79_真里姉と彼と冒険者
新しく家族になった彼を連れて、私はブルータさんが門番をしている門へと向かっていた。
その間、彼は一言も喋らず鋭い視線を私に向けていたけれど、一定の距離を保ってついてくるあたり、真面目だね。
やがて外街と都街を隔てる門に着くと、ブルータさんの背中が見えた。
門の前には既に多くの子供達がいたけれど、ブルータさんの指示を聞き、ちゃんと列をなしているのが偉い。
「こんにちは、ブルータさん」
「……」
私が挨拶すると、ブルータさんは無言で頷いた後、彼を見て腰を落とし、警戒する様子を見せた。
「彼の事は気にしなくても大丈夫ですよ。反抗期中の、子供みたいなものですから」
「?」
理解はしかねるけれど納得はした、って感じかな。
それきり、ブルータさんが彼に注意を払うことは無かった。
ん? またブルータさんに私の行動を密告されるんじゃないかって?
ふふふ、私は考え方を変えたんだよ。
どう頑張っても、これだけ多くの人がいて、その目を掻い潜って行動することは出来ないし、そのうち誰が私の行動を見守っているのか分からない以上、きっと聖典の拡散は止められない。
どうせ防げないなら、誰から伝わっているのかだけでも知っていれば、私の心のダメージは多少なりとも抑えられるはず。
逆転の発想というのかな、こういうの!!
…………逆転も何も『どっちにしろ負けているだろう?』という正論は、聞きたくないからね?
私はアイテムボックスから大鍋を二つ取り出した。
鍋の中身は以前作ったリンゴの麦粥。
今回はちょっとアレンジして、擦り下ろしたショウガも加えてある。
あったまるし、体に良い成分がいっぱい入っているからね。
出来立ての状態でアイテムボックスに入れておいたから、鍋は十分温かい。
そして木製の深皿と匙を用意していると、待ちきれない子供達が前へ前へと詰めてきた。
「こらこら、危ないから押さないの」
注意を兼ねてネロと空牙を喚んで子供達を大人しくさせると、私は前に並んだ子から順番に、装ったリンゴの麦粥を渡していった。
「ありがとう!」
「どういたしまして。慌てないで食べるんだよ?」
「うん!」
並んでいる子の数が多くあまり話すことは出来ないけれど、元気な様子が伝わってくるのは嬉しいね。
ちなみに今の子は最初に来てくれた時、あまりに痩せ細り弱っていたため、一人で食べるのも難しく何度もリンゴの麦粥を溢していた。
そんな弱った子には、エマとロマが側について食べさせてあげていた。
良い子達だよね、本当に。
ちらりと振り返ると、私が次々と装っては渡していく様を、彼は遠くからじっと見ていた。
その瞳の無い黒い眼は、未だ私への警戒心を隠してはいない。
まあ、彼はしばらく放って置こう。
いずれ彼の方から、何かしらの反応をしてくれると思うから。
経験からくる、ただの勘だけれどね。
空牙には子供達を大人しくさせた後、人の行き来を邪魔をしない位置で、その大きな体を石畳の上に横たえてもらった。
すると子供達が嬉しそうに近寄り、そのモフモフした体に顔を埋めたり、もたれ掛かりながらご飯を食べたりしていた。
どこの世界でも、大きなモフモフは人気だね。
こうして多くの子供達に囲まれているのを見ると、まるで子沢山の母熊って感じがする。
一方ネロは、子供達の中でも一人寂しそうにしている子を見つけると、近寄って体を擦り付け、積極的に戯れていた。
そして子供の方がネロに興味を持ち始めると、ひょいと移動し、同じように一人でいる子の元へと誘導し、子供同士の橋渡し役をしてくれている。
ね、家の子は凄いでしょう?
あと、ネロと空牙を喚んだのは他にも理由があって。
以前、家で食べると言った子に渡したリンゴの麦粥が、途中で大人に奪われそうになったのだ。
幸いその時は対応が間に合ったけれど、その件があってからは、子供達にはなるべく私やブルータさんのいる前で食べさせるようにしていた。
ネロと空牙は周囲への牽制というか、番犬ならぬ番猫と番熊?
