77_真里姉と彼との出会い
後日、改めてレイティアさんと相談した私は食事処……裏では幼聖食堂なんて呼ばれている食堂を、以下の方針で運営する事にした。
ちなみに、今後私は食堂としか表現しないからね?
私が名付けた訳ではないし、出来る事なら今直ぐにでもそんな呼び方は止めて欲しいのだけれど、既に都街中に広まってしまっていて、手の施しようがなかった。
うん、そろそろ彼等への扱いは本当にどうにかした方が良いのかもしれない。
ただ彼等だけならまだしも、都民の人まで絡んでいるのがややこしいんだよね。
……さっ、切り替えて方針だよ!
まず、現実世界で数日に一度の間隔で、私がお客さん用に大量のカスレを作る。
作ったカスレはクラン共有のアイテムボックスに保管。
そのボックスを開く権限をレイティアさんにも与えて、一日に提供する数の上限を予め設定しておき、提供数が上限に達したら食堂を閉めてもらう。
給仕はライルにも手伝ってもらい、その後の食器の片付けと掃除までがお仕事の内容。
時間は午前10時から夕方16時までとしているけれど、今のところ昼の12時までには売り切れてしまっているらしい。
ちなみにレイティアさんとライルの給料は、時給制ではなく月給制。
私が提示した金額を聴いたレイティアさんは、『貰い過ぎです!』と悲鳴のような声をあげた。
でも食材の買い出しも全部任せているし、なにより無双して浮かせて貰っているお金と、日々の売り上げを考えたら妥当な金額だと思う。
良く分からないけれど、この都街に住む人の平均月収の1.5倍くらいらしいよ?
それにレイティアさんには、定期的に3人の大きな子供達の面倒を見て貰う事も、お願いしているしね。
という事で、ここ数日はとても平和で、のんびりとした日々を私は送っていた。
おかげで、ログインした日に行うようにしている日課も出来るし、早めに店が閉まった後はネロと空牙を喚び、モフモフを堪能しながら日溜まりの中でお昼寝したり、ホームの隣の空き地で追い掛けっこをして遊んだ。
ああ、これこそ平穏だよね。
今までどこに隠れていたというか、どれだけ遠くに旅立っていたというか、完全に消えていたでしょう? って思っていた平穏だけれど、ちゃんといたんだね。
もう不穏とはさよなら出来そうで、良かった良かった。
そう一人喜びに浸っていると、掃除を終えたレイティアさんがやって来た。
「マリアさん、あの子達の様子を見に行ったんですが、食事に手を付けていないようなんです」
「えっ、いつも食事だけは必ず摂っていたのに?」
ちなみにレイティアさんが言うあの子達は、マレウスさん、カンナさん、ルレットさんを指している。
すっかり子供扱いされている3人だけれど、身の回りの世話を全部レイティアさんにしてもらっているのだから、無理もないよね。
おかげで私の負担はぐっと減っている。
本当にレイティアさんが来てくれて良かった。
今度、こっそり給料を2倍にしておこうかな。
「ええ、ここ数日食事は離れの扉の前に置き、中には入らないよう言われていたんですけど、今日食器を下げに行ったら食べた形跡が無くて。でも傷んだ物を食べてお腹を壊しても大変なので、仕方なく下げて来ましたけど」
「うーん……あの3人の事ですから、きっと今は食事よりも大事な作業を行なっているんだと思います。邪魔になっても悪いですし、放置で良いですよ」
「そうですか? では市場で買ってきたカボチャのケーキで、お茶にしましょう」
「いいですね。レイティアさんの買って来てくれるお菓子は、どれも美味しいですから」
都街で売られているお菓子は、日持ちを考慮しているのか焼き菓子が多い。
その中で、レイティアさんが選んで買って来てくれるお菓子はどれも抜群に美味しかった。
お茶を淹れに行ったレイティアさんの背中を見ながら、私はレイティアさんが選んだというカボチャのケーキの味を想像し、思わず笑みが溢れた。
と、そんな時。
離れへと続く扉が、ギギッと音を立てて開いた。
そこに現れたというか、倒れ込むように入って来たのはいつもの3人。
って、本当に倒れてる!?
