82_真里姉と隣国のレギオス
「レギオスとの戦争……」
王様に言われたことを理解するまで、だいぶ時間がかかったように思う。
勿論、言葉としての意味は知っているよ?
歴史でも習ったし、過去にはテレビで『〜戦争』として、実際に起きたことだってある。
けれど、私が知り合った人の口から直接聞かされたその言葉は、想像を遥かに超えて重かった。
あまりの重さに、私は心を安定させるのに精一杯で、情報として処理することが全く出来なかった。
「そう、戦争だ。ただし、これは隣国レギオスの連中がそう言っているだけで、実態は別物だ。お主が心配するような、人死が出るものではない。しかし伝え方が不味かった、許せ」
「あっ、いえ……」
その後、気を利かせてくれた王様がレイティアさんを通じ、ルレットさん達を呼んでくれた。
多分、このまま私に話をするのは危ないと思ったんだろうね。
正解です。
何を言われても、冷静に受け止めることなんて出来なかったと思う。
レイティアさんに呼ばれ何事かと慌ててやって来た3人が、私の様子を見て真っ先に心配してくれたのは、嬉しかったな。
仮にも王様がいるんだよ?
特にカンナさん、いきなり王様に結婚アピールする程だったのに……最近は大きな子供だとばかり思っていたけれど、仲間って頼もしいね。
そう思い、私は心の中で3人に謝った。
そしてクランメンバー全員が揃ったところで、改めて王様が事情を説明してくれた。
「なるほど。戦争という名の、一種の競技みたいな物なのね。決められた数の兵を出し合い、一定時間後の残存兵数によって優劣を決めると」
王様の話した内容を整理し、最初に口にしたのはカンナさん。
「けれど、それだと怪我人というか、やっぱりその……」
「その点は心配要らぬ。戦いの場がそれを許さぬのでな」
「戦いの場?」
王様は断言するけれど、新たな謎の言葉の登場で、私の思考は周回遅れですよ?
それを察してくれたのか、より詳しい説明が続いた。
「隣国レギオスはカルディアの北に位置しており、その国境付近に”メメントモリ”という名で呼ばれる場所が存在する」
「”メメントモリ”っていうと、確かラテン語で『死を忘れるなかれ』って意味だったか」
直ぐに意味まで分かるなんて、凄いですねマレウスさん。
私はラテン語だということすら知りませんでしたよ。
「ほお、良く知っておるな。その場所には古の技が施されておってな。カルディア、レギオスの権力者が力を注ぐことで、戦いによる傷を無効化する結界を張ることが出来るのだ。ただしその技の特性か、傷を無効化された者は”メメントモリ”から弾き出されるのだ」
「なるほど、それで残った兵の数を数えて優劣を決めるって訳か」
「その通りだ。その場所につけられた名の意味を思えば、罰当たりなことではあるが、他に禍根を残さぬ方法も無くてな。代々続いている茶番のようなものよ」
苦笑しながら口にするのを私が不思議に思っていると、カンナさんが勢い込んで王様に話しかけた。
「つまり王様は、ワタシの助力で帝国に勝ちたいのね!」
自信満々で言うカンナさんと、若干引いている王様の対比が絵的に激しい。
助力については置いておくとして、そこはせめてワタシ達にして下さいね?
さっきまで私を心配してくれた頼もしさは、一体どこへ行ってしまったのだろう……。
「いや、帝国に勝つ必要はないのだ。勝てぬし、むしろ勝っては面倒なのだ」
「どういうことですかぁ?」
顎に指先を当てて、ルレットさんが尋ねた。
ええ、私も分からないので助かります。
「レギオスは実力主義を掲げる軍事国家なのだ。国力でカルディアに劣るとはいえ、茶番でも単純な兵力の競い合いでは勝てぬのよ。そしてこの茶番の結果が、両国の貿易に影響する。具体的には、カルディアがレギオスに売る穀物の値段と、レギオスがカルディアに売る鉱石の値段にだ」
「それだとぉ、なおさら負けられないのではありませんかぁ?」
確かに、負けてしまえばカルディアにとって損をすることになる。
するとマレウスさんが、はっとしたように顔を上げて呟いた。
「ガス抜きか……レギオスの軍事力を誇示させてやることで、連中を満足させ、戦利品のように穀物を安く売り、鉱石は高く買ってやる。それで本物の戦争を回避してきたんだな。互いにより大きな被害を生まないために」
「マレウスといったか、お主なかなか鋭いの」
「なるほど、それで茶番か。一見無駄に思えるが、結果的には安く済む……だが、そうなると分からねえな。なんでマリアに声をかけた?」
その問いに、王様の表情が苦しげに歪んだ。
「……レギオスから提案されたのだ。今後、冒険者も国の力となりうると。であれば、此度は兵の数の半分を冒険者に置き換えてはどうか、とな。そして提案の中に含まれていたのが、厄災を退けた英雄を連れて来て貰いたいというものだ」
王様がこっちを見た。
3人もこっちを見た。
えっ、私のことですか?
