21_真里姉とクラスチェンジ
夜も更けたこともあり、レベルが上がった私は街に戻ると真っ直ぐ教会に向かい、エステルさんが整えてくれた寝台に横になり、ログアウトした。
目覚めると、現実では夕方6時だった。
真人は既に夕飯の買い出しを終えているようで、いい匂いが部屋の中に漂っている。
「ごま油と生姜に大蒜の香り、夕飯は中華かな」
真希は真人の料理が私に敵わないと言ってくれたけれど、私はとっくに超えられていると思っていた。
味付けも盛り付けのバランスも良いし、私の体調を考えて消化に良い物を、消化しやすいよう調理してくれている。
真希もあんな事言いながら、残さず食べているんだから認めてはいるんだろうけれど。
「変なところで張り合うからなあ、私の弟妹は」
おかしくなって笑っていると、当人の片割れがやってきた。
「お姉ちゃん楽しそう! 何かあったの?」
「ふふ、何でもないよ」
「ええ、絶対何かあったでしょう! わたしか真兄関係で!! 今お母さんみたいな顔で私のこと見てたもん!!!」
ベッドに駆け寄り、ずいっと私の顔を覗き込んでくる。
さすが、真希は鋭いね。
でもそっか、母さんみたいな顔していたんだ……片手をゆっくり持ち上げ、真希の頭を撫でる。
「真希は可愛いなって思っていたところだよ」
「むう〜〜なんだか誤魔化されてる気がする! けどお姉ちゃんに頭を撫でられるの久しぶり。昔はよくこうして撫でてくれたよね」
結わえられたツインテールが、機嫌良さそうに揺れている。
「今日のお仕事はもういいの?」
「ばっちりだよ! 前から仕込んでいた会社の株が手仕舞いするのにちょうど良かったから、損切りした分を差し引いても8000万円のプラスかな」
「そ、そうなんだ……」
真希の仕事の話はもう何度も聞いているけれど、どうしてもその金額の大きさに慣れることができない。
8000万円って、今の平均年収を400万円とすると、約20年分。
20年分の収入を、この1日で……。
もちろんそのために膨大な量の情報を集め、分析し、毎日遅くまで頑張っていることは知っているけれど、けれどね?
ほんと、真希は凄い子に育ってしまったよ、母さん。
今日の成果を楽しそうに話す真希の声に耳を傾けていると、真人が夕飯ができたと呼びにきた。
予想通り夕飯は中華で、野菜と魚介たっぷりの豪華な中華丼だった。
ちなみにうずらの卵が入っていないことに真希が怒り、真人が「文句を言うなら食うな」と反論した。
けれど「そのお金は誰が稼いでいるのかな?」という反論に敢えなく敗北。
1人、うずらの卵を買い出しに行かされるはめになった。
ま、まあお兄ちゃんだからね? がんばれ、真人……。
楽しい? 夕飯後、私は再びMWOにログインした。
MWOの時間は午前中で、部屋を出て階下に降りると、子供達に囲まれ食事の準備をしようとするエステルさんに出会った。
「こんにちは、エステルさん」
「マリアさん! こんにちは。これから食事なんですが、ご一緒にいかがですか?」
満腹度は3分の2くらいだし、エステルさんのお誘いなら是非もないね。
「そうですね、よければご一緒させてください。エステルさんはパンをお願いできますか? 代わりに主菜は私が作りますよ」
「そんな、いつもお世話になってばかりですし……」
申し訳なさそうにするエステルさんに、気にしないでいいですよ、と私が言う前に。
「マリア姉ちゃんの料理!」
「やった!」
「おなかいっぱいたべれる!」
「シスターの野菜ばっかの料理より、やっぱマリアの肉だよな!」
最後のはヴァンかな?
微妙にその言い方だと、私の体のお肉食べるみたいだから気をつけようね。
それと言いたい放題言っていると、後でどうなっても知らないよ?