「ちょっ、大丈夫ですかマレウスさん、カンナさん、ルレットさん!」
私が慌てて駆け寄って呼び掛けると、マレウスさんが一言。
「腹、減った……」
もし視線に温度という概念があったら、私が3人に向ける視線の温度は20度くらい下がっていたと思う。
レイティアさんの言う事を聞かないばかりか、挙句にこの3人ときたら……。
「レイティアさん、お茶の用意は後回しにしてもらって、3人にカボチャのケーキを食べさせてもらえますか?」
こちらに向かおうとしていたレイティアさんを止めて、私はそう言った。
「マリアさん……本当にいいんですか?」
若干怒りを滲ませたレイティアさんのその言葉には、二つの意味が込められていますね?
一つ目は、そもそもケーキの数が少ないため、3人に食べさせたら私の分が無くなるという事。
二つ目は、言う事を聞かなかった大きな子供達を甘やかして良いのか、という事。
「ええ、仕方のない人達ですが、私はお姉ちゃんですから」
こういう形で言うのは久しぶりな気がするけれど、この3人に使う事になるとは思いもしなかった。
あっ、イベントの時にルレットさんに一度言ったっけ。
でもあの時とは状況が違うしね。
その後、カボチャのケーキを食べひとまず空腹を脱した3人は、椅子に座りレイティアさんの淹れてくれたお茶を飲んで、やっと人心地ついた様子だった。
「どうしてこんな事になったのか、説明してくれますね?」
私が言おうとした事を、私の後ろに控えてくれていたレイティアさんが先に言ってくれた。
しかも私の心情を代弁するかのように、顔には笑顔を浮かべながら、明らかに怒っているという雰囲気を漂わせている。
これはあれかな、母親ならではのスキルみたいなものかな?
私も覚えたら何かに役立つだろうかと考えて、それを使う相手にグレアムさん達が浮かび、私にはそんなスキル不要だと考え直した。
彼等なら、恍惚とした表情で『ご褒美です』とか言いそうだものね。
何がどうして『ご褒美』なのかは、考えたくもない。
レイティアさんの威圧に怯んだ3人だったけれど、結局説明を任されたのはマレウスさんだった。
「ここんとこずっと作り続けていた奴が、ようやく完成しそうだったんだよ。それで」
「それでこんな有様になって、マリアさんに心配をかけた訳ですね?」
「いや、それは……」
「そ・う・な・ん・で・す・ね?」
その言葉は、私の後ろから一歩前に出るのと同時に。
「…………はい」
おお、あのマレウスさんがこんなにも素直に。
さすが、母は強い。
「なら、マリアさんに言う事がありますね?」
増大していくプレッシャーに耐え切れず、マレウスさんが助けを求めるように、カンナさんとルレットさんを振り返る。
そして3人は、同じ結論に達したようだった。
「「「ごめんなさい」」」
しっかり頭まで下げるあたり、レイティアさんの威圧は一体どれ程のものだったのだろう……。
3人が謝る姿を見届けたレイティアさんが、また一歩引いて、私の後ろに控えてくれた。
レイティアさんが有能過ぎて困る。
酒場の給仕をしていたという話だけど、メイドの間違いなんじゃないかな?