家族や兄弟が家から出られず、どうしても持ち帰る必要がある子には、ブルータさんを通して何人か付き添いをお願いしていた。
たまには、私からお願いしても良いよね?
知らぬ間に聖典なんて物を作られたり、色々とやらかされているのだから……。
そして全ての子供達に食事が行き渡ると、鍋には数杯分のリンゴの麦粥が残っていた。
鍋をアイテムボックスに仕舞うと、ブルータさんの仲間が数人来てくれて、子供達を送ってくれた。
けれど、今日はたまたま送り手が足りず、一人だけ女の子が残ってしまった。
ブルータさんが送ろうとしたけれど、私が説得してなんとか思いとどまってもらった。
門番が門を離れちゃだめでしょう、ブルータさん……。
ということで、私がその子を送ることにした。
外街の建物は整然としているんだけれど、それは綺麗という感じではなく、効率的に人を収容することに重点を置いた、まるで収容所のように見えた。
建物同士の隙間は無く、そのぶん通りは広く造られている。
ただしその通りには、座り込んで物乞いをする人や、ギラついた眼で道行く人を見詰める、思わず『おまわりさーん』と呼びたくなるような不審者の姿が少なくなかった。
正直、力のない子供達が住むには空気が荒み過ぎていると思う。
私達はそんな中、通りの真ん中を堂々と歩いていた。
普通なら危ないのだろうけれど、私と女の子は空牙に乗っているからね。
そのおかげで、不審な人達は驚いた表情を見せることはあっても、襲いかかってくるようなことは無かった。
彼は……うん、ちゃんとついてきているね。
やがて女の子の家の前に辿り着き、空牙から降ろしてあげると、私にお礼を言ってから家の中へ入っていった。
その際、必死に手を振ってくれたのが嬉しくて、私も手を振りながら、つい笑みが溢れた。
女の子を見送った私が、ホームに戻ろうとした、その時。
「てめえに食わせる物なんてねえっ!!」
辺りに怒声が響いた。
見ればここから数軒先にある建物の中から誰かが転がり出てきて、石畳の上に倒れ込んだ。
ただごとでは無い感じがして私は空牙に乗ったまま近付くと、包丁を持ったおじさんが現れ、倒れた人を蹴っている。
「お前らがいたせいで、俺達が住んでいた街はっ!!」
その建物は、外街で営まれている食堂だった。
そして今の言葉、このおじさんは第2の街に住んでいたんだろうね。
そしておじさんが蹴っている相手は、冒険者だった。
なぜ冒険者だと分かったかというと、彼の頭上に名前が表示されていたからだ。
『バルト』、それがその人の名前。
そして名前の色は濃い赤い色をしており、カルマのマイナス値が大きい冒険者であることを示していた。
店のおじさんは一方的に蹴り続け、そして周囲の人達は一緒になってバルトさんを罵り、そして蹴られる様を見て手を叩いて笑っていた。
吐き気がしそうになるような状況で、けれどバルトさんは黙って全てを受け止めていた。
抵抗もしなければ、反論もしない。
ただただ、じっと堪えていた。
きっとそれが、バルトさんにとっての……。
疲れたのか、バルトさんの反応が無いことに飽きたのか、おじさんが店に戻ると騒いでいた周囲の人達も静かになった。
バルトさんだけが、動かずにそのまま、石畳の上に倒れている。
私が空牙から降りて近付こうとすると、バルトさんに向かって突撃しようとする人影があった。
「ダメっ!」
咄嗟に私が糸を操って止めたのは、彼。
「貴様っ!? 何故止める!!」
「くぅっ……止めなかったら、君は何をするつもりだったの?」
「知れたこと! オレに宿る怨み、怒り、絶望の分だけ、この冒険者を痛めつけてやる!!」
じりじりと、彼の体が少しずつバルトさんへと近付いていく。
糸を両手両足に一本ずつ、そして胴体に巻き付かせてなんとか止めているけれど、一体どれだけ力が強いのよ!
