90_真里姉と女帝の思惑(前編)
”涙の湖”に戻ると、湖の水は全て凍りつき、幾つもの氷の柱が生まれる別世界へと変貌していた。
「さ、寒いっ!」
あまりの気温の低さに体を震わせると、私の肩にふわりと何かが掛けられた。
それは原形をとどめない程に切り裂かれた、黒いベスト。
「着ていろ。オレは人形だ、寒さなど感じない」
ベストと同じくらい傷んだ灰色のシャツを晒しながら、ギルスが言う。
傷は癒えたようだけれど、そのボロボロになったシャツがどれだけ激しい戦いだったかを物語っているようで、私は掛けられたベストをぎゅっと体に巻きつけながら、込み上げてくるものを我慢するのに必死だった。
ここで泣いたら、余計な心配をかけてしまうからね。
私はお返しに、元に戻ったギルスの左手を握った。
ギルスが驚いたように私を見る。
私が触れたらより冷えると思ったんだろうけれど、そんなことはどうでもいいの。
「ギルスは人形なんかじゃないよ。私の大事な家族なんだから」
その証拠に、私の心はさっきからずっと温かい。
温もりを返せるように私が強くその手を握ると、やがて観念したかのように、ギルスも私の手を握ってくれた。
「無事であったか……とは、とても言えぬようだな。何があった?」
凍った石舞台の上を慎重に歩きながら、こちらに近付いてきたのは王様だった。
その姿は私が最後に見た時と変わらなくて。
良かった、メフィストフェレスはちゃんと約束を守ってくれたんだね。
そして王様に問われた私は、一瞬どこまで話すか悩んだけれど、結局全てを伝えることにした。
何でもないように装って話したとしても、きっとこの王様なら気付いてしまう。
それに今は、一緒にいたネロと空牙が私の側にいないのだから……。
「……そうか。余が不甲斐無いばかりに、お主を辛い目に遭わせた。詫びて済む話ではないが、これ以外の言葉が余には浮かばぬ。済まなかった」
片膝を突き、王様が私に頭を下げた。
身分の高い人について私は詳しくないけれど、偉い人ほど簡単に頭を下げることはしないと思う。
それなのに、カルディアで最も偉い王様が、私達のために膝を折ってくれていた。
私は王様に責任があるなんて、これっぽっちも思っていない。
それでもこの青年のように若い王様は、自分のせいだと感じてしまうんだね……。
「マ、マリアっ!?」
私は無意識に、王様の頭を抱いていた。
慌てて体を離そうとするけれど、そうはさせるものですか。
良い機会だから、改めて王様にも分かってもらわないとね。
「前にも言いましたが、一人で全てを背負い込まないで下さい。今回のことは、私にも原因があったのだから」
「だがマリア、お主はネロと空牙をっ!」
「二人ならここにいます。私の新しい家族になってくれた、ギルスの眼となり今も私を見守ってくれているんです。それにどんな姿になるかは分かりませんが、また新たな家族として戻ってきてくれると、約束してくれましたから」
あの時のメフィストフェレスの言葉に、嘘はないと思う。
でなければ、私に卵を託したり『躊躇ってはなりません』なんて言葉を伝えたりしないからね。
私は王様から離れ、黒い卵を取り出して見せた。
「この中に二人の魂が半分ずつ、入っているんです」
メフィストフェレスから聞いた卵が成長するための条件、武具や防具を与える必要があることを話すと、
「分かった。武具や防具はお主のクランにいるあの三人が作るであろう。ならば、必要な素材を購入するための金は余が出そう」
何故か王様がお金を出すと言い始めた。
「あの、別に王様が気にしなくても……」
「それで足りぬというなら、国の金を使うことも厭わぬ。これまでのお主の貢献を思えば、反対する者などいるはずもない。もしいるようなら、余の民として相応の」
「大丈夫! そこまでしなくても大丈夫ですから!!」
私の周りにいる人達は、どうして私を置いて暴走してしまうのだろう。
と、隣で立ったままのギルスを思い出し、私は王様に紹介することにした。
「新しく家族になってくれたギルスです。とっても強いんですよ? たった一人で帝国の冒険者を退け、私達を守ってくたんですから」
「ほう、あれだけの冒険者達を……以前、風の悪戯で名前を聞きそびれてしまったが、ギルスか。良い名ではないか」
初めて私の名付けが褒められた気がする。
私が密かに感動に打ち震えていると、王様は立ち上がり、ギルスを見上げ話しかけた。