恐る恐る自分自身を指差すと、一斉に頷かれてしまった。
「いやいや、私は英雄なんかじゃありませんよ!?」
「周囲はそう見ておらんということだ、諦めろ」
「そんなっ」
救いを求めて3人を見ると、揃って首を横に振られた。
その眼は王様と同じく、『諦めろ』と言っている。
四面楚歌って、こういうことを言うのかな……。
「マリアちゃんがどう見られているのかは、この際どうでもいいとして」
「どうでもいい!?」
「マリアちゃんが指名された理由と、それに応えなければならない理由はなんですか、王様」
私の反応は無視され、会話が進んでいく。
もう、私はお家に帰ろうかなあ。
そんな風に思っていたら、さらなる爆弾が投下された。
「レギオスの女帝、ヴィルヘルミナ・フォン・レギオス直々の指名なのだ。マリアに会って話をしてみたい、とな」
「なっ……」
本日三度目の絶句。
えっ、女帝ということは、レギオスで一番偉い人だよね?
そんな人が、どうして私と会いたがるかな……。
卒倒しなかった私を褒めてあげたい、誰も褒めてくれないだろうから。
「そして応えなければならぬ理由だが、マリアが来なければ女帝自ら会いに行くと言っておるのだ。道中の危険に備え護衛を多く引き連れて、とな。それを額面通りに捉え、招き入れられると思うか?」
「あからさまな脅しですねぇ」
おっとりした口調だけれど、口の端が上がっていますよルレットさん。
今にも眼鏡を外しそうな感じにハラハラしていると、
「それで、王様はどうするつもりなんですか?」
いつに無く、真面目な様子でカンナさんが続けていた。
本来の重低音な声音もあって、凄みすら感じさせる。
「そうさな……ここに来る前は、迷っておったよ。だがこうしてお主らと話し、迷いは晴れた。向こうが護衛を引き連れて来るというのだ。なら余もそれに倣い、出迎えてやるのが礼儀であろう。向こうより、護衛の数が少しばかり多くなるかもしれぬがな」
そう言った王様の表情は、どこか憑き物が落ちたかのようだった。
王様のその言葉を聞いて、カンナさんがニヤリと笑う。
「さすがワタシの王様ね! 上に立つ者としての覚悟、惚れ直してしまったわ。安心して頂戴、ワタシ達『ルナ・マ・リ・ア』は王様について行くから!!」
ちょっとカンナさん!
今クランの名前出しましたよね?
つまりクランメンバー全員ってことですよね!?
「最近全然レベル上げてなかったからな。久々に狩りでも行くか」
「腕がなりますねぇ」
マレウスさんとルレットさんは既に戦う気満々ですか、そうですか。
「話は聞かせて貰いました! クラン『幼聖教団』!! 及ばずながら参戦いたします!!!」
「どっから湧いたんですかグレアムさん!?」
ババーンッと扉が開かれ、現れたのはグレアムさんだった。
思わず悲鳴じみた声を上げた私を、誰が責められるだろう。
「お主ら……恩に着る」
心からの言葉を溢す王様に、みんなが温かい視線を向ける。
そして、その視線はじっと私の方にも向けられてきて……ああ、もうっ!!
「分かりましたっ! 行きますよっ!!」
こうして私達『ルナ・マ・リ・ア』と『愉快ではない仲間達』は、王様と一緒に戦争へと赴くことが決定してしまった。
元々私は困っている王様を助けるつもりだったけれど、どうしてこんなに嵌められた感じがするのだろう……。
私の平穏は……いや、もう平穏に期待するのはやめよう。
そう心に誓った私の肩を、誰かがそっと慰めるかのように叩いてくれた。
振り向けばそこに、彼がいた。
全私が泣いた。
(マリア:マリオネーターLv20)
カルマ(王都) 100,000 → 140,000
ってまたこんなにカルマが増えてる!?
私をどうしたいの、王様!!!
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
数日ぶりの投稿となってしまいましたが、王様からの相談についてのお話となりました。
ここ数話で見せたマリア節はありませんが、涙目といいますか、
泣かされるマリアの姿もまた、ほっこり頂けたらなあと思います。
今回、新たに9件の貴重なご感想を、154人の方から有り難い評価を、602人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。本当にありがとうございます。思うように言葉が書けない時、とても励まされておりました。
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そして今回、1件の誤字についてご指摘頂けました。どうもありがとうございます。
これからも気になった点がありましたら、ご指摘の程、よろしくお願い致します。
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昨今の情勢は不透明さを増すばかりですが、皆様の周りはいかがでしょうか?
この物語が、そんな中で一息つけるような時間をお届け出来たなら幸いです。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。