91_真里姉と女帝の思惑(後編)
こちらを振り返らない女帝に近付き、その背中に王様が問いかけた。
「弟を泳がせ国内の膿を出す、か。お主らしい合理的で苛烈なやり方だが、それならお主一人でも出来たはず。なぜマリアに固執した?」
「我に神託が降った。近く、新たに無数の冒険者がこの大地に現れる。そしてカルディアの英雄を放置すれば、カルディアに冒険者が集中し、国力に大きな差が生じると」
新たな冒険者って、第二陣のことかな。
それにしても英雄って、私にそんな影響力は無い……無いよね?
と、思っていると。
「なるほど、お主の危惧は分からんでもない」
「王様!?」
あっさり王様に裏切られた。
あの、そこは納得するところではなく否定するところですよ?
「だがそれはそれ。今回の一件、どう落とし前をつけるつもりだ? ヴィルヘルミナ・フォン・レギオス」
王様のその言葉に、ようやく女帝がこちらを向いた。
「我に出来る賠償を払おう、アレイス・ロア・カルディア、冒険者マリア。そしてこの者達は、我の手で……」
女帝の手が、女帝とどこか顔立ちの似ている男性が閉じ込められている氷柱へと伸ばされる。
私達に体を向けたまま、氷柱にその手が触れる直前に切れ長の眼がほんの一瞬だけ、伏せられたように見えた。
その冷たい瞳が見えなくなることで、初めて現れた感情らしきもの。
それは迷い、だったと思う。
「あのっ!」
気が付けば、私は女帝に声をかけていた。
ピタリと手を止め、再び開かれる目蓋の奥、女帝の冷たい視線が向けられる。
気圧されそうになるけれど、私は歯を食いしばって堪え、想いを口にした。
「私への賠償は弟さんを含め、兵士の方を誰一人死なせないことにしてください」
そう言うと、まるで明るい場所に出た猫のように、女帝の瞳孔が縮まった。
これは驚いているのかな?
ちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒にしておこう。
「……アレイス・ロア・カルディア、この冒険者は何を言っている?」
どうして『この子頭は大丈夫?』みたいな感じに言ってくるのかな。
私は至って真面目に話しているのに。
「さて、余にも分からぬ。間接的とはいえ、お主が家族を失うことになった元凶に変わりあるまい。なぜ助ける?」
「私はこれ以上、家族が失われるのを見たくないんです。たとえそれが、私以外の家族だとしても」
それは偽りのない、私の本音。
今だって、あの二人のことを想うと涙が溢れてしまいそうなのだから。
「弟さんや兵の皆さんが助かったら、ヴィルヘルミナさんが責任を持って躾けて下さいね。それから、今後王様に迷惑をかけないようにお願いします。ただでさえ、忙し過ぎるくらいなんですから」
「…………分かった」
女帝が持っていた剣を地面に突き立てると、氷の柱が次々と砕け散った。
魔法だからなのか、氷の部分だけがダイヤモンドダストのように宙に舞う。
中にいた人達は……女帝の弟さんを見る限り大丈夫そうだね。
けれど長く氷の中に閉じ込められていたせいか、顔は真っ青でこのまま放っておくと危なそうだった。
「あの、お二人は回復魔法のようなものは?」
「残念ながら、余はその方面に長けておらんのだ」
「我には不要」
得意でないのは仕方ないと思うけれど、不要というのは何か違くありませんか?
効くかは分からないけれど、とりあえず手持ちのHPポーションを使おうと思った、その時。
”涙の湖”の入り口の方から、複数の足音が聞こえてきた。
また帝国の人達かと身構えた私達だけれど。
「「「マリア(さん)(ちゃん)!!!」」」
「「「「教祖様っ!!!!」」」」
飛び込んで来た人達の姿とその声に、私の緊張は一瞬にして解けてしまった。
解けたというか、グレアムさんを筆頭に教祖様呼びされて力が抜けたというか……。
さりげなく、ギルスが私を庇うように半歩前に出ていた。
あの人達なら大丈夫だから……とギルスに言おうとして、途中でやめてしまった私を誰が責められるだろう。
近寄ってきたマレウスさんとカンナさんに質問責めにされている間、ルレットさんだけは後ろに控え、じっと私とギルスの様子を見ていた。
眼鏡で見えないけれど、その眼は険しくなっているんだろうなと、なんとなく分かった。
きっと私の側にネロと空牙がいないことを、そしてギルスの眼が変わっていることに気付いたんだ。
それが意味するところも、ね。
私は口の前で人差し指を一本だけ立て、黙っていて欲しいと伝えた。
音がしそうなほど力強く拳を握り締めたルレットさんだったけれど、渋々といった感じで納得してくれたようだった。
さすがこの世界で一番最初にお友達になってくれたルレットさん、私が思っていることを理解してくれたみたい。
ここでネロと空牙のことを話したら、間違いなく暴走する人達が現れる。
女帝もいる今、それは避けたい。
もう争いごとは沢山だから。
なので、私は気になったことを尋ねてみることにした。
「みんなどうしてここに? この洞窟は迷い易くて、最奥まで辿り着くのは困難だったはずなんですけれど」
実際、王様の後をついてきたにも拘わらず、私は一人で地上に戻れる自信がないからね。
「教祖様、それは彼のおかげなのです」
グレアムさんに背中を押されるようにして前に出てきたのは、”メメントモリ”の戦いでも見た、バルトさんだった。
「彼が攻略組、いや元攻略組として、帝国側の冒険者達の情報を集めてくれたおかげで、我々はここまで来ることが出来たのです!」
「いや、俺は……」
恥じるような、どこか悔いるような感じで顔を伏せてしまったけれど、私は堂々と胸を張って欲しいと思う。
バルトさんが情報を集め、そしてみんなを連れて来てくれたおかげで、助かる人達がここにいるのだから。
「それで教祖様、憎っくき帝国の冒険者達はどちらに? 教祖様に仇なす輩は我ら幼聖教団の全戦力をもって……」
たちまち物騒な気配がグレアムさん達から膨れ上がる。
あっ、これは放っておくといけないやつだ。
「彼等のことなら、えっと……そう王様! 王様が話をつけてくれたから大丈夫です!!」
私が名指しすると、王様が『余か!?』という驚いた顔をした。
ごめんなさい、今回は許して下さい!
