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57_真里姉とある裁縫師の独り言(後編)


 ある晩、珍しく村から人の声があがった。


 何事かと見に行くと、そこには胸を()(むし)る一人の村人の姿があった。


 最初は苦悶(くもん)の表情を浮かべていたが、やがて角を生やした醜い顔へと変貌(へんぼう)し、枯れていた老人の体が、肥大化(ひだいか)した筋肉に覆われていく。


 この変化、忘れるはずもない。


悪鬼(あっき)……」


 私が(つぶや)くのと、大勢のプレイヤーが悪鬼と化した村人めがけ襲いかかってきたのは同時だった。


 私は先頭を走るプレイヤーに合気の要領で技をかけ、走る力を流用し地面に沈めた。


 警戒し足が止まったプレイヤー達に、私は沈めた男を放り投げた。


「こいつ、この前狩りの邪魔をしたヴァレリアとかいうプレイヤーじゃねえか」


「NPC逃したり、俺達に攻撃してきたり、お前一体何したいわけ?」


「もっかい死んどくか? おい」

 

 殺気だったプレイヤーの数は、ざっと30人。


 状況は以前と大して変わらないけど、ここには世話になった男がいて、その村がある。


 戦力差は前回と変わらない。


 だから結果も変わらないかもしれない。


「でもね……」


「あ? 何を言っべぐらぁっ」


 握り締めた拳を、口を開いていた男の顔面に叩き込む。


 すぐさまその隣にいたプレイヤーに足払い。


 倒れたところを首を狙って踏み抜いて、近付いてきた手を取り投げ飛ばした。


 そこに悪鬼が加わり、(またた)く間に混戦となる。


 殴り続け、蹴り続け、私は力の限り戦い……敗れた。


 そして悪趣味にも、私を魔法で動けなくした上で、私の前で、村人を一人、また一人と悪鬼に変えていった。


 そこまで深く関わった訳でもないけど、顔も名前も知っている()が、命を奪われていく。


 言葉を発することさえ出来ない中、そしてとうとう、最後の村人、男の番となった。


 男は死を目前にしても、(おび)えの表情すら見せなかった。


 ただ、あるがままに受け入れるだけという諦念(ていねん)(いだ)いたような面持(おもも)ち。


 でもほんの少しだけ、その視線が私に向けられたような気がした。


 そして男が悪鬼に憑依(ひょうい)された、瞬間。


 これまでと違い、現れた悪鬼は一回りも体が大きく、鋭い爪は、爪というより鎌のように伸びていた。


「なんだこりゃ、変異種(へんいしゅ)か?」


「マジか! すっげえレアじゃん」


「どんなドロップするか楽しみすぎる!!」

 

 プレイヤーが悪鬼に、男に群がる。


 それを彼は、たった一人で迎え撃った。



 夜空に浮かぶ月の位置が、目に見えて変わった頃。


 彼はまだ、戦い続けていた。


 しかもプレイヤー達と互角以上に渡り合いながら。


 これまでの悪鬼が数の暴力に晒され、あっという間に倒されたのを考えれば、それは異常なことだった。


「ちっ、しぶてえなこいつ」


「地味に強いな、何人か死に戻らされたぞ」


「まあな。だがもう虫の息だっ」


 ノックバックの一撃を受け、彼が私のすぐ(そば)に倒れた。


 彼のHPは、もう残り(わず)かになっている。


 なのに私は、何も出来ない。


 何もしてあげられない。


 それが悲しくて、悔しくて、憎しみの気持ちが(あふ)れることを止められなかった。


『チカラガ、ホシイカ?』


 えっ?


『ヒトヲ、ステテ、デモ、チカラヲ、モトメルカ?』


 見れば、彼がこちらをじっと見ていた。


 いや、彼を通して悪鬼の霊魂(れいこん)が語りかけている?


