86_真里姉と……慟哭
お読み頂く方にとって、今話はイベント回並みに重めの話、描写に映るかもしれません。
予めご了承下さいませ。
扉の中へ足を踏み入れると、メフィストフェレスが言うように、そこには何もない空間が広がっていた。
「私達の後に、冒険者達が続くという話だったけれど……」
警戒しながら空間の中程に進むと、私達が開けた扉と同じ物が次々と現れ、中から冒険者達が出てきた。
彼等は最初、現状を確認するように辺りに目を向けていたけれど、私達を視認するなり駆け出してきた。
慌てて空牙を走らせるけれど、追っ手はどんどん増えていく。
演目の通りになるのは癪だけれど、私達は否応無く”死の舞踏”を演じることになった……。
「空牙、右!」
「グオゥッ」
私の言葉に反応した空牙が体を右に傾けると、飛んで来た魔法を間一髪のところで躱すことが出来た。
何の魔法だったかなんて、考える余裕はない。
浴びせられる魔法の数々、飛んでくる無数の矢、そして。
「おらおらっ!」
「くっ」
こちらが遠距離攻撃を避けろくに動けないところに、いやらしく接近戦をしかけてくる冒険者。
【操糸】で【魔銀の糸】を多層的に編み、即席の盾にしてその攻撃を防ぐ。
「こっちも忘れてんなよっ!」
私が防いだのとは反対側から、別の冒険者が剣を振り上げ襲いかかってくる。
「ニャァッ!」
私一人では完全に避けきれなかった攻撃を、ネロが接近し雷撃を放つことで撃退してくれた。
それでも捌き切れない何人かは、彼が素手で相手をしてくれていた。
こんな攻防が、空牙を走らせながら既に30分以上続いている。
それだけ私達が健闘している……なんて甘い考えを抱ける程、私も楽観的じゃない。
相手は100人を超える冒険者達で、しかも全員私よりずっと強いはず。
それがこれだけ保っている……いや、保たされているのは……。
余裕の無い中、ちらりとメフィストフェレスを見ると、仮面の下の双眸が楽しそうに細められていた。
本当に人の神経を逆撫でするのが上手いね。
私達は今、冒険者達が等間隔で並び作った輪の中に囚われている状況だった。
そんな中を、逃げ場など無くとにかく走り続けている。
動きを止めたが最後、遠距離攻撃の良い的になることは確実。
結果的に、演目の名前が表すように踊らされているのは腹立たしいけれど……。
「さすがは英雄、マリア様。これだけの戦力差を大変良く凌ぎなさる」
良く言うよ、私達がギリギリで凌げるよう調整している癖に。
これだけの人数がいて、一度に攻めてこない理由。
それはメフィストフェレスが何らかの手を使って、冒険者達を制御しているからだろう。
感情の見えない冒険者はそれが顕著で、メフィストフェレスが指示しなければ動かない。
一方、制御されていなそうなのがしつこく攻撃してくるこの人達で。
彼等にはちゃんと感情が見える。
ただその感情は、おそらく愉悦と呼ばれるようなものだろう。
そう思った瞬間、私は理解した。
彼等が、何なのかを。
「PK……」
Mebiusの中で殺しを楽しむ人達。
イベントでトップになってしまった私を倒して、有名になりたいのかな?
それに何の意味があるのか、知りたくもないけれど。
でもそれなら、他の冒険者は何なのだろうか。
と、私の疑問を見透かしたかのように、メフィストフェレスが種明かしを始めた。
「この演目の主役をマリア様とするならば、今、活き活きと演じている彼等は脇役といったところでしょうか」
「俺達が脇役だと? 酷え言い方しやがるじゃねえか」
「むしろ主役だろ。逃げてばっかりのあいつを、手加減して殺さずに盛り上げてやっているんだからな」
随分と勝手なことを叫んでくれる。
手加減して殺さず、か。
ありがた迷惑過ぎて言葉もないね。
「そして周囲を囲む彼等は助役。主演であるマリア様を引き立てる、マリア様に対し並々ならぬ感情をお持ちだった方々。彼等の感情は実に踊らせ甲斐のあるものでした。国を捨て、理性を捨て、負の感情に身を委ねていく様子は、実に心躍るものがございました」
「悪趣味……」
思わず口走った私の声に、メフィストフェレスが愉快そうに手を叩いた。
「最高の褒め言葉にございますよ、マリア様……しかし、そろそろ演目も佳境へ入る頃合い。助役の皆様にも演じて頂くことに致しましょう」
メフィストフェレスが指を鳴らすと、それまで感情の見えなかった冒険者達の顔が次々と歪んでいった。
その顔に浮かぶ表情は怒り、憎しみ、怨み……。
どうしたらそこまで感情を暗く、黒く染めることが出来るのか、私には全く分からない。
ただ一つはっきりしているのは、状況がより絶望的なものになったということだ。
苛烈さを増す魔法の雨が逃げる先にも降り注ぎ、私は空牙に風哮を展開させなんとかダメージを最小限に抑えた。
けれどそのせいで完全に足が止まってしまい、そこを相手が見逃しくてくれるはずもなく。