苦し過ぎる言い訳かなと思ったのだけれど、
「「「「教祖様がそう仰るのであれば!!!!」」」」
何も心配要りませんでした。
むしろ無条件に信じられることの方が怖いのだけれど……えっ、私おかしくないよね?
と、そんなことより今は優先することがあるんだった。
「帝国の兵の方達が弱っていて、危険な状態なんです。回復をお手伝いしてもらえませんか?」
「「「「分かりました!!!!」」」」
まるで軍人さんのように、規律正しく一斉に動き出す姿は頼もしいのだけれど、なんだろう、素直に喜べないこの気持ちは……。
幸い聖職者系の人も多くいたようで、帝国の方達を全員助けることが出来た。
これで一安心かな? と思っていると、どこからかじっと視線が向けられている感じがして。
視線の元を辿っていくと、女帝がいた。
何か言いたそうな感じもするけれど、どうかしたのかな?
その様子を見て、王様が笑いながら女帝に話しかけた。
「これでもまだ、お主はマリアが弱いと思うか?」
「……我の見立てに誤りはない。答えも変わらない」
「強情な奴よ。ならば強さではなく、深さではどうだ? 人としての広さ、深さ」
意地の悪そうな顔をした王様がそう言うと、
「我の強さにそんなものは不要。だが、もしそれを強さとするなら……我は無駄な戦いはしない」
「ふん、正直に勝てぬと言えばいいものを。そう言えば、お主の国を抜けた冒険者、あ奴らはどうするのだ?」
「カルマを落とす。そしてレギオスへの入国を今後一切禁じる」
「となると、向かう先は魔都ゼノアか。また厄介事を起こしてくれそうだの」
「我から既に伝えている。義に背く連中だと。心配は無用」
「義に背く、か。なるほど、ゼノアに向かう者にこれ以上の罰もあるまい」
「あの、それがどうして罰になるんですか?」
ゼノアって、確か無法国家だと聞いた覚えがあるけれど、そんな国で義が重視される理由が分からない。
「ゼノアは法も秩序も存在しない国だが、奴らなりの矜恃がある。それが義なのだ。義とは組織や家族を表し、ゼノアにおいてこの義に背いた者は、畜生以下と見做される。カルマが落ちるよりも悲惨な目に遭うことだけは、断言できる」
同情するつもりは一切ないけれど、外街でバルトさんが受けていたよりも悲惨な目というのが、ちょっと想像出来ない。
「自業自得だが、面白そうだ。ヴィルヘルミナ、お主の国を抜けた冒険者の一覧をあとでくれぬか。余の国でも入国を禁じよう。ついでだ、海都リベルタと聖都アルビオンにも伝えるとしよう。リベルタがどう動くかは分からんが、アルビオンは恐らく……」
ちらりと、どこか同情するような目で王様が私を見た。
とても嫌な予感がする。
あの感じは、私に害があるわけではないけれど、私が望んでいないことが起こる、そんな時によく向けられた目に思う。
あの、もう少しのんびりさせてくれてもいいんですよ?
そんなことを思っていると、女帝が倒れていた弟さんを抱え上げた。
「我は行く。外の兵を呼び、愚か者共を運ばせる」
そう言って去っていく後ろ姿は颯爽としていて、やっぱりかっこいい。
普段は女帝として、王様のように重責を負っているんだと思う。
けれど弟さんを抱いて歩くその背中は、家族を想う一人の姉のものにしか見えなかった。
「勝手な奴め。しかも最後まで謝罪せずに行きおった」
ぶつぶつと王様が文句を言うけれど、言うほどに機嫌は悪くなさそうで。
こうしてレギオスとの戦いは、終わりを迎えたのだった……。
(マリア:マリオネーターLv20)
カルマ(王都) 140,000 → 150,000
カルマ(帝都) 70,000
ちょっとヴィルヘルミナさん?
帝都のカルマ7万ってどういうことですか!?
あと王様、しれっと1万追加しないで下さい!!!
私は一体どうなるんですか!!!!
そっと肩に置かれたギルスの手の温もりに、私は泣いた。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
今回のお話にて、三章の起承転結、転が幕となります。
残すは結を1話、多くとも2話残すのみとなりましたが、さて幕間は何話になることやら……。
今回、新たに5件の感想を、41人の方から有り難い評価を、84人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。本当にありがとうございます。
三章完結まで、引き続き頑張って書こうという気力に繋がっております。
今回、新たに多くの誤字脱字のご指摘を頂くことが出来ました。ありがとうございます。
頂いた指摘を元に、修正させて頂きました。今後も気になる点がありましたらご指摘の程、
よろしくお願い致します。
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今回のお話は、これまでのように周囲に翻弄され、涙目になるマリアを楽しんで頂けたら幸いです。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。