と思っていたら、背後に控えたエステルさんに、どこかへ連れていかれてしまった。
自業自得だし、これも教育? 躾かな? 多分。
先に調理場に着いた私は、ダイコン、ニンジン、キャベツ、ジャガイモといった野菜を取り出した。
肉が出ると思っていたらしい子供達はがっかりした顔をするけれど、それは最後に食べてから判断して欲しいな。
私は早速、覚えたスキル【下拵え】を野菜に使ってみた。
すると魔法のように野菜の汚れが落ち、皮や芯の部分が取り除かれる。
「おお、これは便利」
ここまで処理してくれるなら、あとは包丁を糸で操って刻むだけだ。
次々と細かく刻んでは鍋に放り込み、水は入れず蓋をして火をかける。
こっちはひとまず大丈夫。
次に私は、以前使ったブラックウルフの肉塊から、肉をとった後に残しておいた骨を大量に取り出し、別の鍋に入れた。
こっちには水と、ニンニクを数個丸ごと入れて煮込む。
ここで【促進】を発動。
瞬く間に煮立ち灰汁が出てきたので、せっせと掬い、蓋をしてさらに【促進】で煮込んでいく。
むむ、【促進】のMP消費が結構ある。
早くレベルを上げて消費を抑えたいところだけれど、直ぐにMPを使う予定もないので【促進】をかけ続ける。
MPが半分くらいになるまで、およそ20分くらい。
スキルを止めて蓋を開けると、豚骨スープに似た白濁したスープになっていた。
やってしまってなんだけれど、これ、どのくらい煮込んだことになっているんだろう?
味見をしたら旨味は十分出ているから、まあ大丈夫かな。
野菜を煮込んだ方の鍋を開ければ、良い感じに煮え野菜自身の水分が出ていた。
ここに狼骨? スープを加え、軽く混ぜたら塩で味付けした。
これで完成、栄養価も高いんじゃないかな。
あとはエステルさんのパンが焼き上がるのを待っている間に、ピクルス液を作り野菜を浸し、【促進】をかけピクルスを作った。
全部の準備が整うと、子供達は肉の無い少し濁った色のスープに微妙な顔をしていたけれど、一口飲んだ瞬間全員の眼が見開いて、貪るようにスープを飲み始めた。
パンとピクルスも忘れないようにね?
あとおかわりはあるから、そこ! 他の子のスープを奪おうとしない!!
私は自分の食事を一旦後回しにして、子供達にスープのおかわりを配っていると、エステルさんの器も空になっていることに気が付いた。
「新しく覚えたスキルを使って作ってみたんですけれど、どうでしたか?」
子供達より多めによそって聞いてみると、片手を頬に当て、うっとりとした顔で答えてくれた。
「なんて奥深く、美味しいスープなんでしょう。私はこれが天上のスープだと言われても信じます!」
「さすがにそれは大袈裟ですよ」
喜んでくれたのは嬉しいけれど、そこまで言われるとむず痒くなってしまうね。
結局その後はテーブルの周りを3周することになり、大量に作ったはずのスープは数人前を残すだけになっていた。
教会を出た私は、街の南にある広場に向かった。
念のためエステルさんに再度聞いてみたけれど、ゼーラさんはやはり広場で見かけるらしい。
広場に着くと、以前と変わらずゆったりとした空気、時間が流れている。
ピエロ姿をした4人もいて、芸を披露し周囲を楽しませているのも同じだ。
「ゼーラさんか……ひょっとして今回も見つけるの大変なのかな?」
以前は老人姿で犬を連れていたけれど、今回も同じとは限らない。
気を引き締めようと意気込んでいると、当のゼーラさんが前と全く同じ姿でベンチに座り、鳥に餌をあげていた。
拍子抜けしそうになって、慌てて鳥を注意深く観察してみる。
違和感は感じないし、今度は本物かな?
