7_真里姉と過去と弟妹とこれからと
「ところで、ここはどこ?」
お互いに落ち着いた頃、私は改めて聞いてみた。
5年後という衝撃の事実と、すっかり成長した弟妹にそれどころではなく後回しにしたけど、今いる部屋は白く清潔で広そうな部屋だった。
病院ならVIP用の個室とかかな? 見たことないけれど。
でもそれにしては他に人の気配がなく、病院特有のケミカルな匂いもしないのは不思議だ。
そんなことを思っていたら、告げられた事実は私の想像の斜め上どころではなかった。
「お姉ちゃん、ここは私達の新しいお家だよ! そしてこの部屋はお姉ちゃんの部屋!」
「は?」
いや、本日何度目か分からないけれど待って欲しい。
新しい家? 意味が分からない。
「新しい家って、どうしたの?」
「買ったんだよ!」
「はあっ!?」
私が5年意識がなかった間に、物の価値も変わったのかな?
それでも家ってそんな気軽に買えるようなものじゃないよね?
まして5年経ったとはいえ、弟も妹も立派に未成年のはずなのに。
落ち着け私。
まだ取り乱すには早い……もう手遅れな気がするのはこの際無視!
「買ったって、お金は? いくらしたの?」
「お金はもちろんわたしのだよ! 中古だからそんなに高くなかったし。確か3億円くらい! あと家って言ったけど、正確にはマンション一棟!」
「3億円の、マンション一棟……」
途方もない金額にくらりと意識を失いそうになる。
実は嘘でしたと言ってくれた方がまだ信じられるのに、真人の口から出た言葉はその逆で。
「信じられねえかもしれないけど、事実だ真里姉。マンションを一棟買いしたのも、それだけの金を真希が持っているのも。ほんと、未だに俺も信じられねえ時があるけどさ」
ああ、真人がどこか遠い所を見るような目を。
私と同じ衝撃を受けたんだろうな。
「けど、それだけのお金をどうやって?」
子供のお小遣いとは訳が違うよね。
私はその1万分の1を稼ぐためにも毎日必死だったんだけれど。
「真里姉が俺達のために朝から晩まで働いてくれて、しかも小遣いまでくれてさ。真希はそれを全部貯めてたんだよ。そして6年前、真里姉の感覚だと1年前から、あの野郎が残していったパソコンで株の勉強を続けてたっぽいんだ。真里姉を楽させるんだって。そのために朝から晩まで勉強と取引を並行してやってさ。結構失敗もしたらしいけど、それでも着実に元手を増やしていって、気がついたらマンション買えるくらいになってた。今じゃ株の世界ではちょっとした有名人みたいだぜ」
「真希……」
一人部屋の中で、そんな風に想ってくれていたなんて。
お金のことなんかより、その気持ちが嬉しくて泣けてくる。
もう、お姉ちゃん涙腺が緩みまくりだ。
枕が濡れる前に、真希がそっとハンカチで涙を拭ってくれた。
「時間かかってごめんね、お姉ちゃん。それと、これまでありがとう。顔を合わせる勇気はなかったけど、扉越しにお姉ちゃんと話せて、お姉ちゃんがわたしを信じてくれてるの、ちゃんと伝わってたよ」
そう言って、とても可愛い笑顔を見せてくれる。
真人といい、うちの弟妹は本当に最高だよ。
「おい、俺も心配してたんだが礼を言われたことあったか? ってか真里姉のくれた小遣いを入金したり手続き手伝ったの俺だよな?」
「真兄は穀潰しだからいいの」
「ひどっ!?」
遠慮のないやりとりは、まるで母さんがいた頃のようで。
本当に、昔に戻ったみたい。
新しく伝った涙は、今度は真人が拭ってくれた。
「もうお金の心配は要らないよ! これからはわたしが、家族を支えるよ!」
宣言する真希の目は、強い意志が感じられて眩しいくらい。
見てるかな、母さん。
もう真希は大丈夫だよ。
真人も立派になったよ。
私は頑張ったって、そう思っていいのかな?
母さんとの約束を、果たせたと思っていいのかな?