「があああっ!!」
突進してきた体格の良い戦士系の冒険者が振るう大剣が、消えかける直前の風哮にぶつかり、その凄まじい膂力によって私達は輪の外へと弾き飛ばされた。
「痛っ……大丈夫、空牙?」
空牙が私を抱きかかえるようにしてくれたおかげで、床にぶつかった際のダメージは小さい。
けれど、のそりと立ち上がった空牙の体は不自然に傾いていた。
きっと私を庇ったから、うまく衝撃を逃すことが出来ずより大きなダメージを受けたんだ。
ここまでか……。
私が空牙を戻そうとした、その時。
これまでとは比較にならない程の速度で矢が放たれた。
気付いた時には目前に迫っており、狙いはおそらく私の頭。
目を瞑ることも間に合わないという刹那の時、けれど直撃を受けたのは、一瞬早く私の前にその身を晒したネロだった。
直後ネロの体が千切れ飛び、眼を担っていた魔石の一つが私の足元に転がってきて……。
「あぁっ、あああっ! ネロ、ネロッ!!」
私は泣きながらネロの体を集めるけれど、損傷が激し過ぎて面影を見付けることすら困難だった。
その間にも、次々と飛来する魔法と矢。
しかし今度は空牙が、私の前で両手を広げ受け止め始めた。
「だめだよ空牙! お願い、お願いだから戻って!!」
私が何度空牙を戻そうとしても、それを空牙は頑なに拒んだ。
「なんでっ……」
おかしいよ、どうして私の言うことを聞いてくれないの!?
私はこれ以上、家族を失いたくないんだよ!!
私が戻るよう何度操作しても、空牙は決してその場から動くことなく、相手の攻撃の前に、悪意の前に立ちはだかった。
「……グォ…………」
やがて空牙は最期に一声鳴いて、その大きな体は崩れるように倒れていった。
倒れた拍子に空牙の体の前側が見えたけれど、あのモフモフだった毛皮はズタズタに引き裂かれ、焼かれ、折れた骨が内側から突き出ていた。
空牙の緑色の瞳が一つ、力尽きたことを改めて示すように、転がり落ちる。
「そんな、どうして……こんな、こんなことって……」
悲しみと苦しみと怒りが渦を巻き、頭が割れるように痛い。
目の前の現実があまりにも酷くて、痛くて、心が張り裂けそうで。
「うぅっ、うわあああぁっ!!!」
私は溢れる感情のままに、慟哭した。
ネロも空牙も失った私にとって、さらに襲いかかる攻撃はもう、ただ見ていることしか出来ず。
せめて一緒に……そう思い目を瞑った私を、けれどもう一人の家族がそれを許してはくれなかった。
空牙でさえ耐えられなかった攻撃に耐え、彼は絞り出すような声で、話し始めた。
「オレは望んでいた。この身に宿るモノの力を解放することを。同時に、望んでいなかった。何故ならそれは、お前が傷付くことを意味しているからだ」
「君、は……」
「お前の優しさは、深い。しかしそれだけでは、お前はオレの中に宿るモノに決して認められない。認められるためには、魂が引き裂かれるほどの慟哭が必要だった。そして今、お前の慟哭は届き、宿るモノはお前を認め全てをオレに委ねた」
言葉を区切る彼が、私の方を向いた。
その眼は黒く感情は見えないはずなのに、今は見えた気がした。
彼の想いが。
「オレの名を呼べ、マリア」
彼の願いが。
だから、私は……。
「…………私を……私達を助けて、ギルス!」
瞬間、彼の全身から黒いオーラのような物が吹き出した。
「任せろ」
短くそう言ったギルスは、私の足元にあったネロと空牙の魔石を手にし、冒険者達へ敢然と立ち向かって行った。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
今話について、私から何かコメントをするのは無粋な気が致しますので、皆様の思うまま、物語をお楽しみ頂けたら幸いです。
今回、新たに5件の温かい感想を、43人の方から有り難い評価を、535人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。
本当にありがとうございます。三章も佳境に入っており、章としての完結に向けて書き続ける力になっています。
また頂いたご感想は、全てお返事させて頂いております。新しい物語も生まれており、本当に嬉しい限りです。
誤字脱字につきましては、もし気になる点がありましたらご指摘の程、よろしくお願い致します。
よろしければブクマ、感想、レビューお待ちしています。
また評価につきましては、
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GWが本格化した中、皆様の周りはいかがでしょうか?
自粛が長引きそうですが、この物語が一時でも、現実を忘れる一助となったなら幸いです。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。




