8_真里姉とエステルの独白
私、エステルが先代シスターから教会と子供達を託されたのは、今から2年前のこと。
以前から補助のお金は十分ではなかったのですが、ここ最近はさらに少なくなり、街の人の善意によってなんとか子供達を食べさせてあげられる、そんな状況が続いていました。
特に、兎の尻尾亭のバネッサさんには何度も食糧を分けて頂いて、感謝してもしきれません。
それから冒険者ギルドのアレンさんも、何かと様子を見にきてくれるのはありがたいものでした。
教会とはいえ、女の私と子供達しかいませんから、男の方がいるだけで安心できる部分は、少なからずありました。
特に冒険者の方がこの街にくるようになってからは、無遠慮な視線を向けてくる方も少なくなく、私は密かに危機感を募らせていました。
それらの事情から、私は教会の本部へ何度も手紙を出し支援を訴えたのですが、返ってくるのは「検討する」の一言ばかり。
私は自分で選んだ道ですから、覚悟はできています。
けれど子供達には、不安のない日々を過ごさせてあげたいのです。
そう思い、半ば諦めながらも新たに教会の本部へ宛てた手紙を書きました。
そして手紙を持って外に出た時、私は彼女に出会ったのです。
彼女はマリアという名前の女の子でした。
長く艶やかな黒髪に、空色の大きな瞳。
肌は白く、小さな体は華奢で、手足は教会の子供達のより細くみえました。
容姿は子供、に違いないのですけれど、それ以上に彼女の持っている雰囲気が気になり私は声をかけていました。
教会の子供達は、親に捨てられたことで人に怯え、心を閉ざす子が多いのです。
しかし彼女は、生きることを迷っているように思えました。
迷い子を導くのも教会の、シスターのつとめです。
食事に誘い……足りない分は私が我慢すればいいですね、鍋を持って広間に戻ると、彼女は糸を操り人や動物を宙に描いて子供達に見せていました。
冒険者の方の多くがスキルを持っていると聞いたことがありましたが、きっとこれがそうなのですね。
それにしても、なんて精緻な動きなのでしょう。
街の職人の方でも、ここまで見事に糸を扱うことはできないと思います。
食器を片付ける際、強引に連れてきてしまったことを、孤児に間違えたからと伝えましたが、本当のところは疑われずに済んだようです。
別れ際、冒険者であれば冒険者ギルドを訪れるのがよいかと思い、私はアレンさんへ手紙を届けることを依頼しました。
まさか断られるとは思いませんでしたけれど、ただの頼み事としてならと応えてくれたこと、私の体調に気づいていたことには驚きました。
そしてもっと驚かされたのは、会ったばかりの私を気遣い、食料とお金を渡されたことです。
冒険者の方が初めてこの街にくる時に所持する携帯食は5つで、お金が1,000Gというのは、食堂で冒険者の方が愚痴を溢していたのを聞いたバネッサさんから、以前教えてもらっていました。
彼女は街に慣れている様子はありませんでした。
つまり渡された食料とお金は、彼女の全てだったはずです。
それを何の見返りも、何の躊躇いもなく渡せるなんて……恥ずかしながら、私にはできそうにありませんでした。
さらに容姿からは想像もできない程、実感と深い慈しみのこもった優しい言葉をかけて頂いては、私の張り詰めていた糸は容易に切れてしまい、涙することを我慢できませんでした。
今思うと、マリアさんに対し生きることを迷っている、などと偉そうに捉えていた自分が本当に恥ずかしく、顔から火が出る思いです。
その時からでしょうか、私にとってマリアちゃんは、マリアさんになったのは。
アレンさんが教会にいらしたのは、それからしばらく後のことでした。
差し入れといってボアのお肉を頂きましたが、私はアレンさんの事情を知っています。
体の悪いご家族を養うためにいつも遅くまで働いていて、お金に余裕はないはずなのです。
何か無理をしたのではないかと尋ねたところ、冒険者の方が格安で依頼を受けてくれたと言うではありませんか。
その方が小さな女の子で、私の名前が出たら引き受けたと聞いては、思い当たる方は一人しかいません。
詳しく聞くうちに、私は青ざめました。
試しの森とは、冒険者の方が戦い方に慣れてから、一人立ちを試すために行く森なのですから。
確か冒険者の方の強さでいうと、レベルが10程度からだと思います。
それを初心者のマリアさんに強引に頼むなど、人としてあるまじきことです。
アレンさんはパーティーを組んで行くものと思っていたようですが、それならば、そう警告しなくてはならないはずです。
その時点で、私はアレンさんを地面に正座させていました。
結果的に無事にマリアさんは戻られたようですが、アレンさんに報告を終えたと同時にマリアさんの姿が消えたと聞いた時は、卒倒しそうになりました。
マリアさんが力尽きてしまわれた原因は、私に食料を渡してしまったことが無関係ではないからです。
幸い、冒険者の方は外の神様の力により命尽きた後もこちらに戻ってこられるらしく、マリアさんをこの目で見た時は心の底から安堵しました。
そしてその日の夜、マリアさんは味見という口実で、私と、子供達に食べ切れない程の美味しいボアのお肉を振る舞ってくださいました。
こんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めてです。
料理ができて、こんなに大きなボアを倒せるくらいに強く、慈悲深いマリアさんは、神様の御使いと言われても私は信じたと思います。
みなさんと楽しい食事を終えた後、マリアさんはどこか困った様子でした。
聞けば泊まるところを決めていなかったとのこと。
私は意を決して、教会に泊まることを提案しました。
少しでも恩返しがしたかったのです、それ以外の理由なんてありません、ええ、本当です。
ですから、たまたま空いている部屋がなく、私の部屋で休んで頂いたのも仕方のないことなのです。
その日、私はマリアさんに出会えたことを神様に感謝し、子供達と一緒に眠りについたのですが、何故か胸が苦しく、なかなか寝付くことができませんでした。
読んで頂いた方、ありがとうございます。
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少し短いですが、おかげ様で幕間の一話を書くことができました。
引き続きのんびり楽しく書いていけたらと思いますので、
のんびりお付き合いいただけたら幸いです。