そう思ったら急に眠気が訪れてきて、私は大事な弟と妹の姿を目に焼き付けながら、ゆっくりと意識を手放していった。
次に目が覚めたら、もう日付が変わり朝だった。
私の意識は戻ったけれど、念のため病院で検査してもらうことになった。
寝巻き姿はどうかと思い着替えようとしたら、腕がぷるぷるするばかりで動かない。
そういえば、今の私は寝たきり後の私だった。
5年も過ぎた感覚がないからどうしても、以前のように動こうとして戸惑ってしまう。
結局着替えは真希が、病院までの移動は真人がしてくれた。
真人はこの日のために18歳になってすぐ免許を取ったらしく、凄く張り切っていた。
あまりに張り切っているものだから、逆に事故を起こさないか心配だったけれど、水を差すのも悪い気がして何も言わなかった。
早い時間だったせいか、診察待ちの人は少なく、すんなり診察を受けることができた。
大きなカプセル状の機械に寝かされてスキャンされたり、採血されたり、問診されたりと盛り沢山だったけれど、検査の結果は特に問題はなさそうだった。
ただ5年の間に筋力はかなり衰えてしまっていて、リハビリには相当な時間がかかると言われてしまった。
歩くことはおろか、一人でベッドから降りることさえできなかったから、覚悟はしていたけれどね。
病院から戻り、真人に抱っこされてベッドに戻ると、気になったことを私は二人に聞いた。
「今更だけど今日って平日なの? 特に真人、学校は?」
「平日だけど、俺も真希も高校は通信で済ませてるから平気だぞ」
「済ませてるって、真人は18歳だから高校3年でしょう。進路はどうするの?」
「高校と同じで通信の大学。理学療法士になりたいんだ」
「理学療法士?」
「簡単に言うと、怪我や病気で身体機能の弱った人のリハビリを助ける人。真希とは違うやり方で、俺は真里姉を支えたい」
真っ直ぐこちらの目を見て告げられた、真剣な言葉。
いきなりそんなこと言われたら、お姉ちゃんドキっとしちゃうでしょう。
「真人……けれど、そういうのって実技が必要じゃないの? 通信でできることって限界があるんじゃ」
「今はVRが発達してて、大抵の実習は設備さえあれば自宅で可能なんだ。それに直接人で行う実習も、俺には真里姉のリハビリを担当することでクリアできるからな」
「カッコイイこと言ってるけど、真兄の学費を出すのはわたしだけどね?」
「うぐっ!」
ニヤニヤと笑う真希に、真人が良いボディーをもらったボクサーのように呻く。
「ふふ、2人は仲良いね」
「違うよ! 仲が良いのは、わたし達3人!!」
抱きついて頭をぐりぐり押し付けてくる際、綺麗に結えられたツインテールが犬の尻尾のように揺れている。
早く頭を撫でてあげられるよう、リハビリ頑張らないと。
リハビリを始めて、半年。
最初の2週間は、衰え固まった筋肉を驚かせないよう、真人にストレッチを施してもらった。
ストレッチは内容を変えて日に数セット行ったのだけれど、これが予想以上に辛かった。
確かにやっていることはストレッチで、しかもかなり軽めの内容なのに、私にはハードトレーニングに匹敵し、1セット終わる毎に魂が抜けてしまう程ぐったりしていた。
それでも2週間が経つ頃にはだいぶましになって、心臓が爆発しそうになるようなことはなくなったのだけれど。
ただ、本当に辛くなるのはそれからだった。
真人に支えられて頑張ってリハビリをしたけれど、思ったよりも体が動くようにならなかったのだ。
半年の成果といえば、少し腕を上げたり、足を上げたりできるようになったくらいで、歩いたり重い物を持つには程遠い。
真人もおかしいと感じたらしく、真希にも心配されたので改めて病院で検査をしてもらったところ、思わぬことが判明した。
それは脳から出る体を動かすための信号が、普通の人よりとても弱くなっているということだった。
原因は不明。
けれど神経が切れたり、細くなったりしているわけではないらしい。
だからスキャンでは異常が見つからなかったんだね。
ただ、普通に動けるようになるためのリハビリ期間はより長くなり、そしてどこまで回復できるかも分からないと言われた。
そんなことを言われた私は、目の前が真っ暗になって何もかも諦めてしまいそうになったよ。
リハビリは辛く、苦しい。
以前の私なら、弟妹のため何がなんでも立ち直ってやるって思えた。
でも、真人も真希も立派になって、生活の心配も要らない今、私は私のために頑張る意味を見出せなかった。
こんな体では、2人に何かしてあげることもできない。
むしろ重荷になってしまっているんじゃないか。
この思いは、半年の間ずっと感じたまま胸に秘めていたことで。
5年の浦島太郎状態も、その思いを助長している。
ああ……心が暗く、重たい。
際限なく沈み落ちていく気持ちを、私はどうすることもできなかった。
検査の結果を受けてから1週間。
リハビリは続けているけれど、沈んだ気持ちはなかなか浮上せず、真人にも真希にも心配をかけてしまった。
ダメなお姉ちゃんだな、私。
気持ちを切り替えようとして、努めて明るく振る舞いリハビリを頑張ってみたけれど、結果、その半年後の検査でも大した改善は見られず、私は再び先の見えない現実に突き落とされることとなった。
こんな体になった私が悪いのかな。
もういっそ……そう考えたことは、一度や二度じゃない。
それでも留まることができたのは、真人と真希がいてくれたから。
だからまだ、諦めないでいられる。
いられるけれど。
「いつまで頑張れるかな。いつまで、頑張らないといけないのかな……」
そんな風に、私の中でゆっくり、けれど着実に心が腐敗していった時だ。
真人から「たまにはゲームでもして息抜きしろよ」と言われMWOを手渡されたのは。
そして気乗りしないまま始めたゲームの世界で、私は久しぶりに、弟妹以外で人と関わった。
実際はMWOの世界の住人と冒険者のルレットさんだけれどね。
それでも話をして、関わって、助けて、助けられて。
楽しい……そう、楽しかったんだ、私は。
楽しいと思うことができたんだ。
まだ私の心には、そう思えるものが、残っていたんだ。
それに気がついた時、私がしたいと思ったことは……。
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「「……!」」
半ば覚醒している状態の私に、声がかけられている。
声がした方に目を向けると、真人がいて、真希がいた。
「真里姉!」
「お姉ちゃん!」
どこか慌てたような表情をしているけれど、何かあったのだろうか。
「……2人とも、どうしたの?」
「どうしたの? じゃねえよ! 夕飯できたからって呼びかけても反応ないから焦ったんだぞ」
「そうだよ! 天井を見つめて微動だにしなかったんだから!!」
ああ、それは確かに焦るね、というか怖いね。
苦笑した私に、2人は一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐ笑みに変わっていった。
「MWOはどうだった? お姉ちゃん」
真希に聞かれた私は、たった1日の間に起こったMWOでの出来事を思い出し、笑顔で答えた。
「楽しかった。2人に話したいことが、いっぱいあるの」
その日、私達3人は遅くまでMWOについて語り明かした。
読んで頂いた方、のんびり展開にお付き合い頂き、ありがとうございます。
評価・ブックマーク、とてもありがたいです。
幕間として、もう一話を今週中に加えられたらと思っています。