近づくと、驚いた鳥達が一斉に羽ばたいていった。
どうやらちゃんと本物だったみたいだね。
「おや、お主は確かマリアだったかの。この前もらった料理は旨かったぞ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ道化師について色々教えてもらって助かりました。スキルも凄く役立っています」
「それは何よりじゃ。して、今日は何用かな?」
「実はクラスチェンジができるようになったので、それでゼーラさんに会いに来たんです」
「ほう、ようやっとそこまできたか。なら条件は知っておるな? 儂から認められること、それだけじゃ。そしてお前さんは以前会った時でさえ、技量だけなら既に儂に認められるだけのものを持っておった」
「えっ? じゃあそれって」
「合格じゃよ。クラスチェンジ可能な新たなジョブは、【傀儡師】じゃ」
【傀儡師】
道化師で糸をメイン武具に選んだ者がなれる、対象物を多数同時に扱うことに特化したジョブ。
物量戦を得意とし、同時に操れる糸の数が倍になる。
「……これが上位職なんですね」
説明文を読んだ私は、正直微妙な気持ちになった。
「何か不満かの?」
「不満ではないんですけれど……なんだか私とネロの今の関係とは、方向性が違う気がするんです。冷たいというか、物としか見ていないというか」
「しかしそれが【傀儡師】じゃ。物量というものは馬鹿にできんぞ? どんなに強くても、囲まれ隙を見せたら倒されるかもしれんしの。そのためには冷酷な扱いも必要じゃ」
「そうですけれど……ちょっと考えさせてください」
「気にせんでええ。心のままに動くことも、時には大事なことだろうからの」
心のままに、か。
ふと、ネロとのこれまでの遣り取りが脳裏に浮かんだ。
可愛くて強くて、本物と違うことがあるとすれば鳴かないことくらいの、私の大切な相棒。
心…………鳴く。
「……あの、ゼーラさん」
「ん? やはり【傀儡師】になることを選ぶかの」
「いえ、それはまだです。それよりも、今日のゼーラさんはどこから話しているんですか?」
「……儂は目の前にいるじゃろうに」
「私、最近【聴覚強化】っていうスキルを覚えたんですよ。まだレベルはそんなに上がってないんですけれどね、それでもここまで近いと分かります。目の前のゼーラさんからは、どうして心臓の鳴る音が聞こえないんですか?」
「……」
「言っておいて、私もまだ信じられないですけれど、目の前のゼーラさんは、人形なんですね?」
すると、心臓の鳴る音が新たに聞こえてきた。
それはゼーラさんの座っていたベンチの裏にある木の裏から聞こえてきて、現れたのは真っ赤なドレスに身を包んだ、同じく赤い髪をオールバックにした気の強そうな美人だった。
「よもやここで見抜かれるとは思わなんだ。お主、本当に何者じゃ?」
言葉遣いは変わらないけれど、声音は女性のそれになっていて、容姿と相俟ってまるで女王か何かのようだ。
「ただの一般人ですよ。まあ、体的には一般的じゃないかもしれませんけれど」
これまで体のことはあまり口にしたことがなかったのに、苦笑混じりながら、不思議とすんなり話せていた。
「ふむ……しかし大したものじゃ。これは改めて、お主を認めねばならぬじゃろうな」
「どういうことですか?」
「こういうことじゃよ」
ゼーラさんが指をパチっと鳴らすと、画面が起動されメッセージが表示された。
『特殊上位職【マリオネーター】が選択可能となりました』
【マリオネーター】
道化師で糸をメイン武具に選んだ者がなれる、特殊2次職。
操れる数は傀儡師とは異なり増えず、物量戦は得意としない。
しかし傀儡対象との連携が強化され対象の性能をより引き出すことができる。
「これならば、お主の望みに適うのではないか?」
「は、はい!」
私は慎重に、間違えないよう【マリオネーター】へのクラスチェンジを選択した。
『【マリオネーター】へクラスチェンジしました。【傀儡】のジョブスキルが【供儡】に変化しました。【纏操】のジョブスキルが取得可能となりました」
新しいジョブスキルも気になるけれど、私はある期待を籠めて【供儡】でネロを喚んだ。
現れたネロは、これまで以上に自然な動作で背伸びを一つした後、
「ニャア!」
と私に向かって鳴いてくれた。
思わず抱きしめた私の頬を、ネロがぺろぺろと舐めてくれる。
「これからも精進することじゃ。さすれば、供はいつでもお主に応えてくれるじゃろうよ」
人形だったゼーラさんを収納し、女性のゼーラさんが去っていく。
私がその背中に頭を下げていると、ネロも一声鳴いて、一緒に見送ってくれた。
(マリア:道化師 Lv15→マリオネーターLv15)
STR 1
VIT 3→4
AGI 5→6
DEX 58→64
INT 4
MID 15→17
(スキル:スキルポイント+22)
【操糸】Lv13
【供儡】Lv6
【クラウン】Lv9
【捕縛】Lv4
【料理】Lv6→Lv7
【下拵え】Lv1→Lv2
【促進】Lv1→Lv3
【暗視】Lv3
【瞑想】Lv2
【視覚強化】Lv1
【聴覚強化】Lv2
(供儡対象)
ネロ(猫のぬいぐるみ)
初めに、読んで頂いている皆様のおかげでPVが5,000を超えました。
書き始めた頃は不安でしたが、楽しんで頂けているのかと思うと、本当にありがたいです。
これからも、のんびり楽しんで頂けるよう、のんびり書いていくつもりですので、
どうぞよろしくお願い致します。
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