「それで君に宿るモノは、一時鎮まるかもしれない。けれど抵抗もしない人を痛めつけることは、君の嫌う冒険者と同じ行為をすることになるんだよ?」
「ちっ、違う! これはそう、因果応報というものだっ!!」
「なら君の行いは、君の言う悪ではないと言い切れるんだね? 君の中に渦巻く情念を、私は否定しない。けれど、バルトさんにしようとしている行為が終わった後も、君は正しく、私達が悪かどうかを判断できるんだね?」
「そっ、それは……」
言葉を重ねることで、ようやく彼の力が弱まった。
光の無いその眼からは何を考えているのか読み取れないけれど、その雰囲気を一言で表すなら、困惑かな。
力の抜けた彼に、私は安堵して巻き付かせていた糸を外し、バルトさんの側に近付いていった。
食堂に行って叩き出されたところを見ると、何に困っているかを想像することは難しくない。
私は大鍋を取り出し、残っていたリンゴの麦粥を深皿に装い、匙と共にそっと彼の前に差し出した。
「良ければ、食べませんか?」
「あんたは……」
私の顔を見て、バルトさんは驚いたような表情を見せた。
まあ、イベントで知られてしまっているよね。
「私は貴方が過去何をしてきたのか、知りません。けれど、貴方が今していることは分かるつもりです。カルマがマイナスに落ちてなお、この国を選び、そしてこの国の人と向き合おうとしているんですよね?」
「……」
「それがどれだけ勇気の要ることか、大変なことか……ザグレウスさんが茨の道と明言されたくらいです。頑張って下さいとは、言えません。これ以上何を頑張ればいいのかと、叫びたい時もありますから。だから、私が出来るのはお腹を満たすことくらいです。お腹がいっぱいになれば、ちょっと気分が違ってきますよ? これは私の経験談ですけれどね」
おずおずといった感じでリンゴの麦粥を受け取ると、バルトさんは泣きながら食べ始めた。
「……ありが、とう。ありがとうっ」
ガツガツと、実に良い食べっぷりだね。
お腹を空かせた子供達に負けないくらいだよ。
その後おかわりを2回して、ようやく落ち着いたようだった。
「またお腹が空いたら、あっちの門で門番をしているブルータさんっていう人に相談してみてください。私の食堂へ案内してもらうよう、伝えておきますから」
私はそう言い残し、不満そうな彼を連れてその場を離れた。
その途中、彼が話しかけてきた。
「何故あの冒険者を助けた! あいつが、あの冒険者達が全ての元凶なんだぞっ!!」
「そうだね。でも冒険者達って、私も含まれているんじゃなかったの?」
「ぐっ、ぐむっ……」
「ふふ、意地悪しちゃったかな? でもね、いっぱい悩むといいよ。君の出す答え、私もそれが知りたくなってきたからさ」
そう言って私が歩き出すと、少し遅れて、彼も歩き出した。
その距離はここに来る時よりも少し、縮まっていた。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
多くの方にお読み頂き、応援頂けるおかげで、また新しいお話をお届けすることが出来ました。
さて今話は、彼に宿るモノと、そしてカルマ落ちした冒険者を通じた、
マリアからの問いかけのようなお話となりました。
本当はもうちょっと先に進む予定だったんですが……まあ、これもいつものことですね。
今回、新たに6件の温かなご感想を、129人の方から有り難い評価を、588人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。
本当に、どうもありがとうございます。
頂いた感想は、全て返信させて頂いております。
(本話アップ前に頂いたご感想には、これからお返事致します)
そして今回も、多くの誤字脱字について誤字報告機能からご指摘頂けました。
本当に有難いです。
ご指摘のおかげで、この物語はより、皆様に読まれやすい物になっています。
これからも気になった点がありましたら、ご指摘の程、よろしくお願い致します。
よろしければブクマ、感想、レビューお待ちしています。
また評価につきましては、
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緊急事態宣言が全国に拡大したりと、さらに不透明感を増す昨今。
皆さんの周りはいかがでしょう?
この物語をお読み頂いている間、明るくほっこりできるような時間をご提供出来たなら幸いです。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。




