66_真里姉とカルディアの中の人(中編)
「どうした平民! 早くそいつをこっちに寄越せ!!」
レオンJrと名付けた少年は、私の反応が無いのを良い事に、勝手に空牙に触れようと手を伸ばした。
止めようかとも思ったけれど、躾のなっていない子には、お仕置きも必要だよね?
今の私は、MPの最大値が2割減っている状態。
それが意味するところは。
「グオオオオゥッ!!」
レオンJrに向かい、牙を覗かせた空牙がイベントでも見せた事のない怒りを露わにし、周りの喧騒を掻き消す程の咆哮を放った。
手を伸ばした状態のまま、驚きのあまり尻餅をつくようにレオンJrが倒れる。
「なっ、ななっ、なんな……」
さすが【モイラの加護糸】、これまでの咆哮とは迫力が段違いだよ。
ただちょっと、段違い過ぎたかな?
誰も彼もが話すのを止め、ギルド内は静まり返っていた。
激しくやってしまった感はあるけれど、後悔はない。
レオンJrにも少しは効いたようだし、ここからはお姉さんの出番だね。
「君が誰なのか、私は知らない。けれど、君の家族が物のように例えられ、剰え、一方的に奪われそうになったら、どんな気持ちになると思うかな?」
レオンJrは、未だ牙を見せたままの空牙にそれどころではなさそうだったけれど、私は続ける。
今伝えなければ、この子のためにもならないし、私のためにもならない。
家族を蔑ろにされて黙っていられる程、私は優しくないんだ。
「私はね、とても嫌な気持ちになったよ? このまま空牙がしたいように、君を食べさせても良いかなって思うくらいにはね」
さらに大きく口を開けた空牙がぐっと顔を近付けると、いつの間にか空牙の頭の上に乗っていたネロも、『フシャーッ』と怒りながら小さな牙を覗かせていた。
「もう一度聞くね。君が私と同じ目に遭ったら、どんな気持ちになるかな?」
一度空牙とネロを下がらせ、私はレオンJrの応えを待った。
「おっ、おれ、は……」
言い淀む様子を見ると、これまでちゃんと叱られた事が無かったんだろうね。
最初の傲慢な態度はすっかり鳴りを潜め、ようやくこの子本来の姿が見えかけた、と思ったのだけれど。
「どうしたのだレノン」
「ちっ、父上!」
警護の騎士っぽい人達を連れて現れたのは、金糸で刺繍を施した服に身を包んだ、でっぷりとした男性。
また面倒そうなのが来た……。
というかこの子の名前、レオンと一字違いなんだ。
まあ私の中では、それでもレオンJrと呼ぶ事にまだ変わりは無いのだけれど。
「珍しい物が競売にかけられると聞いて来てたが……我ら貴族にとっては塵も同然。たまには平民の催しに参加するのも一興かと思ったが、所詮平民は平民か」
その言葉に、周りにいたこの世界に住んでいる冒険者の人達が色めき立ったけれど、身分差があるのか、声をあげる人はいなかった。
「時にレノン、お前はなぜそんな状態に……そうか、そこの平民と白い生き物に襲われたのだな」
「いや、父上」
「何も心配要らん。お前がその白い生き物を欲しがったのだろうが、我々貴族に歯向かうなど、厳罰に処されても文句は言えぬ所業だからな」
背後に控えていた騎士達が、ずらりと私の前に並ぶ。
この人も、人の話を聞かずに勝手に決め付けてくるんだね。
いい大人相手にお姉ちゃんする必要もないので、両手に糸を構えると、私の両脇に人影が立った。
「ちょっと目を離した隙に、またお前は厄介事に巻き込まれやがって。けどまあ、仲間に手を出すっていうなら、こっちも黙ってられねえな」
「マリアちゃんの周りには、いつも変なのが寄って来るわよね。何らかのフェロモンでも出ているのかしら? こういう塵みたいな輩は、さっさと処理するに限るわよ」
「こうして私達の前に立つんですからぁ、この方達ぃ、死合う覚悟がおありなんですよねぇ?」
マレウスさん、私は何も悪くないと思いますよ……って何でマレウスさんまで武具を?
カンナさん、何ですかそのフェロモンって!? そして塵とか輩とか平然と言い切りましたね。
ルレットさんはちょっと落ち着きましょう。
ダメ、まだ眼鏡を外すのは早いですってば!!
私が1人慌てていると、グレアムさんと団員さんが登場し、3人を抑えてくれるかと思いきや、無言で向こうの騎士達に近付くと、鼻が付く程の至近距離から睨み付けていた。
うん、ちょっとでも期待した私が馬鹿だった。
「力でなんとかしようとする、その短絡的なその思考。やはり平民か……ああ、なるほど。そうやって優位に立ったように見せかけて、少しでも多くの金を得ようという魂胆なのだろう?」
いやいや、最初に貴族の立場、権力を使って無茶振りしてきたのは貴方達だからね?
