げると、一際輝く三つの星が見えた。
「デネブ、ベガ、アルタイル……」
いわゆる夏の大三角。
もうすぐ七月に入り、早い年だと梅雨も明ける頃。
これまで季節を感じる余裕なんてなかったけれど、先日真人と一緒に散歩した時といい、私の中で何かが変わり始めている。
これからやってくる夏を思い、脳裏に浮かんだのは焼けるようなアスファルトの匂い、眩しい日差しに、良く冷えたラムネの味、そして……。
「いつか、海に行ってみたいな」
気が付けば、私はそんなことを口にしていた。
自分のしたいことを望むなんて、いつ以来だろう。
昔のこと過ぎて、よく思い出せない。
心地良いまどろみがやってきたのは、その直ぐ後のことで。
眠りにつく前、私は夢現に見た気がする。
ネロと空牙が、私を見て嬉しそうに目を細めている姿を……。