私は息を深く吐き出してから、3人に言った。
「もういいですよ。それで、その作り続けていた物は完成したんですか?」
「ああ、ついさっきな」
「それでマリアちゃんを呼ぶ意味でも、こっちに来たのよ」
「えっ、なんで私が関係するんですか?」
「それは見てのお楽しみという事でぇ」
敢えて具合的な事は言わないようにしている3人の様子は、サプライズを仕掛ける弟妹に似ていた。
これは、大人しく付き合ってあげた方が良さそうだね。
心の中で苦笑しつつ、レイティアさんに片付けをお願いし、私は3人と一緒に離れへと向かった。
久しぶりに離れの中に入ると、意外にも道具や物が綺麗に片付けられていた。
代わりに、部屋の中央に布を被せられた何かが鎮座している。
「これが完成した物ですか?」
「そうだ。俺達生産トップ3人が心血を注いだ結晶、それが」
マレウスさんの言葉を引き継ぐかのように、ばっと布を取り払ったのはルレットさん。
現れたのは、椅子に座る……えっ、人?
「人型【供儡対象】、謂わば人形ね、等身大の。名前はまだ無いけれど、マリアちゃんの新しい家族になる子よ」
「これが、人形……」
綺麗な銀色の髪に、まるで雪のように白い肌。
着ている服は灰色のシャツに、黒のベストとパンツ。
体型は細身かな? 椅子に座った状態だから身長の高さは良く分からないけれど、私よりかなり高そうなのは間違いない。
俯いている状態のため顔立ちは分からないけれど、どう見ても私達と同じ人にしか見えない。
「細かい説明は後にするが、お前がイベントで貰った【厄災の荒御魂】。それをこいつに嵌め込んでみろ。そしてスキルを使えば、こいつに命が吹き込まれるはずだ」
なんと呼んだら良いか分からないから、今は彼と呼ぶけれど、カンナさんが彼が着ているシャツのボタンを外し、胸元を晒す。
するとそこには、私の持っている【厄災の荒御魂】がちょうど収まるだけの穴が空いていた。
期待するような、急かすような目で3人に見詰められ、私はゴクリと唾を飲み込んでから、【厄災の荒御魂】を取り出し、慎重に胸の穴へと嵌め込んだ。
カンナさんがシャツのボタンを留め、そして私と彼を残し、その場を離れた。
マレウスさんとルレットさんも、カンナさんに倣うかのように、私から離れていく。
それはまるで、新しい家族が生まれる瞬間を、私と彼だけで迎えられるようにという、そんな気遣いに思えた。
そんな仲間に見守られながら、私は彼に【モイラの加護糸】を発動した。
初めにピクリと指先が動き、続いてゆっくりと頭が持ち上がる。
眼はまだ閉じられたままだけれど、とても整った顔立ちをしていた。
その頬に触れようとした、瞬間。
「ぐあっ!」
私は物凄い衝撃を受け、壁に叩き付けられていた。
壁からずり落ちるようにして床に倒れ込んだ私は、薄れゆく意識の中、彼の呻くような声を聴いた気がした。
彼は、こう口にしていたように思う。
『オレに触れるな、冒険者』
そこで私の意識は、完全に途絶えてしまった。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
連日沢山の方にお読み頂いて、本当に嬉しく思います。
皆様のおかげで、今日も……日付は跨ぎましたが、新しい物語をお届けする事が出来ました。
さて、今話にて長かった一つのフラグが回収される事となりました。
尤も、これからが大変そうな気配といいますか、
やっぱり不穏とは『さよなら』出来ていなかったといいますか……。
今回、新たに9つの温かいご感想を、95人の方から有り難い評価を頂き、402人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。
頂いた感想は、全て返信させて頂きます。
また今話をアップする前に頂いた感想については、後ほど返信させて頂きます。
そして今回、感想の中で日本語の扱い方について有難いご指摘を頂けました。
本当に勉強になり、そしてとても助かります。
また誤字報告も頂けた事も、大変嬉しいです。
今話をアップした後修正致しますので、今後とも気になる点がありましたら、
ご指摘の程、よろしくお願い致します。
よろしければブクマ、感想、レビューお待ちしています。
また評価につきましては、
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緊急事態宣言がますます広がる一方ですが、皆様の周りはいかがでしょうか?
不穏が蔓延する現実を、少しでも楽しく、忘れられる時間をご提供出来たなら幸いです。
今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。