 問いかけに、私は迷わなかった。


 無力さを後悔して生きるくらいなら、私は(あらが)いたい。


『力を貸して。代わりに私のことは好きにすればいい』


『イイダロウ、ケイヤクハ、ナサレタ……』


 彼から抜けた悪鬼の霊魂が、私の体に憑依する。


 変化は、劇的だった。


 感情という感情が、負の渦に()まれ消えていき、替わりに極めて純度の高い破壊衝動が生成されていく。

 

 最後の理性の欠片(かけら)が消える直前、馬鹿みたいなステータスになっている数値の隣、ジョブの名前が変わっていた。


 そこには、【羅刹女(らせつにょ)】と書かれていた。



 そこからの記憶は曖昧(あいまい)で、良く覚えていない。


 ただ、私以外のプレイヤー全員を死に戻らせたことだけは、確実だった。


 以前とは違う、物悲しい静けさに包まれた村の中、私は村で唯一の生き残りとなってしまった彼の隣に(ひざまず)いていた。


 その(かたわ)らには、彼の使い魔の猫が寄り添っている。


 何を話し掛けたら、いいのだろう。


 私達プレイヤーがこの惨劇(さんげき)を招いた。


 彼はその被害者だ。


 知らなかったとはいえ、悪鬼を倒すことに賛同していた私は、加害者ではないとは言えないし、言いたくない。


 それなのに、彼は私の胸中を知ってか知らずか、淡々(たんたん)と話し掛けてきた。


「気に()むな……誰しもいずれ、死ぬ」


「……」

 

「今のお前の眼は、死に際(しにぎわ)の俺には緋く(あかく)(まぶ)しすぎる」


 億劫(おっくう)そうに持ち上げた手で、彼がしていた眼鏡を外すと、何事か呟き、そして私に手渡してきた。


「掛けて、みろ」


 手渡された眼鏡は、いつのまにか透明だったガラスにぐるぐる模様(もよう)が入っていた。


 眼鏡を掛けると、胸の内に渦巻いていた破壊衝動が、不思議なほどに(しず)まった。


「最期まで、世話が焼ける……」


 彼の口の端(くちのは)が、(わず)かに持ち上がった。


 苦笑に近いものだったのかもしれないけど、彼が笑ったのを、私は初めて見た。


「いずれ、その眼を受け入れる者が、現れる」


 彼の体が、徐々にその輪郭(りんかく)を失っていく。


「それまで、貸し、だ……」


 そう言うと、彼の猫が一声鳴いて、共に消えた。


 最期まで、名前を教えてくれることもなく。


 後にはただ、彼が貸してくれた、眼鏡だけが残った……。




 それからの私は、今回の件で因縁(いんねん)の出来たプレイヤーを倒し続け、そして、変わらずに生産を行った。


 ただ以前と違い、造る物に性能を追い求めることはしなくなった。


 性能が落ちても、その人に合った物を造るようになった。


 それは現実でも同じで、これまでのような目新(めあたら)しいデザインを描くことはやめ、服を着る人が自然体でいられることを意識したデザインに変えた。


 それは見方を変えたら、没個性(ぼつこせい)


 事実、多くのお客さんが離れていった。


 けどそんな中、共感してくれる人もいてくれて。


 私はそんな人達に(こた)えるため、効率を二の次に、対話を重視して、その人がその人らしくいられる服をデザインしていった。


 彼が最期に、私のためにあの眼鏡をアレンジしてくれたように。


 見た目はダサくなったけど、あの眼鏡は、私には一番の眼鏡だ。


 以前と違い沢山売れるようなことはないけど、逆に、私が造った服を着て嬉しそうにしている写真を貰えることが増えた。


 

 


 そしてさらに時が過ぎ、Mebius World Onlineが正式サービスを迎えた日。


 私はキャラクター作成の時に、以前とは変わったことを込めて、そして愛用の道具から、名前を『ルレット』に変えた。


 ただ、ここで予想外のことがあった。


 それはジョブを選択した時のこと。


「ルレットさん、普通なら初期ジョブの中から好きなジョブを選んで頂くのですが、もし貴女(あなた)がよければ【羅刹女】を選んでは頂けないでしょうか」


「あれは2次の特殊ジョブでしょ? そもそも初期では選べないはずじゃ」


「ええ、ですのでこれは特例です。私も困惑(こんわく)しているのですが、彼がどうしても、というものですから」


「彼?」


「『借りはちゃんと返せ』、だそうですよ」

 

