29_真里姉とフォレストディアの行方(前編)
思いがけず【毒薬】なるアイテムを手に入れてしまったけれど、無事にゴブリン関係をアイテムボックスから一掃することができた。
その際気が付いたのが、【フォレストディアの肉塊】の存在。
ディア、つまり鹿なわけで、現実だと猪に並びジビエ料理に使われる素材として有名だ。
もちろん現実で扱ったことも、食べたこともない。
「これは次の料理のメイン素材として、打って付けじゃないかな」
さっそく外部サイトにアクセスして、レシピを検索する。
多かったのは鹿肉のロースト。
ソースは赤ワインを煮詰めたものや、本山葵に塩という、ザ・和風というものまで色々ある。
どれも美味しそうだけれど、もうちょっと変わった調理法を試してみたい。
他に何かないかと検索を繰り返し、見付けたのがジャーキー、いわゆる干し肉だね。
「手間も時間もかかるけれど、燻製にするのは新しいな」
変わった調理法で、フォレストディアのお肉とも相性が良さそう。
それに燻製に使う木のチップは、クルミも使えると書いてある。
私のアイテムボックスには、ちょうど【ウォーキングウッド】がドロップした【クルミの木材】がある。
これはもう作るしかないでしょう。
「他に必要な食材は買えるからいいとして、問題は燻製に使う道具だね」
燻製する際、適当な板で囲ってもそれなりに出来そうだけれど、せっかくならちゃんとした道具で作ってみたい。
それに煙が住人の方に迷惑になるかもしれないしね。
悩んだ末、料理の師匠であるバネッサさんに尋ねてみることにした。
久しぶりに訪れた【兎の尻尾亭】は、物凄く混んでいた。
特に食事時というわけでも無いはずなのに、一部のお客さんは店に入りきらず外で待っている。
給仕のお姉さん達は、笑顔も忘れ必死に店の中を駆け回っていた。
それにしても、さっきからやけに油の匂いが漂っている気がする。
そして私の気のせいでなければ、ほとんどのお客さんが食べる際、”パリパリッ”と良い音をさせている。
「ひょっとして」
お客さんが食べている料理を盗み見ると、そこには以前私が作ったポテトチップスが。
「えっ? このお客さん、みんなポテトチップスを食べにきているの!?」
ハンバーガーと一緒にフライドポテトも、というのは現実では定番の光景だよ?
でもね、フライドポテトだけを食べに大挙してお客さんが来るって、そうないと思うんだ。
提供しているのがフライドポテトではなく、ポテトチップスなら尚のこと。
私が呆然としていると、たまたま目の前を通った給仕のお姉さんが私を見て、”ギュルンッ”という擬音が聞こえそうなほど見事なターンを決め戻ってきた。
「あなたはマリアさんですね!? そうに違いないですね!!」
聞いているのか断言しているのか分からないけれど、なんで私の腕を掴んでくるのかな?
しかもその手に込められた力には、決して離さないぞという強い決意が感じられた。
私のSTRは死亡しているけれど、それにしてもこのお姉さん、力強過ぎじゃないかな?
HPが減ってるんじゃないかと、思わず確認してしまったくらいだ。
そして私は答えを返すのも待ってもらえず、有名な歌に出てくる子牛のように、店の奥の調理場へと連行されていった。
連れて行かれた調理場は、控えめに言って地獄だった。
跳ね回る油と、ジャガイモを切る鳴り止まない包丁の音、そして作り出される料理の速さに比べて明らかに追い付いていない食器を洗う音。
腕を押さえ調理場の隅の方で座り込んでいる料理人は、手首の腱鞘炎だろうか。
火傷をポーションで治療している人もいる。
地獄と言ったけれど、むしろ戦場?
休んでいるというか、戦力外になった人達がいる調理場の隅は、さながら野戦病院といったところかな。
残念ながら衛生兵はゼロなので、自分でなんとかするしかないようだけれど。
そんな中、一際手際良く、黙々とポテトチップスを作っているのがバネッサさんだった。
「バネッサさん! マリアさんを捕まえてきました!!」
ちょっと、人を犯罪者みたいに言わないで!
「なんだって!? でかした! お前さん今日の給金は倍だ!! ついでにこれ運んだら少し休憩していい」
私を連行してくれたお姉さんに出来上がったばかりのポテトチップスを渡すと、バネッサさんが私に向き直った。
私を見る目が据わっている。
あっ、これどうにもならないシフトを言い渡す時のバイトの店長と同じだ。
「さてマリア。見ての通りうちの店は今、てんてこ舞いだ。マリアが教えてくれた料理のせいだと言うつもりは、これーーっぽっちもないが、料理を教えた師匠が困っているのを、弟子が見過ごすなんてことは有り得ないね?」
またこの流れ!?
私の意思を確認しているようで、実質拒否権のない命令だよね!?
と思っていたら通知が飛んできた。
『クエスト、”ブラッ○な仕事”が発生しました。クエストを受けますね?』
通知の言い回しが微妙に違っているし、なんで選択アイコンが『はい』と『Yes』しかないの!!
もうやだ……。
「何も難しいことじゃないさ。またポテトチップスを作るだけ、マリアにとっちゃ簡単だろう?」
「簡単、かもしれないですけれど……えっと、どのくらい作れば?」
「聞きたいかい?」
凄みのある笑みに背筋が慄えた。
これ、聞いたら心が折れそうなやつだ……うん、聞くのは止めておこう。
「……やっぱりいいです」
「そいつは重畳だ」
さよならジャーキー。
こんにちはポテトチップス。
できればこういう形での再会はしたくなかったよ。
私は諦めと共に、選択させる気のない選択アイコンをタップした……。
……それからの数時間、私の記憶は曖昧だ。
はっきりと覚えているのは、耳にこびり付いた3つの音だけ。
包丁の鳴る音と、油の跳ねる音と、食器を洗う音。
あれ、私何しに来たんだっけ……?
(マリア:マリオネーターLv16)
STR 1
VIT 4
AGI 6
DEX 67
INT 4
MID 18
(スキル:スキルポイント+24)
【操糸】Lv14→Lv15
【供儡】Lv7
【クラウン】Lv10
【捕縛】Lv5
【料理】Lv7→Lv10
【下拵え】Lv2→Lv6
【促進】Lv3
【暗視】Lv3
【瞑想】Lv3→Lv4
【視覚強化】Lv2
【聴覚強化】Lv2→Lv3
いつも読んで頂いている皆様、お読み頂き、どうもありがとうございます。
新規に読んで頂いた方、のんびりした展開ですが、今後ともお付き合い頂けたら幸いです。
前話に引き続き、今回もお1人の方に文章・ストーリーに良い評価を頂くことができました。
どうもありがとうございます。
本当に励みになっています、とてもありがたいです。
また新たにブックマーク・評価頂いた方。
やる気が湧いてきますので、とても嬉しいです。
のんびりと続く物語、よろしければ今後ともお付き合いくださいませ。