「ギルスよ、一つ余と約束をしてくれぬか。今後いかなることがあろうとも、お主にはマリアを守ることだけを考えて欲しいのだ。その際、他者を気にかけてはならぬ。たとえそれが、余であったとしても」
「王様……」
穏やかではない言葉に困惑する私をよそに、ギルスは迷わず応えた。
「言われるまでもない。オレ達はマリアを守る、それだけだ」
黄色と緑色のオッドアイになったギルスの瞳に何かを感じたのか、王様はふっと笑った。
「頼もしい家族だ。語りたいことは沢山あるが、まずは現状を説明せねばなるまいな」
「そうですね。湖が凍ったり、氷の柱が出来ていたり、一体何があったんですか?」
「それを説明するためにも、まずはこの状態を引き起こした本人に話を聞くとしよう」
王様に案内される形で、”涙の湖”の石舞台を女帝が向かった方に歩いていく。
その途中、氷の柱を間近で見ると、中に人が閉じ込められていることに気付いた。
青色の鎧を纏っていることから、襲ってきた帝国の兵なのだろうけれど、その数が尋常ではない。
「これは……」
「謀反を企てた兵達、その全てだ。ヴィルヘルミナの逸話を眉唾物と考え侮ったのであろう。哀れなことだ。まだ仮死状態であろうが、命尽きるまでそう時間は残されておるまい」
「逸話?」
「実力主義の帝国において、ヴィルヘルミナが女帝となったのは実力を示したからに他ならない。それは当時、国難級のモンスターを討伐したからなのだが……」
言い淀んだ王様が口にしたのは、想像していたよりも重い話だった。
「モンスターを討伐した際、生き残ったのはヴィルヘルミナただ一人。討伐に向かった兵は、皆死んだとされている。その時何があったのか、ヴィルヘルミナは決して語らなかったというが……この状況を見て納得した」
王様は一つ溜息を吐いてから、続けた。
「ヴィルヘルミナは強い。強過ぎるといってもいい。武力というその一点において、この大陸で並ぶ者は他におらぬであろう。故に思うのだ。かつてモンスターを討伐した際、その強さは味方にも牙を剥いたのではないか、とな。あくまで余の想像だが」
「そんな強い人を相手に、この人達はどうして歯向かうようなことを?」
「ヴィルヘルミナが女帝となってから、その力を行使する機会はほとんどなかったと聞く。強者ほど、その立ち振る舞いから強さを推し量れるものだが、そうではない未熟者が軍内部で不満を抱いていたのであろう。そしてそれを先導したのが」
「我が弟、ネイガー・フォン・レギオス。そして弟を唆したのがメフィストフェレス、そしてこれを機に冒険者を含め国内の不穏分子を一掃することを我に持ちかけたのもまた、メフィストフェレスだ」
一際巨大な氷の柱を前に、こちらを振り返ることなく王様の言葉に続いたのは、女帝ヴィルヘルミナ・フォン・レギオスだった……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
女帝による全貌、思ったよりも長くなったため二分割と致しました。
しかしここ数話の重めな余韻から、ふっと肩の力を抜いて頂けたのではと思っています。
今回、新たに12件の感想を、62人の方から有り難い評価を、182人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。本当にありがとうございます。
三章も結末で、あと数話を残すのみですが、引き続き頑張って書こうという気力に繋がっております。
今回、新たに多くの誤字脱字のご指摘を頂くことが出来ました。ありがとうございます。
頂いた指摘を元に、修正させて頂きました。今後も気になる点がありましたらご指摘の程、
よろしくお願い致します。
よろしければブクマ、感想、レビューお待ちしています。
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今回のお話が、読んで頂いた方の感情に届く何かをお届け出来たなら、幸いです。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。
(以下は前回同様の告知です)
新しい試みとして、昨今の情勢を鑑み、ノベルアップの「心と身体フェア」に短編を投稿しました。
nemさんによる表紙のイラストだけでも一見の価値ありです。よければご覧ください(まだ次話出来てません!)
https://novelup.plus/story/423172347