 そう言って渡されたのは、βテストの時に彼から貸してもらった、あのぐるぐる眼鏡だった。


 いつも一緒だった物が、失われると思っていた物が手元にあることに、思わず涙腺(るいせん)(ゆる)みそうになった。


「……βテストからの引継ぎは無い前提、でしょう? こんな特例、許していいの?」


「内部確認は済んでいます。私はお二人の繋がりに、特例とするだけの価値を見出(みいだ)しました。ただ、決めるのはルレットさん、貴女自身です」


「私は……」


 手にした眼鏡を前に、少し間が空いたのは躊躇(ためら)いではなく。


 ただ、この不意打ちのような贈り物を受け、感情が追い付いてこなかっただけ。


 一呼吸置いて、私は彼の眼鏡を掛けた。


「……それが貴女の答えなのですね。私はその決断を尊重致します」


 ザグレウスの言葉と共に、私は『ルレット』となって、彼の眼鏡と共に新しいMebius World Onlineの世界に降り立った。



 βテストで培ったノウハウを活用し、レベルを上げ、装備を強くし、ようやく好きな物が作れるようになった私は、真っ先にあるモノを作った。


 それは白くて、小さくて、生意気そうなところが可愛い生き物が元になった、ぬいぐるみ。


 他にもいくつか作ったぬいぐるみを、露天(ろてん)に並べる。


 露天を開いた場所は、人通りの多い所からは()えて離れた場所にした。


 時々、通りかかる人が眺めるけど、強さには何の関係もないそれに、皆すぐ興味を失い去っていく。


「当然の反応ですよねぇ」


 名前も変えたことだし、眼鏡に合わせ口調も緩くしてみた。


「まぁ、自己満足だから構いませんけどぉ」

 

 こっそり呟き、空を見上げてその青さに目を細めていると、1人の女の子が露天の前で立ち止まっているのが見えた。

 

「か、可愛い……」


 きらきらとした目で見つめる先、その視線が一際(ひときわ)集中していたのは、私が真っ先に作ったぬいぐるみだった。


「どうぞぉ、よければ手に取って可愛がってあげてくださいねぇ」


 私がそう話しかけると、女の子は断りを入れてから、まるで宝物を扱うように優しく、(いつく)しむようにぬいぐるみを()でてくれた。


 いけない、(ほお)が緩んでしまう……。

 

 言葉を交わすうちに、私はその女の子、マリアさんのことがすっかり気に入ってしまった。


 それなりの数を用意したぬいぐるみの中から、迷わず今触れている子を選んでくれたからなのは、勿論。


 その素直さに惹かれたのもある。


「マリアさん、良ければその子、貰ってくれませんかぁ?」


 気が付けば、私はマリアさんにそう言っていた。


 なぜかは、私にも分からない。


 けど、その時一瞬、私は彼の声が聴こえたような気がした……。




いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。

前話にて予告させて頂いた通り、後編となります。

これにて、幕間_続は完結となります。


幕間で完結もないかもしれませんが、気持ち的には1章書いたような満足感があったので、

それはそれという事で。


今回、新たに4人の方に気に入って頂けました。

幕間にも関わらず、ありがとうございます。

大変、励みになります。


もしよろしければ、感想、レビュー、ブクマ、評価お待ちしております。

ご支援頂けると、とても嬉しく、書く気力が湧いてきます。


次話から、3章となる予定です。

引き続きのんびりと、お付き合いくださいませ。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  主人公達の心の在り方  現実だと嘘か、軽いものになってしまう“強さと優しさ”がある。 [一言]  読み返して見ると彼女の“生きている”の意味がよく分かる。   
[一言] 私はこのエピソードはどうかと思う、ゲームなのに一時的とはいえ人の心を変質させるとか危険すぎる
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