「だが、いいだろう。そんな卑しい平民に金を恵んでやるのも、我々貴族の務めというもの」
「俺達に金を恵む、だと? それは俺達と金で喧嘩をしようって事だな、そうだよなあっ!?」
あ、なんだかマレウスさんの変なスイッチが入ったみたい。
「言ってみろ。我々貴族にとって、貴様ら平民の端金など」
レオンJrの父親の言葉を遮るように、マレウスさんが指を2本、すっと立てる。
「20万Gか? そのくらい、幾らでも」
「生産トップ舐めてんのかお前? 指1本は100万G、つまり200万Gからでなけりゃ話にもなんねえ」
「ふっ、ふざけるな! そんな得体の知れない生き物に200万Gなど」
そっちから寄越せと言ってきて、それなのに、空牙を得体の知れない生き物呼ばわりしてくれるんだ。
へえ……ふぅん…………あれだね、もう空牙の好きにさせても良いかな?
なんなら【供儡】で戦闘系スキルも開放しようかって思えてきたよ。
「マレウスちゃんも意地悪しないの。200万Gなんて殆ど原価でしょう? その値段で売る気なんて更々無いじゃない」
「そうですよぉ。それに今ならぁ、エデンの街を救った英雄の相棒という付加価値が付いていますしねぇ。軽くもう1桁あがると思いますよぉ?」
口元だけ見れば、とても楽しそうにカンナさんとルレットさんが言うけれど……えっ、1桁あがるって、1000万G!?
見ればレオンJrの父親も呆気に取られた顔をしていた。
「なんだ、付加価値について不満か? 言っとくがこれは客観的な値付けだ。本気で交渉したいって言うなら……」
マレウスさんがグレアムさんに合図すると、グレアムさん達は私達とレオンJrの父親を囲むように動いた。
護衛の騎士達が緊張した様子を見せるけれど、マレウスさんは気にせず、グレアムさん達が移動した事で生じた空間に向かい、起動した画面に指を走らせ、それを具現化させていった。
現れたのは、以前アレンさんに見せられた黄銅色をした硬貨のGとは違う、金色に輝く硬貨のGが、山と積まれていく。
さらに、カンナさんとルレットさんがそれに倣い、同じようにGを積み上げていく。
「なっ……」
驚き過ぎたせいか、レオンJrの父親は顔色がおかしなことになっているけれど、遺憾ながら私もちょっとだけ気持ちが分かる。
これ、幾らあるんだろう……いや、起動した画面越しに見れば分かるよ?
その桁がね、ルレットさんの言っていた桁をさらに1つ上回っているんだよね……。
「とまあ、最低限このくらい用意してから出直してこい」
ドヤ顔で言い放つマレウスさん。
隣でカンナさんとルレットさんも良い笑顔を見せている。
うん、お金の事でこの3人と揉めるのは、絶対にしちゃいけないね。
打ちのめされたレオンJrの父親の姿を反面教師に、私は心に誓った。
けれど、当の本人は。
「きっ、貴族であるこの私に、平民ごときが調子に乗ってどこまでも無礼を……お前達!」
逆上していた。
そして騎士達に武力の行使を指示した、その時。
「神託を受け来てみれば……貴族ごときが、余の前で随分と好き勝手に振る舞っておるではないか」
涼やかな男性の声が響いた。
声がした方向に目を向けると、冒険者ギルドの入り口、そこにフード付きのローブを纏い、顔を隠した人影が立っていた。
誰だろう? と思ったのは私だけではなかったようで。
「だっ、誰だ貴様! 貴族である私に向かってそんな台詞……を」
振り向き言葉を荒げたレオンJrの父親だったけれど、その人影がフードを外すと、一瞬にして顔が真っ青になった。
「余が誰か、か。そのような問い、久方振りだぞ……くくっ、はははははっ! 楽しませてくれた礼だ、存分に聞け」
纏っていたローブをばさりと脱いだ、その下。
まるでルビーを溶かし込んだかのような、真紅に輝く糸で作られたドレスシャツに身を包んだ青年が現れた。
「余の名は、アレイス・ロア・カルディア。カルディアの名を持つ、この国の王よ」
貴族に続いて、まさかの国王登場。
平穏からクラスチェンジした不穏は、かなり仕事が早いようだった。
いつもお読み頂いている皆様、体調を崩されていたりませんか?
こうして読んで頂き、どうもありがとうございます。
平穏が不穏となって、前話にて建ったフラグは今回は早めの回収となったのですが、
さらに大きなフラグが建ったといいますか。
次話にて「中の人」は終わる予定ですが……終われるのかな……?
今回、新たに1人の方から温かいご感想を、6人の方から素晴らしい評価を頂き、27人の方からお気に入りに登録頂けました。
繰り返しの言葉になりますが、本当にありがとうございます。
王都編、うんうん唸りながらも、描く原動力になっています。
もしよろしければ、感想、レビュー、ブクマ、評価お待ちしております。
ご支援頂けると、これからも頑張って描いていく燃料になります。
また1日空いての投稿、しかも深夜になってしまいましたが、
週末の夜更け、日常を忘れる、そんな時間の一助になれば幸いです。
引き続きのんびりと、どうぞお付き合いくださいませ。




